ひょんなことから、我が社の社内紙に載せられた記事を読み、思わず膝を打ってその著書を読み漁った先生がいる。
私よりも15歳くらい年上で一世代上の方で関西の女子大の教授をされているが思想家兼武道家として結構有名な人のようである。
当人はご自身のホームページで好き勝手なことを書いて、敵も多いようだが論理展開が痛快でうなずける。「おおっ、これこそオレが言いたかったことなんだよ!」と思いこめるようなところがかなりある。
最も気に入っているのは、その人が自分にとっての知識・教養その他の指南書は「マンガ」であると言って憚らないこと。
子供の頃、我が家は「マンガフリー」であった。両親は昔の田舎の人だったので、全くマンガなぞに興味を示さなかったが、勉学や運動など「やることをやっておれば」むやみに禁じないスタイルだった。
厳格な両親に「マンガ」を禁止されていた、同じ県内に住む従兄弟は我が家のスタイルをとても羨ましがり、遊びに来ては延々と私の貯蔵するマンガを読み尽くしていた。
一人暮らしのときは1000冊を超すマンガを貯蔵していたが、残念ながら結婚したときにすべて売り払ってしまった。
「こちら葛飾公園前派出所」と「ゴルゴ13」を全巻持っていたのが自慢だったのに。。。
教養とまではいかないが、私の引用する文言や知識はかなりマンガを起源とするものが多い。雑学系もマンガが主な情報源で、そのことについては少し劣等感があり、あまり公にはしてこなかった。
だからその先生のように「自己の教養はマンガが起源」と公然と言われるとすごく勇気がわくのだ。
そして彼のこれまでのホームページで頻繁に引用される少女マンガがある。
特に「学ぶこと」に関する基本姿勢、師弟関係、生き方そのものもそのマンガがかなりロールモデルになっているいう。。。
「エースをねらえ!」である。

さっすがにあの「目がキラキラ大きいお嬢様」と「髪の毛ウェーブのイケメン男性」シリーズは守備範囲にはなく、アニメソングは知っていたが、宗方コーチ、岡ひろみ(なんと美術の教科書に名前だけは出ていた)、お蝶夫人というキーワードしか知らなかった。
情熱だけはあるがテニスそのものはヘタな少女がコーチにその可能性を見出され、それこそ命をかけたコーチングに全身で応えた結果、誰にもできない道を切り拓く、ってな感じで理解していた。
しかし、その先生によると、ところどころのセリフとかにビチアス海淵のように深ーい含蓄があったようなのだ。
ヒロインのひろみが恋する相手、一つ上の籐堂という男子のエース格選手には宗方コーチが「女を成長させない愛し方をするな」と意味深なことをのたまうそうだ。
なんだかピンと来なかったのだが、あの舌鋒をもつ人が崇拝する「マンガ」なら読んでみようかと、私は自ら禁断としていた少女マンガに手を出したのである。
私が今通勤途上で読んでいるのは宮城谷昌光の「太公望」だ。「エースをねらえ」は全18巻だから2冊ずつくらい持って、この合間に読む ことにした。
私は我ながら感心にもこれから仕事に行く出社時のホームライナーでは「マンガ」は読まないことにしている。
従って仕事から解放された家路に向かうために乗った湘南新宿ラインで「立ち読み」をすることになる。
ブックカバーなんてないから、剥き出しで読むのだがこれが結構恥ずかしい。皆、顔には出さぬが「いったいこの男はなんでこんなマンガ読んでるのよ」と思われてるだろな。
最初の3巻くらいは正直退屈だった。宗方コーチの岡ひろみへの入れ込み方が突拍子もなさすぎて無理があるように見えるのである。
しかし真ん中あたりであろうか。「もしかしてここか?!」という自分的には驚くべき名場面に出会った。
それは「この一球は絶対無二の一球なり」というくだりである。
宗方コーチはその昔、テニスの名選手であった。名実ともに絶頂にあったとき、突然の病気で再びテニスができない身体になってしまった。
自身の不幸を嘆くのはもちろんだが、「自分にいつかプレイヤーとして終わるときがくる。」ことを想像すらしたことがなかったのを深く悔いるのだ。
そして愛弟子の岡ひろみを導くのだ。「お前はオレの落ちた落とし穴に落ちるな」と。
「この世のすべてにおわりがあって、人生にも試合にも終わりがあって、いつとは知ることができなくても、1日1日、1球1球かならず確実にそのおわりに近づいているのだ。
だからきらめくような生命をこめて、ほんとうに二度とないこの1球をせいいっぱい打たねばならないのだ。」
やがて宗方コートは死んでしまうが、このタイトルの重要な一面がここにあるような気がする。
息子甘辛の卒業を「カウントダウン」した気分にも通じるものがあるな。「もう終わり」と思うからかけがえのないものが見えることが多い。
そして驚くべきことに作者・ジャンルなどに全く関係することのない中国歴史叙事詩である「太公望」にも類似したくだりがあったのだ!
