「お待たせしたな、イワナ君、いやイワシ君。では予告通りパート2にいってみよう」
「はい」
「今回は、先週土曜日の試合に出場した我らがヒョードル選手からのメッセージだ。たったの82ワードしかないシンプルな挨拶文だが、なかなかどうしてこういうのが難しいのだよ」
「1ワード10円だとしたら、820円分の仕事ですね。短いし構文も平易だし、専門用語もない。けれど、やはりあなどれません。820円あれば吉野屋ならずいぶん豪華な食事ができます。頑張ります」
「ではさっそく原文を見てみよう」
Hi All,
By this way I would like to thank all my Japanese fans for their support over the last years. I haven't fought in Japan for a long time but I hope I will get a chance someday. I always loved fighting in Japan and the support of the fans I experienced there. I hope you will all watch my fight against Brett Rogers this Saturday and as always I will do my utmost best to win.
Thank you,
Fedor Emelianenko
「オリジナル訳はこうじゃ」
すべての皆様、
日本の私のファンの皆様が何年間もサポートをしてくださっていることに、この場を借りて、こころから感謝の気持ちを申し上げます。長い間、私は日本で試合に出場する機会が残念ながらございませんでしたが、しかしいつか、その機会が得られることを、こころから願っています。
いつも、日本で格闘技の試合に出場したときに日本のファンから温かいサポートを頂きましたことに、とても嬉しく光栄に思ってきました。皆様全員に私とブレット・ロジャースの対戦を今週の土曜日に是非ご覧頂きますことを、心から願っています。
そしていつも私は、勝利のためにベストを尽くします。
どうもありがとうございます、感謝いたします。
Fedor Emelianenko
「そしてワシの試訳はこれじゃ」
日本の皆様へ
何年にもわたる皆様からの温かいご支援に、この場を借りてこころからの感謝を申し上げます。残念ながらここしばらくは日本で試合に出場する機会がありませんでしたが、ぜひまた日本で闘いたいと思っています。私はファンの皆様の熱い応援がいただける日本で試合をすることが大好きです。
今週土曜日のブレット・ロジャース戦を、ぜひご覧ください。私はいつものように、勝利のためにベストを尽くします。
感謝を込めて
Fedor Emelianenko
「では前回と同じく、区切りながらみていこう」
---原文
Hi All,
---オリジナル訳
すべての皆様、
---コーナーレッター試訳
日本の皆様へ
「”すべての皆様、”はちょっと日本語として不自然じゃな。原文には”Japanese fan”とは書いてはないが、ここは文脈を汲み取って”日本の”と入れてもいい局面だと思うぞ」
「英語では最後にカンマが入りますが、日本語ではこれを省略する方が自然ですね」
---原文
By this way I would like to thank all my Japanese fans for their support over the last years.
---オリジナル訳
日本の私のファンの皆様が何年間もサポートをしてくださっていることに、この場を借りて、こころから感謝の気持ちを申し上げます。
---コーナーレッター試訳
何年にもわたる皆様からの温かいご支援に、この場を借りてこころからの感謝を申し上げます。
「前回と同様、オリジナル訳は少々冗長ではないかな。”の”の三連チャンを避けるのはセオリーでもあるぞ。ワシの場合は、最初に”日本の皆様へ”としたから、オリジナル訳の”日本の私のファンの皆様…”の部分を”皆様”の一言で表してみた。”my”を”私の”とするのは、日本語では省略できる場合が多い。日本語の文脈では”私”がちょっと強く感じられることもあるから、注意した方がいいぞ」
「この文は、19ワードですね。たったのこれだけを訳すのみで、お新香(90円)と玉子(50円)と味噌汁(50円)が食べられます。こう考えると、翻訳っていい仕事だなあ」
「馬鹿モン、真面目に人の話を聞かんか! それから、どうせならあと7ワード頑張って、味噌汁の替わりにけんちん汁(120円)を頼もうという欲をもたんか。だからお前はいつまでたっても一皮向けることができんのじゃ。じゃあ、次」
---原文
I haven't fought in Japan for a long time but I hope I will get a chance someday. I always loved fighting in Japan and the support of the fans I experienced there.
