エコでピースな市民のひろば

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鎮魂の日

2016年08月06日 | 平和日誌

▲今日(8/6)の広島平和公園正面


今日の広島は

暑い一日でした。




今年の8月6日は

オバマ大統領訪問後

最初の記念式ということもあり

注目度も高いものがありました。





大統領訪問によって

平和への道のりに

明るいものを感じるかというと

世界情勢を鑑みると

頻発するテロ行為など

決して楽観できない状況が続いています。





大統領訪問時

広島も国も

米国に謝罪は求めない

という態度でしたが



「とにかく来てくれるんだから波風たてるのはやめようよ!」


という雰囲気づくりに

どうしても違和感を感じていました。






原爆投下で亡くなった御霊の多くは

今でもその理不尽な死に方を

受け入れることができていません。

現世に生かされている

私たちの価値観によって

“謝罪を求めない”

とした政治的判断を

どうして墓前に伝えることが

できるでしょうか?






原爆投下や東京大空襲が

真珠湾奇襲攻撃と同等に

扱われるような情報操作と

戦後の「平和教育」によって

日本の戦争責任のみを

信じ込まされていることに

いまだに

多くの日本人は気づいていません。






▲慰霊碑に並ぶ列(本日)




家族が理不尽に殺されて

殺した相手に対し

恨むな、謝罪を求めるな

とは常識的ではありません。





いたずらに

怒りを肯定している訳ではなく

あくまでも一般的な意見として。





今更

謝罪を求める意味は?

という声も聞こえます。





謝罪したところで

亡くなった人々は帰ってこない

のも事実です。





しかしながら

あえて言えば

原爆や空襲で亡くなった

一般の方々とともに





徴兵により海外で亡くなった

一般の方々の遺骨が

未だに帰国できていない

という事実がある。






米国に

謝罪を求めないという態度と

海外で亡くなった御霊を

放置してしまっているという

この国の現状をみるにつけ






先の戦争の痛手を

未だに日本は引きずりながら

あわせて

本当の戦争責任とは何かを

考えずに今日まで来てしまった

といわざるを得ません。









8月6日は

亡くなられた

おひとりおひとりの御霊に

哀悼の誠を捧げるとともに






マスコミ情報や

政治的な意見に

左右されることなく






私たち

ひとりひとりの生き方や

こころの在り方を

静かに

見つめ直す日でもあります。




◎感謝
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