イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

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フリーランス翻訳者殺人事件 5

2009年01月31日 15時09分16秒 | 連載企画
殺人事件――。テレビを見なくなったわたしは、ニュース番組で殺人事件を知ることもなくなった。新聞は読んでいるから、殺人を始めとする犯罪のニュースは目にしている。だが、少なくともわたしにとって、テレビで報道される殺人事件は、聞記事で知らされるそれとはかなり異なるものだ。夕食時にリビングのテレビをつける。すると、ニュースキャスターがその日に起こった事件を読み上げる。毎日のように、日本のどこかで事件は発生する。今日何時頃、どこかで誰かが誰かによって刺殺された。刃物を持った誰かが、誰かの体を切りつけ、心臓を突き刺した。誰かは死亡し、騒ぎに気づいた近所の人が警察に通報。誰か、つまり犯人は逮捕される。犯人の動機は...。

全国の何千万人という人が、そんなおぞましいニュースを毎日のように聞かされる。来る日も来る日も聞かされる。なぜわたしたちは、そのようなニュースを毎日知らされなくてはならないのか。わたしには、その確固たる理由はわからない。何らかの事件が起きれば、当然それを知りたがる人がいるのはわかる。もちろん、わたしだって興味がある。殺人事件や犯罪事件のニュースは社会への警鐘であり、法を破り逸脱した行為をした者を許さないとする世間の共通意識を形成するのに役立っているのだろう。テレビの画面を見つめながら、誰もが加害者にも被害者にもなりたくないと思う。事件は自らの人生の蚊帳の外であってほしいと願う。たいていの場合、ほとんどの人は殺人事件とは縁のない人生を歩んでいるはずだ。だがそれが、殺人事件のニュースを毎日見ることが、どれほど影響しているのかは定かではないけれど。

世間の圧倒的多数の人たちは、まっとうな人生を歩んでいる。誰かをナイフで刺し殺したりすることは、ほとんどすべての人たちの人生とは無縁だ。にも関わらず、誰しもの日常のなかに、殺人事件のニュースが入り込んでいる。まるで、朝起きたら歯を磨くみたいに自然な形で。

ネガティブなニュースを目にすることで、人間心理にどのような作用が起きるのかはわからない。見た人が「自分はこのような凶悪な事件とはかかわりないところで生きていこう」と思うのであれば、ニュースはポジティブな働きをしているのだろう。実際、その効用は確実に存在すると思われる。だが、わたしはテレビで犯罪事件のニュースを見るのが好きではなかった。暗いニュースを聞かされる度に、人を刺殺するにいたった犯人の重苦しい人生を想像し、刺殺されてしまった人の不運に悲しみを覚えた。新聞記事なら、さっと走り読みするだけで済む。心が読むことを嫌がれば、すぐに別の記事に目を移せばいい。テレビを見ているときのように、逃げ場のない思いで数十秒間、あるいは数分間、悲しい事件に部屋全体の空気を支配されなくてもいい。

事件は今日も全国のあちこちで発生しているだろう。新聞では臨時ニュースは伝えられない。だからわたしは、近所で連続殺人が発生していようとも、それに気づけないだろう。ネットで知ることはできるかもしれないが、わたしがネットでニュースを読むのは多くて1日に2、3回だ。だから、もしNHKの受信料調査員を装った殺人鬼が近所を徘徊していることが臨時ニュースで報道されていたとしても、わたしはそれに気づけないかもしれない。彼がこの家のチャイムを鳴らしたら、わたしはいつものように仕事をする手をとめ、玄関までスタスタと走っていき、国立競技場に颯爽と姿を現した瀬古利彦のような笑顔で扉をあけるのだろう。そして、ジョン・リスゴーのナイフは、わたしの腹部を深くえぐることだろう。わたしは後悔するに違いない。テレビを見ていないことを。そして、にもかかわらずNHKの受信料を支払い続けていることを。

わたしが殺されたニュースは、その日のうちにテレビのニュースで全国のお茶の間に知らされる。「本日午後6時頃、東京都○×市の住宅街で、30代の男性が何者かによって刺殺されました――。」アナウンサーは、いつものように抑揚のないしゃべり方で、ニュースを伝えるのだろう。そしてそれを見るまっとうな人たちは、歯を磨くように当たり前にそのニュースを受け止め、自らの人生にはそのような悲劇が舞い込まないことを願い、眠りにつくのだろう。明日というまっとうな一日のために。

とはいえ、フリーランス翻訳者は、もっとも殺しの対象になりにくい職業のうちのひとつかもしれない。好き好んで翻訳者の息の根を止めようとするものなど、いるとは思えない。巨額の金を扱うわけでもないし、仕事上、人に恨みを買われるようなことだって稀だろう。もちろん、よくない翻訳のせいで、依頼者や読者に迷惑をかけてしまうことはある。だが、それが原因で暴力事件が発生することは、常識的に考えてまずあり得ないだろう。それに、フリーランス翻訳者は基本的に家に閉じこもっている。人目にさらされることも少ないのだから、偶発的に事件の被害者になる可能性だってかなり低いはずだ。

わたしの場合、殺されてしまう可能性として考えられるのは、ランニングの最中に暴漢に襲われるか、自宅を訪れた凶悪犯に刺殺されるかくらいだろう。車の往来の少ない道を走ってはいるものの、交通事故に遭う可能性は少々高いかもしれない。特に夜道を走っているときは。だが、仕事がらみで編集者から絞め殺されたり、翻訳会社のコーディネーターに階段から突き落とされたりするようなことはあるまい。あるかもしれないが、あってはほしくない。

そもそも――、とわたしは考えた。翻訳者を殺すには、刃物はいらない。翻訳者の死につながるもの、それは、質のわるい仕事であり、仕事の枯渇であり、それがもとで食べていけなくなることにほかならない。そして、日常に潜む孤独も。当然、わたしもそれらとは無縁ではない。特別に意識しているわけではないが、フリーランス翻訳者としてのわたしに忍び寄る死の影に静かにおびえながら、わたしは毎日を過ごしている。

わたしは仕事を再開することにした。こんなことを考えていても始まらない。心から恐れを取り除くには、仕事をするしかない。自分の技量をあらゆる面において高めていくしかないのだ。仕事場に戻ると、わたしはキーを打ち始めた。不安を打ち消すためには、1ワードでも多く翻訳することだ。仕事の結果は、文字としてコンピューターの画面のなかに現れる。文字が多ければ多いほど、わたしは不安から遠ざかることができるのだ。

ひとしきり仕事をした後、わたしは机の上に置いてあった名刺と封筒を手に取ってみた。ジョン・リスゴーの名刺には、当然のことながら『ジョン・リスゴー』とは記載されていなかった。わたしが目にしたのは『徴収 力』という奇妙な名前だった。ちょうしゅう りき。面白いじゃないか。力づくでも、受信料を徴収するということか。わたしは笑った。もしこれが彼の本名なら、彼の今の仕事は天職にちがいない。わたしは彼の名刺をもう一度眺めてみた。『NHK』の文字が見える。

次の瞬間、わたしは自分の眼を疑った。『NHK』の右横には、わたしの想像とは異なる6文字が記載されていた。


    NHK  日本翻訳協会

        徴収 力


わたしは、得体のしれない何かがこの身に迫ってきているのを感じた。



※この物語はちょっとだけフィクションです。登場する団体名・地名・人物などはいっさい現実と関係ありません。






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フリーランス翻訳者殺人事件 4

2009年01月30日 13時20分31秒 | 連載企画
しばらく仕事をしてから、わたしは休憩をとった。誰もいない部屋。誰の眼もないこの部屋。仕事をするのも、休憩をとるのも、わたしの自由だ。今この場で、素っ裸になって逆立ちをしても誰にも文句は言われない。マジックで腹に福笑いまがいの顔を描いて、腹踊りを始めたって誰にも白い眼でみられたりはしない。わたしは自由なのだ。だが自由って何だろう? 会社員時代、あれほどまでに手に入れたかった自由とは、いったい何だったのだろう? それは、裸で逆立ちすることでも、腹踊りをすることでもないことだけはたしかだ。そんなことのために、わたしは今、ここにいるのではない。わたしは一抹のむなしさを感じた。

