「都路華香展 後期展示」 東京国立近代美術館(その2)

東京国立近代美術館千代田区北の丸公園3-1
「都路華香展 後期展示」
1/19-3/4

「その1」より続きます。東京国立近代美術館で開催中の都路華香展です。前回のエントリでも触れた「波」以外にも、微笑ましい人物や動物たちの描写に魅力が感じられました。そのほのぼのとした風情と、それでいて斬新な構図感は、さながら「なごみの琳派」(「ほのぼの琳派」とも称されるようです。中村芳中など。)の意匠を見る思いもします。その表現は多様です。



「不老仙鶴図」(1916年頃)では、比較的初期の「杉林白鶏」(1890年)にあるような精緻な描写は鳴りを潜め、もっとソフトタッチに佇む水辺の鶴たちが長閑な風情で表現されています。ふんわりとたくわえた羽毛と、その太い首ののびる様は何やらアヒルのようです。そしてここでも鳥の模様が抽象化されたような波が、鶴の背後に果てしなく広がっています。また、「春雪図」(1918年頃)や「雪中小禽図」(1918年頃)でも見せた萌葱色が鮮やかに光っていました。これはまさに華香の色と言えるのかもしれません。



そのにこやかな表情には、月並みですがまさに癒しという言葉がピッタリかもしれません。白い眉とひげをたっぷりたくわえた老人の登場する「寿仙人」(1917年頃)や「埴輪」(1916年頃)は、温和な雰囲気に満ちあふれた作品です。前者では手前に描かれた鹿が、まるでおすわりをする犬のように描かれ、後者では埴輪たちにも一つ一つの生命が宿っているかのように伸びやかに立っています。東京展のチラシの表紙を飾った「達磨図」(1917年頃)も、決して笑っているわけでははないものの、どこかぼんやりとした、滑稽な風情を醸し出していました。



「好雨帰帆図」(1919年頃)は、その帆が幾重にもリズミカルに反復する美しい作品です。風を大きく受けて、堂々と進む船団の姿が目に焼き付きます。淡い墨だけを用いていながら、これほどに力強く感じられるのは、やはり大きく帆へクローズアップしたその面白い構図によるのではないでしょうか。冴えています。



その他、後期に出品されたものの中では、幻想的な星空の中で威容を誇る「白鷺城」(1919年)や、印象派の作品の如く墨絵が色を生み出す「残雪」(1929年頃)なども心に残りました。

久しぶりに図録を購入しました。次の日曜日までの開催です。最大級におすすめしたいと思います。(2/10鑑賞)

関連リンク
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*関連エントリ
「都路華香展 前期展示」 東京国立近代美術館
「都路華香展 後期展示」 東京国立近代美術館(その1)
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「都路華香展 後期展示」 東京国立近代美術館(その1)

東京国立近代美術館千代田区北の丸公園3-1
「都路華香展 後期展示」
1/19-3/4



前期展示にて思いの外感銘を受けたので、後期展示も拝見してきました。主に大正から昭和にかけての京都画壇で活躍した日本画家、都路華香の回顧展です。約4割弱ほどの作品が入れ替わっていました。その時の感想と重複する(全く違ったことを書いている場合もありますが…。)箇所もありますが、またつらつらと惹かれた作品について書いていきます。

 

殆どその姿がデフォルメされて描かれている「官女」(1903年頃)からして、華香の面白い空間構成力を見る作品です。何やら恥ずかしそうに小袖に顔を隠した官女が、即興的なタッチによる朱色の長袴の大きく垂らして立っています。その組み合わせは実に大胆です。また「六歌仙図」(1903年頃)においても、同じような構図の妙を感じることが出来ます。ほぼその表情を伺うことの出来ない歌仙たちが、何やらひそひそと談合話でも繰り出すように集まっていました。その衣装の紋様にも魅力を感じる作品です。



