イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

28年ぶりの島根県浜田市再訪記パートII ~いつまでも、僕は君を待っている~ その1

2010年08月31日 23時36分40秒 | 旅行記
「ピンポーン」

緊張の面持ちで、イットマンが呼び鈴を鳴らした。

海に面した旧道沿いにある大きな家の広い庭には、夏の強い日差しが燦々と照りつけていた。高まる鼓動をなだめようとするかのように、通りの向いにある日本海から、静かに打ち寄せる波の音が聞こえてくる。沈黙が続いた。近所に住んでいた気になる女の子、Kちゃんの家の前に、僕たちはいた。

子供の頃、よくこうやって誰かの家の呼び鈴を鳴らした。鍵のかかっていない玄関の引き戸を開け、子供っぽさを強調するような声音で、「○○君、遊ぼう~」って、思い切り叫んだ。あてどなく町をぶらぶらし、ふいに誰それの家に寄ろうと思いたち、歩を向けおもむろに呼び鈴を鳴らす。なんという自由さ、なんという信頼関係、なんという開けっぴろげさ。この「隣の晩ご飯」的な自由さは、今の僕の暮らしでは想像できないものだ。だが、この場所では例外的にそれが許されている――そう、ここ浜田では。

小学校の同級生だったイットマンと僕には、転校生という共通点があった。僕が小学4年生の終わりに転校したように、イットマンも中学1年生だったの年の6月、お父さんの仕事の関係で浜田を去ることになった。そのまま転移先の松江で学校を卒業し、住居を構える雲南市から今も松江にある会社に通勤している。浜田には高校3年生のときに一度だけ戻ってきたことはあるけど、それ以来、ずっとご無沙汰していた。

去年の夏、28年ぶりに浜田を再訪した僕とは、そのときは会えなかったけれど、ノリちゃんのお母さんがイットマンのお母さんに連絡をしてくれたことがきっかけで、今年の春に東京で再会できた。お互いランナーだったから、再会ついでに皇居を走ろうということになった。有楽町で待ち合わせ、29年ぶりの再会に興奮しながら、ともかく走った。心地よい汗を流した後、焼き鳥屋で乾杯した。思い出話に花を咲かせながらのビールが、最高に美味しかった。夏に浜田で会おう、今度は浜田の町を走ろう! そう誓い合って別れた。

そして約束通り、いま僕たちはお盆の浜田市にいる。

午後1時半、浜田駅に到着した僕は、イットマンに愛車「デロリアン」で拾ってもらった。予定通り、僕たちはエイコちゃんの家に行き、一年ぶりの感動の再会の挨拶もそこそこに、ランニングウェアに着替えさせてもらって、午後2時過ぎにさっそく走り始めた。ここは熱田と呼ばれるエリアで、イットマンが住んでいた家もすぐ近くにある。僕が住んでいたのは長浜と呼ばれるエリアで、熱田と長浜は小学校を境にして地域を二分していた。長浜が古くからある漁村をベースに広がっていった地域だとすれば、熱田はさしずめ新興住宅地という位置付けだ。

去年の僕と同じように、イットマンがまっさきに歩いて(正確には「走って」)みたいと言ったのは、住んでいた家の周りと、通学路だった。走り始めてすぐ、彼の全身を飲み込むようにして、強烈な懐かしさが洪水のように押し寄せてきた。イットマンの足は自然とKちゃんの家に向かっていた。

イットマンのドキドキが伝わってくる。彼の胸に去来しているであろう甘酸っぱいセンチメンタルな気持ちが、僕にも乗り移ってくるようだ。誰だって子供の頃、近所に気になる異性のひとりやふたりはいたはずだ。ほとんど話す機会はなくても、帰り道に姿を見かけたり、クラス替えで別のクラスになって、ちょっとだけ寂しい気持ちを感じたり。だけど結局、それっきりで、いつのまにか転校して離れ離れに。そこまで詳しくイットマンに確認したわけじゃないけど、なんとなくそんなことを想像してしまった。

今はもう、ウン十年経って、お互いに大人になっている。人としての核みたいなものは、たぶんあの頃と何も変わってはおらず、面影だってはっきりと残っているはずだ。これまでも、これからも、僕たちは何度も誰かの家の前で「ピンポーン」をするだろう。だけど、こんなに胸がドキドキするピンポーンはそうそうない。

懐かしすぎるあの人が玄関先に登場し、目と目があったら、その瞬間に大人である彼は子供に逆戻りし、子供だった彼は大人へと急成長する。ふたりの彼とふたりのあの人が、時空を駆け巡る。こんな瞬間は、人生でもめったに訪れない。この局面で、ドキドキしない男はいない。

沈黙が続いた。

=================================

一年ぶりに、僕は浜田に帰って来た。懐かしい友達と会うために、去年は会えなかった友達と会うために。大好きな清君夫妻の家に泊めてもらい、えいこちゃん家の庭で去年と同じようにかぺ君たちとみんなでバーベキューをするために。

だけど、実のところ、なぜまた浜田に来ようと思ったのか、その理由を正確に説明することはできない。ここには僕の家はない。僕にとって浜田は帰省先でもなく、単なる旅行先でもないのだ。だが、ここには過去の自分が今も生きていて、大人になった大切な友人たちがいる。故郷とは呼べないかもしれないけど、どこよりも懐かしい、自分の原点のような場所。

そんなわけで、少し逡巡はしたけど、やはり今年も来ずにはおられなかった。そして、ともかく僕は来た。今回は、「スーパーおき」で遠回りすることなく、ちゃんと広島からの高速バスに乗って。

最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
こんにちは! (えいこのイトコーズ)
2010-09-02 14:25:00
イワシさん こんにちは。
えいこのイトコーズ晴美です

今回は浜田で色んな話がしたいな~って思ってたのに、時間が合わず
残念でした

しかも海で初対面の挨拶になるとは(笑)
ビッショビショで頭ペタンコのドスッピンて
グダグダな感じになってしまってほんと申し訳なかったです

来年はもっとちゃんとした格好で(笑)
ちゃんとお話したいです

再訪記パートⅡめっちゃ楽しみに読ませて頂きますね

返信する
Unknown (イワシ)
2010-09-02 20:34:27
晴美さん

コメントありがとうございます!!
こちらこそ、急にスケジュール変更してしまって本当にすみませんでした。いきなりビーチでの対面となって緊張してしまいましたが ^^お目にかかれてとても嬉しかったです。パート2も頑張って書いてみます!


返信する
おかえり! (たら)
2010-09-06 21:36:34
パソコンの調子が悪くて今日ようやく読ませていただきました。
去年の盛り上がりから一年。長かったようなアッとゆう間だったような時間でした。

しかしあの暑い中よく走ったよねぇさすが少年現役!
イットマンとの思い出ランニング、楽しそう
返信する
頑張るで~ (iwasi)
2010-09-06 22:16:49
おおえいたんありがと~!
まだ一話でストップしたままやけでど ^^
これから感動の最終回に向かって頑張って執筆するけえね~

早朝に起きて書くつもりなんよ。期待しといてくれ!
返信する