「国宝救世観音菩薩立像 特別公開」 法隆寺夢殿

法隆寺夢殿
「国宝救世観音菩薩立像 特別公開」 
4/11~5/18

「救世観音菩薩立像」の春の特別公開が法隆寺の夢殿で行われています。



八角の円堂でも知られる夢殿が位置するのは東院伽藍です。739年、僧の行信が聖徳太子一族の住居であった斑鳩宮の跡に建てました。夢殿も同時期の建築です。鎌倉時代の修理により、当初の様式は一部変えられましたが、既に8世紀の頃から夢殿と呼ばれてきました。



「救世観音菩薩立像」は夢殿の本尊です。造仏の推定年代は飛鳥時代です。ただ良く知られるように、非常に長きに渡り、秘仏とされていたため、人の目に触れることがありませんでした。江戸時代に至っては僧侶さえ拝むことがなかったとも伝えられています。

転機は明治時代です。美術史家のアーネスト・フェノロサは研究のために法隆寺を訪問。「救世観音菩薩立像」を納めた厨子の開帳を迫ります。しかし寺は拒絶。一説では僧侶は「救世観音菩薩立像」は聖徳太子の等身であるのため、封印を解けば、罰が下ると信じていたそうです。しかしフェノロサの意見が通ります。厨子は解かれました。仏像は木綿の白い布でぐるぐる巻きにされていました。

以来、いつしか法隆寺では期間を限定して夢殿を開帳。現在では春の秋の各1ヶ月間のみ「救世観音菩薩立像」を公開しています。



夢殿だけの拝観も可能です。ただこの日は西院伽藍、大宝蔵院、そして夢殿の全てを巡ることにしました。



西院伽藍の中門は長期修理中です。伽藍内を取り囲む回廊の先には大講堂があり、回廊内の左に五重塔、そして右に金堂が建っています。中門、五重塔、金堂は飛鳥時代、回廊は奈良時代、大講堂は平安時代の建築です。いわゆる現存する世界最古の木造建築物として知られています。



回廊のエンタシス様式の柱が目を引きます。柱の中央より下部がやや太くなっていました。かつては古代ギリシャの神殿にも用いられた技法です。国内でも珍しい。法隆寺内でもこの回廊のみにしか使われていません。



金堂の内部に安置されるのがいわゆる本尊こと「釈迦三尊像」です。銘によれば鞍作止利の作。飛鳥時代の仏像です。飛鳥仏らしい面長の顔をしています。また日本最古の「四天王像」のも静かな佇まいを見せていました。



金堂から五重塔の内部を見学した後は、回廊から東へ抜け、東室、綱封蔵、食堂のある方向へ歩きました。いずれも奈良時代の建築物です。東室はかつての僧房でした。綱封蔵は文字通りの蔵です。寺宝などが保管されていました。食堂はもともと寺務所だったそうです。それが平安時代に食堂として使われるようになりました。



大宝蔵院がまさしくお宝尽しです。「玉虫厨子」や「夢違観音像」などはじめ、「百済観音」などの寺宝が展示されています。とりわけすらりと立つ「百済観音」の姿が美しい。8頭身で極めて華奢です。右腕をほぼ直角に曲げて立っています。もはや幽玄です。飛鳥時代の作とされていますが、伝来は不明。いつどこから法隆寺に納められたも分かっていません。



西院伽藍、大宝蔵院からさらに東院伽藍へ。目的地は「救世観音菩薩立像」の安置されている夢殿です。



大宝蔵院より数分。夢殿に到着しました。実は私も法隆寺は何度か訪ねたことがあり、夢殿の建物は見学したことはありますが、中を拝むのは初めてでした。


「救世観音菩薩立像」

「救世観音菩薩立像」はお堂の正面を向いて安置されています。事前に「中が暗いのでよく見えない。」と聞いていましたが、たまたま晴れていたからか、思ったよりも明るく感じました。飛鳥仏にも関わらず、金色の輝きを失ってはいません。表情は随分、穏やかでした。「救世観音菩薩立像」というと、土門拳の写真など、やや不気味なイメージもあるやもしれませんが、そうした様相は殆ど感じられません。素朴です。にこりと笑みとたたえています。風に吹かれて気持ち良さそうでした。



団体客などの多客時は混雑することもあるそうですが、この日は特段の行列なども一切ありませんでした。ほかの方を気にすることなく、じっくりと拝めました。



最後は夢殿の裏手の中宮寺へ回り、「半跏思惟像」も拝観してきました。同像は現地だけでなく、東京国立博物館の特別展などでも拝む機会がありましたが、不思議と凝った照明などの設営がない中宮寺での姿が最も美しく見えます。あるべき場所でのあるべき姿を目に焼き付けては斑鳩を後にしました。



夢殿のご開帳は毎年春と秋の2回です。以下のスケジュールで公開されます。

春の公開:4月11日~5月18日
秋の公開:10月22日~11月22日

「救世観音菩薩立像」の春の特別公開は5月18日まで開催されています。

「国宝救世観音菩薩立像 特別公開」 法隆寺夢殿
会期:4月11日(火)~5月18日(木)
休館:会期中無休。
時間:8:00~17:00
拝観料:一般1500円、小学生750円。
 *団体料金(30名以上):一般1200円、大学・高校生1050円、中学生900円、小学生600円。
 *西院伽藍、大宝蔵院、東院伽藍共通。
住所:奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1
交通:JR法隆寺駅より奈良交通バス「法隆寺門前」行きに乗り約10分。法隆寺門前下車すぐ。
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「快慶 日本人を魅了した仏のかたち」 奈良国立博物館

奈良国立博物館
「快慶 日本人を魅了した仏のかたち」 
4/8~6/4



鎌倉時代を代表する仏師、快慶の展覧会が、奈良国立博物館で開催されています。

生年不詳の快慶、その名が初めて登場したのは1183年の「運慶願経」でした。運慶の発願による法華経です。結縁者として快慶の名が記されました。ちなみに運慶と快慶は兄弟弟子の関係です。運慶の父は康慶。快慶の師です。快慶に関しては出自も明らかではありません。


「弥勒菩薩立像」 快慶作 鎌倉時代・文治5(1189)年 アメリカ・ボストン美術館

最初期の作品とされるのが「弥勒菩薩立像」でした。右手を垂らし、左手で水瓶を握っています。顔立ちはやや丸みを帯びていてふくよかです。身体の肉付きも良い。元は興福寺の伝来品です。現在ではボストン美術館に収蔵されています。


重要文化財「弥勒菩薩坐像」 快慶作 鎌倉時代・建久3(1192)年 京都・醍醐寺 *4/25~6/4展示

キャリア初期においては後白河院との関係が重要でした。醍醐寺三宝院の本尊の「弥勒菩薩坐像」は院の追善ための仏像です。早い段階から快慶の実力は各方面に知れ渡っていたのかもしれません。(なお弥勒菩薩坐像は4/25から出陳されました。私が見た時はパネルでした。)

その後、白河院が主導し、重源により進められた、東大寺の再興に参加します。有名なのは運慶らと共同で制作した東大寺南大門の「金剛力士像」です。但し当然ながら非出品です。代わって東大寺内のほかの仏像や、勧進活動のために全国各地に建てられた別所の仏像が展示されています。

一際目立つのが兵庫・浄土寺の「阿弥陀如来立像」でした。何せ像高2メートル20センチ超と大きい。同寺は重源が営んだ播磨の別所です。堂々たる姿を見せています。しかし上半身の肉取りなどは比較的簡素です。布の法衣を着せて祀ったと考えられています。


重要文化財「孔雀明王坐像」 快慶作 鎌倉時代・正治2(1200)年 和歌山・金剛峯寺 *4/8〜5/7展示

和歌山の金剛峯寺の諸仏が充実していました。うち1つが「孔雀明王坐像」です。孔雀座や光背などは後の制作です。非常に凛々しい。上下への伸びる腕もしなやかです。前を見据えては泰然としています。


重要文化財「執金剛神立像」 快慶作 鎌倉時代・建久8(1197)年 和歌山・金剛峯寺

同寺からは四天王立像のうちの「多聞天」と「広目天」、「執金剛神立像」や「深沙大将立像」も出陳。特に躍動感があるのが「執金剛神立像」です。左足をつき、右足を腰のあたりまで高く上げています。左手で何かを抑えつけるかのように下へ突き出していました。細部の造形こそシンプルですが、絶妙なバランス感覚です。まるで空から飛び降りてきたかのようでした。

東大寺の仏像で惹かれたのは「地蔵菩薩立像」でした。これぞまさしく端正でかつ流麗。快慶の様式です。衣の靡く姿はまるで水の波紋のようです。金泥や截金の文様も華やかです。体つきは偏らずに中正です。顔立ちも温和。さも肩の力を抜いてリラックスするかのように立っていました。

さらに東大寺関連では「西大門勅額付属八天王像」を一揃えで出陳。いずれの像も額から外され、かなり近い距離から見ることも出来ます。また「東大寺大仏縁起」などの絵画にも目が留まりました。ちなみに今回の展覧会では、仏像に関連する資料も細かく参照しています。快慶展とはいえ、全てが仏像の展示ではありません。

鎌倉時代では「老若貴賤を問わず」(解説より)、多くの結縁による造仏が行われるようになります。中でも人気を博したのは阿弥陀如来立像でした。


京都・遣迎寺に伝わる「阿弥陀如来立像」も同様です。顔、体つきともに恰幅が良い仏像でした。切れ長の細い目をしています。金銀泥の輝きもまだ損なわれていません。截金も細かい。昭和12年に行われた修理の際、像内より多数の文書が発見されます。中には1万2千名もの人物を記した結縁交名が納められていたそうです。名を細かく記した資料も合わせて展示されていました。

重源の死去後、快慶は朝廷や門跡寺院の造仏に関わるようになります。「金剛薩埵坐像」はどうでしょうか。所蔵は京都・随心院。13世紀前半に門跡号が与えられた寺院です。瞳は彫眼です。やや目がつり上がっています。肩から斜めに衣をかけています。文様は鋭い。腰も細く、全体的に量感が少ない身体です。しばらく眺めていると、表情にどこか脆さが表れているようにも見えました。超然としていません。だからこそすっとすがりたくもなります。

快慶の仏像の特徴を示すキーワードが「絵画的」です。それを半ば体現したのがアメリカ・キンベル美術館の「釈迦如来立像」でした。極めて正面性の高い仏像です。確かに前から見れば二次元的とも受け止められます。状態の良い仏像です。金色も眩しい。表情も端正です。にわかには心情を伺えません。これこそが祈りの境地なのでしょうか。静寂に包まれています。しばし時間を忘れて見入りました。