桜を描いた日本画はもう無数に存在しますが、少なくとも私が観た中では最上位の作品です。風にも舞い、白く輝いた花々を雅やかに散らせる「吉野の桜」(1903年頃)は、もう絶品としか言い様がありません。たらし込み風に表現された幹が幾重にも連なって巧みな奥行き感を生み出し、仄かに浮かび上がる山の稜線がその雄大な光景を見事に伝えています。それにしてもこの桜吹雪は、まるで宝石の煌めきです。一輪ずつ、とても細かな点描にて描かれています。華香の作品は、決してどれも大らかというわけではないのです。



「松風村雨」(1905年頃)において、華香が一生涯をかけて探求し続けていたという波が登場しました。右隻にて描かれた小林古径風の女性もまた風流ですが、やはり左に広がるその独特な波の表現に目を奪われます。藍色にも光る波の連鎖が、果てしない水平線の開けた大海原を形成していました。ゆらゆらと波打つそれは、どこかメタリックで強固な味わいすら持ち合わせています。暖色に灯る陽光のグラデーションと重なって、まさに高台から海を眺めた時のようなリアルな光景が出現していました。



波と言えば代表作の「緑波」(1911年頃)ですが、改めて拝見するとこれは非常に実験的な、とても難しい作品のようにも感じます。「緑波」の海は、どうやらその広がりよりも、深みと重みの存在感に秀でているようです。手前部分に迫出した波は殆ど抽象的で、金地に映える緑の描写はまるでモネの蓮を思わせるほど色がせめぎあっています。また空は狭く、うねる海が力強く画面を支配していました。前期の感想では「安らぎ」を感じさせるとも書きましたが、今回はのみ込まれてしまうような不気味な気配すら思います。とても掴みにくい味わいすらある、不思議な波のたゆたう作品です。



前期でも印象深かった「良夜」(1912年)は、その空の描写が何やら筋目描のようにも見えました。ざわつく水と歪んだ橋が奇妙な光景を生み出し、さらには空を写し出した川面がまさに暗雲のように漂っています。まるで龍が川を昇っているような光景でした。

「波」ばかり挙げてしまいました。また感想が長くなりそうです。「その2」へ続けたい思います。

*関連リンク
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*関連エントリ
「都路華香展 前期展示」 東京国立近代美術館
「都路華香展 後期展示」 東京国立近代美術館(その2)
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2010年、東京・丸の内に「三菱一号館美術館」がオープン

少し先のお話です。再開発の著しい丸の内の通称「三菱村」に、2010年、新たな美術館が誕生します。復元される「三菱一号館」がそのまま美術館として使われるようです。

三菱地所が丸の内に美術館 都心部で新設ラッシュ(FujiSankei Business i.)
三菱地所、復元中の「三菱1号館」を美術館に(Nikkei.net)



「三菱一号館」とは1894年、建築家のジョサイア・コンドル(1852-1920)によって建てられた丸の内初のオフィルビルです。(上の画像です。)その赤レンガ造りの重厚な外観は、長く当地のシンボルとしても親しまれていたそうですが、残念ながら1968年に解体されてしまいました。その後はまた別のオフィルビル(三菱商事ビルなど。)が建設されましたが、数年前、今回の開発のために再び取り壊され、この「三菱一号館」の復元を合わせた複合ビル(超高層一棟も含む。)の建設が始まったというわけです。



「丸の内パークビルディング」・「三菱一号館」建物名称決定、並びに着工のお知らせ三菱地所 pdf)
「三菱一号館美術館」計画概要について(三菱地所 pdf)

美術館では、既に三菱の所有するロートレックのリトグラフなどの展示が決まっているようですが、この開館に合わせて、また新たな西洋美術品の蒐集にも努めていくのだそうです。(年間予算は何と4億円です。)企画展は、主に19世紀西洋美術関連のものが予定されています。また館長に就任するのは、かの高橋明也氏とありました。フランス近代絵画の専門家を招いての運営ということで、その周辺のディープな展覧会も期待出来そうです。

「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール - 再発見された神秘の画家/高橋 明也/創元社」
(氏はラ・トゥール展の企画者でもありました。)