太公望は名前くらいは有名だが、中国古代の英雄である。
ときの中国中原を支配していた商という王朝に一族を殺されてしまう。望は「孤竹へ行け」という父の最後の叫びに従って生き残った幼い仲間とともに、その地へ向かって悪戦苦闘の旅をする。
その途中で少年の(太公)望は・・・
「---孤竹へゆくことのたいせつさは、到着することではなく、途中にあるのではないか。と気付いた。ほかの願望や目的も同じであろう。この世に生まれた者は、かならず死ぬ。だが、死は人生の到着点でありながら、それは願望でも目的でもない。生きるということは、すべて途中である。その途中こそがたいせつではないのか。孤竹へゆきたいと願い、孤竹は目的地にはちがいないが、そこにはおそらく何もない。あらたな途中があるといったほうがよいであろう。---」
「終わりがあるから途中を大切にする」という点で両者は同じようなことを教えているように思えるのだ。
私も「おじさん」の領域に入ってしまったから、この教えはよーくわかるつもりだ。
しかし、いつもいつも「終り」があることを意識してしまうと、何か物哀しい気分にもなってイマイチだ。「しばしば」考えることにしようかな。
っと、ここまで書いていて我ながら「まあ・・・なるほどね」で済むのだがところがである。。。
実は「エースをねらえ!」の真髄は宗方コーチが死んでしまった後にあるような気がするのである。
お蝶夫人に憧れ手引きされて、宗方コーチに見出され、導かれて「世界を意識できる」実力を蓄えた岡ひろみだが、突然やってきたコーチの死に当然「茫然自失」する。
この岡ひろみを立ち直らせ、「慟哭の中にこそ真理があり真髄が見える」と世界へ飛び立たせるため、桂コーチやお蝶夫人はもちろん、家族、恋人の籐堂、チームメイトそして「ライバル」までもがそれこそ「壮絶に」ひろみを「支える」のである。
桂コーチは宗方コーチの親友でありライバルであったが、自分が発掘した選手は自分が生きている間には完成させることができないと悟った宗方コーチに後を託され、そのとおり岡ひろみを立ち直らせる。
第一人者となってしまうと、相手にくまなく研究され尽くされる現実を示すためあえてスパイになる外国人選手。
自身も国内有数の実績・実力を持ちながら、岡ひろみを筆頭に世界プレーヤーを作るための捨石になることを決意する籐堂。
「日本庭球界の夜明け前はいつまで続くのか」という父、竜崎理事の言葉に「わたくしがやる」と言ったこと自体がそもそも間違いだったと気付き「そもそも天才とは無心なのだ」と、あえて自らは退き岡ひろみの心のパートナーとなったお蝶夫人。
すべて「人が人を支えるとはどういうことか」というのがこの物語のメインテーマのように思えてくるのである。
私は兄妹がおらず、甘辛も一人息子、岡ひろみも一人っ子だ。私は迷わずに息子にこのマンガを読ませた。
「誰が好きか?」と単純に尋ねたら、「桂コーチ」と即座に答えた。この答は彼が成長するに従って変わってゆくかもしれない。。。
さすが、私の敬愛する先生が「人生読本」というだけのことはある。
今まで主題歌しか歌えなかった「エースをねらえ!」だが、こうして私の「座右の銘」入りを果たした。。。
これから色々な場所で引用されることになろう。知らない人は全く意味不明であろうが。
私よりも15歳くらい年上で一世代上の方で関西の女子大の教授をされているが思想家兼武道家として結構有名な人のようである。
当人はご自身のホームページで好き勝手なことを書いて、敵も多いようだが論理展開が痛快でうなずける。「おおっ、これこそオレが言いたかったことなんだよ!」と思いこめるようなところがかなりある。

最も気に入っているのは、その人が自分にとっての知識・教養その他の指南書は「マンガ」であると言って憚らないこと。
子供の頃、我が家は「マンガフリー」であった。両親は昔の田舎の人だったので、全くマンガなぞに興味を示さなかったが、勉学や運動など「やることをやっておれば」むやみに禁じないスタイルだった。
厳格な両親に「マンガ」を禁止されていた、同じ県内に住む従兄弟は我が家のスタイルをとても羨ましがり、遊びに来ては延々と私の貯蔵するマンガを読み尽くしていた。
一人暮らしのときは1000冊を超すマンガを貯蔵していたが、残念ながら結婚したときにすべて売り払ってしまった。
「こちら葛飾公園前派出所」と「ゴルゴ13」を全巻持っていたのが自慢だったのに。。。
教養とまではいかないが、私の引用する文言や知識はかなりマンガを起源とするものが多い。雑学系もマンガが主な情報源で、そのことについては少し劣等感があり、あまり公にはしてこなかった。
だからその先生のように「自己の教養はマンガが起源」と公然と言われるとすごく勇気がわくのだ。

そして彼のこれまでのホームページで頻繁に引用される少女マンガがある。
特に「学ぶこと」に関する基本姿勢、師弟関係、生き方そのものもそのマンガがかなりロールモデルになっているいう。。。
「エースをねらえ!」である。

さっすがにあの「目がキラキラ大きいお嬢様」と「髪の毛ウェーブのイケメン男性」シリーズは守備範囲にはなく、アニメソングは知っていたが、宗方コーチ、岡ひろみ(なんと美術の教科書に名前だけは出ていた)、お蝶夫人というキーワードしか知らなかった。
情熱だけはあるがテニスそのものはヘタな少女がコーチにその可能性を見出され、それこそ命をかけたコーチングに全身で応えた結果、誰にもできない道を切り拓く、ってな感じで理解していた。
しかし、その先生によると、ところどころのセリフとかにビチアス海淵のように深ーい含蓄があったようなのだ。
ヒロインのひろみが恋する相手、一つ上の籐堂という男子のエース格選手には宗方コーチが「女を成長させない愛し方をするな」と意味深なことをのたまうそうだ。
なんだかピンと来なかったのだが、あの舌鋒をもつ人が崇拝する「マンガ」なら読んでみようかと、私は自ら禁断としていた少女マンガに手を出したのである。
私が今通勤途上で読んでいるのは宮城谷昌光の「太公望」だ。「エースをねらえ」は全18巻だから2冊ずつくらい持って、この合間に読む ことにした。
私は我ながら感心にもこれから仕事に行く出社時のホームライナーでは「マンガ」は読まないことにしている。
従って仕事から解放された家路に向かうために乗った湘南新宿ラインで「立ち読み」をすることになる。
ブックカバーなんてないから、剥き出しで読むのだがこれが結構恥ずかしい。皆、顔には出さぬが「いったいこの男はなんでこんなマンガ読んでるのよ」と思われてるだろな。

最初の3巻くらいは正直退屈だった。宗方コーチの岡ひろみへの入れ込み方が突拍子もなさすぎて無理があるように見えるのである。
しかし真ん中あたりであろうか。「もしかしてここか?!」という自分的には驚くべき名場面に出会った。
それは「この一球は絶対無二の一球なり」というくだりである。
宗方コーチはその昔、テニスの名選手であった。名実ともに絶頂にあったとき、突然の病気で再びテニスができない身体になってしまった。
自身の不幸を嘆くのはもちろんだが、「自分にいつかプレイヤーとして終わるときがくる。」ことを想像すらしたことがなかったのを深く悔いるのだ。
そして愛弟子の岡ひろみを導くのだ。「お前はオレの落ちた落とし穴に落ちるな」と。
「この世のすべてにおわりがあって、人生にも試合にも終わりがあって、いつとは知ることができなくても、1日1日、1球1球かならず確実にそのおわりに近づいているのだ。
だからきらめくような生命をこめて、ほんとうに二度とないこの1球をせいいっぱい打たねばならないのだ。」
やがて宗方コートは死んでしまうが、このタイトルの重要な一面がここにあるような気がする。
息子甘辛の卒業を「カウントダウン」した気分にも通じるものがあるな。「もう終わり」と思うからかけがえのないものが見えることが多い。
そして驚くべきことに作者・ジャンルなどに全く関係することのない中国歴史叙事詩である「太公望」にも類似したくだりがあったのだ!
太公望は名前くらいは有名だが、中国古代の英雄である。
ときの中国中原を支配していた商という王朝に一族を殺されてしまう。望は「孤竹へ行け」という父の最後の叫びに従って生き残った幼い仲間とともに、その地へ向かって悪戦苦闘の旅をする。
その途中で少年の(太公)望は・・・
「---孤竹へゆくことのたいせつさは、到着することではなく、途中にあるのではないか。と気付いた。ほかの願望や目的も同じであろう。この世に生まれた者は、かならず死ぬ。だが、死は人生の到着点でありながら、それは願望でも目的でもない。生きるということは、すべて途中である。その途中こそがたいせつではないのか。孤竹へゆきたいと願い、孤竹は目的地にはちがいないが、そこにはおそらく何もない。あらたな途中があるといったほうがよいであろう。---」
「終わりがあるから途中を大切にする」という点で両者は同じようなことを教えているように思えるのだ。
私も「おじさん」の領域に入ってしまったから、この教えはよーくわかるつもりだ。
しかし、いつもいつも「終り」があることを意識してしまうと、何か物哀しい気分にもなってイマイチだ。「しばしば」考えることにしようかな。
っと、ここまで書いていて我ながら「まあ・・・なるほどね」で済むのだがところがである。。。
実は「エースをねらえ!」の真髄は宗方コーチが死んでしまった後にあるような気がするのである。
お蝶夫人に憧れ手引きされて、宗方コーチに見出され、導かれて「世界を意識できる」実力を蓄えた岡ひろみだが、突然やってきたコーチの死に当然「茫然自失」する。
この岡ひろみを立ち直らせ、「慟哭の中にこそ真理があり真髄が見える」と世界へ飛び立たせるため、桂コーチやお蝶夫人はもちろん、家族、恋人の籐堂、チームメイトそして「ライバル」までもがそれこそ「壮絶に」ひろみを「支える」のである。
桂コーチは宗方コーチの親友でありライバルであったが、自分が発掘した選手は自分が生きている間には完成させることができないと悟った宗方コーチに後を託され、そのとおり岡ひろみを立ち直らせる。
第一人者となってしまうと、相手にくまなく研究され尽くされる現実を示すためあえてスパイになる外国人選手。
自身も国内有数の実績・実力を持ちながら、岡ひろみを筆頭に世界プレーヤーを作るための捨石になることを決意する籐堂。
「日本庭球界の夜明け前はいつまで続くのか」という父、竜崎理事の言葉に「わたくしがやる」と言ったこと自体がそもそも間違いだったと気付き「そもそも天才とは無心なのだ」と、あえて自らは退き岡ひろみの心のパートナーとなったお蝶夫人。
すべて「人が人を支えるとはどういうことか」というのがこの物語のメインテーマのように思えてくるのである。
私は兄妹がおらず、甘辛も一人息子、岡ひろみも一人っ子だ。私は迷わずに息子にこのマンガを読ませた。
「誰が好きか?」と単純に尋ねたら、「桂コーチ」と即座に答えた。この答は彼が成長するに従って変わってゆくかもしれない。。。
さすが、私の敬愛する先生が「人生読本」というだけのことはある。
今まで主題歌しか歌えなかった「エースをねらえ!」だが、こうして私の「座右の銘」入りを果たした。。。
これから色々な場所で引用されることになろう。知らない人は全く意味不明であろうが。
