「切り絵作家」早川鉄平さんは、1982年 石川県金沢市生まれで、大阪で高校の被服科の教員をされた後、フリーカメラマンに転身して好きな動物や景色などの自然を撮影をされていたそうです。
カメラマンの仕事で米原市の山村で撮影をするうちに、地方で暮らすことを思い立ち、米原市の「みらいつくり隊員」の募集に応募して米原で暮らし始められたといいます。
米原でカメラマンとして暮らすうちに、幼少の頃に母とやっていた切り絵を始めたところ、切り絵作家としての仕事が入るようになり、本格的に切り絵作家に転向されたようです。
切り絵作家として絵本「白鳥になった王子」を出版されていますが、その作品はコラボやインスタレーションや行燈など多岐に渡り、滋賀の湖北地方では作品を見る機会の多い作家さんだといえます。
早川鉄平さんの作品は、以前に夏の「奥伊吹スキー場」で開催されていた『伊吹の天窓』というイベントの記事で興味があったものの、行きそびれておりました。
意識して作品を見たのは長浜大通寺の「親鸞上人 七百五十回御縁忌」での18枚の障子からで、このコラボには圧倒される衝撃がありました。
大通寺の七百五十回御縁忌でのコラボが2019年。それ以降は長浜市「さざなみタウン」での「白鳥になった王子-絵本原画展-」(2020年1月)、「早川鉄平 切り絵の世界✖慶雲館」(2020年8月)。
2021年は、「長浜盆梅展」(2021年2月)に始まり、「大通寺 馬酔木展」での切り絵障子作品の展示(2021年4月)と今年3回目の作品展へ訪れることになりました。
「慶雲館」は、明治19年(1886年)に明治天皇皇后両陛下が大津から船で長浜に上陸され、鉄道へ乗り換える時間に滞留するための施設として、実業家・浅見又蔵氏が私財を投じて行在所を建設したといいます。
天皇皇后両陛下は、慶雲館で一時間足らずの休憩を取った後、列車で名古屋へ向かわれたそうですが、その一時間のために破格の建築費を投じた浅見又蔵の財力は凄いものだと感心します。
慶雲館の本館の和室へ入ると、盆梅展で見慣れた光景とは全く違い、広い和室のはずなのに狭く感じる。
おそらく盆梅の大鉢が並ぶことで奥行を感じて広く見えていたのでしょう。
盆梅が並んでいた場所には6面の大きな屏風に虎の見応えのある図柄の切り絵作品が目に飛び込んできます。
隣には同じく6面屏風で牛(山の神)の切り絵作品が並びます。
どちらも躰の部分に鳥や獣などの生き物の切り絵が施されています。
新館・梅の館では壁一面が巨大な切り絵の生き物たちの空間となっています。
象や虎は日本の自然界には生息していませんが、米原の山では(湖北全域でも)動物との出会いは多く、当方も大抵の動物には山で出会っていますので、親近感がわきます。
過去の新館での展示はライトアップされた行燈が多かったのですが、今回は切り絵の展示になっています。
下は狼でしょうか。体毛が細かく表現されている精密な作品ですね。
会場内では「白鳥になった王子」の画像とナレーションば流れ、物語に登場する動物たちの切り絵が並ぶ。
伊吹山は“ヤマトタケルが伊吹山の山の神を倒そうとして返り討ちにあったとされる伝説”が残る霊峰ですが、物語の方でも王子が動物たちの忠告を聞かず、山の神に戦いを挑むという話になっています。
今回の展示会は「白鳥になった王子」がベースになっていますので全く異質な作品はありませんでしたが、過去2回の慶雲館での展示とは趣向の違う構成になっていたと思います。
猛暑の中ではありましたが、風が良く通る涼しい縁側で庭園に置かれた作品を見る。
慶雲館の庭園は、2006年に国の名勝に指定されている庭園で、置かれている石材の大きさに驚かされる庭園です。
広さも感じますが、かつては長浜港と隣接していて、目の前まで船がきていたといいます。豪商・浅見又蔵はいいものを残してくれたと感謝します。
縁側に座って庭園を眺めていると、日本庭園の良さを感じることしきりで、ボーとした時間が流れ心地よくなります。
ただ、これだけ広いとハガリや整備も大変だろうなと思いますが、こういうところでシニアのパワーが大いに役に立っているのでしょう。
庭を歩きながら慶雲館の建物を眺める。
年に1~2度は訪れる憩いの場所となってきているかな。
余談ですが、以前に早川鉄平さんの作品に影響を受けて切り絵を始めてみたのですが、不器用すぎて断念しておりました。