わたしはリビングの台所に立ち、やかんに水を入れて火をかけた。生姜をすり、レモンを絞ってマグカップに入れ、沸騰した湯を注いだ。しょうが湯をひとくち啜り、リビングの本棚の前に立った。和書や仕事関係の本は、別の部屋にある本棚のなかだ。リビングの本棚には、洋書と翻訳書だけを置いている。数えたことはないが、合計すれば千冊は下らないだろう。会社員だったころ、わたしは何かに憑かれたようにして新古書店で本を買い漁った。仕事で忙殺され、家に帰ってからも個人として請けていた書籍の翻訳の仕事に追われた。本を読む時間がなかったわけではない。だが、読めなかった。思うように、浴びるように読みたいという気持ちは澱のようにわたしのなかにつもっていった。その反動からか、書店で本を買い求める頻度は増していった。買い集めた本をいつ読むのかという問いに対する明確な答えを持たないまま。

時間のあるときに読みすすめてはいる。だが、すべてを読み終えるまでにいったいどれくらいの時間がかかるのか、想像もできない。そもそも、そんな日がくるのかどうかも疑わしい。だけど、わたしは本を買わずにはいられなかった。翻訳を志し、情熱を燃やし始めてから、気がつけば10年以上が経過している。本棚に眠る書物たちは、わたしの志の証だ。どうしても翻訳の仕事がしたい、と願い続けた過ぎ去りし日々の、動かぬ証拠だ。しょうが湯を飲みながら、わたしはその場にしばし立ちつくした。今、熱い日々は過ぎ去り、わたしは念願のフリーランス翻訳者になった。ずっと夢見続けていた、翻訳者になった。明けても暮れても翻訳ができる立場になった。本だって浴びるほど読める身分になったはずだ。もう会社に時間を束縛されることはない。だが、「会社が束縛していたわたし」とは、何者だったのか? わたしはありもしない自由を求めていただけではなかったのか?

いや、こんな問の立て方は間違っている。わたしは夢に向かってまい進しているのだ。ひとつの目標を定め、それに向かって道を歩んでいるのだ。走り続けているのだ。後ろを振り向いている暇はない。たとえゴール直前のラストスパートで無情にも瀬古に抜かれてしまおうとも、ひたすら前だけをみて走り続けなくはならないのだ。スタート直後からいつも先頭にあることだけを目指していた、イカンガーのように。わたしはネガティブになりがちな自分のこころを戒めた。そんな弱い自己を嫌悪した。わたしがすべきことは、過去の肯定だ。願いどおりの立場になることができた、恵まれた自分の人生に感謝することなのだ。自分の身の回りにいる人たちへの、尽きることのない感謝の気持ちを感じ、それを態度で表していくことなのだ。フリーランス翻訳者として、まっとうに生きよう。これまでと同じくらい、いやそれ以上の大きな夢を描いて。

書物は何も語らず、ただ黙って本棚に収まっている。わたしはテレビのない部屋で、テレビがないことについてもう一度考えることにした。テレビがないことで、わたしはかなりの情報欠落人間になっている。流行りの芸能人、ドラマ、音楽。わたしはまったく時代に追いついていない。大きく取り残されている。だが、もともとわたしは流行りものには疎いほうなのだ。テレビがあったとしても、最先端の情報にキャッチアップすることなどできない。だから、そのことについてはあまり気にならない。惜しむらくは、良質のドキュメンタリー番組を見れなくなったことかもしれない。文化人、芸術家、ビジネスマン、市井の人々。世の中には面白い人たちがたくさんいて、それぞれに毎日を過ごしている。そんな人たちの生きざまを見せてくれるトークショーやドキュメンタリーが、わたしは好きだった。テレビで初めてその人の存在を知り、その人について調べる。その人が書いた本を読む。そうやって芋づる式にわたしは多くの人々とのバーチャルな出会いを果たしてきた。テレビの画面のなかで人が動き、呼吸し、語る。その様をみながら、わたしは世の中と繋がっていたのだ。だが、今はそれも気にしないでおこう。テレビのある生活は、いずれまた始まるだろう。画面を通じて、また新しい人たちとの出会いがあるだろう。そして、ついついテレビを見すぎてしまう自分を、わたしは戒めているに違いない。テレビの電源をオフにして、仕事をしなければ、本を読まなければと自らにいいきかせているに違いない。今はたまたまテレビがないだけだ。誰もいないこの部屋で、ひとりしょうが湯をすする生活だって、いつまでも続くわけじゃないと信じたい。きっとまた、暖かい暮らしがわたしを待っているはずだ。そのときが来るまで、この独りの暮らしをせめて楽しもう。自分と向き合い、書物と対話しよう。いっぱしの翻訳者だと世間が認めてくれるまで、努力を続けよう。納得のいく仕事ができるようになるまで、自らを磨き続けていこう。テレビがないことくらい、なんともない。海外に住んでいると思えばいいじゃないか。日本のニュースもドラマも見れなくたって、数年間くらいは問題ないはずだ。そうだ。わたしは今、リオ・デ・ジャネイロに住んでいるのだ。

わたしはマグカップのなかのしょうが湯を飲み終えた。仕事を再開しようと思った。だが、すぐにはコンピューターに向かうことができなかった。わたしの頭に、四文字の言葉が浮かび、そのことについてしばし考えてしまったからだ。わたしはソファに腰を下ろした。焦点をどこにも合わせないまま、わたしの心にふと舞い降りたその四文字を、口に出してみた。

「殺人事件」とわたしは言った(続く)。


※この物語はちょっとだけフィクションです。登場する団体名・地名・人物などはいっさい現実と関係ありません。
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フリーランス翻訳者殺人事件 3

2009年01月29日 23時11分33秒 | 連載企画
わたしが、「テレビは持っていない(つまり、NHKの番組はもちろん、民放の番組も見ていない)。だが受信料は払っている」と伝えると、彼は「そうですか」と困惑した表情を浮かべて呟いた。

彼が戸惑うのも当然だろう。普通「テレビは持ってない」というセリフ――その人が本当にテレビを持っていようと、見え透いた嘘であろうと――に続くのは「だから受信料は払いません」になるだろうからだ。「テレビはない。だけど受信料は払う」なんていう矛盾した主張をするわたしのようなパターンはごく珍しいだろう。考えてみたら、わたしも大人げなかった。受信料を払っていないのならともかく、そうではないのだからテレビがないことをいちいち彼にアピールする必要はなかったのだ。彼にしてみれば、わたしがテレビを持っていようがいまいが関係のないことだ。単に「受信料は支払っています」と言ってあげればよかったのかもしれない。わたしはいつも、とっさの常識的な判断ができない。世間という海をうまく泳ぐことができないのだ。

だが、わたしは彼を困らせようとしたわけではないし、実際そうではないはずだ。すくなくともこれで彼はわたしのことを問題のない相手だと思ってくれただろう。「受信料を払わない」と言っているわけではないからだ。彼は毎日数百件の家庭を訪問するなかで、さまざまな難敵に出くわしているのだろう。「受信料は払わない」と主張する人たちの、その実に多彩なエクスキューズを聞かされているのだろう。毒蛇のように牙をむくものもいれば、ライオンのように吠えさけぶものもあるだろう。その点、わたしなんて可愛いものだ。彼の眼には、わたしは穏やかな森のなかで静かに草を食む小鹿のように無害な存在に映っているに違いない。