併設のカフェやショップも予定されています。やや無機質な感もある丸の内での憩いの場になればとも思いました。

オープンは3年後とのことですが、さらに2011年には、近接の東京ステーションギャラリーの再オープンも予定されています。数年後の丸の内界隈は、既にリニューアルを終えた出光美術館とこの「三菱一号館美術館」、そして新たなステーションギャラリーと、そのアートシーンもまた盛り上がるのではないでしょうか。(大丸東京店の移転に伴う、大丸ミュージアムの行方も気になります。)まずは、次回の詳細なアナウンスを待ちたいところです。(東京駅を挟んでの、三井VS三菱の美術館対決も見物です。展示室面積はほぼ同じです。)

*基本情報(プレスリリースより引用)
名称:三菱一号館美術館(地上3階、地下1階)
所在地:東京都千代田区丸の内2丁目6番地1号
展示面積:約800平方メートル(参考:三井記念美術館は914平方メートル)
開館予定:2009年プレオープン、2010年オープン
館長:高橋明也(元国立西洋美術館学芸課長)

*関連エントリ(オープンした一号館美術館へ行ってきました。)
三菱一号館美術館がオープン
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「熱狂の日」音楽祭2007 プログラム発表

既に先週末に発表されています。今年の「熱狂の日」音楽祭のプログラムです。タイトルは「民族のハーモニー」。主に、いわゆる国民楽派の作曲家たちで彩られていました。



プログラムをざっと眺めてみると、チャイコフスキーやメモリアルのシベリウス、それにフォーレやドビュッシーらのお馴染みの名前が連なっています。とは言え、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番や、シベリウスの「フィンランディア」ばかりが演奏されるわけではありません。意外にも(?)ヤナーチェクのピアノ曲や、シマノフスキのヴァイオリン協奏曲、それにマルティヌーや、何故か武満の名まで挙がっていました。それにストラヴィンスキーのバレエ音楽「結婚」や、ドヴォルザークの「スターバト・マーテル」などもなかなか魅力ある選曲です。残念ながらオペラの上演が一つもない上に、作曲家をやや詰め込み過ぎた感(ショスタコーヴィチからショーソン、ヴィラ=ロボスまで。)も受けますが、まずはあの独特なお祭りの熱気を味わいながら、興味深い公演をハシゴして楽しみたいと思います。

有料プログラム一覧(pdf)
5/25/35/45/55/6
*Web上では分かりにくいので、プリントアウトしてご覧になることをおすすめします。

全日出向く気力はありません。今年も、1、2日だけ足を運びたいです。

ところで毎年愛称の付く各ホールですが、今年は不思議にも文豪たちの名が登場していました。(ホールA:ドストエフスキー・ホール、ホールB7:マラルメ・ホールなど。)音楽にも関係のあるマラルメはともかく、カフカやドストエフスキーの名には若干の違和感も覚えます。

チケット発売は、フレンズ会員が今週土曜の24日より、一般前売が来月17日からです。今年は、さすがに去年のような喧噪(Aホールの公演を除き、前売段階にてチケットがほぼ完売していました。)はなさそうな気もしますが、なるべく早めに確保した方が万全でしょう。ご予定の方はフレンズ会員の登録をおすすめします。(メルマガ登録だけで可能です。料金はかかりません。)

*基本情報
タイトル:ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2007
テーマ:民族のハーモニー
会場、日時:東京国際フォーラム及び周辺一帯。4/29-5/6
料金:無料~3000円
公演数:約300公演(無料公演も含む。)
出演アーティスト:1500名

*関連リンク
「熱狂の日」音楽祭2007公式HP

*関連エントリ(昨年の音楽祭です。)
70万人のモーツァルト音楽祭全記録 「熱狂の日 2006」
「熱狂の日音楽祭2006」閉幕!
「熱狂の日」の展覧会?! 「モーツァルト展」
モーツァルト市場で見つけたこんなもの…。 「熱狂の日音楽祭2006」
「熱狂の日音楽祭」のあとは「ぶらあぼ」で!
「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン〈熱狂の日〉音楽祭 2006」、ついに開幕!
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「コレクション・ハイライト」 川村記念美術館