ところが器用な妻があっさりと切り絵で仁王像を作ってしまい、ますます自信を喪失してしまい、もうチャレンジ不能です。
カメラマンの仕事で米原市の山村で撮影をするうちに、地方で暮らすことを思い立ち、米原市の「みらいつくり隊員」の募集に応募して米原で暮らし始められたといいます。
米原でカメラマンとして暮らすうちに、幼少の頃に母とやっていた切り絵を始めたところ、切り絵作家としての仕事が入るようになり、本格的に切り絵作家に転向されたようです。
切り絵作家として絵本「白鳥になった王子」を出版されていますが、その作品はコラボやインスタレーションや行燈など多岐に渡り、滋賀の湖北地方では作品を見る機会の多い作家さんだといえます。
早川鉄平さんの作品は、以前に夏の「奥伊吹スキー場」で開催されていた『伊吹の天窓』というイベントの記事で興味があったものの、行きそびれておりました。
意識して作品を見たのは長浜大通寺の「親鸞上人 七百五十回御縁忌」での18枚の障子からで、このコラボには圧倒される衝撃がありました。
大通寺の七百五十回御縁忌でのコラボが2019年。それ以降は長浜市「さざなみタウン」での「白鳥になった王子-絵本原画展-」(2020年1月)、「早川鉄平 切り絵の世界✖慶雲館」(2020年8月)。
2021年は、「長浜盆梅展」(2021年2月)に始まり、「大通寺 馬酔木展」での切り絵障子作品の展示(2021年4月)と今年3回目の作品展へ訪れることになりました。
「慶雲館」は、明治19年(1886年)に明治天皇皇后両陛下が大津から船で長浜に上陸され、鉄道へ乗り換える時間に滞留するための施設として、実業家・浅見又蔵氏が私財を投じて行在所を建設したといいます。
天皇皇后両陛下は、慶雲館で一時間足らずの休憩を取った後、列車で名古屋へ向かわれたそうですが、その一時間のために破格の建築費を投じた浅見又蔵の財力は凄いものだと感心します。
慶雲館の本館の和室へ入ると、盆梅展で見慣れた光景とは全く違い、広い和室のはずなのに狭く感じる。
おそらく盆梅の大鉢が並ぶことで奥行を感じて広く見えていたのでしょう。
盆梅が並んでいた場所には6面の大きな屏風に虎の見応えのある図柄の切り絵作品が目に飛び込んできます。
隣には同じく6面屏風で牛(山の神)の切り絵作品が並びます。
どちらも躰の部分に鳥や獣などの生き物の切り絵が施されています。
新館・梅の館では壁一面が巨大な切り絵の生き物たちの空間となっています。
象や虎は日本の自然界には生息していませんが、米原の山では(湖北全域でも)動物との出会いは多く、当方も大抵の動物には山で出会っていますので、親近感がわきます。
過去の新館での展示はライトアップされた行燈が多かったのですが、今回は切り絵の展示になっています。
下は狼でしょうか。体毛が細かく表現されている精密な作品ですね。
会場内では「白鳥になった王子」の画像とナレーションば流れ、物語に登場する動物たちの切り絵が並ぶ。
伊吹山は“ヤマトタケルが伊吹山の山の神を倒そうとして返り討ちにあったとされる伝説”が残る霊峰ですが、物語の方でも王子が動物たちの忠告を聞かず、山の神に戦いを挑むという話になっています。
今回の展示会は「白鳥になった王子」がベースになっていますので全く異質な作品はありませんでしたが、過去2回の慶雲館での展示とは趣向の違う構成になっていたと思います。
猛暑の中ではありましたが、風が良く通る涼しい縁側で庭園に置かれた作品を見る。
慶雲館の庭園は、2006年に国の名勝に指定されている庭園で、置かれている石材の大きさに驚かされる庭園です。
広さも感じますが、かつては長浜港と隣接していて、目の前まで船がきていたといいます。豪商・浅見又蔵はいいものを残してくれたと感謝します。
縁側に座って庭園を眺めていると、日本庭園の良さを感じることしきりで、ボーとした時間が流れ心地よくなります。
ただ、これだけ広いとハガリや整備も大変だろうなと思いますが、こういうところでシニアのパワーが大いに役に立っているのでしょう。
庭を歩きながら慶雲館の建物を眺める。
年に1~2度は訪れる憩いの場所となってきているかな。
余談ですが、以前に早川鉄平さんの作品に影響を受けて切り絵を始めてみたのですが、不器用すぎて断念しておりました。
ところが器用な妻があっさりと切り絵で仁王像を作ってしまい、ますます自信を喪失してしまい、もうチャレンジ不能です。