「そうでしたか……実はわたくし、皆様のご自宅を訪問して、衛星放送が視聴されているかどうかを調査しておりまして」と彼が言った。

そうだったのか。衛星放送。確かに、わたしの家のベランダには、衛星放送を受信するためのアンテナが設置されている。だがこれは、まだテレビがありし頃、スパカーを受信するために購入したものだ。NHKの衛星放送は見ていないし、受信料も払っていない。そもそも、衛星放送を見れる設定にしていないから、見たくても見れなかった。そのくらい、いちいち家庭を訪問する前に調べられないのだろうか。口頭で質問して確認しなければならないのだろうか。わたしは彼に説明した。このアンテナは「まだテレビがあった頃に」スカパーを見るために購入し、設置したものです――。嘘をついているわけではないのに、なぜだか妙に後ろめたい気持ちになってしまう。テレビがないとのたまっておきながら、ベランダにはアンテナが設置されたままだ。客観的にみたら、やはりわたしは相当に怪しい。なぜだ。なぜわたしは無実の罪で彼に疑いの眼を向けられなくてはならないのだ。

「よければ、家のなかに入って見ていただいてもかまいません」わたしは言った。そうだ。何も怪しいところはないのだから、堂々と彼にその眼で証拠を見てもらえばいい。わたしは、一瞬にして失われかけた自尊心が、一瞬にして回復していくのを感じた。

だが彼は「いえ、家のなかには入れない規則になっておりまして」と言って首を振った。なるほど。たしかに屋内に入って黒白をはっきりさせようとするのは、トラブルのもとにもなるのだろう。テレビがないと言い張る人は、テレビがリビングに堂々と鎮座していたって、ないと言い続けるのかもしれない。あるいは、テレビがあるのがバレた瞬間に、「NHKは見ない」と主張を変えるかもしれない。「NHKは電波が悪くて受信できない」と言うのかもしれない。そもそも、誰だっていきなり他人に家のなかに踏み込まれたら気分を悪くする。さまざまな問題が発生するに違いない。NHKの人だって、身の危険を感じるだろう。下手をしたら、酔っ払って寝ていた親父が眼を覚まし、驚いて包丁を片手に襲いかかってくるかもしれない。お爺さんもおばあさんも飛び起きて、二階からは柔道部の高二の息子も降りてきて、くんずほずれつの殺傷沙汰にだってなりかねない。

わたしはまた常識はずれなことを言ってしまった。冷静に考えれば、彼が家のなかまで入って衛星放送の受信状態を調べるなんてことはまずありえない。でも、繰り返すが、わたしにはとっさの常識的な判断ができないのだ。

でもよく考えればおかしな話だ。わたしは彼にテレビがないと言った。なのに彼は馬耳東風で、衛星放送を見ているのかどうかと真顔で訊いてきた。おかしいじゃないか。テレビがないのに、どうやって衛星放送が見れるというのか。わたしは馬鹿なのか。いや、彼は単にマニュアル通りの質問をしているだけなのかもしれない。落ち着け。それでも、彼がわたしが言ったことを信じていないという可能性は捨てきれない。わたしはそんなに信用できない男の顔をしているのだろうか? まあいい。「まず眉にツバをつけよ」の精神でないと、彼の仕事は成り立たないのだろう。わたしも大人だ。そんなことで腹を立てたりはしない。

ジョン・リスゴーは、衛星放送についてはそれ以上突っ込んでこなかった。彼は次の質問に移った。「ところで、最近の若い方はパソコンでテレビを見る方が増えておりますが、パソコンでテレビは見ていらっしゃいますでしょうか?」

思わず、「はい」と答えそうになった。いや違う。わたしはパソコンにテレビチューナーは付けていない。テレビは見ていない。「Youtubeならしょっちゅう見てますが」と言いそうになるのをぐっとこらえた。それに、そもそもわたしはもう「最近の若い方」ではないと思う。わたしは、パソコンでもテレビは見ていないと言った。

家のなかまで踏み込めない以上、彼もわたしがNoと言った限りは、それ以上打つ手はない。わたしのことを信用していようがいまいが、彼はここでひきさがるしかないのだ。しかし、わたしは受信料を払っている。にもかかわらず、なぜパソコンでテレビを見ているのかどうかを彼に追及されなくてはならないのか。わたしはどうして言い逃れめいた説明をしなければならないのか。まあいい。彼はマニュアルに従っているだけなのに違いない。若い彼を責めるわけにはいかない。

彼は任務終了といった顔つきになった。「よろしければアンケートにご協力いただけますでしょうか。この封筒に用紙が入っています。書かれている質問に答え、郵送か電子メールで返送ください。お手数ですが、どうぞよろしくお願いします。それからこれは私の名刺です。何かあればご連絡ください」と彼は言った。わたしは封筒と名刺を受け取った。彼は礼をし、次の訪問先へと向かって行った。おそらくは、わたしの隣の部屋だろう。

わたしは扉を閉め、小さくため息をついた。NHKに関しては、テレビもないのに受信料を払っていることで、いいことをしているつもりでいた。善意のつもりだった。だから、彼が来たとき、わたしの気分は少しだけ大きくなった。だが、予想外に彼に追い詰められてしまった。予想外に狼狽してしまった。ひょっとしたら、彼は結局、わたしのことを信用していないのかもしれない。彼の記録には「テレビを持っていないと主張、かなり怪しい」などと書かれているのかもしれない。なんてこった。でもかまわない。これが世の中なのだ。わたしは真実を語り、彼は業務上「疑わしきは」の精神を貫いただけだ。

わたしはハンコを台の上に置き、宗茂のように顔を少しだけ傾けた走法でスタスタと廊下を駆け、デスクに戻ると仕事を再開した。ジョン・リスゴーの名刺と封筒も机の上に置いたが、中身を見ようとは思わなかった。アンケートには、答えるつもりはなかった。

つもりはなかった――のだ(続く)。


※この物語はちょっとだけフィクションです。登場する団体名・地名・人物などはいっさい現実と関係ありません。



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フリーランス翻訳者殺人事件 2

2009年01月28日 21時25分27秒 | 連載企画
そこにいたのは、ペリカンでもクロネコでもなかった。身長2メートルはあろうかという体躯のいい、青い眼をしたロシア人格闘家でもなかった。それは、若き日のジョン・リスゴーを彷彿とさせる、背の高い真面目そうな青年だった。

「NHKの者ですが」と彼は言った。

それがY新聞だったり、得体のしれない団体だったり、百科事典のセールスだったりすれば、わたしは迷わず例の如く「すみませんが、結構です」と言って扉を閉めただろう。そうやって冷たく扉を閉めるときは、ちょっとだけ相手に対して申し訳ない気持にもなる。だが、いちいち付き合ってはいられない。わたしにだって、やるべき仕事があるのだ。やるべき仕事をしていないときでも、あるいはやるべき仕事がないときでも、答えは同じだ。突然他人の家を訪問して、何かを売りつけたり、勧誘したりする。それはわたしの好む行為ではない。誰かに何かをアピールしたいのであれば、もっと正々堂々と、そして相手のパーソナルな領域に入り込まない形でやるべきだ。そのために、世の中には広告宣伝という媒体があるのだ。消費者は、欲しいものがあれば自分でそれを探して手に入れる。それが資本主義のルールだ。売り込みは構わない。だが、突然他人の家を訪問するのは、一線を越えている。土足で家の中に入り込むのと同じことだ。

