『ほのぼのマイタウン』気まま通信

『ほのぼのマイタウン』のブログ版~見たこと、聞いたこと、伝えたいことを自由に気ままに綴ります。

家族介護のあり方と地域の責任「認知症鉄道事故損害賠償裁判」から考えるシンポジウム

2018-09-15 21:42:21 | 講演会・催し


               


              白梅学園大学小平学・まちづくり研究所主催で「認知症鉄道事故損害賠償裁判」の被告であった高井隆一さんを迎えてシンポジウムが開かれました。

              高井さんは愛知県大府市在住、11年前に認知症の父親(当時91歳)を鉄道事故で亡くされた方です。

              事故後JR東海から損害賠償金を請求され、裁判となり、一審、二審と高井さんは敗訴。

              最高裁に移り、ここで一審、二審を覆して逆転勝訴の判決となりました。

              「認知症を初めて真正面から捉えた裁判となった」(山路所長の弁)のです。


                    


              最初にお父さんの日常や事故当日のこと、その後の裁判についてアニメーションで分かりやすく表現した動画がありました。

              その後、高井さんが淡々とした口調で語られました。


        
     
              事故当日まで父を家族総動員で在宅介護していた

              
              高井さんのお父さんは84歳の時認知症を発症。

              お母さんと二人暮らしだったため、当時横浜に住んでいた高井さんの妻が介護のため転居し、週末には高井さんも帰り家族総動員でサポートしていた。

              「住み慣れた家で」と在宅介護を選び、自宅周りのゴミ拾いや草むしり、植栽への水やりが日課だった。

              外歩きする時は、高井さんの妻が後ろからそっと寄り添い、父が途方に暮れた時偶然に会ったふりをして家に連れて帰っていた。

              一人で外出しないよう家に施錠したこともあったが、閉じ込めることで父は怒り、自由に父らしく生活させることにしていた。

              施錠しないことは虐待防止法に則ったやり方だった。

              帽子や衣服には万一の時のため名前と連絡先を縫い付けていた。

              しかし、事故当日家族がまどろんだすきに家を出る父を見失ってしまったのだった。


              父は最寄りの駅から次の駅まで電車に乗り、駅ホームの端にある柵を開いて線路に立ち入り列車にはねられた。

              「ズボンのチャックが開いていたので、トイレを探していたのでは?と思う」と高井さん。




              一審と二審で敗訴、最高裁で逆転勝訴

              事故から半年後、JR東海から損害賠償金720万円の請求書が届いた。

              求めに応じてかかりつけ医の認知症の診断書を提出したが、「日付が事故の半年後で、かつ専門医の作成ではない」などと主張され、提訴された。

              家族の監督責任として第一審名古屋地裁では母親と長男高井さんに対して720万円全額支払えとの判決だった。

              JR東海側は「なぜ施設に入れなかったのか。なぜ家に施錠しなかったのか」などと認知症に無理解な主張を繰り返した。

              「これでは認知症の人を家族は閉じ込めておくしかない。介護に携わった人が責任を負わされる」と控訴。

              この頃からメディアや認知症の家族から援軍が増えていった。


              第二審名古屋高裁では同居していた母親に360万円支払えとの判決。

              これにJR東海は納得せず、直ちに上告した。

              2016年最高裁の判決では「基本的に家族は責任を負わない」というこれまでの一審、二審とは正反対の画期的判決、解釈の劇的変更だった。

              自宅で安心して介護できる礎となる判決になった。

              父の事故死から8年が経過していた。




            
              地域は認知症をどう受け止め対処すべきか?

                     


