本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

生きる力を育てる

2006-12-01 01:19:56 | 住職の活動日記
 「生きる力を育てる教育」ということが
最近よく言われています。
 なんかひっかかるのです。おかしいような気がしませんか。
すべての生き物は自ずから、生きる力は持っています。
そこまで教育しなければいけないのか?
 檀家さんのお宅で、そこの息子さんは仕事でよく外国へ
いかれるそうで、「どうですか」と尋ねたら。
「むこうの方は皆必死に生きておられますよ、
日本に帰ってくると、みなのんびりしてる気がします。」
 
 仏教では、人間とは「苦なるものであり、不浄なものであり、
無常なものである」と定義しています。

 現代の一番の間違いは、自分にとって都合の悪いものは
見ないように隠してしまったことではないでしょうか。
 つまり、すべてのもに訪れる、老、病、死という
嫌なものは、極力見ないように、すこしでも忘れておれるように、
と当然のことをとうざけてきた結果ではないかと思います。

 ペットのお寺を建立しました。ペットの死ということの方が
「死」ということを身近に感じてもらえるからなのです。
人間の死の方が身近ではなくなってきています。
 そこでは子どもさんも、立派な大人の方も、号泣されます。
かわいかったペットの死、生あるものは必ず死んでいくという
現実を受け入れざるをえません。
 そのときに生きるということの貴重さを
身をもって体験されるわけです。
 死があるからこそ、生きることが輝くのです。

 だから、生きることの教育より
死ぬことの教育(死への準備教育)ということのが必要に思います。
養老猛先生の「死の壁」という本も一読の価値があります。
 死を前にしたき、人ははじめて真面目になります。
死を忘れた生ということはありえません。
死を抜きにして、生きる力育てるということは
何か欠けているような気がします。
コメント
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