川村記念美術館千葉県佐倉市坂戸631
「全館コレクション展示 『コレクション・ハイライト』」
2006/12/12-2007/3/11

全館規模で展開されているコレクション展です。お馴染みの印象派絵画から、カルダー、コーネル、ステラなどのアメリカ現代美術が数多く紹介されています。広々した展示空間でくつろぎながら、時に刺激ある現代アートの世界にどっぷりと浸ることの出来る展覧会でした。



出品作品については美術館HPを参照していただきたいのですが、コンテンポラリーが目当てだった私にとってはかなり満足出来るものでした。まずは以前にも記事にしたマレーヴィッチの「シュプレマティズム No.55」(1916-17)をはじめ、ラースロー・モホリ=ナギの「LX」(1936)が印象に残ります。白い円と、大小の赤や黒の楕円が組み合わさったその構図からは、大空に浮かぶ気球か、はたまた満月の夜に舞うグライダーのイメージが浮かび上がってきました。また、画面の上より右下方向へ、まるで雨のような白い粒が点々と連なっています。何やら幻想的な味わいです。

白い小部屋に収められていた数点のカルダーのモービルは、まるで舞台上にて劇を演じている役者たちのようでした。一番手前の赤い「Tの木」(1940)は、ちょうど観客へ語りかけるかのように立つ主役の一人かもしれません。彼に誘われるようにしてその舞台に目をやると、白の空間に美しく置かれたモービルが、かすかな風に靡いて気持ちよさそうに揺れていました。それぞれの囁きを、そっとこの舞台にて楽しみたいような作品です。



コーネルの『秘密の宝箱』は、約15点ほど出品されていました。これらの小箱は、さながら彼の中の小宇宙です。その関心のあった鳥や文学、または天体から恋した女性のコラージュを、木箱の中に収めて、あたかも封をするかのように絵具で塗り硬めていました。言わば、様々な記憶の中にある美しい思い出を、一つのオブジェとして形にしたようなものでしょうか。誰しもが持つ、あるいは持ちたいような『秘密の宝箱』を、コーネルの体験と共有するかの如く接していきます。また彼の作品には、詩をじっくりと味わっているようなゆったりとした時間も流れています。その詩心も汲みたいものです。



ステラの超弩級オブジェにて飾り立てられた二階の大展示室は、もう壮観と言う他ありません。四角の大きなキャンバスに黒のストライプが続く『もの派』風情の「トムリンソン・コート・パーク」(1959)から、絵画を平面より解放し、その色彩と形が三次元へと飛び出した、さなが『ステラ版飛び出す絵本』とも言える「アカハラシキチョウ」(1979)など、ステラの創作の変遷が見て取れるような作品がズラリと揃っています。ちなみにこの美術館のステラと言えば、入口すぐ右にそびえる巨大なオブジェ「リュネヴィル」(1994)もお馴染みです。彼のそのうねる形と色を見ていると、三次元よりさらに進んだ四次元の世界を見る思いがします。色も形もそれ自体が意思をもって、殆ど自由気ままに動いているのです。のみ込まれてしまいそうな強い引力さえ感じます。まるで色の付いたブラックホールです。



ポロックの「緑、黒、黄褐色のコンポジション」(1951)には心から感銘を受けました。そのせめぎあう色の飛沫や、また重なり合って溶け合い、さらには反発する形の連鎖が、まるでうごめく大群衆の怒りの叫びや迸る情念のように見えてきます。絵画よりわき立つようなリズム感と、隙のない構成感、さらには具象を超えた本質を見せるかのようなその全体は、さながら神秘世界を絵画にて開示しているかのようでした。抽象絵画で体が震えたのは久しぶりです。これは一推しです。