              高井さんの基調講演の後、小平市の地域包括支援センター長、所長をコメンテーターに、山路所長(写真右端)をコーディネーター・司会にシンポジウムが開かれました。

              小平市は認知症の人々の60%以上が在宅だそうです。

              在宅か施設か? できる限りその人らしい生活を継続するためには環境を変えないのが第一。

              家族が家族としての役割ができなくなった(限界)時は施設へ。


              息子が親を介護する家庭が増え、「何でできないんだ」と息子が虐待するケースも見られるそう。

              介護は毎日のことであり、自己コントロールできない人は男性介護者に多い。

              認知症は特別な病気ではなく、だれもがなる病気。

              一人で抱え込まず、地域ぐるみで支えることが大切だ。

              小平ではこれまで約5900人が認知症サポーター講座を受講。1万人に増やすことを目標にしている。

              認知症の知識はアップしているが、理解するまではまだまだという状況である。


              印象に残ったのは高井さんの「徘徊」という言葉の使用について。

              「徘徊」の意味は「無目的にぶらつく行為」だが、認知症の人の場合は昔の通勤した道だったり、生まれた場所だったり何らかの意図があることが多い。

              だから朝日新聞や大府市は「徘徊」という言葉の不使用宣言をしたとか。

              場合に応じて「一人歩き」などの言葉を使っているそうです。

              最高裁判決をきっかけに認知症への理解が深まり、大府市は全国初の認知症条例を制定。

              
              また、認知症の人の介護をしている人は「生活記録」を残すことが大切と高井さん。

              万が一事故や裁判に巻き込まれた時、重要な証拠となるからだそうです。


              「認知症になったとしても長生きできると喜びあえる地域に」コメンテーターの言葉ですが、本当にこうありたいです。

              他人事ではなく、自分のこととして認知症を理解し、認知症の人にやさしい地域づくりが住みよい街になるはずです。

              団塊の世代が高齢になるにつれ、認知症の人も急激に増えてくるでしょう。

              
              私にとって認知症理解への貴重な機会となりました。




              ※写真は白梅学園大学小平学・まちづくり研究所から提供していただきました。
              

              

              




                            
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ブログ開設2周年!ありがとうございます

2018-09-13 22:44:11 | 身辺雑記


               今日でブログ開設から739日、めでたく2周年を迎えました。
   
               これも読者の皆さまのお蔭、本当にありがとうございます。


               訪ねて下さる方がどんどん増えていき、うれしくって、でもプレッシャーやらで自分を鼓舞しています。

               これからも日々の暮らしの中から伝えたいことを綴っていきたいものです。どうぞよろしくお願いします。

               コメントをいただければ、この上ない喜び、元気がでます。

               
               
               6月中旬から下旬にかけて、憧れであったドナウ河クルーズに出かけたのですが、帰ってから疲れと夏風邪でダウン。

               旅のレポートを怠っているうちに、7月上旬に西日本豪雨の被害で川が氾濫し、多くの犠牲者が出ました。

               私は川のある街が好きなのですが(小平には川がなく、玉川上水の水は処理水)、川はひとたび決壊するとすべてを呑込んでしまうのですね。

               そんな目を覆いたくなるような映像を見ると、のんびりと川のクルーズを楽しんだことを書く気持ちになれませんでした。


               でも今日は自分にとって祝2周年、もう3カ月も前のことになりますが、写真だけ少し掲載させていただきますね。

               ブダペスト~ブラチスラバ~ウィーン~デュルンシュタイン~メルクを船で5泊6日、そしてザルツブルグへ1泊のツアーでした。


               
               船のデッキから見た昇る朝日。船の乗客は80名、フランス船籍で食事がすごく美味しかった。

               
               ブラチスラバ城。ツアー中毎日晴れ、暑かった!

               
               ブラチスラバのお土産屋のかわいい店先。

               
               2度目のウィーンの街。午前中駆け足で巡り、午後は美術史美術館を訪ねました。

               
               デュルンシュタインを流れるドナウ河。小さな村での朝の散歩が気持ち良かった。

               
               川べりは小さな教会やブドウ畑が続く。こんな風景は川クルーズならでは。
               のんびりと景色を楽しみながら、船内コンサートで「美しく青きドナウ」を聴けたのは感激でした。

               
               マリーアントワネットがフランスへ輿入れする途中宿泊した、メルク修道院からの眺め。

               
               モーツァルトの生誕地、ザルツブルグ。「北のローマ」と呼ばれるそう。ゆっくり見たかった。

               
               「サウンドオブミュージック」の舞台の一つ、ミラベル庭園。






               

                   


               
               


               
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五箇山から白川郷へ(ツアー2日目)

2018-09-11 22:20:46 | 旅行


              前日のおわら風の盆から午後11時過ぎにホテルに戻り、また温泉に入って就寝。

              翌日は快晴、五箇山へ向かって出発です。



              

              車窓から見える砺波平野の散居村風景は黄金色の稲穂に彩られ、富山の農業の豊かさを感じました。

              屋敷林に囲まれた家屋がとても重厚な造りです。


              五箇山の合掌造り集落は白川郷とともに、もう23年も前に世界文化遺産に登録されたのですね。

              五箇山には「相倉」と「菅沼」の合掌造り集落があるのですが、今回は相倉集落を訪ねました。


              

