「Divine Intervention」 アラブ映画祭2006 3/11

国際交流基金フォーラム(港区赤坂2-17-22 赤坂ツインタワー1F)
「Divine Intervention」
(2002年/仏=パレスチナ/エリア・スレイマン監督)
アラブ映画祭2006



「映画、アマデウス、アラブ映画祭」という拙いエントリでも紹介した、アラブ映画祭2006。先日、会期終了日に上映された「Divine Intervention」を見てきました。スレイマン監督自らが出演した、パレスチナの今をシリアスな笑いで描いた作品です。

ともかくまず、この映画の語り口に慣れるまでには相当の時間ががかりました。いわゆる分かり易いストーリーでパレスチナの現状を描くことは一切せず、あるのは一見下らないパレスチナの人々の日常だけ。それがプロット別に断片的になって淡々と描かれていきます。一応メインの流れは、おそらくスレイマン演じるパレスチナ人の男性の父子の物語と、スレイマンに絡む女性との謎の関係の二つでしょうか。それらが全編意味ありげに、しかしながらどこかコミカルに、ただし恐るべき弛緩した時間の中にてバラバラに描かれる。しかもスレイマンは殆どセリフを発しません。スレイマンと関係する女性も、最後はテロリストの暗喩のような存在に化け、目を覆わんばかりのB級アクションにて、パレスチナの暴力の現状が逆説的に示される。欠伸の出るようなシーンから、その奥に潜む、対立や支配の構図を抉り出す様子は圧巻とも言えますが、如何せん構成が散漫で、どうしても集中力が削がれてしまう。完成度としても非常に危ういラインにたっている作品かと思いました。

この映画で最も印象深いシーンは、スレイマンと彼女の逢い引きが執拗に繰り返される検問所の様子です。ここで二人は検問所の様子を無表情で傍観しながら、そこで起きる不条理な状況をただひたすら提示します。唯一美しいシーンであった、アラファトの似顔絵が描かれた風船が飛ぶ部分も、ここから彼らが飛ばしたものです。フワフワと検問所を超えて、ユダヤやイスラムの寺院をかすめながらエルサレム上空を飛ぶアラファトの似顔絵。その不気味な微笑みには、風船の下で起きている、まさに検問所のような不条理さを嘲笑うスレイマンの思いがこめられています。この映画の白眉がそこにありました。



単純に面白かったかどうかと問われれば、即座に「つまらない。」と答えてしまいそうな作品でしたが、簡単に駄作だと決めつけられないような、パレスチナをシニカルな笑いで見つめる目は見事です。スレイマンの無表情な顔(画像参照…。)が頭に焼き付く作品でした。
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「藤原靖子 個展『-LOGUE』」 現代美術研究所 3/12

現代美術研究所(墨田区墨田1-15-3)
「藤原靖子 個展『-LOGUE』」
3/4-19

ローカルムード満点の東武伊勢崎線浅草~北千住間。その浅草よりにあり、かつて玉ノ井と呼ばれた東向島駅近くに、思わぬ興味深い現代アートの拠点があります。それが工場跡をそのまま利用したと言うギャラリー、現代美術研究所です。今は藤原靖子さんの個展が開催されています。

まるで倉庫の裏口のようなドアを開けると、場違いなファッションショー会場と見間違えてしまうようなモデルたちのポスターと衣装が、カジュアルな感覚で展示されていました。それが6名のブロガーをモデルにした作品です。キャプションに頼らなければ、これらのモデルたちがブロガーだとも、そして彼ら彼女らの纏うビニール衣装に印字された文字がブログのエントリだとも気がつかない。それだけ洗練された、とても美的な印象を与えるインスタレーションです。エントリに覆われた半透明のビニール衣装を着て体を露出しながら、それでいて最も個を示す目の部分はサングラスでしっかりと隠されている。そこには、ブログの持つ匿名性と非匿名性の間が示唆されています。また、サングラスがエントリ記事でびっしり埋め尽くされている点も興味深く、「個を隠す最後の砦はエントリ製のサングラスだった。」と言う何やらシニカルな批判精神も鑑みることが出来ます。しばらくその膨大なエントリに包まれたモデルたちの姿を見ていると、いつの間にやらエントリによって人格が形成されている、つまりブログがリアルな人格を超えようとして勝手に膨れ上っている様子を捉えているようにも感じられました。ブログの無数のエントリに隠された、見えるようで見えないブロガーの本性。それがこのモデルたちによって体現されています。まさにブロガー必見の作品でしょう。(?)