最後は、かつての回顧展も懐かしいロバート・ライマンの「アシスタント」(1990)をじっくり見入りました。その微かにざわめく白のマチエールを見つめていると、ポロックで掻き乱された心を癒される思いすらします。まさに『至福』の時間です。

もちろん「ロスコ・ルーム」も健在です。来月11日までの開催です。おすすめしたいと思います。(2/11鑑賞)

*関連リンク
出品一覧
過去展覧会ポスタープレゼント(既に「田舎の小道」は終了していました。)

*関連エントリ
「ロスコ・ルーム」 川村記念美術館から
カジミール・マレーヴィッチ 「シュプレマティズム(消失する面)」 川村記念美術館から
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「イェッペ・ハイン 『Inbetween』」 SCAI

SCAI THE BATHHOUSE台東区谷中6-1-23
「イェッペ・ハイン 『Inbetween』」
1/19-3/3

水を使ったインスタレーションが展開されています。デンマーク生まれのアーティスト、イェッペ・ハインの日本初個展です。



湾曲した2つの壁の間でゆるやかな曲線を描いていたのは、片側より一方向に飛び出した、ほぼ棒状の水の束でした。それが、まるで透明のプラスチック管の中を伝わっているかのように、殆ど揺らぐことなく、また力強く空間を遮っています。特に吹き出し口付近は、それが本当に水であるのかが分からないほど纏まって流れ出していました。その水のジェットをひたすら目で追うのはもちろんのこと、まさに水を鉄棒のように見立てて、下を潜って歩くのも可能です。水の手前と向こう側を行き来しながら、その場の面白さを楽しむような作品でした。(ただしその際、決して水に当たらないようにしなくてはなりません。非常にデリケートな作品とのことで、触れるだけで調子が悪くなってしまうのだそうです。)

ハインは、このような水や炎、それに煙などを利用して、見る者の動きや感覚に一種の制約や、意表を突くような驚きを与える制作を続けています。SCAIのHPでは彼の他の作品として、「噴水を迷路状に構成し、センサーで立ち入る人の動きを感知して水の壁を立ち上げ」るものや、「座ると煙がもくもくと立ちのぼり、座る人を包み込んでしまうベンチ」なども紹介されていました。そちらも是非体験してみたいものです。

ネオンのオブジェなども展示されています。思わぬほど逞しい水の力と、それによって生まれた歪んだ空間を感じ取れる展覧会でした。来月3日まで開催されています。(2/17鑑賞)
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フィンランド放送交響楽団 「シベリウス:交響曲第2番」他

フィンランド放送交響楽団 2007年来日公演

ブラームス 悲劇的序曲
チャイコフスキー ロココ風の主題による変奏曲
シベリウス 交響曲第2番

指揮 サカリ・オラモ
フリューゲルホルン セルゲイ・ナカリャコフ
演奏 フィンランド放送交響楽団

2007/2/15 19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール3階

来日ツアー中のフィンランド放送響の川崎公演です。十八番のシベリウスから、特に名高い交響曲第2番をメインとしたプログラムでした。



定評のあるオラモとフィンランド放送響のコンビを聴いたのは今回が初めてでしたが、思っていたよりもはるかに力強く、またどこか粗さも感じさせるほどエネルギッシュな音楽を聴かせてくれました。まさに煽り立てるようなオラモの指揮によるものなのか、金管は吼え、時にティンパニは雷鳴の如く響き渡ります。そしてヴァイオリンは冷ややかでありながらも音に厚みがあり、コントラバスは殆どゴリゴリとうなるほど鈍く轟きました。もちろんそんな中でも、例えばシベリウスの第2番の冒頭の主題などで、その独特なリズムと響き(何やら大地がうごめくような律動を持ち、それでいて木立に風が駆け抜けるような感覚を思います。)が実現されているのです。シベリウスの語り口は既に十全に内包された上で、さらにそこから放たれる強い情熱を感じさせる演奏だったとも言えるのではないでしょうか。純度の高い美感や合奏の精度よりも、その表現の志向や音楽を超えた意思が追求されています。第4楽章にて歌われる高らかな讃歌が、あれほど激しく、またドロドロとうねるように鳴っていたのには驚かされました。ここに、北欧の風を感じるような冷ややかなシベリウス像はなく、むしろシューマンのシンフォニーがさらに破滅的に解体されたような、極めて主観的な音楽が生み出されています。シベリウスを聴いて、その響きにどこか背筋が寒くなるような薄気味悪さを感じたのは初めてです。少なくとも有りがちなシベリウスのイメージは吹き飛んでいました。