---オリジナル訳
長い間、私は日本で試合に出場する機会が残念ながらございませんでしたが、しかしいつか、その機会が得られることを、こころから願っています。
いつも、日本で格闘技の試合に出場したときに日本のファンから温かいサポートを頂きましたことに、とても嬉しく光栄に思ってきました。
---コーナーレッター試訳
残念ながらここしばらくは日本で試合に出場する機会がありませんでしたが、ぜひまた日本で闘いたいと思っています。私はファンの皆様の熱い応援がいただける日本で試合をすることが大好きです。
「オリジナル訳は少し”、”が多いですね」
「そうじゃな。それに、細かく見ていくと削れるところがある。”私は”も省略できるし、”ございませんでしたが”と逆接になっているから、その直後の”しかし”も特に必要はないな。ワードバイワードで逐語的に訳すのではなく、あくまで日本語を書き下ろす気持ちでキーを打つことが大切じゃ。まあワシの訳もたいしたものにはなっておらんけどな」
「そんなことないですよ(と、お世辞を言う)。それから、オリジナル訳はパラグラフが2つにわけられていますが、これはどうなんでしょうか?」
「この場合は特に効果的ではなかったかもしれんな。パラグラフ分けは、どうしても、という必然性が感じられるときにだけ使うべき、奥の手だと言えよう」
---原文
I hope you will all watch my fight against Brett Rogers this Saturday and as always I will do my utmost best to win.
Thank you,
---オリジナル訳
皆様全員に私とブレット・ロジャースの対戦を今週の土曜日に是非ご覧頂きますことを、心から願っています。
そしていつも私は、勝利のためにベストを尽くします。
---コーナーレッター試訳
今週土曜日のブレット・ロジャース戦を、ぜひご覧ください。私はいつものように、勝利のためにベストを尽くします。
「前のパラグラフで使われていた”こころから願っています”が今回も出てきていますね」
「うむ。けっこうありがちなことじゃな。決してタブーではないが、これだけ短い文章に2つ同じ文を使うのは避けたいところじゃな。ちなみに後者はひらかなではなく”心”と漢字が使われている。いわゆる用語のブレだな。これもありがちじゃ。ワシも人のことはまったく言えんのだがな」
「博士の訳は淡泊になっているのではないでしょうか?」
「たしかにそうかもしれん。まあこの辺は好みの問題もある。だがひとつ言えるのは、いつも”いい翻訳をしよう”という熱い気持ちを持ち続けることは大事じゃが、それを訳に込めすぎてもいかんということじゃ。ワシもよくやってしまうのだが、あまり熱い気持ちで訳しすぎると、かえって暑苦しい訳になってしまうのじゃよ。吉野屋でい言えば、”つゆだく”が好きな人もいれば、”つゆぬき”が好きな人もいるじゃろう。頼まれてもいないのに、つゆ”だくだく”にしてしまったらいかんのだよ。冷静に燃える――という心構えが大切じゃ。そう、ヒョードルのようにな。フォッフォッフォ」
「(博士の存在自体が十分暑苦しいと思うけどなあ)」
「じゃあイワシ君、また折を見て来るからの。精進を続けるんじゃぞ」
「はい」
「上達できるかどうかは、毎日の積み重ねにかかっておる。誰にも負けない練習をしたものだけが、試合で勝者になれる。ヒョードルの試合をみてそうは思わんかったかの?」
「おっしゃる通りです。これからはこういう無駄な会話をブログに書いているヒマがあったら、仕事に勉強に励むことにします。ですからあんまり博士は登場しないでください」
「フッ。口だけは達者じゃのう。ともかくこれからも翻訳Loveを忘れないように毎日真剣に生きていくがいい。じゃあ、またの」
博士、JR武蔵境駅北口方面に向かってさっそうと歩きだす。
~完~
===============================
そぞろ歩きの会、11/15(日)神楽坂編、参加者募集中です!