この作品に続いて奥の部屋にて展示されていたのは、これまでに藤原さんが手がけたユーモアあふれる作品でした。ここにもなかなかシニカルな表現が随所に潜んでいて、ビスコシリーズ(「ドローイング#1 ビスコ」)のピーポーなどは、関係者が見たら思わず怒り出しそうなメッセージがこめられています。また、宅急便の「わるもの注意」や、奇想天外な動きをするスイッチも見逃せません。素材はお菓子の箱や新聞など、どれもありふれたものばかり。ビニールの衣装にも通じる部分がありますが、簡素な素材から生み出される思いの外に高い質感と、驚きや笑いを提供するセンスには脱帽です。

「まさか、こんな所で!」という偶然もあるのでしょうか。現代美術研究所でバッタリお会いしたのは、作家の藤原さんに取材中のDADA.さんでした。と言うことで「芸力」には、近いうちに藤原さんのインタビュー記事が掲載されると思います。そちらも楽しみです。(芸力のインタビュー記事は、何故かいつもひっそりと更新されていますが、どれも今タイムリーな作家さんの本音トークばかりで、非常に面白く出来ています。必見かと。)

駅からは徒歩3、4分。一カ所ある左折ポイントさえ間違えなければ、すぐに駅から着くことが出来ます。(ただしそこを間違えると、二度と抜け出せない迷路のような街区に突っ込むので要注意です…。オフィシャルサイトの地図をプリントアウトして持って行くことをおすすめします。)19日の日曜日までの開催です。(日曜開催が非常に嬉しい!)これはおすすめしたいと思います。

*期間限定の藤原さんのブログ「藤原靖子の付録」
(ヤスコのマークがとっても可愛らしいのですが、記事にはこの個展の開催が一時危ぶまれたことなども書かれていて、そうした苦労を微塵も感じさせない藤原さんの作品には改めて頭が下がります。ちなみに藤原さんには会場でも少しお話させていただきましたが、全く気さくな方で、作品についてとても丁寧にお話して下さいました。おっちょこちょいな私は、初め藤原さんのことをギャラリーの方と勘違いしたりして…。本当に申し訳ありません。そしてどうもありがとうございました。)
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「MOTコレクション あなたのいるところ/コラージュの世界」 3/4

「MOTコレクション(常設展示) あなたのいるところ/コラージュの世界」
東京都現代美術館(江東区三好4-1-1)
1/21-3/26

せっかく木場まで足を運びながら常設展示を見ないのも勿体ない話ですが、今開催中の常設展はいつもと少し趣向が異なっています。タイトルは「あなたのいるところ/コラージュの世界」。テーマ性の高い、まるで一つの企画展のような常設展示です。

この展示で最も注目したいのは、3階展示室「コラージュの世界」から、草間彌生の珍しいコラージュ作品(11室「画家と彫刻家のコラージュ」と、以前この美術館で開催された大個展を思い出させる横尾忠則のコーナー(13室「名画との対話」)です。ともに草間、横尾ファン必見の展示かと思いますが、ドットを織り交ぜた草間のコラージュと、書きなぐったような横尾の大作はどれも見応え十分。作品をごく普通に並べたりすることが多い常設展とは思えない密度の濃さで、しっかりと楽しませてくれました。

1階展示室「あなたのいるところ」では、美術館から徒歩15分ほどの所にある清澄のギャラリー「シュウゴアーツ」でも見た、小林正人丸山直文の作品がなかなかインパクトのある展示で紹介されています。私としてはギャラリーで見た作品の方がより魅力的かとも思いましたが、距離的に近いギャラリーとあたかも連動するかのようにして作品を展示するのも面白い試みです。(たとえそれが偶然だとしても。)その他、イブ・クラインの「空気の建築 ANT-103」(1961)や、川村の個展が懐かしいリヒターの「エリザベート」(1965)も印象的な作品でした。

テーマを絞った常設展と言うこともあってか、私がいつもこの美術館で楽しみにしている二作品のうち、サム・フランシスの「無題」(1985)は展示されていませんでした。(仕方ないにしろ、これは少し残念…。)ちなみにもう一つの作品とは、もちろん宮島達男のデジタルカウンターです。こちらは当然の如く、一番最後の14室にて圧倒的に点滅し続けています。やはりこれがないと木場に来たという実感が湧きません。(ところで宮島については、今谷中のSCAIで「FRAGILE」という個展が開催されています。私も近日中に行くつもりです。4/8まで。)

「アニュアル2006」「転換期の作法」の両企画展で、もうお腹いっぱいになってしまう現代美術館ですが、今回はさらに、いつもとは違った魅力のある、なかなか興味深い常設展示を見せてくれました。「MOTコレクション あなたのいるところ/コラージュの世界」は今月26日までの開催です。
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「life/art'05 part5 須田悦弘」 資生堂ギャラリー 3/12

資生堂ギャラリー(中央区銀座8-8-3)
「life/art'05 part5 須田悦弘」
3/9-26

結局最後まで見ることになりました。全5回シリーズにて完結した資生堂ギャラリーの「life/art'05」展です。

part1から見続けていくと、今回の須田の展示には「最後にはこう見せるのか。」という妙な安堵感すら覚えましたが、もし「life/art'05」展へ今回初めて行かれた方であるなら、まずは「何もない!」と思ってしまうのは確実です。結果的に私も、part1の展示で、椿を今村のものだと誤解したところから始まったのですが、その後part2、part3と回を重ねて見ていくうちに、この椿こそが連続グループ展を束ねる唯一の核であることに気付いて、後はひたすら「椿探し」に邁進することになりました。今回の椿は、空っぽの空間にあるだけ探し易く、その意味で今まで潜んでいた椿がとうとう前面に出て来たという、まさに「life/art'05」のフィナーレを飾るに相応しい記念すべき個展です。これほど「探す」という行為を鑑賞者に要請する展示もありません。そしてその「探す」ことから出会える、到底木彫とは思えないほどに質感の高い椿の花。ちなみに今回は、前回までになかった別の一つの椿が堂々と潜んでいます。つまり「7+1」。これも見逃せません。

part4で見せた、ある意味で非常に動きのあるインスタレーションとは打って変わった、静謐でシンプルな空間。椿の仄かな匂いすら漂って来そうな展覧会です。26日までの開催です。

