弓ヶ浜の宿での翌朝、朝食前に海辺を散歩しました。
宿の玄関を下りていくと、アロエの群生やハイビスカス、さすが南伊豆ですね。
松の木の根っこから生えているような、ハイビスカスでした。
浜辺の先で釣りをしている人。
母娘で散歩する二人の靴跡が砂浜にどこまでも続いていました。
早朝の空気が何とおいしかったこと!
気持ちが伸びやかになって、コロナのこと忘れそうでした。
あっという間の滞在でしたが、部屋も温泉も食事もいいし、他の客と接することもなく、
スタッフも親切、とても満足のいく宿でした。
どこか懐かしい下田海中水族館
下田駅に戻り、タクシーで下田海中水族館へ。
ここは天然の入り江で水族館のアクアドームペリー号が海上に浮かんでいます。
奥のマリンスタジアムで朝一番のショーが始まりました。
イルカとアシカが曲芸を見せてくれました。
こんな楽しいショーをみるのも何年振りでしょうか。
休館中の飼育員さんたちの苦労に思いをはせながら、感動新たになりました。
アシカ君がバイバイの挨拶をしてくれました。
マリンスタジアムの下にカフェテリアがあったのですが、ガランとしていました。
「開いてますか?」と訊ねたら、女性スタッフが慌てて椅子から立ち上がり、
「営業しているんですよ(笑)。どうぞ」と広い店内に案内してくれました。
聞くと、「閉館中は本当に大変でした」と。
コーヒーを飲みながら、窓からはペンギンたちを観察できました。
手前は王様ペンギンの赤ちゃん。
孵化した赤ちゃんは大きくて毛がふさふさなんですね。
クラゲの展示室にはゆらゆらと、この世のものではないようなクラゲの姿が・・・
中央の海上ステージではまた、別のイルカのショーが始まりました。
保育園の遠足なのか、可愛い園児たちが観覧席に並んでいました。
コロナ前とちっとも変わらない風景です。
皆がマスクを着けている以外は・・・
本物の海上で演じられるショーですから、マリンスタジアムよりもダイナミック。
イルカと調教の女性のあ・うんの呼吸にただただ感嘆しました。
イルカと人の動きが本当に美しかった。
この水族館は1967年の開館ということで、もう半世紀以上になるようです。
昨今の水族館にある超大型水槽はありませんが、イルカと触れ合ったり体感型の水族館として、
いろいろな企業努力をしている施設だと好感を持ちました。
施設自体は古いので、どこか昭和を感じる懐かしい水族館でした。
ペリーロードをそぞろ歩き
帰りの踊り子号が2時過ぎなので、11時頃には水族館を出て下田の街見物へ。
ペリーロードはペリー艦隊が下田に上陸し、300人の部下を引き連れ了仙寺まで行進した歴史の道。
石倉やなまこ壁の町並みが残り、柳が揺れて実に趣ある川沿いの小径です。
たまに観光客とすれ違いますが、とても静かな街並み。
水曜日はお休みの店が多いからでしょう。
こんな面白そうなお店も。
入ってみたいけれど、時間の余裕がありません。
1854年、日米下田条約の交渉と締結の舞台になった了仙寺です。
歴史の重みを感じさせる風情あるお寺でした。
昔来たことがありますのに、少しも憶えていませんでした。
了仙寺にはペリーと黒船に関するミュージアムもありましたが、ここもパスして残念!
了仙寺近くの吉田松陰拘禁の跡に寄ってみようと、マイマイ通りに出たのですが、
見つけ出せず通り過ぎてしまいました。
仕方なく諦めて、駅までマイマイ通りを歩いていく途中に宝福寺に出くわしました。
このお寺は下田条約の時の日本側全権の打合わせ場所だったそうです。
また、土佐藩山口容堂がこの地に滞在中、勝海舟が訪ねてきて坂本龍馬の脱藩の許しを請い、
許されたという歴史があるそう。
ひときわ目を引く龍馬の像が立っていました。
入口看板の龍馬の顔は「龍馬伝」の福山雅治にそっくりでした(笑)。
その上、ハリスに仕えた唐人お吉の菩提寺でもあり、お吉記念館もありました。
迷ったお蔭で発見したお寺。
こんなことも旅ならではの面白みですね。
ランチは駅前のレストランで金目鯛の押しずしのセットを。
サザエのつぼ焼きが1つついていました。
そして旅の終わりはあんみつで締め。
これまで食べたあんみつとはアンが違いました。
大納言よりも大粒で、赤えんどう豆なのでしょうか、甘さも独特でした。
聞くと、この店こだわりのアンで長時間かけて仕上げるのだそう。
トータルたった25時間の駆け足1泊小旅行でしたが、日頃のモヤモヤ感がスッキリ。
帰りのサフィール踊り子も快適で、ぎっしりと非日常を詰め込んだいい旅になりました。