平明でかつ優美な仏像、通称「安阿弥様」こそ、快慶の追求した様式でした。

ラストは主に3躯の阿弥陀如来立像により快慶の作風の変遷を紹介。快慶の到達点を見定めています。


「阿弥陀如来立像」 快慶作 鎌倉時代(13世紀) 滋賀・圓常寺

比較的、早い段階で制作したと伝えられるのが奈良・西方寺の「阿弥陀如来立像」です。顔は幾分、笑みを浮かべているようで若々しい。身体からも瑞々しさが感じられます。さらに端正さが加わったのは中期の作、滋賀・圓常寺の「阿弥陀如来立像」です。着衣にはたるみもあり、文様は僅かに装飾性も増しています。そして晩年の快慶が手がけたのが奈良・光林寺の「阿弥陀如来立像」でした。

これらの仏像を展示室内を囲むように配置しています。時に儚くも映る「阿弥陀如来立像」。静謐の一言です。快慶の造仏に込めた祈りが充満しているかのようでした。


重要文化財「阿弥陀如来坐像」 快慶作 鎌倉時代・建仁元(1201)年 広島・耕三寺

実に快慶作の仏像の9割近くが一堂に会しているそうです。まさに回顧展の決定版と言えそうです。



9月には東京国立博物館で運慶展が控えています。



「興福寺中金堂再建記念特別展 運慶」@東京国立博物館
公式サイト:http://unkei2017.jp
会期:9月26日(火)~11月26日(日)

快慶、運慶展とも巡回はありません。春の奈良、秋の東京とともに追いかけたいと思います。



朝一番に出かけてきましたが、入場待ちの列こそ僅かに出来ていたものの、館内はスムーズ。ゆっくり見ることが出来ました。



公式サイトの「快慶仏講座」が極めて充実しています。奈良国立博物館の研究員が快慶仏を様々な角度から解説。それを動画で閲覧出来ます。全部で20件以上もあります。これほど細かな解説動画をWEB上に載せた展覧会はなかったかもしれません。

6月4日まで開催されています。おすすめします。

「快慶 日本人を魅了した仏のかたち」 奈良国立博物館@narahaku_PR
会期:4月8日(土)~6月4日(日)
休館:月曜日。但し5月1日(月)は開館。
時間:9:30~17:00。
 *毎週金曜・土曜日は19時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1500(1300)円、高校・大学生1000(800)円、小学・中学生500(300)円。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *毎週金曜日、及び8/5~15のみ17時から入場出来るサマーレイト券を発売。各200円引。
住所:奈良市登大路町50
交通:近鉄奈良駅下車登大路町を東へ徒歩約15分。JR奈良駅または近鉄奈良駅から市内循環バス外回り(2番)、「氷室神社・国立博物館」バス停下車すぐ。
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「Study of BABEL」 東京藝術大学大学COI拠点Arts & Science LAB.

東京藝術大学大学COI拠点Arts & Science LAB.
「Study of BABEL」
4/18~7/2



東京藝術大学大学COI拠点Arts & Science LAB.で開催中の「Study of BABEL」を見てきました。

上野に高さ3メートル超のバベルの塔の立体模型が登場しました。



思いの外に巨大です。塔の螺旋構造はおろか、色や外壁の質感までを忠実に再現。穴から手すり、はたまた足場や建築重機までを細かに削り出しています。



近寄ると人の姿も確認できました。バベルの塔を建てる人々です。数も多い。実際の絵画には1400名ほど登場するそうですが、ここにどれほどの人間がいるのでしょうか。



3メートルの根拠はバベルの塔のスケールでした。というのも、絵画中の人物の身長を170センチと仮定。そこから算出すると塔の高さは510メートルになります。それを150分の1で立体化します。ゆえに3メートルとなりました。



率直なところ、これほど精巧な模型とは思いませんでした。また穴の中にはちょっとした仕掛けもあります。迫力十分です。生半可な展示ではありません。

さてバベルの塔の模型、実はもう1つの顔がありました。夜です。今、見ていた側は昼のバベル。裏に回ると夜のバベルが現れます。



夜は映像、プロジェクションマッピングです。ここで闇夜にバベルの姿が浮かび上がります。昼と夜でバベルの世界を体感することが出来ました。

会場ではもう一点、「クローン文化財」(解説より)と呼ばれる複製画の展示もあります。この複製の制作のプロセスも極めて綿密です。デルフト工科大学の開発した装置を用いて組成分布を分析。絵具の情報を得た上で、芸大の描画技術や印刷技術などを用い、絵画の質感を精緻に再現しています。

支持体も実際のバネルの塔の板材のオーク材です。立体と合わせてバベルの世界を追体験出来ました。(複製の撮影は不可。)

なお東京藝術大学大学COI拠点とは、産学提携により、主に次世代の文化的コンテンツを開発する研究施設です。芸大キャンパス内にあります。

東京都美術館からは芸大へ向かい、上島珈琲のある黒田記念館の右手奥に進んだ場所です。歩いて5分とかかりません。

会期はバベルの塔展と同一です。バベル展にあわせてお見逃しなきようにおすすめします。



入場は無料です。7月2日まで開催されています。

「Study of BABEL」 東京藝術大学大学COI拠点Arts & Science LAB.
会期:4月18日(火)~7月2日(日)
休館:月曜日。但し5月1日は開館。
時間:9:30~17:30
 *毎週金曜日は20時まで開館。 
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:無料。
住所:台東区上野公園12-8
交通:JR線上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ千代田線根津駅より徒歩10分。京成上野駅、東京メトロ日比谷線・銀座線上野駅より徒歩15分。
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「ブリューゲル バベルの塔展」 東京都美術館

東京都美術館
「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル バベルの塔展」
4/18~7/2



東京都美術館で開催中の「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル バベルの塔展」を見てきました。

ピーテル・ブリューゲル1世の傑作、「バベルの塔」が、24年ぶりに日本にやって来ました。

舞台は旧約聖書の創世記です。かつて世界で同じ言葉を使っていた人々は、レンガとアスファルトにて、天まで届く塔を建てようと試みます。しかし神は許さず、人々の言葉を混乱させ、互いに聞き分けられないようにしました。そして彼らを全ての地に散らしたため、バベルの街づくりは頓挫。結局、塔は完成しませんでした。

ブリューゲルの現存する「バベルの塔」は計2点です。うち1点はウィーン美術史美術館の所蔵です。今回展示されたのはもう1点、ボイマンス美術館の所蔵品でした。


ともかく緻密でかつ精緻です。解説に「超絶技巧」とありましたが、あながち誇張ではありません。登場人物は1400名。時に足場を組んでは塔の建設に勤しんでいます。

宗教主題とはいえ、建築物の細微な描写のほか、後景へのパノラマ的展開など、ブリューゲルは明らかに風景として塔を表しています。教訓的な内容は伺えません。レンガの色も塗り分けられ、細部に立ち入れば、例えばトンカチの音でも聞こえてくるような臨場感さえありました。とはいえ、人の大きさはゴマ粒ほどです。実のところ、作品自体も横で75センチ弱と大きくありません。建設資材はおろか、重機やクレーン、さらに港の帆船なども事細かに描かれていますが、肉眼で確認するのはおおよそ困難でした。

そこで重宝するのが高精細複製画です。実物の3倍。横幅2メートルにも及びます。とても良く出来ていました。ほか「バベル、マクロの視点、ミクロの視点」と題した映像も有用です。バベルのある展示室は2階。順路の最後です。ほぼバベルしかない、まさにバベルのための部屋が現出しています。ここは実物のイメージを複製と映像で補完しながら楽しみました。

さてバベルの塔と並び、目玉でもあるのがヒエロニムス・ボスです。世界に25点しか現存しない油彩のうち、「放浪者(行商人)」と「聖クリストフォロス」の2点がやって来ています。


ヒエロニムス・ボス「放浪者(行商人)」(部分) 1500年頃

まずは「放浪者」です。ボロボロの服を着た男が後ろを振り返りながら歩いています。商人なのでしょう。くたびれた衣服のほか、背負うカゴの質感も細かい。よく見ると腰にナイフを付けています。そしてカゴにはスプーンが括られていました。足元も片足が靴で、一方はスリッパです。身なりしかり、とても商いで成功しているようには思えません。

男の背後に建つのは娼館でした。これも古い。屋根の一部は崩落。扉も傾いています。客と娼婦なのでしょうか。入口では男女が寄り添っていました。行商人は既に娼館に立ち寄ったのか、それとも入ろうとしているのか定かではありません。


ヒエロニムス・ボス「聖クリストフォロス」(部分) 1500年頃

より奇異なのが「聖クリストフォロス」でした。「キリストを背負うもの」を意味する聖人の物語です。大きな杖をつきながらキリストを背に川を渡っています。後景に注目です。例えば右側の瓶には梯子がかかり、中から小人が姿を見せています。しかもランタンを吊り上げていました。さらに聖人の左後方では熊を縛り首にする猟師がいます。川の向こうの廃墟には怪物が顔を突き出しています。いずれも7つの大罪などの暗喩と指摘されていますが、こうした細部の不思議な事物の描写も、ボスの大きな魅力と言えるかもしれません。

バベルにボス2点。WEBサイトや広告でも、これらの作品ばかりが目立ちますが、何もブリューゲルとボスだけの展示ではありません。

出品作は約90点です。絵画に版画、そして彫刻を交え、15~16世紀のネーデルラントの芸術の諸相を俯瞰しています。


ピーテル・ブリューゲル1世「大きな魚は小さな魚を食う」(部分) 1557年

例えば「ボスリバイバル」です。ボスは同時代、ないし後の時代の画家を魅了します。よって作風を真似た版画や絵画が数多く制作されました。それらもまとめて展示。またブリューゲルへの影響も顕著です。ボスがいかに多方面に影響を与えたのかを追うことも出来ます。

冒頭はネーデルランドの彫刻でした。「四大ラテン教父」ほか、「ニコデモ」、「跪くヨセフ」など7点の作品が並びます。いずれも思いがけないほど写実性が高い。特に顔の表情が真に迫っています。しかも一部には彩色も確認出来ました。ちなみにこれらの彫刻は、当初、祭壇を飾るために制作されましたが、主に19世紀になって切り離されたそうです。

また主題と風景の関係、ないしイタリア美術の影響についても触れています。ディーリク・バウツの「キリストの頭部」や、ルカス・ファン・レイデンの「ヨセフの衣服を見せるポパテルの妻」などの優品も少なくありませんでした。

さて最後に一枚、大変に印象に残った作品を挙げたいと思います。それがヨアヒム・パティニールの「ソドムとゴモラの滅亡がある風景」でした。


ヨアヒム・パティニール「ソドムとゴモラの滅亡がある風景」 1520年

左後方がソドムとゴモラの町です。いわゆる「悪徳の町」でした。退廃の極みに達したのでしょう。神の裁きを受け炎上。創世記では炎と硫黄の雨により焼き尽くされたと記されています。

ここで目を引くのがロトです。右の岩場では家族が天使に導かれて逃げています。さらに上の天幕ではのちのロトのエピソード、すなわちロトの子を得ようとする娘の様子が描かれています。それにしても燃え盛る町の光景は恐ろしい。逃げ遅れている者もいます。炎は空までを朱色に焦がしていました。

