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四季・めぐりめぐりて

近隣の城館跡・古墳などの史跡めぐりなどをぼちぼちながらやっています

鉢形城が近くにある『稲乃比売神社』(埼玉県寄居町)

2020年12月02日 | 神社仏閣
◇延喜式内社〔論社〕◇


社 号:稲乃比売神社(いなのひめじんじゃ)
旧 称:氷川社・氷川大明神
御祭神:・稻田姫命(いなのひめのみこと)
    ・素盞嗚命(すさのおのみこと)
    ・大己貴命 (おおなむちのみこと)
    ・少彦名命(すくなひこなのみこと)
創 建:不明なるも平安時代前期の天長元年(824)には、既に存在しいていたとされる記録が残る
社 格:延喜式内小社〔論社〕・旧村社
例 祭:10月18日 例祭
指 定:-
鎮座地:埼玉県大里郡寄居町鉢形2326 

稲乃比売神社は、「延喜式神名帳」に掲載された武蔵国男衾郡の式内社3座のうちの一つである『稲乃賣
神社』の論社です(もう一つの論社が『三嶋神社』〔寄居町赤浜〕)
由緒書等の説明板は設置されていませんでしたので当社の詳細は分りませんが、いろいろな方のサイトに
よれば、創祀年代は不詳。当地一帯は、『和名類聚抄』に載る男衾郡八郷の「榎津郷(えなつごう)」に
比定される地。
当地は渡来系氏族の「壬生吉志(みぶきし)」氏の在所でもあり、古代以来祭祀を司っていたとされる。
平安時代前期の天長元年(824年)6月28日、相馬清太輔宗満が祠官となったという。この家系が現在に至
るまで神職を継承しているという。
『類聚三代格』貞和8年(841年)5月条に「男衾郡榎津郷戸主外従八位壬生吉志福正」とあり、やはり当社
と壬生吉志氏の関係が指摘されている。
戦国時代の元亀年間(1570~1573年)、鉢形城の筑城に際して城内に遷座した。鉢形城が落城した際(秀
吉の小田原攻め)、兵火にかかって社殿および小記録を焼失してしまったという。天正18年(1590年)、
再び現在地に復興した。
中世以降と思われるが、氷川信仰の流布とともに一時は「氷川社」に変更され、江戸時代中期の宝暦7年
(1757年)の社号額には「氷川大明神」とある。

『鉢形城』 ⇐ ブログ記事にリンク




道路の反対側から若干離れて




境内入り口
鳥居は「靖国鳥居」のようです




『社号標』【稲乃賣神社】




『社地譲受記念碑』




鳥居から社殿(覆殿)までの距離は僅かで参道と呼ぶにはちょっと言った感じです




『手水舎』




『社殿』 格子のままの状態ですから雨風の影響をかなり受けていそうです




『扁額』 ほとんど読めませんが【稲乃比売神社】と揮毫されているようです




『本殿』を正面から




『本殿』を右斜めから




『本殿右側面』 左側面にあっては格子窓の外側にトタンが貼ってあり覗けませんでした




社殿の右側面に掲げられている「剣士の傘寿記念奉納額」




『社殿』(覆殿)を斜めから




境内社『三峰社・市杵島社・天神社・疱瘡社・稲荷社』




社殿背面




社叢林(一応そう呼んでおきましょう)から
境内も決して広いとは言えませんし、社殿(覆殿)も・・・

参拝日:令和2年(2020)10月11日(日)