だが、もし翻訳会社のコーディネーターや、出版社の編集者が突然訪ねてきてくれて、「この仕事、やってくれませんか」と言ってくれるのなら話は別だ。もちろん大歓迎する。そんな僥倖に恵まれた日には、玄関先で話を終わらせることなど決してない。リビングに招きいれ、コーヒーを淹れ、お茶菓子を出して、精一杯もてなして、話を聞く。仕事場を見てもらい、ついでに寝室も見てもらい、ベランダから景色を眺めてもらう。長居ができそうであれば、料理だってふるまう。夕方であれば、ワインとビールを買い出しに行く。デザートとつまみも買う。そして、仕事の話を終えた後も、つきることのない翻訳話を楽しむのだ。本棚を眺めてもらい、彼/彼女が手に取った一冊をネタにして、いつまでも語り合う。翻訳について、本について、お互いの人生について。

NHKの人が来たのはいつ以来だろう。わたしの家には、テレビがない。同居人が半年前にこの家を出ていくことになったとき、持って行ってもらったのだ。持っていってもらえるものは、すべて持っていってもらえばいい。そう思っていたということもあるし、特にテレビは、会社を辞めフリーランスになる直前だったわたしにとって、仕事の邪魔になるのではないかという懸念を感じさせるものだったため、少々無理をいって引き取ってもらった。会社にいかなくてもいいわたしは、何時に目覚めようと誰にもとがめられなくなる。昼間に起きて、『笑っていいとも』を見る。見るともなしに、ワイドショーを見る。あるいは、深夜までダラダラと過ごし、スポーツニュースやお笑い番組をはしごする――そんな自堕落な生活だけは避けたいとおもったのだ。わたしは自分が相当に自堕落な人間だと知っている。だからこそ、自堕落になることは意識的に避けるべきなのだ。

仕事が軌道に乗るまでは、テレビを持たない。なりゆきでそうなった部分は多いとはいえ、そのわたしの決断は、ある程度は妥当なものだったと思う。この半年、わたしはテレビ番組を一切見ていない。それはわたしに自己管理能力があったからではない。単に、家にテレビがなかったからだ。テレビがない生活も、慣れてしまえば悪くない。時間は増えるし、活字に対する親近感も増す。もちろん、わたしは頑迷なテレビ否定論者などではない。テレビは大好きだ。わたしがテレビを見ているのではなく、テレビがわたしを見ているのではないかと思ってしまうほど、わたしはテレビを見てしまう。だが、わたしの仕事は翻訳だ。わたしが相手にしなければならないのは、映像ではなく、言葉なのだ。テレビを3時間見ている暇があったら、1冊でも多くの書物を読んだ方がいい。明治の文豪だって、テレビがない時代だからこそ、あれほどまでに言葉を磨きあげ、言葉と格闘することができたに違いない。彼らは、強迫観念的に毎日『ニュースステーション』を見なければならないと思わなくてもよかったのだ。

彼は何を求めてこの扉を叩いたのか。テレビのないこのわたしに、何を求めているのか。実は、わたしはテレビがなくなった今でも、NHKの受信料を支払っている。引き落としの手続きを変更するのが面倒だからだ。いつかまたテレビのある生活に戻るかもしれない。きっとまたそんな余裕と潤いのある暮らしが始まるだろう。そんな淡い期待もあって、もったいないなとは思いつつ、NHKにお金を支払い続けている。NNKにとっては、こんなにいい客はいないはずだ。テレビを見ていないのに、受信料を支払ってくれる。吉野家でいったら、牛丼を食べないのに、お金だけを支払ってくれる客のようなものだ。自分でいうものなんだが、日本の映像文化の振興にこれほど純粋な形で貢献している人も珍しいだろう。わたしは、日本放送協会に賽銭を投げているのだ。『篤姫』の話題に、まったくついていけないこのわたしが。

というわけで、わたしには彼に対して後ろめたいところはまったくなかった。受信料はきちんと支払っている。テレビがないのに払っている。嘘偽りはまったくない。わたしは、彼の眼を見た。煮るなり焼くなり好きにすればいい。どこからでもかかってこい。わたしは白だ。わたしはクリーンだ。わたしは潔白だ。わたしはやってない。

「テレビは持っていません。でも受信料は支払っています」わたしは彼にその旨を伝えた。まるで自分がいっぱしの慈善家でもあるかのように。

彼は少々意表をつかれたようだった。だが、驚いたとことに、彼のわたしに対する疑念は、消えることはなかった。それはこの1月のどんよりとした曇り空のように、どこまでも暗く、重たいものだったのだ(続く)。

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フリーランス翻訳者殺人事件 1

2009年01月27日 23時04分12秒 | 連載企画
チャイムが鳴った。夕方の6時を少し回ったところだ。仕事をしていたわたしは、キーを打つ手を止め、玄関に向かった。チャイムが鳴ったら、とりあえずハンコをもって玄関にいき、相手が誰かを確かめずにドアを開けることにしている。たいていの場合、それは宅配便だ。何かを売り込みに来る怪しげな人の場合もあるから、ちょっとした不安もある。だけど、毎回インターフォンで「どちら様ですか?」とやるのは面倒くさい。毎日のようにアマゾンから荷物が届くこともあるから、配達する業者のお兄さんやおじさんも、わたしの部屋の前に立ち、番号を見るたびに「またコイツのとこかよ」と思っているに違いない。そんな彼らに対して毎回「どちら様ですか?」なんて高飛車な態度はとれない。そもそもこっちだって怪しい人なのだ。平日の昼間にずっと家にいて、連日のように何かをネットで注文している。「あんた、何者ですか?」と思われているのはこっちの方だろう。「一棟の●●●号のあの男は怪しい」と、宅配仲間で噂になっているかもしれない。ひょっとしたら、警察にも話がいっているかもしれない。そんなちょっとした被害妄想をしてしまうのだ。

だから、チャイムが鳴ったらハンコを持ってとにかく扉を開ける。それがわたしのささやかな流儀だ。チャイムが鳴る。わたしはそれまでしていたことを中断し、ハンコを持って玄関に行く。そして笑顔で扉を開ける。それがフリーランス翻訳者としてわたしが自らに課している、ごくわずかなルールのひとつなのだ。

わたしは扉を開ける。「わたしはけっして怪しいものじゃございやせん」ビームを発しながら、ニコニコと。荷物を受け取り、丁寧にお礼をいうと、配達の人も安心するのだろう。こちらをまともな人間だと思ってくれているような反応が見られる。それがうれしい。めったに人と接する機会がないのだから、せめてこういうときくらい、気持ちよく人と接したい。そもそも、わたしは決して愛想がよくないわけではない。むしろ、過去の数十年を振り返れば、かなり爽やかに人と接してきた方ではないかと思っている。レストランにいっても、コンビニにいっても、店員に横柄な態度をとったことはない。頑なに敬語を貫き、感謝の一言はできるだけ忘れないようにしている。だが、そんなわたしですら、こうやってほとんど人と話す機会をもたないアナグマのような生活をしていると、不安になってくる。だんだん性格まで暗くなってきて、無表情、無反応な奴になってしまうのではないか。そんな恐れを感じるのだ。ほんの数秒のこととはいえ、宅急便のおっさんと笑顔でかわす一言は、わたしにとって日常世界との接触の貴重な機会でもある。シェフがフライパンから高々と上げる調理用の炎のように、たとえ瞬間であったとしても、「社会」を自己のなかに立ちあがらせなくてはならない。強く、高く。