中央の岩の左下方にも要注目です。肉眼ではなかなか分かりにくいかもしれませんが、白く細い線が1本、縦にひかれています。これがロトの妻です。神は逃げる際、ロト一家に後ろを振り向いてはならないと告げましたが、妻は振り返ってしまいます。そして塩の柱にさせられました。それも細かに描いているわけです。



会場内の状況です。私が東京都美術館に着いたのは、会期第1週の土曜の14時頃でした。すると特に待機列もなく、館内へはスムーズに入場出来ました。



さすがに話題の展覧会です。1週目にしては混雑していたかもしれません。版画では最前列確保のための列も僅かに発生していました。

バベルへの動線は2つです。1つは最前列。おおよそ1メートル弱の距離からバベルを鑑賞出来ます。ただし立ち止まりは許されません。私の時は20~30名ほど並んでいました。待ち時間はせいぜい5分以下です。並び直しては何度も見ることが出来ました。

もう1つは後列からの鑑賞です。ここは立ち止まって見ることが可能です。ただし距離があります。率直ところ単眼鏡がないとまるで分かりません。


大友克洋「INSIDE BABEL」

バベルしかり、全般的に小さな作品が目立ちます。よって遠目での鑑賞は困難です。バベルの知名度は抜群です。展覧会の広告も多く、早々に混雑することが予想されます。当面は金曜の夜間開館も狙い目となりそうです。

「芸術新潮2017年5月号/バベルの塔の謎/新潮社」

「バベルの塔展 待ち時間お知らせ」のアカウント(@babel_konzatsu)が、混雑情報をこまめに発信しています。

同じく上野の「東京藝術大学COI拠点 Arts & Science LAB」では、バベルの塔を3メートル超の立体で再現する取り組みが行われていました。そちらはまた別エントリでご紹介したいと思います。



7月2日まで開催されています。なお東京展終了後、大阪の国立国際美術館(7/18~10/15)へと巡回します。

「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル バベルの塔展」@2017babel) 東京都美術館@tobikan_jp
会期:4月18日(火)~7月2日(日)
時間:9:30~17:30
 *毎週金曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し5月1日(月)は開館。
料金:一般1600(1400)円、大学生・専門学校生1300(1100)円、高校生800(600)円、65歳以上1000(800)円。高校生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
 *毎月第3水曜日はシルバーデーのため65歳以上は無料。
 *毎月第3土曜、翌日曜日は家族ふれあいの日のため、18歳未満の子を同伴する保護者(都内在住)は一般料金の半額。(要証明書)
住所:台東区上野公園8-36
交通:JR線上野駅公園口より徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅7番出口より徒歩10分。京成線上野駅より徒歩10分。
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「西大寺展」 三井記念美術館

三井記念美術館
「奈良 西大寺展 叡尊と一門の名宝」 
4/15~6/11



奈良・西大寺の寺宝を集めた展覧会が、三井記念美術館で行われています。

はじめの立体展示室からして充実していました。主に並ぶのは法具です。例えば「白銅密教法具」。西大寺で最も重要な法会の光明真言会で用いられます。三葉形の盤に鈴や3本の杵がのせられていました。盤の脚にも注目です。獣の形をしていました。


国宝「金銅透彫舎利容器」 鎌倉時代 奈良・西大寺

さらに「金銅透彫舎利容器」も美しい。厨子の中に舎利容器が納められています。透彫が絶品です。羽目板は極めて精緻。龍の姿も見えました。独立ケースでの展示です。よって360度の角度から鑑賞することも出来ます。ここは金色の輝きに見惚れました。

さて西大寺の名はよく知られていますが、ともすると寺の歴史までは詳しく知られていないかもしれません。

創建は765年です。当時の称徳天皇が恵美押勝の乱の平定を願って造営しました。乱は無事平定。創建時は僧の道鏡が絶大な権力をふるいます。いわゆる南都七大寺の1つとして大きな伽藍も有していました。しかし都が平安京に移されると衰退します。度重なる災害で多くの堂も失われました。状況は「深刻」(公式サイトより)でした。

西大寺を中興したのが僧の叡尊でした。鎌倉時代です。幼くして醍醐寺や高野山で修行。真言密教を学びます。30代で西大寺にやって来ました。叡尊は伝統的な律宗と自身の密教とを組み合わせた道場を築き上げます。そして貧者の救済にも奔走。当時は薬と認識されていた茶を施す大茶盛式を行います。そして先の光明真言会を創始します。僧や市民が集ったそうです。

さらに本尊の釈迦如来像をはじめとする多くの仏像の造立を発願しました。実際に今に残る仏像は叡尊時代の作が少なくありません。

この叡尊が展示の主人公です。「興正菩薩坐像」は叡尊80歳の寿像でした。背筋を伸ばし、しっかりと前を見据えながら泰然とした様子で座っています。眼差しは鋭い。解説に「理知的」とありました。鎌倉時代ならではの迫真の像です。両手には血管も浮き上がっています。


重要文化財「愛染明王坐像」 善円作 鎌倉時代・宝治元(1247)年 奈良・西大寺

「愛染明王坐像」も見応えがあるのではないでしょうか。現在の愛染堂の秘仏本尊です。叡尊が安置したと伝えられています。口を開いては忿怒の相をしていました。まだ彩色が残っています。しかも肩から脚のあたりの着衣には截金も確認出来ます。力強くも繊細でした。


重要文化財「文殊菩薩坐像」 鎌倉時代・正安4(1302)年 奈良・西大寺

叡尊の十三回忌に完成したのが「文殊菩薩坐像」でした。右に剣を持っています。身体、および着衣を象る曲線が目立ちます。顔立ちはどこか幼くも見えました。叡尊は文殊菩薩を深く信仰します。その教えに基づいて慈善事業を行いました。


重要文化財「聖徳太子立像(孝養像)」 善春作 鎌倉時代・文永5(1268)年 奈良・元興寺

文殊菩薩をはじめ、聖徳太子、はたまた伊勢の神など、多様な信仰を持つのも特徴です。一例が「聖徳太子立像(孝養像)」でした。16歳の太子の姿です。父の用明天皇の病気を快癒を祈っています。叡尊は、太子を救世観音、如意輪観音の化身として捉えています。よほど太子信仰が広まっていたのでしょうか。結縁者は計5000名にも及びました。

叡尊の教えは全国に広がります。うち東国では僧の忍性が活動。鎌倉の極楽寺に住みます。そうした真言律宗の一門の寺宝もあわせて展示されていました。


重要文化財「釈迦如来立像」 院保他作 鎌倉時代・徳治3(1308)年 神奈川・称名寺

称名寺の「釈迦如来立像」が個性的です。いわゆる清涼寺式の像。大きな顔です。そして木目を活かした衣紋が全身を覆います。また畿内では岩舟寺の「普賢菩薩騎象像」が目を引きました。とても華奢です。前であわせる両手もか細く見えます。力強さは皆無。むしろ流麗でした。目も細く、まるで涙を流しているかのようでした。


重要文化財「吉祥天立像」 鎌倉時代 京都・浄瑠璃寺

木津川の浄瑠璃寺の「吉祥天立像」が6日間限定(6/6〜6/11)で出陳されます。普段は本堂内の厨子の秘仏です。ほか一部作品に展示替えがあります。詳しくは出品リストをご覧下さい。

点数こそ少ないものの、叡尊以前、平安期の寺宝も充実しています。惹かれたのは「月輪牡丹蒔絵経箱」でした。側面は牡丹。蓋には月輪が描かれています。それに「十二天像」も見事です。1幅がかなり大きい。西大寺では12幅全て完存しています。うち本展では4幅、さらに各会期で2幅ずつ公開中です。(現会期では帝釈天、火天。)さすがに絵具の剥落も目立ちましたが、例えば帝釈天の乗る白象など、一部に往時の色彩も見ることが出来ました。

[奈良 西大寺展 巡回スケジュール]
大阪:あべのハルカス美術館 7月29日(土)~9月24日(日)
山口:山口県立美術館 10月20日(金)~12月10日(日)

西大寺の寺宝が東京でまとめて公開されるのは1990年以来のことです。その意味でも貴重な展覧会と言えそうです。


6月11日まで開催されています。

「奈良 西大寺展 叡尊と一門の名宝」 三井記念美術館
会期:4月15日(土)~6月11日(日)
休館:月曜日、但し5月1日(月)は開館。
時間:10:00~17:00  *入館は閉館の30分前まで。 
料金:一般1300(1100)円、大学・高校生800(700)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *70歳以上は1000円。
 *リピーター割引:会期中、一般券、学生券の半券を提示すると、2回目以降は団体料金を適用。
場所:中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7階
交通:東京メトロ銀座線・半蔵門線三越前駅A7出口より徒歩1分。JR線新日本橋駅1番出口より徒歩5分。
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「南極建築 1957-2016」 LIXILギャラリー

LIXILギャラリー
「南極建築 1957-2016」 
3/30~5/27



LIXILギャラリーで開催中の「南極建築 1957-2016」を見てきました。

日本が初めて南極に建てたのはプレファブの建築物でした。

時は1957年。場所は南極大陸から4キロ離れた東オングル島です。ここに日本は天体や気象の観測のための昭和基地を建設。その建物にプレファブが採用されました。



パネルは木質です。金属よりも断熱性が高く、結露も起こりません。また簡素で作りやすい。過酷な環境においても隊員らが効率的に作業出来るように設計されました。



以来、60年。現在の昭和基地には約70棟の建物があります。延べ3000名以上もの隊員らが観測活動を行ってきました。

そうした南極の建物に着目した展覧会です。いかに南極の気候に対応し、改良して行ったのでしょうか。南極建築の変遷を辿っています。

建築第1号の設計基準が厳格でした。なんと最低気温はマイナス60度。風速は毎秒80メートルに耐えなくてはなりません。一方で室内温度は20度です。つまり外気温との差は80度。同地の凄まじい環境が伺えます。



基地は観測船の代替りとともに拡張しました。まず第1次観測隊を南極に送ったのは「宗谷」でした。次いで1965年に「ふじ」が就航します。鉄骨コンクリート柱による居住棟などが建設されました。

さらに「しらせ」が就航。基地機能のゾーニングの見直しも始まります。1993年には基地の拠点となる3階建の管理棟が完成しました。頂上はドーム型です。中には食堂や娯楽室、病院や書庫なども整備されました。バーカウンターやビリヤード台もあるそうです。



今の南極船は2代目の「しらせ」です。2013年には太陽熱を利用するエネルギー棟が完成します。集熱パネルは屋根だけでなく、壁面にも設置されました。これは南極の太陽高度が低いために有効だそうです。デザインも斬新です。グッドデザイン賞を受賞しました。