              タイムスリップしたかのような茅葺屋根の家々。

              観光のための家並みではなく、現在も住んでいて民宿を営んでいる家もあります。

              

              洗濯物干しに生活感があって、いい風景です。


              

              そのまま時代劇のロケ地になりそうな、山間の里です。

              

              五箇山では加賀藩政時代、屋根裏で養蚕をし、地下では火薬の原料となる塩硝(えんしょう)が製造されていたそうです。

              塩硝の材料となるヨモギや麻などが採取しやすい環境だったからだとか。

              こんな小さな山里が加賀藩を蔭で支えていたのです。


              

              小平は丸ポストの街ですから、赤いポストを見つけるとビビッと反応してしまいます。

              

              33度の暑さでしたが、ススキが風に揺れ山里は秋の気配でした。

              日本の原風景、もっとゆっくり見たかったなぁ~




              
              五箇山から30分足らずで白川郷、富山県から岐阜県に入りました。

              20年近く前に白川郷には来たことがありますが、ずい分観光地化されたようです。

              添乗員さんが展望台行のシャトルバス乗り場まで案内してくれました。

              

              以前は展望台まで行けませんでしたが、この風景を見るだけでも白川郷へ来た甲斐があるというものです。

              ライトアップされた雪の白川郷が有名ですが、黄金色の田園と青空、庄川と山間の集落の風景も得も言われぬものでした。

          
              帰りはシャトルバスには乗らず、周りの景色を楽しみながら近道を歩いて下りました。

              

              茅葺屋根は10~15年の間隔で吹き替えなければならないとか。

              片方の屋根だけでも1千万以上かかると聞きましたが、景観を維持するのは大変なことですね。

              

              壁にこんなかかし風の人形がズラリと並んでいる家も。

              観光客へのサービスなのでしょうね。

              中国人(あるいは台湾から)の団体さんがホントに多いです。


              

              

              合掌造りのお寺、明善寺(みょうぜんじ)。

              見事な鐘楼門は江戸時代の創建時に飛騨匠(ひだのたくみ)の手で造られたもの。

              総欅造り寄棟造りの2階建ての優美な茅葺構造。

              本堂と調和した風格ある風情。清々しい気持ちになりました。


              名物の蕎麦を食べて、駆け足の白川郷でありました。



              帰途はサービスエリアで休憩を取りながらのバスツアーでしたが、平湯近くの足湯があるエリアでのこと。

              若い外国人女性二人が足湯に浸かっていました。

              声をかけたところ、シアトルから来て前日は上高地に行ったとのこと。
    
              「日本大好き!」を連発して「アンゼン」と日本語で嬉しそうに言っていました。

              よく見ると飲んでいるのは日本酒の小瓶ではありませんか。

              だから上機嫌だったのかも?

              足湯に浸かって一杯、日本人も負けるヨ~。

              
              休憩15分間のうちの5分位の出来事。

              翌日は台風21号で大荒れだったので、「彼女たち無事に避難できたかしら?」と夫とともに案じた次第です。

              






              


            


             

              


              
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越中八尾おわら風の盆

2018-09-08 14:31:11 | 旅行
       

        

        ずっと前から、行きたい行きたいと願っていた八尾の「おわら風の盆」にようやく出かけました。

        行くと決めたのが8月中旬、初心者ですので9月2,3日の1泊バスツアーにしました。

        2日の夜に風の盆を見物して温泉に泊まり、翌日は五箇山と白川郷を見て帰るというコースでした。


        

        バスから降りて見た八尾の家並みは、石垣の上に造られた城塞のような、或いは台湾の九份を思い起こすような風景でした。

        川の氾濫から守るために、高台に家が造られたのだとか。


        

        橋を渡り、ぼんぼりの灯りに照らされた石垣の坂道、趣があります。

        
        八尾の民謡「越中おわら」は300年の歴史があり、歌舞音曲で練り回る盂蘭盆会から現在の二百十日の厄日に豊穣を祈る「風の盆」に変わったのだそうです。

        旧町と呼ばれる11の町ごとにおわら保存会の支部があって、その町々で町流しや輪踊りを行っています。

        おわらを行っている11町内の人口が約5000人に対して、人出は多い日でその18倍にもなるそうですから、混雑具合がわかります。

       
        ツアーには演舞場で4つの町の踊りが見られるチケットもついていたのですが、何せ滞在時間が2時間なので、町流しを見たくて早々に退出しました。

        でも、3歳位の子どもたちも舞台で踊っていて、この子たちが伝統を引き継ぎ、風の盆の演じ手になるのは当然のことになるのでしょうね。

        可愛くて会場内が和んでいましたが、地方文化の底辺の豊かさを感じました。



        