「part1 今村源」/「part2 田中信行」/「part3 金沢健一」/「part4 中村政人」
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ヴォルフガング・サヴァリッシュが引退

チケット・クラシック「Daily NEWS」に掲載されていました。指揮者のヴォルフガング・サヴァリッシュの引退が発表されたようです。N響での長い指揮活動など、日本とも縁の深かった「巨匠」のまた一人の引退です。まずはごゆっくりお休みいただきたいと思います。

サヴァリッシュが引退を発表(Daily NEWS)

そんなに聴き込んでいるわけでもないのに、いきなりこんなことを書くのもおこがましい話ですが、サヴァリッシュは私にとって苦手な指揮者の一人です。氏の振ったN響の公演には何度か足を運びましたが、何年か前のR.シュトラウスの演奏以外はあまり感銘した記憶がありません。特にベートーヴェンやブラームスなどは、少なくとも私の趣向とは合いませんでした。もちろんオーケストラをしっかりと揃えていく手堅さや、ニュアンスに富んだ、ふくよかな音楽作りは素晴らしいと思うのですが、如何せん私の耳のマズさと、全く勝手な好みの問題で感動に至ることがないのです。CDではワーグナーの楽劇などが有名で、特にリングはいわゆる「名盤」としても名高い演奏ですが、私が惹かれたのは「ローエングリン」のみでした。また同じくオペラにて世評の高い「魔笛」も、ハイティンク盤と同じ位に苦手です。こちらも楽しんで聴くことが出来ませんでした。

最後に苦手と言いつつ、一つだけ私の愛聴盤を挙げたいと思います。それは、ドレスデン・シュターツカペレとのシューマンの交響曲全集です。不思議とこのシューマンだけは、颯爽としたリズム感が耳に心地良く、その清涼な音楽感が、この曲とは不釣り合いだと思うほどに個性的に響きます。何度も聴きたくなるシューマンは、このサヴァリッシュ盤だけです。もちろん今も聴き直しています。

私の聞き逃した、もしくは埋もれた名盤があるやもしれません。サヴァリッシュのオススメCDがあればご教授いただけると嬉しいです。
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「転換期の作法」 東京都現代美術館 3/4

「転換期の作法~ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの現代美術」
東京都現代美術館(江東区三好4-1-1)
1/21-3/26

「MOTアニュアル2006」と同時開催の、中東欧4ヶ国の現代美術を紹介する展覧会です。「転換」と言うのは、社会主義、ないしは共産主義政権からの「民主化」を意味(現在進行形として捉えています。)しますが、この展覧会ではその過程におけるアートの状況を概観していきます。展示は映像作品がメインです。しっかり見ると3時間以上はかかります。(逆にそれらを飛ばし気味に見ていくと30分もかかりませんが…。)

好き嫌いはさて置き、会場で一番気になったのは、ポーランドの四人組ビデオ・アーティスト、アゾロの映像作品でした。彼らの作品の根底にあるのは、一貫した既成の「美術」への批判精神です。「美術とは、または芸術家とは何ぞや。」という問いは、ビデオアートという美術の枠内に則った表現に立脚しながらも、かなりラディカルに美術界の秩序へ切り込んでいきます。その最たる例はパフォーマンス的な要素を含む「ベスト・ギャラリー」(2002)でしょう。彼らはここで美術を取り巻く世界を、(美術館やギャラリー、または作品そのものから価値まで。)痛烈に皮肉りながらひも解いていきます。しかしだからと言ってその先に提示される概念はありません。当然の如く見る者に委ねられている。またアゾロの映像作品は、会場のあちこちに散らばるように展示されていますが、それがまた、美術館にて美術を見ているはずの私に、いちいち「横やり」を入れる形となって現れることになります。この展覧会の主旨を効果的に伝える優れた展示方法。それが分散したアゾロの映像作品です。つまり鑑賞者を監視するかのように、随所でおせっかいに美術の見方を「転換」してくれます。

さて、とりあえずアゾロの「横やり」を忘れれば、バウカの「1750×760×250,3×(55×15×24)」(2001)という巨大な構築物の作品が、この展覧会で一際不気味な存在感を見せていました。バウカのアトリエを原寸で再現したという建物。しかしながら、どこにも入口も窓も見当たりません。あるのはただ、灰色の無機質な壁面と、内側から静かに滴り落ちる3カ所の水の出口だけ。強制収容所の記憶と結びつくということですが、私には遠藤利克の寡黙な構築物を思い出させました。

