故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

いい女

2021-07-01 06:47:51 | よもやま話

絵のタイトルは、「鳥栖の女」です。
サロンパス(久光製薬)の野外展示場で見た少女像です。
顔も見えない、気品もあり元気な様子のたたずまいが、私の心をとらえました。


今日のタイトルは、「いい女」です。
美人は三日で飽きる、ぶすは三日で慣れる。
見た目で判断するなということらしい。
結婚前は両目を開けて相手を観察し、結婚後は片目をつぶり現実を認める。
長年暮らしたら、両眼をつぶるくらいの覚悟がなければならない。
空気のような存在で、じっくり顔など見ることも無くなる。

とはいうものの、多くの「いい女」を見て来た。
若い頃は、「いい女」というものは、「髪を揺らして廊下をかけて行く少女」のようでした。
この娘と寝たら責任(結婚を前提)をとらなければと、思い込んでいた。
そうでもあり、そうでもなかった。
前者の場合は怖気づき、後者の場合はお世話になった。
いい加減と言えば、そうとも言える。

「いい女」は、自立していた。
何かを持っていた。
一言で言えば、目が輝いている「一生懸命さ」であろうか。
女も男も「パンドラの箱」のように、ふたを開ける迄わからない。
この娘は、この女性は何が私の心をとらえるんだろう。
悩み、こづかれ生きて来た。
その都度、女性に救われた。
やり直そう、頑張ろうと思うことができた。

黙っていれば、美人なのに。
映画やテレビで観る憧れとは、何時しか違う生の女性に恋するようになった。
この女性といると、間違いなく自分は幸せになる。
とも違う。
人間は思い通りにいかぬもので、日々違う顔を見せる。
揺るがぬ何かが捉えて離さぬ。
「いい女」には、それがある。
仏の手のひらで転がされている心地よさとも違う。
正直さであろうか。温かさであろうか。

一つ言えることは、女性と会って話して「感動する力」も与えてくれて、スパークする。
一瞬のできごとなのです。
言葉で説明するには力不足です。
もう一つ言えることは、「この女性となら、ドボンできる」という潔さでしょうか。
いつもドボンできるわけにはいかない。
私は、「いい女」に会い、眺め、心ひそかに応援し暖まっている。
数々の「いい女」に感謝する。
生きていてよかった。

2021年7月1日
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