だからわたしにとって、扉を開けることはある意味楽しみでもある。そこは社会に通じるドアでもある。監獄にいて、面会者がきてくれたようなうれしさもある。だけど、安全なことばかりではない。もしかしたらそこには殺人鬼がいて、扉が開いた瞬間に刺殺されるかもしれないのだ。そんな可能性は万に一つもないだろうが、よしんば殺人鬼がそこにいたとしても、簡単には刺されて死ぬことはないだろうというちょっとした自負もある。相手は腹部を狙ってくるだろう。鋭利な刃で、内臓をえぐるような一撃を矢のように打ってくるだろう。だが、わたしには恐らくその一撃はとどくまい。わたしにはボクシングで鍛えた華麗なフットワークがある。檻のなかを逃げ回る鶏のように瞬時にわたしは方向を変え、奴のナイフをさけることだろう。そして隙あれば反撃を狙うだろう。扉で奴の右手を挟んでやる。あまりの痛みに奴がナイフを落としたら、表にでて、強烈な右ストレートをお見舞いしてやる。死のダンスを踊るのは、奴の方だ。奴が倒れたら、ゲームに勝ったも同然だ。なぜなら、わたしには実に多彩な関節技という武器があるからだ。チョークスリーパー、アームバー、アキレス腱固め、ヒールホールド。技の百科事典を奴に売り込んでやるのだ。

ともかく、わたしは扉をあける。そして、ほとんどの場合、それは宅配便である。目の前にいるのが営業の人だったら、「すみませんが、結構です」といって扉を閉める。それだけの話だ。若くて世間知らずだった頃は、思わず最初の一言を聞いてしまい、話を終えるタイミングをつかめないまま、長々と話を聞かされてしまうこともあった。だけど、今ではそんなことはしない。わたしはもう大人になったのだ。だから、相手がしゃべりだし、それが何かの売込み――新聞とか、宗教とか、今じゃあんまりないのだろうけど百科事典とか――だとわかった瞬間、早押しクイズの回答者がボタンを押すみたいに「結構です」という答えを口から吐いて、扉を閉める。相手もそんなわたしの気配を感じるからなのか、決して後追いはしてこない。

――何の荷物だろう? 最近はアマゾンでも注文をしていないし、親が何かを送ってくれたのだろうか? そう思いながら、わたしは瀬古利彦のように上下動のまったくない安定した走りで軽快に玄関へと向かい、スピードを落とさないようにして玄関の手前の台にあるシャチハタのハンコを掴んだ。先頭を走る瀬古が、給水所で自らのスペシャルウォーターに狙いを定めるように。

扉を開けた。いつもの宅配便のおっさんではなかった。見知らぬ男が、そこに立っていた。そしてわたしは、なぜか扉をしめることができなかった(続く)。
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20世紀とPLAYBOY

2009年01月26日 19時40分01秒 | Weblog
iPodでTimeのEntertainmentの番組を聴いていたら、PLAYBOY誌の発刊者として有名なヒュー・ヘフナーがゲストしてインタビューを受けていた。日本ではあまり知られていないけど、彼の地ではかなり有名なのだそうだ。PLAYBOYといえば、20世紀を代表する男性誌。日本語の月刊誌版は、惜しまれながら2009年1月号をもって休刊になった。時代の流れを感じさせる。でも、週刊誌の方はまだ健在である。今じゃほとんど読まなくなったけど、20代のころは通勤時によくキオスクで買っていたものだった。電車内で読んでいると隣の人の白い眼が気になり、色っぽいページは見たい気持ちをぐっとこらえて高速でめくり、政治経済・文化スポーツ関連の「安全な」ページに移動したりしたものだった。週刊現代とか週刊ポストとかは、若い僕にはあまりにも中年サラリーマン的すぎたので(読んではいたけれど)、週プレはとても手頃だったのだ。

開放的なイメージのあるPLAYBOY誌だけど、ヘフナーは政治的にはかなり保守的で、生粋の共和党支持者なのだそうだ。ただし、同性愛者の結婚やBirth Controlなどには反対していないというリベラルさも持っている。自分が右か左かとか、あるポリシーを支持しているとかいないとか、フェミニストであるかそうでないかとか、そういうのは日本だったらなかなかそこまで踏み込めないような話題かもしれないけど、インタビューする側もされる側も、実にあっさりと質問し、回答する。ヘフナーの答えは、特に驚くべきものではいけれども、やはり彼なりの観点、考え方が明らかになっていって聴いていて面白い。ひとりの人間のなかには、様々な政治信条や思想が複雑に絡み合っているということなのだ。

1953年の創刊から実に55年以上もの歴史を誇る同誌を見守ってきた彼は、アメリカの性は激変し、驚くほど自由になったと語る。この流れは日本も同じだが、そこにはアメリカの大きな影響があったはずだし、その象徴がこのPLAYBOYだったといえる。彼が生まれ育った家庭環境はとても厳格で、家族同士でハグすらもしないほど抑圧的だったのだそうだ。彼が創ったPLAYBOYは、その反動でもあったのだろうか。



冷蔵庫漁って見つける二日前に買いて忘れし週刊文春

(解説)コンビニで買い物してそのままポリ袋ごと冷蔵庫に入れていた。買ったはずの週刊文春がないな~と少しだけ気になったのだけど、いつのまにかすっかり忘れていた。今日、冷蔵庫を漁っていたら、冷たくなった週刊文春が出てきたのだった。自分のボケっぷりと荒みっぷりに驚きながらも、夏の暑い盛りなら週刊誌を冷やすのも悪くないなと思ったりもしてみた。
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エアフォースワン

2009年01月25日 13時49分15秒 | Weblog
エアフォースワンとは、ご存じのとおりアメリカ大統領が搭乗する空軍の航空機のことを指しますが、実は具体的な戦闘機や輸送機を意味しているのではないそうです。つまり、これは大統領が乗っている飛行機を示す「コールサイン」なのであり、大統領が空軍機で空を飛んでいるとき、その移動媒体が何であれ、それはエアフォースワンと呼ばれるわけです。

なので、もし機中で大統領の任期が終わってしまえば、エアフォースワンのコールサインは空中で解除されるわけです(そんなことはめったにないでしょうが)。離陸するときはエアフォースワン。着陸した時はただの飛行機。ただしその場合、コールサインは「いや~これで大役から解放されたわん」に切り替わります。ちなみに、副大統領を運ぶ空軍の飛行機は、エアフォースツーと呼ばれるそうです。そして、大統領と副大統領は同じ飛行機には乗りません。事故がおきたとき、一度に二人ともなくなってしまったら大変だからです。

同じように、大統領がアメリカのその他の軍機に乗るときにも、コールサインがあります。

海兵隊機: マリーンワン
陸軍機: アーミーワン
海軍機: ネイビーワン

また、あまり知られていませんが、大統領の愛犬が搭乗していた場合は、「2引く1は、ワン!」というコールサインがあります。というのは冗談ですが、このコールサインはその他にもあてはめることができそうです。

大統領がトイレで用を足しているとき:

バスルームワン

大統領が昼休みにバレーボールを楽しんでいるとき:

アタックナンバーワン

大統領がワシントンDCの消費者金融でお金を借りるとき:

DCキャッシュワン

ちなみに、オバマさんが公的に使用する戦車のようなリムジンには、このコールサインは用いられず、「ザ・ビースト」というニックネームがそのリムジンそのものに対して与えられています。ものすごい車です。ただし、運転手は、ボブ・"ザ・ビースト"・サップではありません。






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Without Fear or Favor

2009年01月24日 20時43分42秒 | Weblog
Japan Times の一面のヘッダーの部分には、"All the New Without Fear or Favor"というスローガンが記されている。「どの国、どの利益集団、どの社会階層に対しても、恐れることなく、またへつらいもしないということで、編集関係者全員が、これを金科玉条として、毎日の仕事にあたっています」と同紙の方がコメントされている。