身体的な抑圧状況を感じさせる二作家の作品、プレスロヴァーの写真作品(目や手が、奇妙なメガネや大きな手袋で覆われています。)と、アンタルの一連のインスタレーション(人工的な力の負荷によって擬似的な肉体労働を味わうことが出来る作品です。手押し作業台や塗り手の作業台は、必至になってやるとかなり疲れます。あまりご無理をなさらずに…。)も記憶に残りました。社会や美術界を覆う閉塞状況からの打破を模索しながら、やはりそれでいてまだ新たな方策を示していない、そんなもどかしさを感じさせる展覧会です。アニュアル展と同じく、今月26日までの開催です。
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「MOTアニュアル2006 No Border」 東京都現代美術館 3/4

「MOTアニュアル2006 No Border -『日本画』から/『日本画』へ- 」
東京都現代美術館(江東区三好4-1-1)
1/21-3/26

東京都現代美術館のアニュアル展は数年前からチェックしていますが、その中では最も面白く見ることが出来ました。今回の括りはいわゆる「日本画」。日本画の技法を用いて制作する若手作家7名の作品が並びます。「日本画とは何ぞや。」という問い以前に、作品自体に遊び心と魅力のある、肩の力を抜いて楽しめる展覧会です。

トップバッターの松井冬子は、いきなり私を壊れた美の深みへグッと引き込んでくれました。会場でも一際目立つ暗室に並んだいくつかの屏風画。遠目から見ると幽玄な味わいを感じさせますが、近づくとなかなかおどろおどろしくもあり、また退廃的な美感の匂いをなよやかに漂わせています。腑を曝け出して横たわる白目を剥いた女性。「浄相の持続」(2004)で見せた冷たい感触の肉体とその恍惚とした視線は、薄気味悪さを大きく通り越して、耽美的なエロスすら感じる作品世界を構築しています。咲き誇る白い百合の間で、穏やかに微睡みながら気持ち良さそうに内蔵をえぐり出す。百合と肉体に見る冷めきった白みが、包み込む黒髪の闇と美しいコントラストを描いています。まるで生首から垂れ下がる髪の毛のような「思考螺旋」(2005)や、人型の魂があの世を浮遊しているような「くちなわ」(2005)と合わせて、ぞくぞくするような不思議な快感を得られる作品です。

松井冬子と同じくらい興味深かったのは、巨大な和紙上に壮大な絵巻物語を作り上げる三瀬夏之介です。金箔や墨、それにアクリル絵具やコラージュを駆使して、山やビル、それに飛行機までを奇想天外に所狭しと描いていく。会場には「日本の絵」や「奇景」と名付けられた6点の作品が展示されていましたが、どれも地域や時間がゴチャゴチャになりながら、時には戦争画のような激しさを持って、巨大なスケールの物語を提供しています。宇宙から隕石が大量に落下しているのか、それとも宇宙人が攻撃して来たのか、何やらSF的な遊び心をくすぐる作品もありました。また、アクリルなどの激しいタッチでもみくちゃにされた画面と、それでいて伝統的な大和絵や琳派を思わせる感覚もかなり新鮮です。素材の和紙は、もはや厚手のビニールのようにゴワゴワとしていて、異様な質感を見せています。MOTの巨大な展示室にも美しく映える作品です。(展力「Recommend & Review」に、三瀬のインタビュー記事が掲載されています。)

壮大と言えば、作品のサイズこそ大きくないものの、画中のスケール感が魅力的な篠塚聖哉も必見です。原始地球の鳥瞰図のような、まだ生命の気配を感じさせない火山や溶岩、それに川に海。それらが奥行き感を見せながら、精緻な筆さばきにて描かれます。「指先」や「ゆりかご」と言うタイトルとは全く異なった画面が見える点も興味深く、内省的な心象風景を思わせる雰囲気が感じられました。

お馴染みの天明屋尚や、堅牢な構成感を見せながらもコミカルな画風が可愛らしい長沢明なども見応え十分です。日本画の垣根を超えた、ハイパー日本画(?)の展覧会。これは是非おすすめします。26日までの開催です。
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「いわしのパスタ」 レストラン・MOT 3/4

「レストラン・MOT」
東京都現代美術館(B1F)
いわしのパスタ、ランチセット

以前も拙ブログで記事にした、東京都現代美術館の「レストラン・MOT」です。ここへ行く際は殆ど毎回利用して、いつも飽きずにパスタセットを食べるのですが、今回はいわしのパスタ(フェンネルシードとサフランのソース)に挑戦してみました。もちろん、サラダ、パン、それにドリンク付きのセットメニューでの注文です。

まずはサラダとパンから。前回の記事でアップした写真とほぼ同じ…。予めドレッシングがかかっています。(少しかかりすぎ?)



食事の前にサラダだけを食べるのが苦手なので、大概はパスタが来るまで手をつけません。

メインのいわしのパスタ。一口サイズのいわしが数切れ。いわしの臭みを消すためのフェンネルシード(ハーブの一種。その種です。)が舌に絡みます。全体的なお味はかなり濃厚。サフランもきつめです。少し好き嫌いが分かれるかもしれません。


深皿に盛られているので、見た目よりもボリュームがあります。

レストラン・MOTは、美術館の地下フロアに位置しますが、水を配した中庭を窓越しに望むことが出来ます。陽光もまぶしく、開放的な雰囲気です。


レストラン入口方向から。ガラス越しに撮影しました。

この日はアニュアル展と、東欧の現代美術展を鑑賞しましたが、館内は前回のイサム・ノグチ展が嘘のように静まり返っていました。(もちろんレストランもガラガラ。)集客に何かと問題が指摘される同美術館ですが、アート鑑賞において、空いている時のMOTほど贅沢なところもありません。各展覧会の拙い感想は、また後ほどアップしたいと思います。
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「菅木志雄個展 『空気の流路』」 東京画廊 3/9

東京画廊(中央区銀座8-10-5 7F)
「菅木志雄個展 『空気の流路』」
2/18-3/11

先日、菅木志雄の個展を小山登美夫ギャラリーで見て来たところですが、同時開催中のもう一つの個展も出向いてみました。会場は銀座8丁目の東京画廊です。

メインの作品は、タイトルにもなっている「空気の流路」(2006)です。高さ2メートル強、幅30センチ弱の2つの大きな木製の柱が、2枚の透明ビニールシートを介してつながっています。シートの間はもちろん空洞。そこが「空気の流路」と言うことなのでしょうか。特に風が送られているわけではないのに、部屋の空調などに反応して、時折ゆらゆらとビニールがたわみます。そしてその揺らぎや、透明な素材へ仄かに反射する光の瞬きがまた絶妙です。やや重ための木材と、透き通った軽く伸びやかなビニールの組み合わせ。小山登美夫ギャラリーで見たガラス作品(「静止へ」)にも通じる、洗練された美しさが感じられました。

巨大な木枠のような作品「対応-21」(2006)は、見せ方にも優れていたのか、同系統の他の作品ではあまり得られなかった面白さを感じることが出来ました。会場の奥にて展示されている、高さ2メートル×幅1.5メートル強の大きな木枠。その中央からやや上の部分には、細い木の棒が2本交互に枠の内部へ突き出しています。見せ方に優れていたと書いたのは、作品の奥にある窓に掛けられたブラインドとの良い相乗効果です。木枠、棒、白いブラインド、窓の順にしばらく眺めていると、不思議と遠近感が喪失して、それらが一つの作品空間として形成されているように見えて来ます。2本の棒とブラインドが呼応しながら、木枠の存在感、または重量感を変化させる。重々しく無表情だった木枠が、まるで空気を包みこんで浮いているように感じられました。私の出向いた時は既に日没後だったので外は真っ暗でしたが、日中なら窓から陽の光も差し込むことでしょう。そうしたらもっと美しく見えるかもしれない。そんなことも思いました。

小山登美夫ギャラリーで惹かれた「界向律」に似た「志向性」(2006)も、また味わい深い作品です。升目状に刻まれた黒い板。そこへ尖った木片がいくつも突き刺さっています。いわゆる美しい作品ではなく、むしろおどろおどろしい部分もある作品ですが、妙に惹かれるシリーズです。

二つの個展を合わせて見たことで、今までなかなか感じ取れなかった菅の魅力に少しだけ出会えた気がしました。11日までの開催です。(東京画廊のHPには、この個展に出品されている菅の作品が、写真付きで丁寧に紹介されています。『作家一覧→菅木志雄』の順で辿ると出てきますので、興味のある方はご覧になられては如何でしょう。)
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「フランス近代絵画展」 三越日本橋本店ギャラリー 3/4

三越日本橋本店新館7階ギャラリー(中央区日本橋室町1-4-1)
「ベオグラード国立美術館所蔵 フランス近代絵画展」
2/22-3/12

セルビア・モンテネグロの首都ベオグラードの国立美術館から、フランス近代絵画コレクション123点が日本橋の三越へやって来ました。バルビゾン派から印象派、フォーヴィズムを経てピカソまで見せてくれるという盛りだくさんな絵画展です。いわゆる大作こそ少ないものの、巨匠たちの小品をじっくりと楽しませてくれました。

展示は一応時系列にフランス絵画史を追っていますが、良い意味で出品作品にはかなり偏りがあります。量では間違いなくルノワールが圧倒的です。66年に美術館より盗まれ、その後ズタズタにされた状態にて発見された「水浴する女性」は、修復過程の解説とともに、その甦った美しい姿を合わせて見ることが出来ます。この展覧会のハイライトでしょう。また、小品でも、陶器の温もりを感じさせてくれるような「カップ」(1916)など、味わい深い作品がいくつか並んでいました。簡素に描いた女性や子どもの小さなスケッチも多く展示されていて、ルノワール好きの方にはたまらない内容かと思います。