フリューゲルホルンの名手、ナカリャコフを迎えての変奏曲は、全く危なげのない充実した演奏です。ここでは、さすがのオラモもシベリウスで見せるような情熱を控え、ひたすらナカリャコフのサポートに徹します。フィンランド放送響は、ピアニッシモでも比較的響きが強いオーケストラです。単にか弱い音になるのではなく、しっかりとした音の面を構築してホルンを支えていました。

アンコールは続いて2曲も演奏されました。(グリーク「ペールギュント」より「朝」と、シベリウスの「悲しきワルツ」です。)ここでは、やはり後者の「悲しきワルツ」が秀逸です。決して華やかな曲ではありませんが、オラモは音楽を大きくまとめ上げて、雄大で恰幅の良いワルツを披露してくれます。彼にはもっと颯爽とした、スマートな音楽をつくるイメージがありましたが、少なくともこの日の演奏を聴く限りでは違ったようです。アタックも強く、前へ前へと畳み掛けるように音楽を進めますが、時折意表を突くかのように流れを止め、その断絶より生み出される不思議な緊張感を音楽に与えます。ワルツでも、単に音を流麗に奏でるのではなく、むしろ静と動の交錯する、随所に仕掛けの施された演奏になっていました。

シベリウスの音楽を抉りに抉った、オラモの力業を堪能出来るようなコンサートだったと思います。これは是非、他の交響曲も聴いてみたいです。
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「鈴木鵞湖展」 千葉市美術館

千葉市美術館千葉市中央区中央3-10-8
「鈴木鵞湖 - 幕末に活躍した郷土の画家 - 」
1/20-2/25



夢二展の影に隠れている感も受けますが、なかなか見応えのある展覧会でした。幕末期の江戸にて活躍した、鈴木鵞湖(すずきがこ、1816-1870)を紹介します。主に文人画(南画)など、約60点ほどにて構成されていました。



副題に「郷土の画家」とありますが、鵞湖の生まれはかつての下総金掘村、つまり現在の船橋市金堀町(このあたりです。)近辺だそうです。彼は二十歳頃に江戸へ出た後、谷文晃の孫弟子として、いわゆる「関東文人画」を手がけた絵師たちの系譜に連なりました。率直に申し上げて、私はいわゆる「文人画」があまり好きではないのですが、彼の作品は比較的描写が細かく、その細部に見られる精緻な線を駆使したリアルな表現にはじっくりと見入ることが出来ます。細部への強いこだわりが感じられるほどです。

文人画があくまでも主ではありますが、鵞湖は素朴な風情の花鳥画や水墨画なども描いています。若冲ばりの派手な鶴の登場する「日の出に鶴図」や、まるで大観の絵のように壮大な富士の情景が現れる「富士昇龍図」、さらには蕭白の「群仙図屏風」のおどろおどろしい描写を一部に思わせる「十六羅漢図」など、見応えある作品がいくつか並んでいました。

最後の展示室にある一風変わった二点の作品、「両国橋納涼図」と「十二ヶ月年中行事図」が印象的です。ともに淡い色彩にて、日常の市井を微笑ましく捉えた大作ですが、後者における中央に靡く鯉のぼりが不気味でした。まさしく本物の鯉がそのまま空を泳いでいるように見えるのです。

江戸絵画好きにはまず楽しめる内容だと思います。夢二展のチケットで入場可能な展覧会です。今月25日まで開催されています。(2/11鑑賞)