みなさまお気軽にご参加を~!
詳しくはそぞろ歩きの会のサイトをご覧ください。
「はい」
「今回は、先週土曜日の試合に出場した我らがヒョードル選手からのメッセージだ。たったの82ワードしかないシンプルな挨拶文だが、なかなかどうしてこういうのが難しいのだよ」
「1ワード10円だとしたら、820円分の仕事ですね。短いし構文も平易だし、専門用語もない。けれど、やはりあなどれません。820円あれば吉野屋ならずいぶん豪華な食事ができます。頑張ります」
「ではさっそく原文を見てみよう」
Hi All,
By this way I would like to thank all my Japanese fans for their support over the last years. I haven't fought in Japan for a long time but I hope I will get a chance someday. I always loved fighting in Japan and the support of the fans I experienced there. I hope you will all watch my fight against Brett Rogers this Saturday and as always I will do my utmost best to win.
Thank you,
Fedor Emelianenko
「オリジナル訳はこうじゃ」
すべての皆様、
日本の私のファンの皆様が何年間もサポートをしてくださっていることに、この場を借りて、こころから感謝の気持ちを申し上げます。長い間、私は日本で試合に出場する機会が残念ながらございませんでしたが、しかしいつか、その機会が得られることを、こころから願っています。
いつも、日本で格闘技の試合に出場したときに日本のファンから温かいサポートを頂きましたことに、とても嬉しく光栄に思ってきました。皆様全員に私とブレット・ロジャースの対戦を今週の土曜日に是非ご覧頂きますことを、心から願っています。
そしていつも私は、勝利のためにベストを尽くします。
どうもありがとうございます、感謝いたします。
Fedor Emelianenko
「そしてワシの試訳はこれじゃ」
日本の皆様へ
何年にもわたる皆様からの温かいご支援に、この場を借りてこころからの感謝を申し上げます。残念ながらここしばらくは日本で試合に出場する機会がありませんでしたが、ぜひまた日本で闘いたいと思っています。私はファンの皆様の熱い応援がいただける日本で試合をすることが大好きです。
今週土曜日のブレット・ロジャース戦を、ぜひご覧ください。私はいつものように、勝利のためにベストを尽くします。
感謝を込めて
Fedor Emelianenko
「では前回と同じく、区切りながらみていこう」
---原文
Hi All,
---オリジナル訳
すべての皆様、
---コーナーレッター試訳
日本の皆様へ
「”すべての皆様、”はちょっと日本語として不自然じゃな。原文には”Japanese fan”とは書いてはないが、ここは文脈を汲み取って”日本の”と入れてもいい局面だと思うぞ」
「英語では最後にカンマが入りますが、日本語ではこれを省略する方が自然ですね」
---原文
By this way I would like to thank all my Japanese fans for their support over the last years.
---オリジナル訳
日本の私のファンの皆様が何年間もサポートをしてくださっていることに、この場を借りて、こころから感謝の気持ちを申し上げます。
---コーナーレッター試訳
何年にもわたる皆様からの温かいご支援に、この場を借りてこころからの感謝を申し上げます。
「前回と同様、オリジナル訳は少々冗長ではないかな。”の”の三連チャンを避けるのはセオリーでもあるぞ。ワシの場合は、最初に”日本の皆様へ”としたから、オリジナル訳の”日本の私のファンの皆様…”の部分を”皆様”の一言で表してみた。”my”を”私の”とするのは、日本語では省略できる場合が多い。日本語の文脈では”私”がちょっと強く感じられることもあるから、注意した方がいいぞ」
「この文は、19ワードですね。たったのこれだけを訳すのみで、お新香(90円)と玉子(50円)と味噌汁(50円)が食べられます。こう考えると、翻訳っていい仕事だなあ」
「馬鹿モン、真面目に人の話を聞かんか! それから、どうせならあと7ワード頑張って、味噌汁の替わりにけんちん汁(120円)を頼もうという欲をもたんか。だからお前はいつまでたっても一皮向けることができんのじゃ。じゃあ、次」
---原文
I haven't fought in Japan for a long time but I hope I will get a chance someday. I always loved fighting in Japan and the support of the fans I experienced there.