総計123点のコレクションの中で、私が特に優れた作品だと感じたのは、ロートレックの「若い女性の肖像」(1883)と、ヴラマンクの「ブージヴァルの雪景色」(1922)の二点です。ロートレックがまだ10代の頃に描いたと言う「若い女性の肖像」は、女性のスラッと伸びる腕と、膝上にて穏やかに組み合わされた両手の姿が印象深い作品です。(気位の高さも感じさせます。)また端正な顔立ちに光る大きな瞳には、思わず吸い込まれそうになるほどの魅力があります。それに衣服や背景などの、黒や赤茶を多用したやや厚塗りの油彩表現も興味深く、ポスターなど見せるロートレックとはまた異なった味わいを見ることが出来ました。

寂寥感に満ちた「ブージヴァルの雪景色」は、魂を揺さぶるような激しい風景画です。太く荒々しいタッチにして塗られた雪と、光のない、人気のない薄暗い建物。道路は急激に奥まり、画面に強い閉塞感をもたらします。そして黒と灰色にてベッタリと仕上げられた、暗雲漂う不気味な空。雪に凍える並木は、まるで空へ吸い込まれてしまっているかのように、地面から強く引き起こされています。道路に立つ赤い服を着た人間も、このただならぬ気配を感じとっているのでしょうか。まるで何かにおびえていて、この場から足早に立ち去ろうとしているようにも見えました。妖気すら感じさせる風景画です。

私は少々苦手なのですが、ドガやユトリロなども結構な点数が展示されています。また思いがけないほどに無骨なマティスや、モローの「死んだ詩人を運ぶケンタウロス」の別バーション作品、「疲れたケンタウロス」なども興味深い作品でした。12日までの開催です。
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「菅木志雄展」 小山登美夫ギャラリー 3/4

小山登美夫ギャラリー(江東区清澄1-3-2 7F)
「菅木志雄展」
2/18-3/11

いわゆる「もの派」のアーティスト、菅木志雄の個展が小山登美夫ギャラリーで開催されています。先日出向いてきました。

この展覧会では、新作の巨大な立体作品3点と、彼が70年代に行った「行為」と呼ばれるパフォーマンス・アートを撮影したビデオ作品、または写真が数点並んでいます。大変失礼ながら、パフォーマンス・アートにはどうしても「時代性」を感じてしまうのですが、新作の木材や石を利用した立体作品は見応えがありました。倉庫のようなこのギャラリーの空間を上手く変化させる、石や木の「力」や「作用」を感じる展覧会です。

大きな3点の立体の中では、4つの台座の上に薄いガラス板を並べて、両側にロープで石を吊るした「静止へ」が特に美しい作品でした。ガラスという素材の透明感と、横へ向かうロープの張りが石の重みを強調している。4つの台座がどこか不安定に見えるのは、ロープとガラスがともに脆い性質であるからなのでしょうか。ガラスの上に張られたロープを断ち切った時、ともに引っ張られていた石は落下して、さらにはガラスもバランスを崩して下へ落ちるかもしれない。無骨な表情を見せる他の木材を使った作品にはない、素材の洗練された味わいと、空間自体の緊張感が感じられます。菅の木材の作品はやや苦手なのですが、この作品にはとても惹かれました。一押しです。

立体の中には小さな作品も数点展示されていましたが、その中では、厚手の板に無数の尖った木片が差し込まれた「界向律」が魅力的な作品です。所狭しと板に差し込まれた木片。その一つ一つの木片は、まるで今板へ飛び込んで来たかのように、グサリと危うく突き刺さっています。少しでも触ったら取れてしまいそう。会場ではただごく普通に展示されているだけでしたが、スポットライトを当てて、木片の影を生み出して見せても面白いのではないかと思いました。

菅の展覧会は、今、東京画廊でも「空気の流路」という個展が開催されています。(3/11まで。)また、東京国立近代美術館の常設展示室(本館3階)でも、近作の「景留斜継」(木材とワイヤーロープ)という作品が展示されています。こちらは窓越しに景色、つまりお堀や石垣などを取り込んだ、近美では珍しい外との繋がりを思わせる作品です。通常の展示室からやや奥まった個室にあるので目立ちませんが、最近購入された作品ということで、展示替えに関わらずしばらく公開し続けるそうです。菅の木枠を通して見る旧江戸城の石垣や杜、さらには丸の内のドミノのように並ぶ四角いビル群もまた良いかもしれません。展覧会は11日までの開催です。

東京画廊での「空気の流路」展を見てきました。
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「小林正人『ヌード』」 シュウゴアーツ 3/4

シュウゴアーツ(江東区清澄1-3-2 5F)
「小林正人『ヌード』」
2/10-3/11

清澄のシュウゴアーツにて開催中の、「小林正人『ヌード』」展です。近作の「ヌードペインティング」と、それとほぼ同じ主題の新作ドローイング数点で構成されています。



一番魅力的だったのは、会場内で特に目立っていた「Unnamed」(2003)でした。どこかいびつな形(木枠から歪んでいます。)をした、縦170センチ、横300センチの、クチャクチャになったシワだらけのキャンバス。そこに、長い金髪をだらっとたらして尻を迫り出す裸の女性が寝そべっています。(実際のキャンバスも直接床へ置かれているので、まさに裸女が地面に横たわっているように見えます。)そして、金髪の金色と彼女を包み込む紫色のコントラスト。とても美しい色彩感です。それにしても、この彼女の存在感の希薄さは一体何でしょうか。今にもキャンバスへ溶けてしまいそうです。儚さを思わせます。

