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“男のためのガーデニング”改め

「長浜豊国神社 十日ゑびす」の福餅まき~滋賀県長浜市~

2020-01-11 09:30:00 | 風景・イベント・グルメ
 兵庫県の西宮神社では「十日えびす」の「福男選び」が毎年ニュースなどで取り上げられ話題になりますが、長浜の豊国神社でも“商売繁盛でササ持ってこい”のお囃子にのって十日ゑびすの神事が行われます。
長浜豊国神社は「豊国大明神(豊臣秀吉)」と 「事代主大神」、「加藤清正」、「木村重成」を主祭神として祀り、長浜城で一国一城の主となった秀吉の3回忌に神社は建立されたといいます。
しかし、江戸時代には江戸幕府により秀吉信仰が禁じられると、祭神は町年寄によって密かに祀られていたとされ、明治維新後に豊国神社として復活したようです。



各地方には当地ゆかりの人物を奉ることが多く、例えばこの長浜の秀吉さん、彦根の井伊さんなど地域に関係があった人を崇敬することがあります。
長浜では秀吉縁の豊国神社、秀吉の砂金の振る舞いに起源を持つ「長浜曳山祭」などの行事があり、秀吉が長浜城主だったのは3年ほどだったにも関わらず秀吉愛のようなものが浸透しています。



JRの長浜駅から5分ほどの距離にある豊国神社のお囃子は、長浜駅のホームや商店街からでも聞こえるほど市中に響き渡り、福餅まきの時間には多くの方が神社に集まられます。
神社へ参拝される方は、まかれた餅に今年の繁栄を祈り、福餅を掴むことで今年一年の繁栄を期待してのハレの時間となります。



まず本殿に参拝して今年の繁栄を祈念致しますが、それほど人の数が多くないのは皆さん餅まきの場所取りをされているからであります。
参道には福笹などの縁起物を売るお店が並び、巫女さんたちが店頭に立たれて戎講のにぎやかな光景がひろがります。



長浜は、滋賀県の北部の田舎町にありながらも神社は豪奢な造りになっていて、拝殿は1898年の秀吉三百回忌に合わせて再建されたという建築物です。
譜代大名筆頭の井伊家がおさめる彦根藩に属しながら、恵比須さんをカモフラージュにして密かに秀吉を祀っていた長浜城下の町衆の意気が感じられる話です。

本殿の横には「出世稲荷神社」が建てられており、秀吉の出世物語にあやかりたいと参拝者が絶えません。
出世稲荷神社は内部が回廊になっていて周回することができ、回廊を歩いて行くと拝殿の裏側にも拝所がある。





さて、そろそろ餅まきが始まりそうなので境内を移動します。
驚くのは集まった人の多さと餅が飛んできそうな場所への密集状態でしょうか。
福娘さんたちが手に持っているのは“福”のシールが貼られた福餅で、皆さんこの餅を狙っています。



舞台の前に並ぶ人はリタイヤされた世代の方が多く、緩やかな餅まきになるかと始まる前は思っていましたが...。
最初の餅がまかれた瞬間から修羅の如くの押し合い圧し合い奪い合いが始まります。

飛んできた餅に手を伸ばせば他の方が伸ばした手の爪でひっかかれて血が滲む。
押されて後ろに倒れてしまいましたが、後方にいたおばぁさんも一緒に倒れてしまい支えながら起こすことにもなった。
とはいえ、周囲に居た人より多少背が高くリーチが長いのでお餅はキャッチしましたけどね。でも福餅はなし。



餅まきが終わりかけると混雑を避けて早々に甘酒の御接待を受けに行く。
大きな釜で甘酒を煮られていますが、餅まき会場から移動された方が次々と来られるのでここは大賑わい。
ご奉仕の方は大変そうでしたが、神社でのこういう活気は気持ちが晴れますね。



お店では立派な福笹や熊手の縁起物が並びますが、お値段もかなりのもの。
景気を反映してか大きな縁起物を買って帰られる人は少なく、小ぶりな縁起物を買われる方がチラホラといった感じ。



福餅まきは、福を掴みたい参加者の激しさに少しあさましいと恥じ入ってしまうほどでした。
餅まきが終わった時に自分の後ろで倒れた小柄なおばぁちゃんが餅が取れてなかったら分けようかと声をかけようとしたら、福の貼った餅を2個しっかり握っておられました。
福は奪い合っても得られるものではなく、福が来るべき人のところへ訪れるのでしょう。(教訓)



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