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四季・めぐりめぐりて

近隣の城館跡・古墳などの史跡めぐりなどをぼちぼちながらやっています

真名板高山古墳(埼玉県行田市)

2019年12月19日 | 古墳


名 称:真名板高山古墳(まないたたかやまこふん)
別 名:-
墳 形:前方後円墳 
規 模:全長90.5m、前方部の高さ7.3m、最大幅50m、後円部の高さ5.4m、直径40m
築 造:6世紀後半(推定)
指 定:県指定史跡(名称:真名板高山古墳 昭和49年(1974)3月8日指定)
所在地:埼玉県行田市真名板1532

真名板高山古墳を訪ねて来ました。埼玉県下で7番目の大きさの前方後円墳とのことですが、利根川などの
氾濫や関東造盆地運動により本来の地表面が地下に約3メートル埋没してようです。また、付近の河川の護
岸工事等で土の採取が行われ、墳丘はかなり変形しています。




【真名板高山古墳説明板】 劣化して判読しにくいので下に転記します

県指定史跡
   真名板高山古墳
                                 昭和49年3月8日指定
この古墳は、東西に主軸をもつ前方後円墳で、旧忍川の沖積地に向かう微高地に立地している。
現存の墳丘の大きさは、全長90.5メートル、前方部の高さ7.3メートル、最大幅50メートル、後円
部の高さ5.4メートル、直径40メートルである。
墳丘の形状は、かつて多量の封土が除去されたために、大きく変形している。
築造年代、埋葬施設、副葬品類については明らかではないが、周辺から採集された埴輪片等から、6世紀
後半の築造と考えられている。
武蔵最大の規模を誇る埼玉古墳群は南西約4キロメートルにあるが、時期的には並行しており、その関連
が注目される。
                          埼玉県教育委員会・行田市教育委員会




北東から全景(後円部)を




真名板薬師堂境内から後円部を




南東にある道路から全景を




南方から




南西にある道路から前方部を




前方部




前方部を西側から




墳丘の北側法面




北側から後円部を




墳丘(後円部)への登り口は「真名板高山古墳」石標の左方 草ではっきりしませんが




後円部墳頂の手前




前方部方向を背にして後円部を




後円部の一部と思われるが多量の封土が除去されたために細くなっている




くびれ部 ここも封土が除去されたようで山城の土橋のように細くなっている




くびれ部から前方部を




前方部に祀られている浅間宮(仙元宮)が祀られている




前方部墳頂から木立の合間をぬって南方向の風景を




真名板薬師堂前の道路際に設置されている「真名板高山古墳」の標識

散策日:令和元年(2019)11月21日(木)