新作のドローイングは約10点ほど展示されていました。こちらは「星の瞬く闇夜の中にて寝そべる裸女。」とも言えるような作品です。深い闇から女性がぽっかりと浮かび上がっていました。そしてこれまた女性の存在感が希薄です。あくまでも朧げなオーラに包まれています。また、殆どの女性が後ろを向いているのも気になるところでした。

崩れ落ちそうなキャンバスと、消えてしまいそうな裸女の組み合わせが興味深い作品です。11日までの開催です。
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「life/art'05 part4 中村政人」 資生堂ギャラリー 3/5

資生堂ギャラリー(中央区銀座8-8-3)
「life/art'05 part4 中村政人」
2/16-3/5(会期終了)

「life/art'05」もいよいよ第4回目。今回は「美術と教育」などのテーマの元、多様なアート活動を展開している中村政人の出番です。展示形態は「オン・ゴーイング」。制作過程から全て公開していく仕組みです。

私は中村の展示に、今日を数えると三たび足を運びましたが、最終日の今日になっても、会場は一歩見間違えればまだ設営途上のような雰囲気でした。(むしろ最後の最後まで「オン・ゴーイング」。つまり完成しないのかもしれませんが。)壁に立てかけられた何枚もの黄色いキャンバス。それが無造作に、まるで倉庫にでも並べるようにしてただ置かれています。そしてその中で唯一「展示」の気配を見せていたのは、奥の部屋にて一枚だけ壁にかけられていた、SHISEIDOのロゴが入った黄色のキャンバスだけです。そしてこの一点だけが、作家による「見せる」行為によって「絵画」になっている。他のものにはまだこれからも色が塗られるかもしれないし、また何かの文字が描き加えられるのかもしれない。(そもそもキャンバスは重なり合って置かれているので、奥のものは見えません。それとも重なり合うキャンバスの塊全体が『作品』なのでしょうか。)「絵画を展示して、観客が見る。」という、美術展では一般的な出来事へ挑戦するかのように置かれた黄色のキャンバス群。(一部には「B」という文字がありました。)もちろん、刷毛や塗料などの入れられた制作用の道具も、整理されているとは言え、まだ残されています。中村のアトリエが再現されている。そのようにも見受けられました。

その点で「作品を見せる。」ことに忠実だったのは、彼がこれまで手がけた「美術と教育プロジェクト」による、美術家などへの膨大なインタビュー集です。そのインタビューが年次別に冊子にまとめられて、会場のテーブルでいくつも公開(販売も可。)されています。ふとその一冊を手に取ってめくってみると李禹煥の名前がありました。またそのインタビューの一部は、VTRでも公開されています。つまり何本かのインタビュービデオの中から、観客が見たいものを自由に選べることが出来るという仕掛けです。私が出向いた時は、たまたま草間彌生のインタビューが放映されていたのでしばらく見てきました。ちなみにこの「美術と教育」に関する展示は、「絵画」が「オン・ゴーイング」として制作されていた間も、ほぼ一貫して見ることが出来ました。インタビュー自体が「オン・ゴーイング」だったのかは不明ですが、少なくとも「絵画」とは異なった位置付けにあったようです。

前々回と前回出向いた際は、おそらく中村氏であろう人物が、一生懸命に黙々とキャンバスを黄色くしている姿が印象に残りました。そしてその中で観客が戸惑いながら、会場をうろうろしている。中には受付係へ「これは一体…?」のような質問をする姿も見受けられます。「オン・ゴーイング」によるハプニング的な面白さと、その一方での見せることの難しさが、表裏一体となってストレートに現れていた展覧会かと思いました。

次回はいよいよ最終回です。告知を読む限りでは、今回以上の驚きの空間が待っているような予感もしますが、さて一体どうなるのでしょうか。part5の須田悦弘は、今月6日から26日までの開催です。

「part1 今村源」/「part2 田中信行」/「part3 金沢健一」
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3月の予定と2月の記録 2006

3月の予定

 展覧会
  「MOTアニュアル2006/転換期の作法」 東京都現代美術館(3/26まで) 
  「アートと話す・アートを話す」 東京オペラシティアートギャラリー(3/26まで)
  「宇治山哲平展」 東京都庭園美術館(4/9まで)
  「スイス・スピリッツ」 Bunkamura ザ・ミュージアム(4/9まで)
  「東京-ベルリン・ベルリン-東京展」 森美術館(5/7まで)

 コンサート
  「新国立劇場2005/2006シーズン」 ヴェルディ「運命の力」 3/15-30

 映画
  「D.I.」 国際交流基金フォーラム/アラブ映画祭2006 3/11


2月の記録(リンクは私の感想です。)