昭和基地の改良は現在も進行中です。2018年の完成を目指して、4つの研究棟を統合するための観測棟の建築が行われています。



その観測棟は12角形です。雪に対応するために高さ4メートルの高床式です。フレームは鉄骨。しかし壁材には木質パネルが利用されています。



興味深いのは写真パネルでした。健康診断や厨房、食事風景など、隊員の方々の日常の様子が写されています。また基地では季節のイベントが重要で、例えば大晦日には除夜の鐘が毎年、新造されるそうです。ともするとイメージしにくい南極での生活を知ることが出来ました。



さらに各建築には図解パネルも展示。イラストレーターのモリナガ・ヨウがイラストを描いています。いずれも親しみやすい。建物内部の見取り図を細かに表しています。



ほかは装備品も紹介。実際に使用されたものでしょう。防寒着をはじめ、帽子や靴も展示されていました。



1階ではモリナガ・ヨウの原画展も行われています。繊細な色彩はパネルでは分かりません。そちらもお見逃しないようご注意下さい。(原画展は5/9まで)



5月27日まで開催されています。

「南極建築 1957-2016」 LIXILギャラリー
会期:3月30日(木 )~5月27日(土)
休廊:水曜日。
時間:10:00~18:00
料金:無料
住所:中央区京橋3-6-18 LIXIL:GINZA1、2階
交通:東京メトロ銀座線京橋駅より徒歩1分、東京メトロ有楽町線銀座一丁目駅7番出口より徒歩3分、都営浅草線宝町駅より徒歩3分、JR線有楽町駅より徒歩7分
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「海北友松展」 京都国立博物館

京都国立博物館・平成知新館
「開館120周年記念特別展覧会 海北友松」
4/11〜5/21



京都国立博物館・平成知新館で開催中の「開館120周年記念特別展覧会 海北友松」を見てきました。

等伯や永徳と「並び称される」(公式サイトより)桃山時代の絵師、海北友松(かいほうゆうしょう)。しかしながら、その知名度は高いとは言えないかもしれません。

私が海北友松の名を知ったのは「妙心寺展」(東京国立博物館、2009年。)でした。代表的な「花卉図屏風」や「琴棋書画図屏風」などが出展。また「英西と建仁寺展」(東京国立博物館、2014年。)では、「雲龍図」など10数点の作品も展示されました。必ずしも接する機会がなかったわけではありません。

久しぶりの回顧展です。しかも「過去最大規模」(公式サイトより)。初期作や新発見、初公開作を交えた約70点にて、海北友松の画業を明らかにしています。

海北友松は遅咲きでした。とするのも今、知られる作品の多くは60歳以降に描かれたものばかりです。では、それ以前はどのような作品を残していたのでしょうか。実のところ良く分かっていません。

友松は浅井家の家臣の子に生まれます。幼い頃に東福寺に入りますが、のちに主家の浅井家も滅亡。さらに兄も信長に滅ぼされます。すると友松は環俗し、狩野派の門を叩きました。一つの説では元信、また別の記録では永徳に入門したと言われているそうです。


海北友松「山水図屏風」(左隻)

おそらく最初期の友松画が「菊慈童図屏風」でした。無款です。狩野派の色が濃い。木々や岩肌の描線は鋭い一方、中央の仙童は緻密に表現しています。同じく無款ながらも初期友松の作と推定されるのが「山水図屏風」でした。山水ながらも、楼閣などが建ち、人の気配を感じなくはありません。中国の故事を参照した可能性も指摘されています。


海北友松「柏に猿図」 アメリカ・サンフランシスコ・アジア美術館

今回、初めて取り上げられたのが「柏に猿図」です。山水の景観は淡墨と時に彩色を交えて情緒的に表しています。これぞ友松です。一方で手長猿はどうでしょうか。等伯を連想しました。ともすると等伯画にも学んでいたのかもしれません。


海北友雪「海北友松夫妻像」 重要文化財

友松に関する資料も多く展示されていました。例えば「海北家由緒記」です。出自や交友関係が記されています。友松は明智光秀の家臣、斎藤利三をはじめ、茶人の東陽坊長盛、さらに歌壇の権威でもあった細川幽斎や石田三成らと関わっていました。利三の娘はのちに家光の乳母となる春日局です。よほど親交が深かったのでしょうか。利三が本能寺の変で処刑された折、友松は手厚く葬ったそうです。

その恩を春日局は感じていたのかもしれません。「海北友松夫妻像」において妻が着るのは春日局から拝領された小袖です。さらに身を落としていた友松を幕府御用に引き立てました。妙心寺の障壁画の制作を依頼します。そうした経緯についても解説などで細かに紹介されていました。

60歳を過ぎた友松が最初に活躍したのが建仁寺です。大方丈、大中院ほか、禅居庵などの障壁画や障屏画の制作を任されました。

「花鳥図襖」が見事でした。靄に霞む松を背に牡丹や白椿が咲いています。左手の水辺には番の鴨がいました。花は彩色、松はほぼ水墨です。友松の障壁画を見て感心するのは、この彩色の用い方です。水墨を基調としたモノクロームの世界に生命を吹き込むかのように色をつけています。豪胆で素早い松の墨線に対し、草花は愛でるように細かに描いています。この細部への温かい眼差しも友松画の魅力の一つでした。


海北友松「竹林七賢図」(部分) 重要文化財 京都・建仁寺 *前期展示

「袋人物」(解説より)とは言い得て妙ではないでしょうか。一例が「唐人物図襖」でした。何が袋かといえば、人物の表現です。衣を膨らませては丸い身を帯びた人を描いています。まるでぶかぶかのガウンを着ているかのようでした。

さらに「松竹梅図襖(梅図)」も良い。梅は枝を鋭く四方に伸ばしています。構成は時に鋭角的です。さも定規で引いたような線さえあります。迷いがありません。一気呵成に梅を捉えていました。

かの「雲龍図」を67歳にして完成させます。友松は兵火によって焼失した建仁寺の再建に際し、方丈内の5室に計52面もの水墨障壁画を描きました。


海北友松「雲龍図」(部分) 京都・建仁寺

「雲龍図」は左右で全8幅です。ちょうど展示室の角で向かい合うように並んでいました。建仁寺での実際の配置を踏襲しています。

右の龍は大気を巻き込んでは姿を現しています。口を開いて猛々しい。一方で左の龍は風を送り出すように登場。口は閉じて飄々とした様子をしています。そして凛々しい孔雀を表した「花鳥図」や例の袋人物の「竹林七賢図」も建仁寺のための作品です。七賢図の人物の身長は1.3メートル。桃山人物画では異例の大きさだそうです。まさにオリジナルでしょうか。ここに友松の様式が完成したと言えるのかもしれません。

年齢を重ねても友松の活動は衰えることがありません。さらに「軽妙洒脱」(解説より)な水墨を多く制作していきます。

ゆるキャラ風としたら語弊があるでしょうか。「牧馬図屏風」に惹かれました。山水を背景に群れる馬を捉えています。「袋馬」とありましたが、やはり丸っこく、可愛らしい。中には首を体の下に潜らせている馬もいます。「雪村の影響」(解説より)も受けていたのでしょうか。何とも自由です。長閑な空間が広がっています。


海北友松「琴棋書画図屏風」(右隻) 京都・妙心寺 

その名声は宮中にも轟いたのでしょうか。友松は70歳にして八条宮家に出入りするようになります。そこで生み出したのが金碧屏風、「網干図屏風」でした。

率直なところ、驚きました。というのも、主要なモチーフは網と芦のみ。ただそれだけをクローズアップしているからです。しかも網の描写が細かい。濡れていたり、濡れていなかったりします。また結び目の紐の垂れる姿も様々です。背後には海原が広がり、小舟も浮かんでいました。左の芦は雪を冠っているのでしょうか。白く輝いていました。至極斬新な構図です。網の三角形が浮き上がります。その意味ではデザイン的とも呼べるかもしれません。


海北友松「花卉図屏風」(右隻) 京都・妙心寺

妙心寺にも傑作を残しています。うち特に華麗なのが「花卉図屏風」でした。右は牡丹、左が梅と椿です。牡丹は乱れ咲きです。熱気に溢れるほど花を開いています。芳しく、またどこか妖艶でもあります。色は白にピンク、紅色と様々です。よく見ると穴が開いている葉もあります。写生も鋭い。解説に「近代絵画」と記されていましたが、私は鈴木其一を通して、速水御舟の作品を連想しました。



龍は友松の得意のモチーフでした。その龍に関する諸作品が一つの部屋にまとまっています。全4点です。かなり照明を落とした空間でした。また「雲龍図」の評判は朝鮮半島にも及んでいたそうです。その史料も合わせて展示されています。ともかく全般的に資料考証が綿密です。中には画料の領収書まであります。絵画作品の魅力だけでなく、友松自体の生き様なりが伝わるような構成でした。

ラストがこそハイライトかもしれません。友松最晩年の「月下渓流図屏風」で展覧会は幕を下ろします。


海北友松「月下渓流図屏風」(左隻) アメリカ・ネルソン・アトキンズ美術館

無人の静寂です。感じられるのは水の音でした。一面の霞です。山深き渓谷でしょうか。夜明けの景色です。左上には朧げに満月が浮かび上がっています。余白は大気に満ちていました。僅かな白い光が滲み出しています。花のみが彩色です。梅に椿、ツクシにタンポポも咲いていました。あるがままの自然の風情です。画面は随所で自ら生動しています。思わず深呼吸してしまいました。


海北友松「松竹梅図襖(松に叭々鳥図)」 京都・禅居庵 *後期展示

展示替えの情報です。会期中、一部の作品が入れ替わります。

「開館120周年記念特別展覧会 海北友松」出品リスト(PDF)
前期:4月11日(火)〜4月30日(日)
後期:5月2日(火)〜5月21日(日)

さらに「網干図屏風」や「浜松図屏風」、「禅宗祖師・散聖図押絵貼屏風」などの数点の作品は、変則的な出展期間となっています。詳細は出品リストをご参照下さい。



会期第1週目の土曜日の夕方、夜間開館を利用してきましたが、館内は大変に空いていました。

一部時間帯において混み合う場合があるようですが、今のところ入場待ちの待機列は発生していません。混雑状況については京都国立博物館のアカウント(@kyohaku_gallery)がこまめに情報を発信しています。そちらも参考となりそうです。


京都国立博物館では過去、狩野永徳展、長谷川等伯展、狩野山楽・山雪展、桃山時代の狩野派展と、定期的に桃山時代の絵師に関する展覧会を行ってきました。

その完結編にあたるのが海北友松です。しかも内容も締めくくりに相応しい。極めて充実しています。京都の単独開催です。もちろん東京への巡回もありません。



5月21日まで開催されています。おすすめします。

「開館120周年記念特別展覧会 海北友松」 京都国立博物館・平成知新館
会期:4月11日(火)~5月21日(日)
時間:9:30~18:00。
 *毎週金・土曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。
料金:一般1500(1300)円、大学生1200(1000)円、高校生900(700)円。中学生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
住所:京都市東山区茶屋町527
交通:京阪電車七条駅より徒歩7分。JR京都駅より市バスD1のりばから100号、D2のりばから206・208号系統にて博物館・三十三間堂前下車。
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「片山正通的百科全書」 東京オペラシティアートギャラリー

