本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

諦めない!

2017-10-23 20:36:54 | 漢字

昨夜は忙しい時でした。

なでしこジャパンのスイスとの試合

なでしこの心情も「あきらめない!」

そのせいか2対0で勝利

なかなかいい試合でした。

それが終わると、

村田諒太とエンダムの試合

前回の判定で敗れ

今度は雪辱を晴らす一戦となり

勝利を収めました。

やはり、あきらめないという精紳が

この試合をものにしたのでしょう。

 

それが終わると衆議院選挙の

投票結果の番組

これも興味深く目が離せません

この選挙戦も絶対あきらめない

心が悲喜こもごもをもたらした

のではないでしょうか。

 

そのテレビの間にはコマーシャルで

IKKOさんでしたか

美容の宣伝で、

あきらめない!」という

アンチエージングでしょうか

若さをあきらめてはいけない

というような文句が流れていました

 

あきらめない

漢字で書けば「諦めない」

『諦』(タイ)という字です。

漢和辞典には、

あきらかにする。

つまびらかにする。

そして、断念する。思いきる。

という意味が続いています。

やはり、本来はあきらかにする

ということでしょう。

 

普通には、あきらめるというと

断念する。思いきる。

という意味で使います。

 

しかし、

仏教ではとても重要な言葉として

使います。

お釈迦様が最初に悟りを開かれた

その内容は四諦八正道

(したいはっしょうどう)

というふうにいいます。

この場合の『諦』は真理という意味

『諦』はインドの言葉でサトヤと

いいます。

ですから、四諦とは

四つの正しい真理ということです

苦諦・集諦・滅諦・道諦

く・じゅう・めつ・どう

の四つです。

 

諦ということも

普通には「あきらめる」

仕方なく思い切って断念する

ということですが、

もう一歩考えると

物事を明らかに見る

明らかに見るからこそ、

断念すべきことは

喜んであきらめることができる

悔しくてあきらめるというのは

まだ、物事の真実が見えていない

ということでしょう。

 

しかし、そこにいたるには

あきらめない

という心が大事だと思います

中途半端で諦めるということは

それは努力不足で悔いが残る

 

とことんあきらめない

この根性でやればこそ

ほんとうにあきらめることができる

という、化学変化が起きるのでは

ないかと思います。

 

 

 

コメント
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