 展覧会
  5日 「ニューヨーク・バーク・コレクション展」 東京都美術館
  11日 「絵画の行方展」 府中市美術館
  12日 「鵜飼美紀+辻和美 -光のかけら- 」 群馬県立館林美術館
  12日 「特集陳列 鍋島 -精緻な技・優雅な意匠- 」 栗田美術館
  18日 「大いなる遺産 美の伝統展」 東京美術倶楽部
  18日 「パウル・クレー展」 大丸ミュージアム・東京
  19日 「2006 両洋の眼展」 三越日本橋ギャラリー
  25日 「前川國男建築展」 東京ステーションギャラリー
  25日 「オラファー・エリアソン 影の光」 原美術館
  26日 「辿りつけない光景 カオスモス'05」 佐倉市立美術館

 ギャラリー
  18日 「鬼頭健吾+ロバート・プラット」 ギャラリー小柳
  18日 「名和晃平 『GUSH』」 SCAI THE BATHHOUSE

 コンサート
  4日 「NHK交響楽団第1560回定期Cプロ/2日目」 モーツァルト「大ミサ曲」他/ブロムシュテット
  8日 「三宮正満&アンサンブル・ヴィンサント」 ゼレンカ「8声のシンフォニア」他/三宮正満
  20日 「ファビオ・ビオンディ&エウローパ・ガランテ東京公演」 ヴィヴァルディ「四季」他/ビオンディ
  24日 「東京交響楽団第5回川崎定期」 モーツァルト「交響曲第39番」他/スダーン

毎月恒例の「予定と振りかえり」です。今月はもう少し積極的にギャラリーを見るつもりでいます。またコンサートも先月と同様に、上に挙げた新国以外でも、出来れば当日券などでいくつか出向ければと思います。

それでは今月もどうぞ宜しくお願い致します。
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「辿りつけない光景 カオスモス'05」 佐倉市立美術館 2/26

佐倉市立美術館(佐倉市新町210)
「辿りつけない光景 カオスモス'05」
1/31-3/5

佐倉市立美術館で開催中の「カオスモス'05」(カオスモスとは、『カオス=混沌』と『コスモス=秩序』の造語。同美術館より。)です。大竹竜太、さわひらき、関根直子、田口和奈、ムラタ有子の計5名が告知されていましたが、まずは思いっきりさわひらきの名前に惹かれて行ってきました。

さわひらきは映像作品が全部4つほど紹介されています。おそらくどれもこれまで他で出品されたものでしょう。昨年の横浜トリエンナーレに展示されていた「trail」(2005)や、リビングに飛行機が飛び交うお馴染みの「dwelling」(2002)も見ていて楽しめますが、今回の4点の中で特に興味深かったのは、三分割の画面を使った作品「Between」(2004)でした。モニターの前に天井からぶらさがる、まるで電灯のカサのような物体の下に立つと、パチパチというような音が出ていることが分かります。ミニマル的な作品が目立つ中でも、こればかりはかなり物語的です。そのカサのような物体が画面へ入り込み、まるで月のように昇っては沈んで行きます。そして小さな鳥たちが主人公のようでもありますが、最後の観覧車はやはり見逃せません。また、やかんや糊、メガネからスプレー、さらには鍋からマッチ、ライターまでが全ててくてくと足を付けて歩く「elsewhere」(2006)も実に愛嬌のある作品です。そもそも、さわの作品をこれだけまとめて見ること自体が初めてだったので、この展示だけでも十分に満足出来るものでした。

さてさわ以外で気になったのは、ムラタ有子の瑞々しい油彩画です。大小様々の風景画や動物画がランダムな高さにて並んでいます。特に目につくのはともかく可愛らしい動物を描いた作品です。一推しなのは、小さなハムスターが両手をちょこんと前に出してポーズをとっている「Untitled」(2002)でしょうか。ポチッとくっ付いている目に、ヨレヨレとした不安定な線にて象られた体が、温もりある大きなタッチにてペタペタと描かれています。また風景画では、まるで色彩分割をしているような抽象性を持つ「Cherry tree」(2005)に惹かれました。枯れ枝が水色の空に伸びている様を捉えた美しい作品です。

その他では、ムラタと同じ展示室に並んで一際目立っていた田口和奈や、鉛筆やシャープペンシルを用いて細かいタッチの抽象画を描いた関根直子の作品も印象に残りました。明後日、日曜日までの開催です。

*佐倉市立美術館へは今回初めて行きました。市の玄関口でもある京成佐倉駅から徒歩10分弱。(JR佐倉駅からもバス便あり。)駅からの道のりは決して明るい雰囲気ではありませんが、思いの外に早く着くことが出来ました。美術館の建物は大変立派です。1918年建造で、県の指定有形文化財でもあるという本館の旧川崎銀行佐倉支店には街の歴史を感じさせますが、新館部分にある展示室もかなりゆったりとしたスペースがとられています。また興味深いのはあちこちに並んでいる椅子です。これらはどれも20世紀のデザイナーによる個性的な作品とのことで、お気に入りのものを見つけるのも楽しいでしょう。佐倉市は人口20万弱と決して大きな街とは言えませんが、このような立派な美術館を所有し、また良質な現代アートの展覧会を開催するところはあまり他に例がありません。同じく佐倉にある川村記念美術館国立歴史民俗博物館(これもまた非常に立派な施設です。)などと一緒に、ぐるっと「佐倉・アートの旅」というのもまたおすすめしたいです。
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