*関連エントリ
「竹久夢二展」 千葉市美術館
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「竹久夢二展」 千葉市美術館

千葉市美術館千葉市中央区中央3-10-8
「竹久夢二展 - 描くことが生きること - 」
1/20-2/25

竹久夢二の「大」(と言って良いと思います。)回顧展です。絵画や遺愛品など、全350点にも及ぶ品々にてその画業に迫ります。充実していました。



実はこれまで、私はそれほど夢二を意識して拝見したことがなかったのですが、この展覧会で初めて彼の魅力を知ったように感じます。特に、浮世絵の美人画の伝統を強く意識させるお馴染みのなよやかなな女性像よりも、何気ない風景を描いた小品や、ヒヨコやウサギなどをモチーフとしたデザイン画が印象的でした。月並みながらもまさしく「大正ロマン」を思わせる情緒性が、思いの外にも斬新な構図にて美しく描かれています。



構図に優れた作品が目立っていました。大胆な余白の中へリズミカルに描かれた図柄などは、さながら水に浮かぶ落ち葉のようです。また女性人物画では、その恍惚とした表情を見せた作品よりも、むしろ単に後ろ姿だけなどを描いたものに強く惹かれました。その儚い趣きは、夢二自身の詩心を感じさせます。ちなみに展示では、そんな彼の残した詩もいくつか紹介されていました。そちらも、その一語一句を噛み締めて味わいたいような趣き深いものばかりです。



夢二の思いがけない一面を見せてくれるような、彼の油彩風景画も興味深い作品でした。最後のコーナーに展示されている「ワイニマの桟橋」(1932)では、まるでヴラマンクを彷彿とさせるタッチが、キャンバスからはみ出るかのように荒々しく舞っています。またそう言えば、夢二の女性画の一部は、どこかローランサンの淡い世界を彷彿させるようにも感じました。如何でしょうか。

夢二ファンにはもちろんのこと、彼にあまり親しみのなかった私のような者にも楽しめる展覧会です。今月25日まで開催されています。(2/11鑑賞)

*関連エントリ
「鈴木鵞湖展」 千葉市美術館
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「銅版画の地平4 日常とその向こう」 ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション

ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション中央区日本橋蛎殻町1-35-7
「銅版画の地平4 若手作家による銅版画展 - 日常とその向こう - 」
2006/12/5-2/25



ミュゼ浜口陽三へ足を運んだのは久しぶりです。杉戸洋、前川知美、重野克明、入江明日香の計4名が登場します。銅版画を手がける若手作家のグループ展を拝見してきました。



まるでアクリル画のような入江の作品からして印象的です。銅版画とは思えないような鮮やかな質感にて、カラフルでかつ瑞々しい色の響宴を楽しませてくれます。エッチングや胡粉を振りかけたコラージュからは、まるで色とりどりのシャボン玉が空へと浮いているような心地良い開放感を味わうことが出来ました。鳥などのモチーフも仄かに浮かび出します。のびやかな作品です。



一番見入ったのは、飛行機やヘリなどをメゾチントや油彩で表現した前川の作品でした。大きな画面にポツンと佇むかのようにして飛び行く小さな飛行機が、何やら寂し気な面持ちで描かれています。昔懐かしき(?)モノクロ映画の一コマを見るような趣きです。ただ「PANTHER」(2005)だけは、ヘリのローターが力強く回転する様が伝わってきました。こちらはその轟音とともに、メタリックな機体の質感などが生々しく感じられる作品です。

重野克明では、かの山下裕二の献辞も載った銅版画集に惹かれました。風変わりな少女などが、精緻な描写でありながらも、何気ないの挿絵のような風情にて表現されています。一つずつの情景に思いを馳せて、まるで童話を読むかのように楽しみました。



常設展として浜口陽三の作品も拝見することが出来ます。お馴染みの「西瓜」(1981)などに再会出来た喜びもまたひとしおでした。どれも、その温もりをじっと確かめていたくなるような作品ばかりです。