東京オペラシティアートギャラリー
「片山正通的百科全書 Life is hard... Let’s go shopping.」 
4/8〜6/25



東京オペラシティアートギャラリーで開催中の「片山正通的百科全書 Life is hard... Let’s go shopping.」を見てきました。

インテリアデザイナー、片山正通のコレクションが、展示室を埋めに埋め尽くしています。



冒頭から思いがけない展開が待ち構えていました。突如、出現するのは本棚です。壁の両側にぎっしりです。殆どが洋書でした。いわゆるカタログというべき重厚な本ばかりが納められています。もちろん全てが片山のコレクションです。彼は洋書に憧れては収集。中身だけでなく、デザインに惹かれながら、「嗜好品として」(解説より)も購入しました。確かに表紙を見たくなるものばかりです。思わず手にとりたくなるほどでした。



次いではCDです。これまた棚にびっしり。隙間はありません。ジャンルも様々です。洋楽や邦楽を問いません。片山はタワーレコードに住みたいと思ったことさえあるそうです。私もかつてクラシックのCDを集めていたことがありましたが、収集し始めると止まりません。音楽に対する貪欲な姿勢が感じられました。



さらに続くのは多肉植物でした。しかも大きい。なるほど、確かに「百科全書」です。誕的な現代美術のコレクション展ではありませんでした。

植物を過ぎると美術が現れました。片山自身が作品の分類と編集を行っています。つまり独自のカテゴライズです。細かな部屋に区切り、「白と黒」、「ランドスケープ」などとテーマを設けて展示しています。


政田武史「もくゆら」 2009年

まずは「人と動物」です。アンディ・ウォーホルをはじめ、政田武史のペインティングなどが並んでいます。さらに大竹伸朗やエリック・パーカーもありました。片山は展覧会のアドバイザーにリストを見せた際、人や動物に因んだ作品が多いという指摘を受けたそうです。それゆえの設定なのかもしれません。


五木田智央「雑多な情動」 2008年

五木田智央の「雑多な情動」にも目が留まりました。2年前にはDIC川村記念美術館でも個展を開催。何やら顔面が解体されています。大作の絵画です。迫力がありました。



「ランドスケープ」のセクションが面白いのではないでしょうか。メインは写真でした。松江泰治が俯瞰した構図で都市を空撮しています。そこへホンマタカシや川元陽子の油彩画が介在します。色やモチーフが一つの空間の中で互いに影響を及ぼしているように見えました。


リカルダ・ロッガン「RESET 4」 2011年

ドイツの写真家、リカルダ・ロッガンの大作も控えています。色彩の切り口が雑妙です。私としては好きなロッガンを見られたこと自体も収穫でした。



さて以降は全て現代美術かと思いきや、またテイストが変化します。何と剥製に骨董です。まさしく片山版「脅威の部屋」が現出していました。


村上隆「Cherry」 2005年

さり気なく現代美術を交えているのもポイントです。例えば村上隆です。お馴染みのヴィトンのモノグラムをモチーフとした作品が展示されています。



ビンテージ家具も同様でした。ここでも写真作品や多肉植物をディスプレイしています。「わくわくする場」の創造が一つの目標でもあるそうです。それは果たして成功していたでしょうか。色々と目移りしたのは事実でした。



何名かの作家をピックアップして取り上げています。例えば大竹利絵子です。少女の木彫像でした。プリミティブな雰囲気も感じさせます。



イギリスのライアン・カンダーも充実していました。ちなみにカンダーこそ片山が「アートにハマる」(解説より)切っ掛けとなった作家だそうです。



河原温やサイモン・フジワラなどのコンセプチュアルアートが多いのも特徴です。解説に「思考の迷宮」という言葉がありました。確かに入り組んだ小部屋から片山の嗜好、ないし関心の在り方が伺えるかもしれません。



行けども行けどもコレクションが続きます。全部で何点のコレクションがあるのでしょうか。一点一点、じっくり追っていくのはもはや困難です。コレクションは今後、さらに増殖するのでしょうか。ともすると手狭な初台のスペースですが、今回ほど「密」に感じられたのも久しぶりでした。

会場内、1点を除き、作品の撮影が可能です。ただしその1点は、写真はおろか、感想もSNSでのシェアが禁止されています。



その1点ですが、1人ずつしか鑑賞出来ません。よって列が出来ている場合があります。実際、私も少し並びました。ある程度、時間に余裕を持って出かけるのが良いかもしれません。


6月25日まで開催されています。

「片山正通的百科全書 Life is hard... Let’s go shopping.」 東京オペラシティアートギャラリー
会期:4月8日(土)〜6月25日(日)
休館:月曜日。但し5月2日(月)は開館。
時間:11:00~19:00 *金・土は20時まで開館。入場は閉館30分前まで。
料金:一般1200(1000)円、大・高生800(600)円、中学生以下無料。
 *( )内は15名以上の団体料金。
住所:新宿区西新宿3-20-2
交通:京王新線初台駅東口直結徒歩5分。
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「阿修羅~天平乾漆群像展」 興福寺仮講堂

興福寺仮講堂
「興福寺国宝特別公開2017 阿修羅~天平乾漆群像展」 
3/15~6/18、9/15~11/19



興福寺仮講堂で開催中の「興福寺国宝特別公開2017 阿修羅~天平乾漆群像展」を見てきました。

天平の仏像彫刻でも特に有名な阿修羅像はかつて興福寺の西金堂に安置されていました。

旧西金堂の建立は734年です。藤原不比等の娘である光明皇后が、亡き母の橘三千代の冥福を祈って建てました。当時は釈迦如来をはじめ、両脇侍、十大弟子、四天王像、そして阿修羅を含む八部衆像などが配置されていました。

興福寺は度重なる火災に見舞われます。平安時代に2度、鎌倉時代に1度被災。その都度、八部衆像や十大弟子が救出されました。とはいえ、お堂は再び江戸時代の出火によって焼失。資金難のために再建されることはありませんでした。



現在では通常、阿修羅像などの八部衆像は、国宝館で公開されています。しかし国宝館は今年一年、耐震改修工事のため休館中です。見学することは叶いません。

その休館を機に行なわれているのが「天平乾漆群像展」です。普段、非公開の仮講堂を開放した上、国宝館の諸仏像を移し、旧西金堂の宗教空間を蘇らせています。



仮講堂は中金堂の北側です。中金堂は2018年の落慶に向けて復元工事中。仮講堂の真東には同じく工事中の国宝館があります。



チケットブースは仮設でした。拝観料を支払った後、仮講堂内へと入場。受付ともスムーズです。行列などは一切ありませんでした。

思わず息をのみました。講堂内部には「濃密」(解説より)な天平の空間が現出しています。中央に鎮座するのが阿弥陀如来坐像でした。作は鎌倉時代。かつては興福寺の子院の本尊として伝えられ、仮堂、そして国宝館へと移された後、今回、仮講堂の本尊として迎えられました。



四方を固めるのが四天王像です。いずれも同様に鎌倉時代の仏像です。運慶の父、康慶一門によって造られ、かつては南円堂に安置されていたと言われています。旧西金堂には天平の仏像だけでなく、金剛力士像などの鎌倉彫刻も少なからず収められていました。



阿修羅を含む八部衆像は前列での展開です。元はインド神話の神々でしたが、仏教に帰依して守護神と化します。確かに阿弥陀如来を背景に立つ姿は場に相応です。左右に4体ずつ並んでいます。阿修羅は左手前でした。表情は憂いを帯びています。そして華奢です。俄かには戦いの神には見えません。

お堂内ということで、やや距離がありましたが、それでも群像が作り出す祈りの空間の重みと言ったら比類がありません。国宝館や展覧会で見るのとは全く異なった趣きが感じられました。

仮講堂の「阿修羅~天平乾漆群像展」の開催期間は以下の通りです。

「阿修羅~天平乾漆群像展」仮講堂公開期間
前期:3月15日(水)~6月18日(日)
後期:9月15日(金)~11月19日(日)

四天王像、及び天燈鬼、龍燈鬼像は前期のみの公開です。ご注意下さい。

仮講堂の次は向かって右手正面、東金堂に向かいました。ここでは「国宝 仏頭 東金堂特別安置」が開催されています。



仏頭は元は飛鳥の山田寺の本尊の頭部でした。像は鎌倉時代に興福寺へと移送(いわゆる強奪)され、東金堂の本尊として安置されます。しかし東金堂は1411年に被災。頭部だけが、のちに再興された現東金堂本尊の台座の中に納められました。

ただどういうわけか仏頭の存在はいつしか忘れ去られてしまいます。以来、約500年。1937年の東金堂解体修理の際に発見されました。奈良国立博物館に寄託された後、戦後になって興福寺の国宝館に収蔵されました。

その仏像がおおよそ80年ぶりに東金堂に安置されています。現在の本尊は室町時代に造られた「薬師如来像」です。そして両脇に日光・月光の菩薩像が並んでいます。仏頭はいささか控えめに、順に沿って最奥部、出口付近での公開でした。


日光・月光菩薩像は仏頭と同じく奈良時代の作品です。仏頭と両菩薩像はかつて東金堂に安置されていました。被災後は一度も同じ空間にあったことがありません。つまり約600ぶりの再会というわけです。



仏頭の東金堂の特別安置は12月までです。仮講堂と共通の拝観券で見ることが出来ました。



天平の息吹を伝える「阿修羅~天平乾漆群像展」と「国宝 仏頭 東金堂特別安置」。国宝館の休館中だからこそ実現した貴重な機会だと言えそうです。

「興福寺国宝特別公開2017 阿修羅~天平乾漆群像展」 興福寺仮講堂
会期:3月15日(水)~6月18日(日)、9月15日(金)~11月19日(日)
休館:会期中無休。
時間:9:00~17:00
 *受付は15分前まで。
拝観料:一般900円、大学・高校・中学生600円、小学生250円。
 *仮講堂と東金堂をともに拝観可。
住所:奈良市登大路町48
交通:近鉄奈良駅東改札より徒歩7分。JR線奈良駅より奈良交通市内循環系統に乗り5分。バス停「県庁前」下車すぐ。
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「木×仏像 日本の木彫仏1000年」 大阪市立美術館