Without Fear or Favor――恐れることなく、へつらいもしない。毎朝、この言葉を目にするたびに、翻訳も同じだと思う。原文から離れることを恐れすぎると、ワードバイワードな堅苦しい訳になってしまう。だから、離れることをいらずらに恐れすぎてはいけない。勇気をもって、原文が意味するところを適切な日本語で表現する。しかし、そこに恣意的な判断が入ってはいけない。訳文に紛れこんだ勝手な解釈は、作者、読者、そして訳者自身に対する裏切りになるのだ。とはいえ、一個人としての僕の心は、Fear と Favor で満ち溢れている。でもだからこそ、訳文にそれが現れないように気をつけなくてはいけないのだ。さらにいえば、「文は人なり」であるわけだから、問題を根本から改善するためには、日常生活においても、Fear と Favorを削っていく努力が必要なのだ。

訳しすぎだと言われるのは怖い。だけど、なんのひねりもない、意味の通じない訳を創るのも嫌だ。翻訳をする人はいつも、この振り子に揺られながら悩んでいるのではないだろうか。

上手いといわれる訳文は、この葛藤を見事に乗り越え、孔子のいうところの、「心の欲するところに従って矩(のり)をこえず」を体現するかのような過不足のなさを感じさせてくれる。言葉が自由に躍動しているのを感じるのと同時に、踏み越えてはいけない境界線をけっしてはみ出していない――そんな訳だ。

僕もいつか、そんな境地に達することができるのだろうか。孔子曰く、それは「70にして」到達するものだということなのだけど、はたして70才まで翻訳を続けていられるのか。70才になっても、このブログに相変わらずくだらないことを書きつらねているのか(想像するとちょっと怖い)。

先のことはわからない。ともかく、恐れず、へつらわず、翻訳にとりくもう。




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最後の皇帝

2009年01月23日 23時29分27秒 | Weblog
皆さん、突然ですが、「MMA」ってなんの略語だかわかりますか?「メトロポリタン美術館(Metropolitan Museum of Art)」も「骨髄様化生症を合併する骨髄硬化(myelosclerosis with myeloid metaplasia)」もMMAですが、僕がここで指しているMMAとは、Mixed Martial Arts、つまり「総合格闘技」のことです。これはパンチ、キック、投げ技、関節技、絞め技など、様々な攻撃がまさに総合的に認められている格闘技で、日本では大晦日の「Dynamyte」、「戦極」、「Dream」、 今はなき「PRIDE」などのプロモーションが知られています。アメリカでは今MMAが大人気で、最大手のプロモーション、UFCの興業には毎回全世界のMMAファンが注目しています。北京五輪の柔道100kg超級の金メダリスト、石井慧選手が柔道をやめて総合格闘技に転向、契約したのがこのUFCです。僕もはしくれMMAファンの一人です(まったく興味がない方も多いかと思いますが、ご容赦ください)。

このMMAの世界で最強と言われているのが、ロシア人のエミリヤエンコ・ヒョードル。ニックネームは、The Last Emperer、最後の皇帝です。日本のPRIDEで主に試合をしてきた彼は、日本でもとても人気があり、僕も彼のことが大好きです。もう、めちゃくちゃ強いのですが、普段は穏やかで謙虚。とても好感のもてる人です(だからこそ強いのでしょう)。ちなみに、彼はイラストがとても上手です。それから、ちょっとピグレットにも似ています(そこがたまりません)。

総合格闘技で最強ということは、すなわち人類最強を意味するとも考えることができ、実際、彼のことを「人類最強」と称する人は後を絶ちません。僕もそう思っています。世界中で一番強い男がどんな顔かたちをしているのかを見たい方はこちらをどうぞ。ヒョードルはヘビー級としては、体はそれほど大きくはありません(182センチ)。でも、絶え間ぬ努力と持って生まれた才能で、世界のトップに躍り出ました。僕も彼のように、徹底したトレーニングで人類みな兄弟じゃなくて翻訳人最凶、いや最強を目指したいものです。ともかく、彼のすべてが好きです。彼は僕のヒーロー、アイドルです。

以前このブログで翻訳は総合格闘技に似ていると書いたことがあるのですが(そのときのエントリ)、最近、ますますその思いを強めています。

総合格闘技では、実に多様な技術の習得が求められます。

・打撃
・テイクダウン(相手を倒す)
・ガードポジションからの攻撃
・絞め技、寝技
・ディフェンス
・体力
・厳しいトレーニングを行うためのディシプリン
・人間性
・顔が怖すぎても優しすぎてもだめ
などなど、さらに細かく見ていけば、必要な資質、技術の数にはキリがありません。

翻訳も同じです。あらためて言うまでもなく、
・語学力(ソース言語)
・専門知識
・常識力
・表現力(ターゲット言語)
・翻訳テクニック
・営業力
・コミュニケーション能力
・体力、集中力
・翻訳Love
・老人力(年をとっても仕事を続けるために)
などなど、必要な技術、能力、資質はいくらでも挙げることができます。

そして、相手(仕事の内容)も、毎回異なります。
これも、総合格闘技と似ています。
相手はムエタイ出身の強力なストライカーかもしれないし、レスリング出身の強烈なタックルを得意としているかもしれない。はたまた、柔術の奥儀を極めた関節技の達人かもしれない。その相手に対して、柔軟に対応し、ゲームプランを組み立てなくてはならないのです。翻訳も、文書の内容やジョブの性質によって、求められるスキルや必要な作業は実に多様に変化します。同じ仕事はふたつとしてないのです。

ヒョードルはなぜ、人類最強の男と呼ばれているのか。そのすごさは、総合格闘技だけに「総合的にすごい」ところにあります。でも、単に総合点で優れているというわけではありません。パンチ、グラウンドテクニック、ディフェンス、バランス、関節技、どれをとっても一流なのです。彼を見ていると、翻訳者もやっぱりどれをとってもすごい能力を身につけなければならないのだと思わされます。Best of the best、一流のなかの一流は、すべての面において優れている。その高みを目指すためには気の遠くなるほどの努力が必要だけど、やはりそこを目指さなくてはならないし、目指したい。現実的には、どれをとってもすごくないという状況なのですが...(^^;

MMAでは「いったいどちらが強いのか」という真実が、あきれるほどにあっけらかんと明らかになってしまいます。なんでもありの、この「たがの外れ具合」は、時に暴力的にすぎ、あまりにも過激でもあります。極端に言えば、戦場などの極限状態での殺し合い、自然界での雌や獲物を巡っての雄同士の殺し合いを彷彿とさせます。そんな光景を、このえげつなさを観たいという心理は、抑圧的な現代に生きる人たちの心の奥にある、かなり直接的な欲望なのかもしれません。だけど、MMAがその黎明期を終え、競技としての成熟さを増してきた今、勝者が従っている原則は、野蛮さでも凶暴さでも単なる体力でもありません。それは地道な技術の習得であり、スポーツサイエンスであり、冷静な分析なのです。アスリートとして優れたものが勝利する。そんな健全さがMMAに感じられるようになってきました。僕はそこに安心感を覚えます。同じように、今の世の中、すべてがなんでもありのMMA状態になって、従来の価値観も大きくぐらついていているようにも思え、その流れはある意味必然なのだろうとも感じますが、やっぱり最後に勝つのはヒョードルのように、ものすごく練習熱心で、よく考える、謙虚な人なのではないかと信じたいのです。そして僕も翻訳業界の「最後の皇帝」を目指し、おそらくそれは無理だろうけど、せめて納品前の「最後の工程」では、ミスのないようしっかりと見直しをしたいと考えているのでした。

というわけで、今日もいったい僕は何をいいたかったのでしょうか?(^^) よくわかりませんが、きょうはこの辺で。

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痴に至る病

2009年01月22日 22時16分54秒 | Weblog
少し前の話だけど、生存しているすべてのアメリカの元大統領、カーター、ブッシュ父、クリントン、ブッシュ息子とオバマが一緒に昼食をとった(そのときの映像)。なかなか感動的な絵だった。ウルトラマン世代の僕にとっては、この光景は現役のウルトラマンが絶体絶命のピンチになったときに助太刀で現れてくれる歴代のウルトラ兄弟みたいに映る。ウルトラ兄弟が勢ぞろいするというゴージャスな光景はめったに見れないので、そんなときは思い切りテレビにかぶりついて興奮しながら見たのを覚えている。