        街中は人、人、人で溢れんばかり。

        黒山の人だかりの所で、三味線と胡弓の音色がしますが、踊りは見えません。

        人の頭のすき間から撮ったのが上の写真、トホホです。(トップのパンフレットで雰囲気を感じてくださいね)。

        

        これから町流しに出発する控え所(?)の様子です。

        日本の道百選通り、一番人気の諏訪町にようやくたどり着いたら、彼方の坂道から町流しが来ているようでしたが、
   
        電車のラッシュなみで身動きできず、諦めて戻った次第です。


         

        派手な飾りはありませんが、通りのぼんぼりが風の盆の情趣をかきたてます。


        

        昭和の店構えがあちこちにあります。

        

        こんな古い旅館に泊まって、時間を気にせず見たいですね。

        

        踊りの手づくり紙人形を売るお店。

        素朴ながら優美な人形です。



        風の盆は人波が去った真夜中が叙情があるとか。

        通りに哀調を帯びた胡弓の調べが響き、無言の踊りが通る・・・

        編み笠からは顔が見えず、どこか神秘的。そして単調でしなやかな手の動き。

        気持ちを内に抑えた、実に日本的なおまつりだと思いました。

        やはりツアーじゃ消化不良をおこします。

        次は早くから計画して(これが苦手なことですが)、自分たちの風の盆を楽しみたいものです。





        泊まったのは八尾から1時間余りの小川温泉元湯のホテル。

        開湯400年になるという由緒ある温泉で、とてもいいお湯でした。

        3時頃着いたのですが、川沿いのホテルから歩いて7分位のところに野天風呂2つがあり、野趣あふれる秘湯でした。

        早い夕食も期待していませんでしたが、、白エビやほたるいかなど地元の海産物の会席料理。

        一つ一つが美味しくて、100%満足でした。

        

        ホテル小川全景、江戸時代から子宝の湯として知られていたそうです。

        

        部屋から見た風景、奥に見える橋を渡って野天風呂に行きました。











        

        
        

        

        

        

        
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「東京2020オリンピック・パラリンピック小平市民プロジェクト」がスタート!

2018-09-04 21:52:29 | 講演会・催し
   

            

            8月31日、東京2020大会を2年後に控えて「東京2020オリンピック・パラリンピック小平市民プロジェクト」が立ち上がりました。

            今年の2月から市民プロジェクト立ち上げに向けてのワークショップ、準備会で多種多様30名ほどの市民が学び合い、話し合いを続けてきたもの。

            東京2020大会を契機に、スポーツ、文化・芸術、環境面などで小平市を盛り上げ、その成果が2020以後も市民の遺産(レガシー)となることを目指しています。

            その創立総会が小平市中央公民館で開かれました。

            この日は由井代表の挨拶に始まり、市の文化スポーツ担当部長、課長お二方も来賓としてご出席。

            「市民のための市民によるプロジェクトと市とが力を合わせて、盛り上げていきたい」と心強いスピーチをいただきました。

            オリンピック・パラリンピックの旗が立てられ、いよいよプロジェクトスタートの雰囲気が感じられました。



             
            東京2020オリンピックマスコットの「ミライトワ」と東京2020パラリンピックマスコットの「ソメイティ」


            
            プロジェクトメンバーの一人Kさんは東京2020のネクタイにピン、襟元にはピンバッジと「食・農・文化めぐりん小平」のスタンプラリーを達成して
            ゲットした小平オリジナルピンバッジをつけて。まさに「Mr.オリンピック小平」かっこよかったです(顔は恥ずかしいのでNGとのこと)。



            これからの私の人生で東京でのオリンピックはもう経験できないでしょう。

            「この貴重な機会に私になにかできることはないか?ワクワクできることは?」そう思ってこのプロジェクトに参加しています。

            メンバーの熱い思いにいつも刺激されながら。


            さしあたって10月21日の「小平市民まつり」にはあかしあ通りの焼肉安楽亭裏にブースを借り、クイズなどでPRする予定です。

            「こんなイベントがあったら面白い」とかのアイデアもお寄せ下さいね。

            このプロジェクトのメンバーも募集中です。

            東京2020へ向けて、みんなで楽しく盛り上がりましょう!

            



            


            


            


            
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