熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

七月大歌舞伎・・・「柳影澤蛍火」

2016年07月22日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   昼の部は、やはり、通し狂言「柳影澤蛍火 柳澤騒動」。

   史実とは違う宇野信夫作の創作だが、真山青果などの新歌舞伎と同様で、古典歌舞伎のようにそれなりの知識と鑑賞歴がないと分かり辛いのではなく、新劇を楽しむような雰囲気で観られるので面白い。
   柳沢吉保が、出世出世と人生を突っ走りながら、頂点を極めて栄誉栄華を欲しいままにしながらも、結局得たのは、学問に勤しみ貧しいながらも平穏に暮らしていた浪人時代の平安と一途に愛てしくれていた許嫁のおさめの愛の大切さ。
   序幕の「本所菊川町浪宅」の吉保とおさめの貧しいながらも穏やかな生活シーンがまぶしい。

   五代将軍徳川綱吉の時代、将軍の生母である桂昌院の寵愛を得て、浪々の身から老中まで上り詰める主人公柳澤吉保を海老蔵が演じ、互いに出世を競い合う護持院隆光を猿之助演じると言う、丁々発止の野望と陰謀が渦巻くドラマチックな芝居で、宇野信夫作・演出で、昭和45年の初演以来、2年前に大阪松竹座で、橋之助主演で上演されたが、東京では実に46年ぶり、歌舞伎座では初の上演だと言う。
   

   この歌舞伎は、やはり、現代作者の作品であるから、結構、物語にどんでん返しや外連味があって面白いのだが、その意味では、作品としてのストレートな味がぼやけてしまう。
   吉保が、仕官適うのは、桂昌院(藤蔵)の町娘の頃の幼馴染の曾根権太夫(猿弥)のとりなしだが、綱吉に認められて加増されるのは、両雄仲たがいしているとする龍光の打った芝居のお陰なのだが、二人が結託して、犬猿の仲を装って、陰謀を企てた仲間であったことが、最後に明かされる。

   桂昌院は、イケメン好みの色好みで、老醜憚ることなく、吉保に迫って閨に引き込み、吉保もこれを利用して上り詰めて行くのだが、最後の死期迫る病床で、将軍の愛妾であるおさめの方(尾上右近・実は、吉保の元の許嫁)の前で、抱けと命じて帯を解かれると恍惚状態となり、堪られなくなって逃げ去るおさめの姿を見てほくそえむ桁外れの淫乱老嬢の凄さ痛ましさ。この鬼気迫る桂昌院を、かなりの品格と威厳を示しながら、ベテランの東蔵が、女の悲しいサガを実に上手く演じていて、流石に大役者の貫禄である。
   これを受けて立つ海老蔵は、宙を仰いで苦笑しながら、仕方なく桂昌院を慰めて行くのだが、流石に耐えられなくなって、解いた帯で絞め殺してしまう。
   吉保は、更に、最後には、この殺害現場を見られた權大夫を殺して井戸に沈め、怖気づいて仲間を抜けたいと言う龍光も殺してしまうのだが、もっと面白いのは、おさめからの愛と復讐劇。
   
   幼い頃に許嫁となった弥太郎(吉保の前名)とおさめは兄妹のように仲睦まじく暮らしているが、浪々の身では所帯を持てないのだが、おさめは一緒にいるだけで幸せ一杯。
   ところが、女に興味のない綱吉の跡継ぎを心配して、桂昌院に色仕掛けでその手立てを頼まれた吉保が、こともあろうに、おさめを小姓として綱吉に差し出す。
   綱吉の手がついて懐妊したおさめは、吉保の胤と知りながら、吉松を生み、後ろ盾として吉保が権勢を強めて行く。
   心の病に悩んだ吉保は、駒込の邸宅六義園に移って狂気交じりの生活を送っており、そこへ、おさめの方が忍んでやってきて、吉保を慰めようと茶を点てて供し、吉保が半分飲みかけたところ肩に手をかけたので、吉保が、優しく茶碗をおさめに渡し、おさめも喜んで残りを飲み干す。
   そこへ、龍光が現れて別れ話を告げたので、裏切りと怒って六義園内を追い回して殺害するのだが、吉保は、口から血を吐く。
   おさめが点てたお茶には毒が入っていて、おさめは「さめと一緒に死んで下さいませ」と言ってこと切れる。
   綱吉の逝去と甲府徳川の豊綱を時期将軍への画策が進んでいることを知って、毒のまわってきた吉保は、「真実得たのはただ一つ、女の心、女の情け」と言って、切腹して果てる。
   「出世」「出世」、ただ、この一事のために人生を突っ走ってきた吉保の悲しくも切ない末路である。

   海老蔵と猿之助が、素晴らしい舞台を演じたのは、当然として、尾上右近のおさめの素晴らしさ、その芸の進境著しいのには舌を巻く。
   初々しい痩せ浪人の許嫁から、小姓の凛々しさ、そして、将軍の奥方へと蝶のように脱皮して行く。
   右近を最初に注目したのは、8年前の玉三郎と海老蔵の「高野聖」の舞台で、
   右近が演じた次郎だが、木曽節は秀逸で、それに、動けない身体ながら、実は、女の夫であることを匂わせているあたりの上手さと言い、歌六の親仁の素晴らしさとともに、強烈な印象が残っている。
   その後は、綺麗な乙女や若い女として登場する女形の舞台に注目していたが、今回は、おさめの方として、押しも押されもしない将軍の奥方そして世継ぎの母として、貫禄と気品を備えたベテラン役者の風格十分で、やや、トーンを落として威厳と雅さえ感じさせる声音の豊かさなど、立ち居振る舞いの上手さに止まっていない。
   どんどん出世街道を上り詰めて行く海老蔵の吉保と互角に渡り合って遜色ない出来である。

   この舞台では、猿之助は勿論のこと、猿翁が育てた澤瀉屋一家の役者たちの活躍が著しく、中車は、お犬様の殿ゆえに、縫い包みのチンを抱いて登場する将軍綱吉を、器用に演じていて面白かった。

   7年前に、この舞台の六義園を訪れて、桜を楽しんだのだが、粗削りながら、かなり、広大な素晴らしい回遊式築山泉水庭園の大名庭園であったのを覚えている。
   この歌舞伎の舞台では、タイトルの蛍火を暗示してであろう、舞台の草叢にグリーンの光が微かに点滅して、雰囲気を醸し出していて面白かった。
   
   
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする