『源氏物語』
まあ、
この本は読むことがないだろう
と思っていたのですが、
ふとしたことから
本屋に立ち寄り目にとまったのが
この本です
岩波文庫から出ていて
桐壷から末摘花まであります
中を開いてみると
何よりも原文で書いてあるのがいい
現代文にしたものもありますが
やはり、原文に触れるのは
何かしら呼吸が伝わってくるようで
お経も原文に接するのも大事です
同じような
中公文庫から出ている
『十地経』というものを
求めましたが
これは現代文に訳してあり
またっく伝わってくるものが
ありません。
「いづれの御時にか、女御、
更衣あまたさぶらひ給ひける中
いとやんごとなき際にはあらぬが」
という文で始まっていきます。
一頁には原文で反対のページには
解説がついています
ちょっと声を出して
読みたくもなります。
「この世をばわが世とぞ
思う望月の欠けたることも
なしと思えば」
と呼んだ藤原道長
一家立三后と娘孫と三人を
天皇に嫁がせ院政を行い
すべてのことが我が世の春のように
思い通りに行ったのでしょう。
『源氏物語』もちょうどその時に
書かれたものです。
また、かな文字がこの頃
一つの完成形を見るのです。
道長も最初からこういう野望を
持っていたわけではなく
たまたまの偶然がこういう
思わぬことがかなったという
ことのようです
さかのぼると、
菅原道真を大宰府に流した
藤原時平ものの早くに亡くなり
三男の忠平が跡を取ります
そして師輔(もろすけ)と続き
またその三男・兼家が跡を取り
兼家の三男が道長です。
だから跡を継ぐつもりもなく
家督は長男の道隆へ行きます。
道隆の長女が定子(ていし)
その定子は一条天皇に嫁ぎ
一時はよかったのですが
道隆が亡くなってから力を
なくしていきます
その定子に仕えていたのが清少納言
道隆の死によって
思わぬ幸が転がってきたのが
道長です
早速、娘の彰子(しょうし)を
強引に一条天皇に嫁がせます
この彰子に仕えていたのが
紫式部です。
ですから、
『源氏物語』を書くにあたり
大きな力添えをしたのが道長の
ようです。
ある先生は、
道長と紫式部との間には徒ならぬ
関係があったとか?
とおっしゃっています。
一条天皇をめぐるこの人間関係
これが『源氏物語』の題材のようです
一条天皇と定子の間に出来た子が
「光源氏」ということでしょう。
「先の世にも御契りや深かりけむ、
世にきよらかなる玉のをの子
御子さへ生まれ給ひぬ。」
と光源氏の誕生を述べてあります
まあどこまで読めるか分かりませんが
こういういい文章に触れて行くのも
いいものです。
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