学生の時、阿蘇外輪山の麓の農家で10割そばをいただいた。
打ち方が不慣れで、ぶつぎりのそばを雑炊にした。
うまくはなかった。
40年後、東北で打ちたての10割そばをいただいた。
5杯もおかわりをした。
学生のころは、価値を知らなかっただけでした。
彼は、サイダーで口をゆすいで吐き出した。
私は、そんな豪快な飲み方にあこがれた。
今日のタイトルは、「一本、サイダー飲みたい」です。
カルピスにしろ、サイダーにしろ、兄弟で分かち合った。
年長のものから、コップをとって、末弟の私は残りのコップをとった。
ちびちびと飲み干すと、母が少し分けてくれた。
わが子も4人いる。
末娘が、お菓子を均等に分ける。
唐揚げが、大皿に盛られる。
「一人、何個」と号令をかけるのも末娘であった。
誰かが早く食べるため、「一人、何個」は守られたためしがない。
かみさんが、欲しくないのよと泣いてる子に分ける。
アルバイトで稼いだお金をもって、500円食べ放題の焼き肉屋に行った。
3日分の栄養を詰め込んだ。
端肉を結合剤で固めて薄く切った肉とは知らずとも、これ以上美味いものはない。
カステラも厚さをミリ単位で計りたいくらい、見つめた。
あの塊が残るといいなと目星をつける。
兄弟誰もが同じことを考えていた。
今日も端っこが残る。
紙にくっついたカステラをなめはがす。
日曜の朝、5円玉を握りしめて、テレビを見に2Kmを歩いた。
七色仮面を見るには、ケーキを5円で買わなければならない。
歓声があがる後ろのほうから、やっと見えた。
サイダーもカルピスも懐かしい。
固めた菓子の切れ込み通り型取ると、何倍ものお金がもらえるはずだった。
まち針を使って何回やっても、きれいに取れたためしがない。
あのお金(10円x?倍)があれば、綿菓子が買えたのにと、いつも後悔した。
憧れのサイダーは、炭酸水に砂糖を入れた代物だった。
カステラも一本食えと言われても、今や食べられない。
和牛の肉を食べたが、結着肉のほうが断然美味しかった。
時と場合で美味いものは変遷する。
今は、煮ただけの野菜がおいしい。
子供の時はこんなもの、美味しくないと念じた。
ナスの旬には、朝漬物、昼煮てみそを漬け、夜は天ぷらで、
それしかない「尽くし」だった。
カルピスを炭酸で割り、妻と二人で飲んでいる。
炭酸水が嫌いな妻も、汗をかく野良ではおいしいとごくごく飲んでいる。
2023年8月20日
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