僕が物心ついたとき大統領だったのは、カーターだ。フォードやニクソンは、幼かったのでテレビのニュースでその姿をみた記憶はほとんどない。残念ながらレーガンはもうこの世にいない。でも、2004年に没したとき彼は93才の高齢だった(1911年生まれ)。意外なことに、大統領に就任したのも歴代最高齢となる70才直前だったのだ。見た目が若々しいから、そんな印象はないのだけれど。

iPodでBBCのニュースを聞いていたら、誰かが「オバマには始めから大きなアドバンテージがある」と言っていた。なぜなら「彼はブッシュ以外の誰かだから」。ABB(Anyone but Bush)というスローガンもあったけど、まあこれは選挙をやる前からわかっていたことだ。でも、それだけ人々の間にはBushに対して鬱積した不満があったということなのだろう。

ただ、今回オバマを選んだのも、8年前と4年前にブッシュを選んだのもアメリカ人だ。当時は、ここまでブッシュが不評を買うとは思っていなかっただろうけど、ブッシュだけを責めることはできない。逆に言えば、大統領が変わったからといって、オバマがすべてを変えてくれるわけではない。世界が変わるべきだと思っているのなら、まず自分が変わることだ。小学校の道徳の授業みたいな論旨展開になってしまったけど、僕は結構真面目にそう考えているし、オバマもスピーチで、国民にそう呼びかけていた。

どうしても大変な時は、ウルトラの国から兄貴たちが助けにきてくれるかもしれない。だけど、それをいつもあてにしてはいけない。ウルトラマンは誰でも、基本的には3分以内に自力で敵を倒さなくてはいけないのだ。カラータイマーを赤く点滅させながら。

...というわけで、僕はいったい何が言いたかったのでしょうか?(^^) よくわかりません。


ところで、今日、夕方公園を走っていたら、真っ暗で誰もいなくて(ランナーはもちろん犬の散歩してる人もほとんどいない)、小雨が降っていて寒くて、地面が濡れていて、なんだか三途の川を渡っているようなシュールな気分になりました。キェルケゴール的世界というか、ムンクの『叫び』の絵の中を走っているというか。

昨夜寝る時も、蒲団の隙間から入ってくる冷気でめずらしく体が冷えました。寝るときはめったに靴下を履かないのですが、昨夜は思わず履いてしまいました。雪が多い地方に住んでいたことが多いので、雪が積もっていないと冬という感じがしないのですが、やっぱり冬なんだな~と実感しました。皆様、風邪にはくれぐれも気をつけてください。僕はだぶん風邪はひかないけど、その他もろもろに気をつけます。




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シゴトーを待ちながら

2009年01月21日 23時41分40秒 | Weblog


youtubeで、オバマ大統領の就任演説を見る。ものすごい人の数。感動的なスピーチ。オバマはいい顔をしている。きっと何かをやってくれるだろう。特に、グリーンニューディール政策には期待したい。スティーブ・マーチンが大好きな僕は、彼に瓜二つのマケインを最後までどうしても憎めなかったのだけど、ずっとオバマを応援していた。マケインがよくないというわけじゃないけど、オバマを選んだアメリカ国民の良心のようなものを感じて嬉しくなる。晴れて彼も大統領。アメリカのユニラテラリズムが以前ほどの影響力を失いつつ今だからこそ、彼のようなリベラルな大統領がふさわしい。実際に大統領としての仕事を始めれば、ミスもするだろうし、失態を演じることもあるだろう。だけど、彼をみていると、よほどのことがない限り、極端に支持率が低下するようなことはないように思えるし、そうであってほしい。人として好感を持てる人かどうかが、リーダーになる人にとってとても重要な要素だと思う。僕の見る限り、オバマはリーダーとしての人相がいい。彼が大統領であることで、ポジティブなメッセージが世界に広がっていくことを切に願う。

アメリカに対しては、おそらく多くの人がそうであるように、僕も好きな部分と嫌いな部分をもっている。金や武力で相手を強引に封じ込めるアメリカ、帝国主義者としてのアメリカ(正確には、他国の領土の獲得を目指しているわけではないから、「帝国主義」とは言えないのかもしれないけれど)、自国の論理を異文化に押しつけるアメリカは嫌だけど、よいところもたくさんある。自由、オープンさ、世界の未来を先取りしたような多民族、多文化が融合する国。多くのすぐれた音楽や文学、映画作品などなど。なんといっても、僕は英語の翻訳を仕事にしているのだから、アメリカに対しては特別な感情があるし、恩義のようなものも感じている。だから、これからもアメリカについて学んでいきたいし、よいところがあれば、それを自分のなかに取り入れていきたい。国としてはよく批判されるけど、僕が知っている数少ないアメリカ人ひとりひとりを見れば、本当にとてもいい人が多い(どこの国の人もそうだけど)。だからといって、国全体に対する批判の目を失ってはいけないのだけど。

就任式で、オバマは慣例に従い左手を聖書に置いていた。この聖書は、リンカーンが実際に使っていたものだ。このあたりに、アメリカの短いながらも深淵な歴史の重みを感じる。国の歴史が浅いだけに、歴史は国民にとってより身近なものであり、未来を向いているのかもしれない。オバマも、リンカーンのようによい意味で歴史に残る大統領になってもらいたいものだ。

ちなみに、アメリカは憲法で政教分離を謳っているが、ご存じのとおり宗教国家の色合いが強い。
大統領のスピーチで引用される聖書の言葉は、ユダヤ教を排除しないようにするため旧約聖書からのものが多く、よく用いられる「God bless America」という言葉が意味しているところのGodも、厳密にはイエス・キリストのみを指しているのではないそうだ。信仰の自由が認められているアメリカにあって、様々な宗教にとっての神を対象とすべく、Godという抽象的な語を用いるらしい。

というわけで、アメリカは大きな変革のときを迎えた。日本の政治も、頑張ってほしいものである。

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図書館に行き、本を20冊借りた。テーマを決めずに心が欲するままに本を選んでいったのだけど、結果として、健康、心理、語学関連の本が多くなった。本を選ぶことは、今の自分が何を求めているかをテストするためのリトマス紙みたいなものだな~と思った。

で、図書館の帰りに小さな八百屋を発見し、あまりの安さに野菜と果物を大量に買い込んだ。大根が二本で二百円。安すぎる。小さい店だけど、気合いがものすごい。どの野菜も、これ以上ないくらいに安い。店主と思わしき中年男性が忙しく店内を動き回っている。おそらく一日中、ああやって働きづめなのだろう。あれだけ努力しているからこそ、信じられない価格を実現できているのだろう。彼は彼にできることを最大限にやっている。ものすごい企業努力だ。彼も、オバマも等しくえらい。見習わないといけない。


自転車のカゴから落としセロリを拾う 雨に濡れたアスファルトの肌




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新しき問い

2009年01月20日 23時21分35秒 | Weblog
久しぶりの某Fアカデミーでのフィクションゼミクラス。しかも自分が当番だ(しかしこの「当番」という言葉はなんとも和臭たっぷりだ。昭和30年代の響きがあると感じるのは僕だけだろうか)。たっぷり時間はあったにもかかわらず、気がつけば締切時間が刻々と迫り、makeshiftな訳をでっちあげて提出。案の定、スキだらけの訳文に、先生の大ナタがふるわれた。それでも、やっぱり自分の訳文が俎上に載せられると、意気込みも気合いもいつもとは俄然異なる。フィクションの世界にはフィクションの世界にしかない掟のようなものがあり、そのエッセンスを髄までこの身に叩きこむという気概で授業に臨んだ。この一年も、がんばってクラスに通った。そこで得たものは、とても大きい。この学びを無駄にしてはいけない。そして、例の如くとても楽しい飲み会に参加したのだった。このゼミのお約束であるグラッパには危険なので手を出さす。もちろん、泥酔はしていません。

