![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kirakira.gif)
繖山には巨石が点在して古代より巨石崇拝の信仰を集めていたといい、複数の古墳群が確認されていることから湖東における聖なる山のひとつだったといえます。
繖山の北側は旧の能登川町になりますが、能登川には菅原道真を祀る神社が幾つかあるといい、道真公の伝承を辿って、3社に参拝をしてきました。
最初に参拝した「林天神社」は、JR能登川駅から数分の距離にあり、この神社は月に数日だけ開所される授与所で書かれる“月替わり朱印”が御朱印ファンの人気を集めているようです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/3e/a055c04d10cc48d71692c016adeee0e8.jpg)
林天神社は繖山の北方にある“猪子山”の麓に創建された「岩船神社」が起源とされ、平安時代の天慶(931~947年)に創建されたと伝わります。
御祭神として「天常立命」「菅原道真公」の2柱を祀り、「天常立命」は天地ができる時に天空に生じたという神だといいます。
「菅原道真公」は、勅使として敦賀の気比神宮に向かう途中この地を訪れたことが御縁で合祀されたと考えられているそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/6f/d3bf1076a5bbe5b632d7ab4f03ef1051.jpg)
遊具などもある整備された公園の角にある林天神社は、拍子抜けするくらいこじんまりとした神社です。
石標には“天神社”と彫られており、錯覚を起こしそうになりますが、林天神社は厳密にいうと林町にある天神社となるのでしょう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/a7/7f02f81b95d932daf6fe43370f5e13ab.jpg)
そもそも道真公がなぜ能登川に立ち寄ったかについては、古墳時代にこの辺りに土師氏(古墳造営、埴輪・土師器を製作する集団)が居住していたことによるといいます。
菅原家は、野見宿祢(後の土師氏)から出た一族とされる説がありますので、古墳群のある猪子山近くのこの地を訪れたという伝承にも根拠がありそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/0b/681daae42f55357cc4d9324f7b3ad198.jpg)
授与所は神社から徒歩で10分くらい歩いた住宅街の一角にあり、授与品は道真公の絵馬・白梅の形のおみくじ・梅の花をかたどったお守りなど道真ゆかりのものが多い。
それゆえ本殿の御神紋は「梅鉢」となっており、道真には付き物の「神使の牛」が境内に祀られている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/44/2afdf98bd15b75a22a5df738ad5a2278.jpg)
また境内にはひらべった形をした磐座が祀られている。
「林天神社」は「岩船神社」を起源としているとされており、この磐座は岩船神社に祀られている巨石の岩船から来ているのではないだろうか。
確かにこの磐座は船の形を模しているように見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/70/c4b84a99d5afaebf539635185607368c.jpg)
磐座の上には鯉を形どったおみくじが置かれていた。
鯉は立身出世の象徴であるといいますから、林天神社の授与所鯉みくじをされた方が納めて帰られたのかもしれません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/c0/f20adb9330ee2101d4465ee95e7dd333.jpg)
では、林天神社の起源である岩船神社へと向かいますが、まずは猪子山の麓の岩船神社から少し登った場所にある「上山天満天神社」に参拝します。
「上山天満天神社」の社伝では「岩船神社」は境内社であるとされていますから、「上山天満天神社」→「岩船神社」→「林天神社」とつながっていくことになります。
上山天満天神社は728年に社号を得たとされ、御祭神は「天常立命」と「菅原道真公」で林天神社と全く同じです。
1347年には足利尊氏に3000歩の社領を許され、1573年には織田信長より3000歩の社領を許されたと伝わります。
3000歩を単純に3300㎡と計算すると、膨大な社領を有する神社であったことになります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/2c/8d457513eb774835cfe59d58216d9483.jpg)
この鳥居の奥の林道は、猪子山の山頂にある「北向岩屋十一面観音」へと続く道。
桜はこれからが見頃といったところで、鳥居の奥の林道には人が絶えることなく登り降りしていかれます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/07/5b0d5b8ec0b426dc7661b3a4816b5d06.jpg)
猪子山頂上へと向かう中道から分岐した舗装道を登った先に「上山天満天神社」はあり、静寂に包まれた神社でした。
この分岐した道は頂上へのウォーキングコースから外れているため、参拝者しか訪れずほぼ人の姿はありません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/32/c4cdbec53ca3882375ff648dc2142707.jpg)
拝殿から本殿へと続く建物は麓にあった鳥居からかなり離れていることから、かつての社領が広かったことを伺い知ることが出来る。
山道しかなかった頃は中腹にある「上山天満天神社」に参拝し、「北向岩屋十一面観音」まで行かれる方は稀だったのかもしれません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/ac/cdf2a0b8824056738d687e462e72dd95.jpg)
本堂の右手に木の階段があったので登って行ってみる。
猪子山には林道の他にも整備された登り道が幾つかありましたが、かなり急な階段となっているため健脚な方でないと辛いのでは?と思います。
登りはここまでとして、開けた場所から眺望を楽しむ。地平線の向こうには琵琶湖が広がります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/d8/4bb3b76e907ffca48688d3c3fee72593.jpg)
北方向に見えるのは荒神山でしょうか。
山の周辺には住宅や工場・店舗が並び、田園地帯はここからだと随分と奥の方になります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/ee/50f497e1ebedbb2c718a425aec5e9997.jpg)
3社目の神社である「岩船神社」はこの「上山天満天神社」の下方に位置し、巨岩の岩船を祀る神社で実に迫力のある神社でした。
また周辺には古墳群が幾つかあり、「山面古墳群」の古墳にも立ち寄ることにました。...続く。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます