熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

イアン・ブレマー著「対立の世紀 グローバリズムの破綻」(1)

2018年10月06日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   ブレマーは、発想が豊かなので、論文も含めて読むことが多いのだが、この新著「対立の世紀 グローバリズムの破綻」も非常に面白い。
   タイトルは、「Us vs. Them: The Failure of Globalism」で、主題はグローバリズムの破綻と言うことだが、あのウォール街を占拠せよで脚光を浴びた「We are the 99%!」で象徴されるように、あるいは、トランプがアメリカを分断しているように、US我々とTHEM彼らと言う対立軸を浮き彫りにして論じているところが興味深い。
   グローバリズムの破綻と言うのは言い過ぎで、暗礁に乗り上げていると言うのが現状だと思うが、フリードマンの「フラット化した世界」と同様に、紆余曲折を経ながらの推移であって、不可逆的な大きな歴史の潮流で制止は不可能だと思っている。

   本書を読んでいて、最初に感じたのは、デジタル革命が大きくグローバル世界の構造変化を強いているのは、AIとIOTの進展によって、先進国と後発の発展途上国や貧困国との格差拡大、溝が、益々深くなると言うことである。
   世紀末から21世紀にかけては、ICT革命とグローバリズムの恩恵を受けて、新興国が、一気に経済成長を遂げて快進撃して、先進国にキャッチアップして、貧困層の減少を伴った経済格差縮小へと導いたが、これは、中国の大国化への軌跡を見ればよく分かる。
   しかし、この前世紀に賃金の安い新興国や発展途上国を目指して海外脱出していた先進国企業の動きが逆転して、国内へ回帰するのみならず、経済的に余裕のない発展途上国などは、AIと自動化の波に乗れず、置き去りにされてしまうと言うのである。
   
   その前に、アメリカでさえ、2017年の空間経済分析研究所の発表によると、次世代の自動化によって、2030年までに、職場での技術革新が、すべての主要都市で既存の職業の半数がロボットに置き換えられ、存続が危ぶまれる職業の殆どが管理、販売、調理およびサービス部門に属しており、先端技術によって、診療所、弁護士事務所や学校・大学で働く人々も機械に取って代わられるであろう。と言われている。

   もっと危機的な状況は、発展途上国へのテクノロジー革命の影響で、2016年11月に、国連が、新興国とそのより脆い制度的枠組・組織にかってない圧力となって、発展途上国のすべての雇用機会の3分の2が危険に晒されると警告している。
   自動化と機械学習の革新が、アメリカの職業の47%を脅かすのに対して、人口1.4億人のナイジェリアは65%、13億人のインドは69%、14億の中国は77%におよび、多くの人々の生活をひっくり返す激動が起きると言うのである。
   
   これまでの経済発展によって新興国や発展途上国では、田舎から都市部への人口移動によって、インフラ整備が追い付かず急速な都市化によって脆弱化し撓み始めており、統治能力に欠ける国家では、犯罪や汚職の巣窟になり、国民の怒りと抗議活動を惹起することになる。
   一方、経済的にも余裕があって、政府が有能で改革志向の国であれば、買ったものであれ、発明したものであれ、盗んだものであれ、新しい技術が労働者一人一人の生産性を高め、付加価値の高い洗練された財・サービスの提供に繋がり、賃金がさらに上がって、低コストに始まった大転換が真の中産階級の誕生を生み出し、経済発展を望めるのだが、殆どの国は、その能力がない。

   しかし、中進国の罠を脱却できなければ、これまで有利に働いていた低賃金など労働条件の優位性が低下して、世界中で展開されているロボット工学とAIの潮流に飲み込まれてしまう。
   
   さて、問題のテクノロジー革命が、先進国よりも新興国に対して大きな打撃となる理由について考えたい。
   先進国では、子供たちはおもちゃや学校を通じてデジタル技術に触れて生活しており、労働者に変化に即応するための教育訓練に投資する資金を持っており、大学は最先端のテクノロジーを取り入れる機会に恵まれており、企業そのものがテクノロジーの変化を推進する技術革新を生み出しているなど、政治経済社会全体が、デジタル時代に対応して進化して行く。
   そして、何よりも重要なことは、経済的に豊かな先進国程、ロボットとAI革命に最も必要な学問技術情報を生み出し提供して、必要な学者や技術者を教育訓練し、国家全体や国民を、新時代の潮流に対応できる環境を創り出せるのだが、悲しいかな、貧しい新興国には、これに対応する能力がなく、時流について行けなくなって、益々、後れを取る。

   このように、高い技術を必要とする21世紀の成長を担う政治経済社会環境が、先進国が優位に立つ流れを創り出す好循環を生み出すので、近年やっと長年の貧困から抜け出した10億以上の人々を置き去りにする。
   更に、先進国の豊かさは、国民を守る福利厚生に恵まれたセーフティネットが張られていて、適応する能力も回復する能力も、発展途上国よりもはるかに高く、レジリエンスが高い。

   もう一つ、ブレマーは、政治上でも重要な違いを指摘している。
   発展途上は、先進国よりはるかに衝撃に弱く、民主的な選挙によって選ばれていない場合は勿論、国民から見た政府の正当性が低く、三権など政治組織や統治機構が確立されておらず、権力者に有効な制約を課すなど脆弱であり、権力を集中させて経済を硬直化させ、・・・
   とにかく、プーチン・ロシアなどは、サイバー攻撃やハッキングなどには熱心だが、AIとIOT時代に即応した経済戦略を持ち合わせていないような感じがするのだが、新興国には似たり寄ったりの国が多い。

   ずっと以前に、条件さえ許せば、ICT、デジタル革命とグローバリゼーションによって、新興国が、技術テクノロジータダ乗りで、経済成長を図れる時代になったとすると、ロストウの経済発展段階説を見直さなければならないのではないかと書いたことがあるが、確かに、前世紀までは、中国が、国家資本主義政策を取って、ショートカットの経済発展を遂げて、中進国の罠を突破してきたのだが、今日、あまりにもデジタル革命の進化が激しくなって、前述したように、ロボットとAI革命が、新興国や発展途上国の経済的テイクオフの道を閉ざそうとしている。
   驚異的な時代の流れであるが、こうなると、貧しい発展途上国は、極端な政治を行っても、中国のような国家資本主義的な成長発展政策を推進しない限り、テイクオフは不可能なような気がし始めている。
   
コメント
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