フィクション翻訳の考え方、真髄のようなものは、ようやく自分のなかでも少しだけつかめつつあり、そしてまた自分に足りないところが何かも痛いほどわかってきたような気がする。本当の取り組みは、これからだ。漫然と時を過ごし、ただ単に授業に出ているだけではいつまでたっても根源的な変化はもたらされない。目標を定めよ。現状に流されるな。時間の使い方、学びの意識と実践方法をリアリスティックに、ドラスティックに変えていかなくてはなんの進歩もない。最近は毎日そればかり考えている。

Meanwhile, これまで生業としてきた実務翻訳+出版翻訳の方にも、黄色信号が灯っている。仕事を継続的に受けることはできるのだろうか? だが、そのシビアさを実感すると同時に、この現状に挑戦する心がメラメラと燃え始めているのも事実だ。5年先、10年先の目標をはっきりと定めて、邁進していくしかない。わずかばかりの矜持は持っているとはいえ、まだまだ僕は未熟だ。ポジティブに自分を鼓舞しつつ、ネガティブに、冷徹に自分を突き放つ視点も忘れてはならない。まだまだ、まだまだ。そんな気持ちが、きっと自分に足りないものを補うための行動を喚起させ、謙虚に何かに挑もうとする気持ちを奮い立たせてくれるはずだから。この道の探求に終わりはない。人生がいつも、常に新しい問いを投げかけてくるように。終わりなき道を、歩み続けよう。


酔い回り携帯手に取り留めしは君へのコール君との語らい
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気概と挑戦

2009年01月19日 21時57分35秒 | Weblog
未曾有の大不況下にあって、翻訳業界もかなり経営状態が苦しいようだ。当然、翻訳者としての自分も相当に厳しい環境に身を置いているわけで、生きていくためには相当な覚悟で、営業・仕事に取り組まなくてはならない。出版翻訳と関わっている自分にとっては、今回の金融危機の以前から叫ばれて久しい、出版界の不況も他人事ではない。本が売れなくなったのは、もはや一過性の現象ではなく、様々な要因に基づく構造的なものだと言える。

たとえば、雑誌。10年前、インターネットが今ほど普及していなかった頃は、僕も相当数の雑誌を買っていた。気づけば、今や雑誌を買う機会はかなり減ってしまった。定期購読している雑誌は毎月数冊郵便で送られてくるが、それ以外は、書店に行ってもなかなか触手が伸びない。立ち読みをする限りでは、コンテンツ自体の質は以前と比べて決して落ちているとは思えない。むしろ、洗練され、かゆい所に手が届くような内容になっているとも思える。だが、有名雑誌の廃刊のニュースは、ひきもきらず聞こえてくる。恥ずかしながら、書店で雑誌を買う頻度が減ってしまった自分も、この出版不況に加担しているうちの一人かもしれないのだ。

図らずも、この出版不況の原因の一つでもあるインターネットでは、翻訳業界と出版業界が、この不況にどう対処すべきかという発言を見ることができる。厳しい環境にあって、それに負けじと意見を述べている気概のある人たちの言葉は、たくましく、力強く、リアリズムに満ちていて、はしくれ翻訳者としても励まされることしきりだ。

昨年10月にフリーランスになったのとほぼ時を同じくして、世間は不況一色になってしまった。不運とも言えるけど、それを嘆いていてもしかたがない。この現実を自分を鍛えるチャンスだと思って、石にかじりつく気持ちで頑張るしかない。どれだけ打たれてもあきらめず、翻訳を志した頃の初心を忘れずに、気概を持って、毎日を大切に過ごしていきたい。そしてできることならば、これからどれだけ世の中が変わったとしても、その気概を失わずに生きていきたい。挑戦を続けよう。



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眠り、目覚め、そして気づき

2009年01月18日 23時22分42秒 | Weblog


久しぶりに安らいだ気持ちになったら、ものすごく眠たくなった。体の奥まで達していた孤独と疲れをゆっくりと解きほぐすように、眠りをむさぼった。やわらかく温かい気持ちが、少しずつ体のなかに立ち現われてきた。「気づき」とともに。

人は、どんなに辛い境遇にあったとしても、どれだけ重たい気持ちになっていたとしても、時間の経過とともに、いつかそこから立ち上がることができる。過去を受け入れ、そこから逃げずに、また新しい未来を予感することができる。そんな気持ちになれることは、めったにないし、予感は簡単に心から消え去ってしまう。だけど、あきらめず、くさらず生きてくことで、いつかまたそれは訪れる。忘れてはいけない。信じることをやめてはいけない。真の安らぎ、真の眠りがとれない日々がどれだけ続いたとしても。

心と体に正しく水と栄養を与え、たっぷりと眠る。すると、あっけないくらいに単純に、芽は伸びていく。子供が風邪から回復してくみたいに。長かった学校生活にピリオドを打って、ついに卒業するみたいに。

昔、誰かが言った。「春の来ない冬はない。だけど人生は冬の如し」――。矛盾に思わず笑ってしまったけど、今、この言葉の意味が少しだけわかる。僕の人生は、季節は今、まごうことなく冬。ずっと冬でもかまわない。だけど、春は確実に存在し、春を全身で感じることができる日も、必ずまた訪れる。そんな当たり前のことを、忘れてはいけない。そんな単純な摂理を理解するのを、やめてはいけない。
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Free as a Bird

2009年01月17日 15時52分57秒 | Weblog
雲ひとつない青い空。勤め人ではないので自分にとっては平日も休日も同じようなものだけど、窓の外の景気はやはり土曜日の顔をしている。いつもより静かで、くつろいだ気持ちになる午後だ。

スーパーに買い出しに行き、玄関に戻ってみたら、小さな鳥のフンが扉の真正面に落ちていた。距離といい、左右からの位置といい、不自然なくらい真ん中だ。まるで誰かが、巻き尺で正確に距離を測ったみたいに。これは何かの暗号だろうか?(そんなわけないか)。繰り返すけど、僕にとって鳥のフンはラッキーアイテムなのだ(鳥のフンに頭を直撃されたその日に初仕事の打診の話をもらったからだ)。あのフンが落ちてこなければ、今頃こうして翻訳の仕事はやっていないだろう(なんて)。

運はついているにこしたことはない。運を導くのも実力のうちだ。仕事がもらえるのなら、いいことが人生に起きるのなら、鳥のフンの1ダースや2ダースが頭に落ちてくることなどまったくいとわない。むしろ、今すぐ落ちてきてほしい。だけど、僕にとっていま一番大切なのは、少々の運やフンに左右されない実力をつけることなのだ。これまでの自分にフン切りをつけ、毎日できる限りのことをして奮闘しながら。

今日、玄関前にフンを置いて行ってくれた鳥(たぶん鳩だろう)はきっと、そんなメッセージを伝えに来てくれたのかもしれない。「お前にはまだ運がある。だが、運だけに頼っていてはダメだぞ。真の力をつけるために努力しろ」と。そのことを僕に気づかせるために、奴はわざわざあのような不自然にバランスが取れすぎた位置にフンを配置したのだ。

たかが鳥のフンでここまでこじつけることもないだろうが、今、この青い空を眺めながらそんなことを想わずにはいられない。幸運も不運も、人生には同じ分量だけ訪れる。今僕にできることは、今僕にできることをすることなのだ。
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