大阪市立美術館
「木×仏像ー飛鳥仏から円空へ 日本の木彫仏1000年」 
4/8~6/4



大阪市立美術館で開催中の「木×仏像ー飛鳥仏から円空へ 日本の木彫仏1000年」を見てきました。

森林資源にも恵まれた日本では古来より多くの木彫の仏像が造られてきました。


「菩薩立像」 飛鳥時代(7世紀) 東京国立博物館

遡ること約1300年。はじまりは飛鳥時代でした。「菩薩立像」です。像高はおおよそ1メートル弱。素材は飛鳥仏に特徴的な樟でした。大きなお顔に引き締まった身体をしています。厚みがありません。横から見ると板のように薄いことが分かります。仏教伝来期を伝える木彫仏として知られています。


国宝「弥勒如来坐像(試みの大仏)」 奈良〜平安時代(8〜9世紀) 奈良・東大寺

奈良時代の「弥勒如来坐像」に目が留まりました。東大寺の所蔵です。大仏を造るに際しての試作品の可能性があることから、通称「試みの大仏」と呼ばれています。像高40センチ弱の小像です。しかし大きな丸いお顔や、幅広い上半身からは、迫力も感じられます。2015年には国宝にも指定されました。

さて本展、タイトルに「飛鳥から円空へ」とあるように、飛鳥から江戸時代(一部に昭和を含む。)までを網羅していますが、全ての時代を等しく扱っているわけではありません。

出点は約60件。うち飛鳥が2件です。江戸も円空の2件にもう1件が加わり3件でした。奈良は5件です。一方で多く展示されているのが、平安、鎌倉時代の木彫仏でした。約40件弱です。実に出展中の7割近くを占めています。


チラシ表紙を飾るのも平安時代の木彫仏です。京都・西住寺の「宝誌和尚立像」でした。和尚の顔が左右に開き、中から菩薩の顔が出現しています。モデルの和尚は中国の実在した南北朝時代の僧侶でした。僧は観音の化身です。割れた額から十一面観音像が現れたという説話を元に造られました。一木造で鉈の跡も荒々しい。口は3つ、目は4つあります。異形と呼んでも良いのでしょうか。イメージは強烈です。しばらく頭から離れませんでした。

平安時代には信仰の広まりとともに地蔵菩薩が多く造られます。そのうちの一つが大阪・蓮花寺の「地蔵菩薩立像」です。衣だけでなく、全身を覆う波のような文様が個性的です。いささか痛みがあります。何でも応仁の乱の際、池に沈めて、難を逃れたとも伝えられているそうです。

木彫仏の制作技法、ないし御衣木、すなわち仏像をつくるための木材について触れているのも特徴です。例えば内刳り(うちぐり)と割矧造(わりはぎづくり)です。内刳りとは木造の内部を空洞にする方法です。丸太から彫出されました。割矧造では一木から彫り出した像を縦に割り、先の内刳りを施してから、再び接合します。一木造から寄木造へ至る過程で用いられました。

日本では香木の白檀が存在しないため、樟が多く使われました。ほかにも檜や桜も利用。中には寺院の古材で造られた仏像もあります。一例が奈良の春覚寺の「地蔵菩薩立像」です。1180年、南都焼討により焼失した東大寺の大仏殿の古材を御衣木にしたと言われています。

東京国立博物館所蔵の「阿弥陀如来立像」は御衣木を京都の山科で採ったとの銘文が残されています。伐採地が確認出来る例は珍しいそうです。


重要文化財「釈迦如来坐像」 平安時代(11〜12世紀) 大阪・東光院

大半の仏像が独立したケースでの展示です。しかも露出が目立ちます。よって360度の角度から鑑賞することが可能でした。ほか大阪の大門寺の「四天王立像」も堂々としていて逞しい。ラストは奈良・新薬師寺の「四天王像」でした。これも露出です。また仏像の殆どが大阪をはじめ、奈良、京都、滋賀など畿内の寺院の所蔵でした。中には展覧会に初めて出陳された作品もあります。まさにご当地の大阪だからこその仏像展と言えるのかもしれません。


円空作「十一面観音菩薩立像」 江戸時代(17世紀)

会場は美術館の1階の展示室です。2階はコレクション展でした。うち一室では「木×美術」と題し、木にまつわる日本画、ないし工芸に関する展示もあります。そちらもお見逃しないようご注意下さい。



奈良国立博物館の快慶展の半券を提示すると当日券が100円引きになります。奈良と天王寺をはしごして楽しむのも良いかもしれません。

6月4日まで開催されています。

「木×仏像ー飛鳥仏から円空へ 日本の木彫仏1000年」(@kitobutsuzo) 大阪市立美術館
会期:4月8日(土)~6月4日(日)
休館:月曜日。但し5月1日は開館。
時間:10:00~17:00 
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1300(1100)円、高校・大学生1100(900)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:大阪市天王寺区茶臼山町1-82 天王寺公園内
交通:JR線、大阪市営地下鉄御堂筋線・谷町線天王寺駅より北西へ約400メートル。天王寺公園「てんしば」より黒田門を経由して約10分。
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「日本、家の列島ーフランス人建築家が驚くニッポンの住宅デザイン」 パナソニック汐留ミュージアム

パナソニック汐留ミュージアム
「日本、家の列島ーフランス人建築家が驚くニッポンの住宅デザイン」 
4/8~6/25



パナソニック汐留ミュージアムで開催中の「日本、家の列島ーフランス人建築家が驚くニッポンの住宅デザイン」のプレスプレビューに参加してきました。

衣食住ならぬ、日々の生活に密接な住宅は、各地域の地理や自然はもとより、経済や文化にも深く関わってきました。

日本の住宅を外国人の目を通して紹介する展覧会です。既に2014年からフランス、スイス、ベルギーなどを巡回。帰国展として日本にやって来ました。



企画者は4名です。まずは写真家のジェレミ・ステラでした。東京に在住。欧米のメディアに報道写真を提供しています。また建築家のヴェロニック・ウルスとファビアン・モデュイは、パリを拠点に活動しながら、東京に長期滞在し、日本の住宅建築を研究しました。最後の1人も建築家です。みかんぐみの共同代表を務めるマニュエル・タルディッツでした。東京在住30年です。いずれも「日本大好き」(解説より)で日本通のフランス人でした。


「昨日の家」展示風景 

会場は3部構成です。冒頭に並ぶのは日本を代表する近現代住宅の模型でした。その数は14点。古くは戦前のアントニン・レーモンドの設計した「夏の家」に遡ります。さらに戦後、1953年の丹下健三の「自邸」のほか、菊竹清訓の「スカイハウス」、東孝光の「塔の家」、安藤忠雄の「住吉の長屋」と続きます。最も新しいのは1984年の伊東豊雄の「シルバーハット」でした。


「住吉の長屋/安藤忠雄」 大阪府大阪市(1976/現存)

いずれも著名な住宅ばかりですが、特に個性的なのは安藤忠雄の「住吉の長屋」ではないでしょうか。まさに都市に典型的な長屋をコンクリートで建築。採光は開口部の中庭のみです。さらに中庭には屋根もありません。時に「雨の日には傘をささなくてはトイレに行けない。」とも批判されました。内部は幾何学的です。装飾的な要素をほぼ完全に削ぎ落としています。


「今の家」展示風景

会場の大半を占めるのが「今の家」でした。ここでは21世紀に入ってから竣工した20軒の住宅をピックアップ。外観のデザインや構造を模型や写真パネルで見せるだけに留まりません。住民にもインタビューを行い、まさに「生きる建築」(解説より)としての住宅を紹介しています。


「羽根木公園の家ー景色の道」 坂茂(坂茂建築設計)

例えば「羽根木公園の家」です。2011年に竣工。坂茂建築設計の設計でした。手前が縮尺50分の1の模型です。丸みを帯びた屋根が目を引きます。区画の裏手は羽根木公園です。窓越しに緑を見ることも出来ます。パネルには日々の生活が捉えられています。住民の方がソファに腰掛けては寛いでいました。

各ブースは、模型、パネル、写真、図面、スケッチ、そして住民と建築家のインタビューで一つのセットです。そこに「フランス人建築家のここが驚いた」なる吹き出し枠がつきます。羽根木の家では「外部と内部を兼ねた空間性に日本らしさが伺われる。」(キャプションより)とありました。様々な角度から住宅を見据えています。


「窓の家」 吉村靖孝(吉村靖孝建築設計事務所)

斬新な住宅も少なくありません。「窓の家」です。設計は吉村靖孝設計事務所でした。場所は神奈川の葉山です。海に面しています。だからこその巨大な窓なのでしょうか。一面の窓が壁面に開いています。面白いのは道路側にも同じような大きな窓があることです。道路側から家の中を超えて海を見通すことが出来ます。一人用のセカンドハウスでしょうか。つまり近隣の人は住民がいない時、家を通して海を望めるわけです。


「大きなすきまのある生活」 西田司+萬玉直子(オンデザインパートナーズ)

もう1軒、目を引いたのが「大きなすきまのある生活」でした。設計はオンデザインパートナーズの西田司と萬玉直子です。建築面積は75平方メートルです。いわゆる狭小住宅でしょうか。住民は大人2人でした。


「大きなすきまのある生活」 西田司+萬玉直子(オンデザインパートナーズ)

驚くべきはすきまの存在です。というのも居住空間の間に外に連続したスペースが用いられています。住宅の中に路地というべき外部空間を取り込んでいました。


「映像の家」展示風景

会場内では「今の家」の20軒を映像でも紹介。名付けて「映像の家」です。1軒当たり1分半から2分半の映像が連続して上映されていました。


「東京の家」展示風景

ラストが「東京の家」。ミニ写真展です。ジェレミ・ステラが東京を歩いてはたくさんの住居を撮り下ろしました。基本的に著名な建築家の設計した住宅を写しています。


坂口恭平「Dig-Ital City」 2008年 作家蔵

会場デザインをみかんぐみが担当しています。ほか坂口恭平をゲストアーティストに迎え、都市のイメージを3次元的に構築して描いたドローイングなども展示されていました。



さて最後に一つ、スマートフォンをお持ちの方に情報です。会場内ではパナソニックの「Link Ray」と呼ばれる情報配信システムを利用し、スマートフォンで閲覧出来る解説情報を提供しています。



まず専用のアプリを入手。館内のQRコードを読み取ってダウンロードするのが手っ取り早いかもしれません。そして「今の家」のセクションでパネルの「Link Ray」のマークにスマートフォンをかざしてみましょう。すると建築家のプロフィールや補足解説が表示されます。

「日本、家の列島/鹿島出版会」

基本的に文字情報ばかりで映像などはありません。もう一歩、踏み込んだ内容であればとも思いましたが、一度試してみてはいかがでしょうか。


「日本、家の列島」展示風景

6月25日まで開催されています。

「日本、家の列島ーフランス人建築家が驚くニッポンの住宅デザイン」 パナソニック汐留ミュージアム
会期:4月8日(土)~6月25日(日)
休館:毎週水曜日。但し5月3日は開館。
時間:10:00~18:00 *入場は17時半まで。
料金:一般800円、大学生600円、中・高校生200円、小学生以下無料。
 *65歳以上700円、20名以上の団体は各100円引。
 *ホームページ割引あり
住所:港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
交通:JR線新橋駅銀座口より徒歩5分、東京メトロ銀座線新橋駅2番出口より徒歩3分、都営浅草線新橋駅改札より徒歩3分、都営大江戸線汐留駅3・4番出口より徒歩1分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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「椿会展2017ー初心」 資生堂ギャラリー