---オリジナル訳
長い間、私は日本で試合に出場する機会が残念ながらございませんでしたが、しかしいつか、その機会が得られることを、こころから願っています。
いつも、日本で格闘技の試合に出場したときに日本のファンから温かいサポートを頂きましたことに、とても嬉しく光栄に思ってきました。
---コーナーレッター試訳
残念ながらここしばらくは日本で試合に出場する機会がありませんでしたが、ぜひまた日本で闘いたいと思っています。私はファンの皆様の熱い応援がいただける日本で試合をすることが大好きです。
「オリジナル訳は少し”、”が多いですね」
「そうじゃな。それに、細かく見ていくと削れるところがある。”私は”も省略できるし、”ございませんでしたが”と逆接になっているから、その直後の”しかし”も特に必要はないな。ワードバイワードで逐語的に訳すのではなく、あくまで日本語を書き下ろす気持ちでキーを打つことが大切じゃ。まあワシの訳もたいしたものにはなっておらんけどな」
「そんなことないですよ(と、お世辞を言う)。それから、オリジナル訳はパラグラフが2つにわけられていますが、これはどうなんでしょうか?」
「この場合は特に効果的ではなかったかもしれんな。パラグラフ分けは、どうしても、という必然性が感じられるときにだけ使うべき、奥の手だと言えよう」
---原文
I hope you will all watch my fight against Brett Rogers this Saturday and as always I will do my utmost best to win.
Thank you,
---オリジナル訳
皆様全員に私とブレット・ロジャースの対戦を今週の土曜日に是非ご覧頂きますことを、心から願っています。
そしていつも私は、勝利のためにベストを尽くします。
---コーナーレッター試訳
今週土曜日のブレット・ロジャース戦を、ぜひご覧ください。私はいつものように、勝利のためにベストを尽くします。
「前のパラグラフで使われていた”こころから願っています”が今回も出てきていますね」
「うむ。けっこうありがちなことじゃな。決してタブーではないが、これだけ短い文章に2つ同じ文を使うのは避けたいところじゃな。ちなみに後者はひらかなではなく”心”と漢字が使われている。いわゆる用語のブレだな。これもありがちじゃ。ワシも人のことはまったく言えんのだがな」
「博士の訳は淡泊になっているのではないでしょうか?」
「たしかにそうかもしれん。まあこの辺は好みの問題もある。だがひとつ言えるのは、いつも”いい翻訳をしよう”という熱い気持ちを持ち続けることは大事じゃが、それを訳に込めすぎてもいかんということじゃ。ワシもよくやってしまうのだが、あまり熱い気持ちで訳しすぎると、かえって暑苦しい訳になってしまうのじゃよ。吉野屋でい言えば、”つゆだく”が好きな人もいれば、”つゆぬき”が好きな人もいるじゃろう。頼まれてもいないのに、つゆ”だくだく”にしてしまったらいかんのだよ。冷静に燃える――という心構えが大切じゃ。そう、ヒョードルのようにな。フォッフォッフォ」
「(博士の存在自体が十分暑苦しいと思うけどなあ)」
「じゃあイワシ君、また折を見て来るからの。精進を続けるんじゃぞ」
「はい」
「上達できるかどうかは、毎日の積み重ねにかかっておる。誰にも負けない練習をしたものだけが、試合で勝者になれる。ヒョードルの試合をみてそうは思わんかったかの?」
「おっしゃる通りです。これからはこういう無駄な会話をブログに書いているヒマがあったら、仕事に勉強に励むことにします。ですからあんまり博士は登場しないでください」
「フッ。口だけは達者じゃのう。ともかくこれからも翻訳Loveを忘れないように毎日真剣に生きていくがいい。じゃあ、またの」
博士、JR武蔵境駅北口方面に向かってさっそうと歩きだす。
~完~
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