資生堂ギャラリー
「椿会展2017ー初心」 
4/4~5/28



1947年から続く伝統の「椿会展」が今年で70周年を迎えました。

[椿会2017 出展作家]
赤瀬川原平、畠山直哉、内藤礼、伊藤存、青木陵子、島地保武


畠山直哉「テムズミード、2010」より

畠山直哉の写真が充実しています。「テムズミード、2010」です。舞台はロンドン近郊のニュータウン。1960年頃に建設された団地でした。既に半世紀近く経過しています。よって老朽化のために建て替えが決まりました。


畠山直哉「テムズミード、2010」より

その建て替え前の姿を畠山は写しています。建物はコンクリートの打ちっ放しです。ともすると無機質な印象は否めません。とはいえ、コンクリートのグレーの中に赤や青の色彩も介在しています。俯瞰しつつも、時に近づいて内部構造を捉えています。幾何学的な構造がより際立っていたかもしれません。


伊藤存 展示風景

次に目を引いたのが伊藤存でした。比較的サイズの大きな3点に加え、多数の小品を展示しています。小品は粘土絵です。粘土で形を作り、その上に色を塗っているのでしょうか。何やらプリミティブな印象も与えられました。


伊藤存「足りないだけの水が注がれる」 2016年 ほか

では下方の3点の素材は何でしょうか。絵画ではありませんでした。刺繍です。細かに糸を縫い合わせてはモチーフを浮かび上がらせています。縫い目自体はかなり細かい。まるでタイヤの跡のように広がっていました。


内藤礼「ひと」 2017年 ほか

さらに内藤礼は小さな人形やガラス瓶を用いたインスタレーションを展示。一面の白に見えるキャンバスの中にも、仄かな色、ないし光が滲み出ていることが分かります。


右:赤瀬川原平「自画像」 1952年
左:畠山直哉「赤瀬川さんのアトリエ(2017)」より


赤瀬川の「自画像」の隣に、畠山の「赤瀬川さんのアトリエ」が並ぶ姿も興味深いのではないでしょうか。なお今回の「第7次椿会」は2013年から始まりましたが、赤瀬川の逝去に伴い、2015年から島地保武が参加しています。


島地保武「正午」 2017年 およびパフォーマンス

その島地がちょうどパフォーマンスを行っていました。会期中にパフォーマンスやトークなどのイベントも開催されます。詳しくは同ギャラリー公式サイト(イベント情報)、ないしツイッターをご覧下さい。


「椿会」は時代とともにメンバーが入れ替わります。同一メンバーによる「第7次椿会」は今回が最後です。次回の「椿会」は如何なる展開が待ち構えているのでしょうか。

5月28日まで開催されています。

「椿会展2017ー初心」 資生堂ギャラリー(@ShiseidoGallery
会期:4月4日(火)~5月28日(日)
休廊:月曜日。
料金:無料
時間:11:00~19:00(平日)、11:00~18:00(日・祝)
住所:中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1階
交通:東京メトロ銀座線・日比谷線・丸ノ内線銀座駅A2出口から徒歩4分。東京メトロ銀座線新橋駅3番出口から徒歩4分。
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「雪村ー奇想の誕生」 東京藝術大学大学美術館

東京藝術大学大学美術館
「雪村ー奇想の誕生」 
3/28~5/21



「雪村ー奇想の誕生」展のプレスプレビューに参加してきました。

戦国時代に東国で活動した画僧、雪村周継の業績を辿る展覧会が、東京藝術大学大学美術館にて開催されています。

最も有名な作品と言って良いかもしれません。チラシの表紙を飾るのが「呂洞賓図」でした。呂洞賓とは中国の仙人を意味します。龍の頭に乗っては顔を上に振り上げています。強風が吹いているでしょうか。呂洞賓の衣服や紐はおろか、顎髭までが四方八方にたなびいています。足元では波が白い飛沫をあげています。かなり荒れていました。


雪村周継「呂洞賓図」 室町時代 奈良・大和文華館 

よく見ると左手で水瓶を持っていました。そこから2匹の子供の龍が立ち上がります。上空の龍と対峙しているようです。首はもはや骨が折れそうなほどに曲がっています。さらに両手を広げる姿は何やら体内のエネルギーをためているかのようでした。何とも豪放磊落。これぞまさしく「奇想」と呼ばれる所以なのかもしれません。

ただどうでしょうか。ほかの雪村というと、すぐに思い浮かぶ作品は多くないかもしれません。なにせ15年ぶりの回顧展です。雪村画で約100点。それに加えて雪村に連なる後世の画家も参照しています。


雪村周継「欠伸布袋・紅白梅図」 室町時代 茨城歴史博物館

意表を突く導入でした。冒頭に掲げられたのが「欠伸布袋・紅白梅図」です。右と左が紅白梅。下から強い勢いで枝を振っています。中央が布袋でした。まるで寝起きのように両手を挙げながら口を開いています。何とも満足気でした。それにしても何故にこの作品が最初に展示されているのでしょうか。


雪村周継「欠伸布袋・紅白梅図」展示風景

答えは光琳でした。かの名作の「紅白梅図屏風」との関係です。とするのも、中央の布袋が水流に代わっているとはいえ、左右に紅白梅を配した構図が良く似ているからです。光琳が本作に刺激を受けて「紅白梅図屏風」を描いたのではないかという指摘もあります。実際、光琳は雪村の作品をいくつも模写しました。


尾形光琳「渓橋高逸図」 江戸時代

その一つが「渓橋高逸図」でした。原画はもちろん雪村です。忠実に写しています。ところどころが平面的であるのは光琳のオリジナルです。さらに光琳は「雪村」と記した石印も所有していました。雪村画の模写の際に作ったのでしょうか。時代は150年以上も違います。いわば私淑ということかもしれません。ほか布袋の描写など、一部に雪村画の影響を伺えました。

さて雪村、確かに豪胆な作品も目立ちますが、花鳥や動物画の小品が意外なほど繊細で写実的です。自然や小動物に対しての温かい眼差しを見ることが出来ます。


雪村周継「芙蓉小禽図」 室町時代 神奈川県立歴史博物館

例えば「芙蓉小禽図」です。芙蓉と笹の組み合わせです。そこに百舌が飛んできています。墨の筆触は軽快です。百舌は丸みを帯びていて可愛らしい。花や葉のたらし込みもニュアンスに富んでいます。


雪村周継「野菜香魚図」 室町時代

野菜も得意としていました。「野菜香魚図」はどうでしょうか。香魚は鮎のことです。大根や茄子とともに描かれています。一見、即興的ながらも、鮎を象る描線などは的確です。魚の立体感も示されています。かなり写実的でした。


雪村周継「竹錦鶏・芙蓉鴨図」 室町時代 東京藝術大学

「竹錦鶏・芙蓉鴨図」は雪村画に珍しい彩色の花鳥画です。左幅で紅色の花を咲かせているのが芙蓉でした。下には1羽の水禽がいます。右幅で直立に伸びるのは竹です。つがいの鳥が止まっています。いわゆる中国の南宋画にも近い画風です。制作年代については議論あるようですが、よく学んでいるのではないでしょうか。

動植物を表した作品がともかく親しみやすい。言われなければ雪村と気がつかないかもしれません。こうした雪村を知ったのも今回の展覧会の大きな収穫でした。

それにしても雪村は筆は自在です。多彩とも言えるかもしれません。小画面も大画面も破綻なく表現しています。大作の屏風も見逃せませんでした。


雪村周継「金山寺図屏風」 室町時代 茨城・笠間稲荷美術館

「金山寺図屏風」が圧巻でした。金山寺とは揚子江中流に位置する禅寺です。もちろん雪村が実際に見たわけではありません。先行作を元に空想で描いています。


雪村周継「金山寺図屏風」(部分) 室町時代 茨城・笠間稲荷美術館

何が凄いかといえば、中央の建物の詳細な表現でした。楼閣の線は極めて密です。さらに建物の中には人の姿もあります。目を凝らさないと分かりません。ひたすらに細い。細密画と呼んでも差し支えないかもしれません。もはや肉眼で判別するのが困難なほどでした。

屏風ではもう1点、「花鳥図屏風」も面白いのではないでしょうか。アメリカはミネアポリス美術館の所蔵です。里帰りしてきました。


雪村周継「花鳥図屏風」 室町時代 ミネアポリス美術館

右隻は老梅です。相当に屈曲しています。白い鷺が羽を休めていました。一方の左隻は柳です。風に吹かれています。そして白鷺です。今度は飛んでいる鳥もいました。さらに燕が群れています。動きはやや激しい。まるで互いに連絡し合うかのように視線を合わせています。


雪村周継「花鳥図屏風」(部分) 室町時代 ミネアポリス美術館

注目すべきは右隻の水辺です。突如、2匹の鯉が浮上。ぎょろりとした目を光らせてはバシャバシャと泳いでいます。鷺は驚くように鯉を見据えていました。何とも一風変わった鯉の登場シーンです。俄かにドラマが生じます。ひょっとすると違和感さえ覚えるかもしれません。ただこれにこそ雪村の個性が表れているのではないでしょうか。



雪村は常陸の生まれです。会津に移り、小田原、鎌倉から鹿島を経由して奥州へと向かいます。没したのが三春。現在の福島県田村郡でした。修行時代から中国画を習い、晩年の独創的な表現へ至った経過も時間軸で詳しく追っています。回顧展として不足ありませんでした。

[雪村ー奇想の誕生 巡回スケジュール]
MIHO MUSEUM(滋賀):2017年8月1日(火)〜9月3日(日)

さて展示替えの情報です。会期中に多くの作品が入れ替わります。

特別展「雪村ー奇想の誕生」出品リスト(PDF)

厳密には4期制ですが、前後期での入れ替えが大半です。ほぼ2つで1つの展覧会と言っても良いかもしれません。


「雪村ー奇想の誕生」会場風景

5月21日まで開催されています。

「雪村ー奇想の誕生」 東京藝術大学大学美術館
会期:3月28日(火)~5月21日(日)
休館:月曜日。但し5月1日は開館。
時間:10:00~17:00 
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1600(1400)円、大学生1200(1000)円、高校生900(700)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園12-8
交通:JR線上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ千代田線根津駅より徒歩10分。京成上野駅、東京メトロ日比谷線・銀座線上野駅より徒歩15分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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「松岡コレクション 美しい人びと」 松岡美術館

松岡美術館
「松岡コレクション 美しい人びと」
1/24~5/14



加島美術の回顧展で話題を集めた渡辺省亭の作品が、松岡美術館でも展示されています。

「孤高の神絵師 渡辺省亭」 加島美術(はろるど)

それが「松岡コレクション 美しい人びと」です。全て同館の所蔵品です。計5点でした。


渡辺省亭「桜にやまどりの図」

まずは「桜にやまどりの図」です。上から垂れる桜の枝にやまどりが止まっています。枝は薄い墨で表現しているのでしょうか。滲みや塗り残しを用いて即興的に描いています。一方でのやまどりの羽は緻密です。僅かにワイン色を帯びています。さらに脚も写実性が高い。立体的な表現は西洋画を摂取しているからかもしれません。


渡辺省亭「藤花游鯉之図」

「藤花游鯉之図」も佳品でした。藤が白い花をたくさん咲かせています。そしてやはり即興的なツタが絡んでいました。その下で泳ぐのが鯉です。全部で5匹。上下に群れていました。


「特別展示 渡辺省亭」会場風景

ほかは「寒菊図」と「青梅に雀の図」に「游鯉図」の3点です。青梅の色彩も瑞々しい。いずれも充実していました。

さて「美しい人びと」の見どころは省亭だけではありません。清方、深水、松園、伊藤小坡の美人画がまとまって展示されています。


伊藤小坡「ほととぎす」 1941年

あえて主役に挙げたいのが伊藤小坡です。「ほとどぎす」が魅惑的でした。雨上がりでしょうか。傘を閉じて立つ女性が立っています。後方の空を見上げていました。口が僅かに開いています。しかし視線の先には何もありません。一体、何を見ているのでしょうか。

白い花が重要です。この卯の花こそが奈良の時代からほととぎすともに和歌に詠まれてきました。それを小坡は表現しています。つまり女性はほとどぎすの鳴き声に反応しているわけです。何と心憎い演出ではないしょうか。卯の花でほととぎすの存在を暗示させています。鳴き声が画中から響いてくるかのようでした。


伊藤小坡「秋の夕」

さらに「秋の夕」も美しい。藤色の着物を着た女性が簾越しに立っています。藤袴が足元で咲いていました。とすれば季節は夏の終わりから秋の初めの頃かもしれません。夕涼みでしょうか。扇子を持っては涼しげな様子を見せています。小坡は制作に際し、上村松園の「夕べ」に倣いました。何でも松園画の寸法までを研究しつつ、藤袴や帯の柄などを僅かに変えて表現したそうです。確かに松園の画風を見ることが出来ます。


上村松園「春宵」 1936年

その松園では「春宵」が出ていました。桜の花びらの舞う中、1人の女性がもう1人の女性に耳打ちしています。首に手を当てては楽しそうです。そして身をやや屈めては聞き入る女性もゆとりが感じられます。頬は僅かに赤い。気位の高さを思わせます。これぞ美人画の名手、松園ならではの作品と言えるのではないでしょうか。

さて現在の松岡美術館のコレクションは3本立てです。「美しい人びと」のほかに、「松岡清次郎が愛した画家たち」と「館蔵 東洋陶磁展」が行われています。


「松岡清次郎が愛した画家たち」展示風景

松岡清次郎は同館の創設者です。上野の公募団体展に通っては気に入った作品を収集しました。うち松岡が最晩年に収蔵した4名の画家を紹介。一部には白金台では初公開の作品も含みます。


「館蔵 東洋陶磁展」展示風景

「館蔵 東洋陶磁展」も充実していました、日本、中国、朝鮮からベトナムの陶磁器がおおよそ50点ほど展示されています。


「色絵岩牡丹図皿」 江戸時代 17〜18世紀

「色絵岩牡丹図皿」は鍋島です。輪郭を染付で描き、彩色で牡丹を表します。青い染付と牡丹の紅、ないし白のコントラストも美しい。典雅な世界が広がっています。


「五彩花籠図瓶」 明時代(1573〜1620)

中国の景徳鎮の「五彩花籠図瓶」も華やかです。色とりどりの草花が表現されています。まるで万華鏡の中を覗き込んでいるかのようでした。


「古代東洋彫刻」展示風景

さらに1階ではおなじみのエジプトからインド、中国にガンダーラの彫刻作品もずらりと並んでいます。実のところ、数年ぶりに松岡美術館に行きましたが、その層の厚いコレクションに改めて感心させられました。


館内の全ての撮影が可能です。ただし携帯電話やフラッシュ、またシャッター音の鳴るスマートフォンでは撮影出来ません。スマートフォンに関してはいわゆる消音のアプリを使用する必要があります。ご注意下さい。



お庭の桜も見事でした。5月14日まで開催されています。

「松岡コレクション 美しい人びと」 松岡美術館@matsu_bi
会期:1月24日(火)~5月14日(日)
休館:月曜日。但し祝日の場合は翌平日。
時間:10:00~17:00
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般800円、65歳以上700円、大学・高校・中学生500円。
 *20名以上の団体は各100円引。
住所:港区白金台5-12-6
交通:東京メトロ南北線・都営三田線白金台1番出口から徒歩7分。
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「エルミタージュ美術館 美を守る宮殿」

映画「エルミタージュ美術館 美を守る宮殿」の試写会に参加してきました。



「エルミタージュ美術館 美を守る宮殿」
http://www.finefilms.co.jp/hermitage/

ロシアはサンクトペテルブルクに位置し、年間360万名以上もの入館者が訪れるエルミタージュ美術館。フランスのルーヴル、アメリカのメトロポリタンと並んで、世界三大美術館の一つに数えられています。



エルミタージュの設立は1764年。エカテリーナ2世がドイツから買い取った美術コレクションが切っ掛けでした。以来、約250年です。現在では「美の百科事典」とも称される300万点ものコレクションを有しています。

しかしエルミタージュの歴史は常に平穏であったわけではありません。ボルシェビキの襲撃や、スターリンの台頭、そして第二次世界大戦におけるレニングラード包囲戦など、時に美術館の行く末が危ぶまれるような困難を乗り越えてきました。



そうしたエルミタージュの全貌を知ること出来るのが、映画「エルミタージュ美術館 美を守る宮殿」です。純然たるドキュメンタリーです。エルミタージュに関する人物、歴史、ないしコレクションを余すことなく見せてくれます。

まずは人物です。重要なのは同館ミハイル・ピオトロフスキーでした。館長は映画のガイド役と言って良いかもしれません。さらに学芸員ほかスタッフも登場。エルミタージュについて語りに語っています。

ピオトロフスキー館長の言葉から感じられるのはエルミタージュに対しての自信と誇りです。そもそも父のボリス・ピオトロフスキーも同館の館長を26年間務めていました。時にソビエト政府はコレクションを外国への贈答品にしようと企てたこともあったそうです。それに対しミハイル・ピオトロフスキーは抵抗。まさに美を守る活動に熱心に取り組みます。

2006年には辞職の危機にさらされました。切っ掛けは美術館内での盗難事件です。200点以上もの宝飾品などが紛失。多くは取り戻せましたが、結果的に犯人を特定出来ませんでした。



さらに館長が主導する現代美術家との協働も紹介。彫刻家のアントニー・ゴームリーも出演しています。これほど美術館の活動が言語化されたことはなかったかもしれません。

2つ目のポイントは歴史です。やはり印象深いのは世界大戦でした。第1次大戦では美術館の一部の冬宮が病院として使用。いよいよ戦火が迫ると収蔵品をモスクワへ移送する作業が始まります。ただし列車3台のうち1台は引き返すというアクシデントにも襲われました。さらに十月革命が勃発。ボルシェビキがエルミタージュを襲います。しかし当時の館長は冬宮に次ぐ扉を閉じたため、冬宮以外の襲撃は間逃れました。


第2次大戦ではサンクトペテルブルクがドイツ軍に狙われます。レニングラードが包囲戦です。美術館は襲撃を回避するため、再び美術品を疎開。今度はウラル山脈内でした。さらに避難後は学芸員と家族が冬宮の地下に移ります。飢餓や寒さも襲い掛かります。何とベルトの底を煮込んで食べたこともあったそうです。900日に及ぶ攻防戦で100人以上の職員がなくなりました。



そうした経緯を事細かに映像化しています。また革命のシーンではロシアの映画監督、エイゼンシュテインの「十月」のフィルムが使われていました。当時の状況をより臨場感のある形で知ることが出来ました。

最後がコレクションです。映画にはエルミタージュの誇る美術品が数多く登場します。時に近接でも撮影。高画質での拡大版も映されます。映像を通したエルミタージュ美術館展と呼んでも差し支えありません。

作品数は約40点です。ラファエロやレンブラント、カラヴァッジョなどのオールドマスターから、ルノワールやドガ、それにゴーギャンなどの印象派を超えて、フォーヴのマティスに、カンディンスキーやマレーヴィッチへと至ります。ちなみにソビエトでは近代美術が退廃的とされていたため、ゴーギャンやゴッホ、セザンヌやマティスまでもの作品の公開が禁止されていました。いわゆるポスト印象派以降の作品の展示が許されたのは、スターリンの死後、1956年になってからのことだそうです。

面白いのがレオナルドの「ブノワの聖母」でした。ロシア最後の皇帝のニコライ二世が購入します。ただしニコライ自身、美術に興味がなく、「最も高価」であるという理由で購入したそうです。またエカテリーナがどのようにコレクションを充実させたのかも重要です。ロシアの国力を誇示すべく、ヨーロッパ各地から積極的に美術品を収集します。ただエカテリーナも強い美術愛好家ではありませでした。どちらかというと、宝石の収集や美術館の建築事業に熱心に取り組んでいます。



エルミタージュの魅力を余すことなく伝える「エルミタージュ美術館 美を守る宮殿」。このスケールでの内部撮影が行われたのも史上初めてのことです。展示室などの表だけでなく、地下空間等々、一般には公開されていないエリアまでも捉えています。美術館の裏側にも迫っていました。

映画はエカテリーナの時代から現代までを丹念に追っていますが、証言、ないし映像の構成ともテンポが良く、中だるみすることがありません。気がつけば80分が過ぎていました。



「大エルミタージュ美術館展」@森アーツセンターギャラリー
http://hermitage2017.jp
3月18日(土)〜6月18日(日)

現在、六本木の森アーツセンターギャラリーでも「大エルミタージュ美術館展」が開催中です。日本にいながらエルミタージュを深く体験する絶好の機会です。あわせて楽しんでみてはいかがでしょうか。

「エルミタージュ美術館 美を守る宮殿」は4月29日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国で順次公開されます。

「エルミタージュ美術館 美を守る宮殿」@hermitage0429
原題:Hermitage Revealed
監督・脚本・製作:マージー・キンモンス
キャスト:ミハイル・ピオトロフスキー館長、建築家レム・コールハース、彫刻家アントニー・ゴームリー、トム・コンティ(声の出演)
製作年:2014年
製作国:イギリス
上映時間:83分
配給:ファインフィルム
公開日:4月29日(土)
映画館:ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
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