今月25日までの開催です。(2/10鑑賞)

100円割引券(HPより。)
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「今村哲 『アリの巣』」 ケンジタキギャラリー東京

ケンジタキギャラリー東京新宿区西新宿3-18-2-102
「今村哲 『アリの巣』」
2/1-3/9



全ての作品を楽しむためには、少々の根気が必要です。暗闇の迷路の中を、這いつくばるかのように作品を探します。今村哲の個展を拝見してきました。

タイトルにもある「アリの巣」とは、縦横5mを超える大きな迷路型立体作品のことでした。内部へは、人工芝のはられた上部入口より、梯子を下って潜り込みます。中は真っ暗闇の小迷路です。全部で4点あるという作品を探して、ひたすら迷いつつも腹這いになって彷徨い続けます。暗く、またこの狭い空間を、明かりなしにて歩き回るのは至難の業です。所々、壁や天井にぶつかりながら、角を曲がり、まさに一進一退の気持ちで作品を探します。ヒントは、小さな穴よりもれる明かりだけです。そこより覗くと、それぞれの作品が見つけられるという仕掛けでした。まさに巣を巡るアリになった心持ちでしょうか。これはなかなか大変です。(一応、奥の画廊受付にてペンライトを貸し出しています。)

この立体の他に展示されていた、数点の絵画はゆっくりと見ることが出来ました。どこかメルヘン調な物語絵巻が、白セメントやガッシュを用いた温かみのある質感にて描かれています。「アリの巣」の迷路で奮闘した身を癒すような、どこかほのぼのした風情の作品です。

テキストも数点並んでいます。「閉所恐怖症」で「体調の悪い方」にはご遠慮いただきたい展示(画廊より。)とのことです。3月9日まで開催されています。
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「日高理恵子展」 小山登美夫ギャラリー

小山登美夫ギャラリー江東区清澄1-3-2 7階)
「日高理恵子展」
1/27-2/24



木を見上げながら、その果てしない空の広がりを感じます。「CHIKAKU/四次元の対話」展でも印象深かった、日高理恵子の個展です。日本画の技法によって描かれたモノトーンの木々が、展示室を美しく飾っていました。



冬の寒空の中、まるで木を真下から見上げた時に広がる景色が描かれています。縦横無尽に駆け巡る枝が空を埋め尽くし、葉の一枚一枚が絶妙なグラデーションを見せて靡いていました。そして巧みな遠近感です。手前の枝から奥の枝へと空間が広がり、最後は白い空へと解放されています。また、あたかもパラパラと舞い落ちてきそうな葉からは、一種の寂寥感も感じさせました。

遠くから見ると落ち着いた感触がありながら、近くから見ると眩しくも思うその白は、伝統的な日本画の顔料である胡粉によって表現されています。そして枝葉の黒は、緑青を焼いて作り出された色なのだそうです。以前、初めて拝見した時には、鉛筆で描かれているのかとも思いました。モノトーンでありながらも、その色に不思議な温もりを感じる作品です。

「百日紅」(2007)シリーズで見せるその独特な遠近感や力強さは、どこか広重の浮世絵風景画のイメージとも重なりました。今月24日までの開催です。(2/10鑑賞)

*関連エントリ
「CHIKAKU/四次元の対話」 川崎市岡本太郎美術館 6/25
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「ヤン・ファーブル個展」 シュウゴアーツ

シュウゴアーツ江東区清澄1-3-2 5階)
「ヤン・ファーブル - 体の中で最高にセクシーな部分 - 」
2/10-3/10



何やら刺激的(?)なタイトルが掲げられています。脳をモチーフとした、彫刻やドローイングなどが並んでいる展覧会です。



奥の展示室にある大型の脳オブジェ、「私の母と父の脳」(2006)が一番印象的でした。両手ではかかえられないほど大きな脳の彫刻が、台の上に一つ鎮座しています。張り巡らされた赤や青の血管は、それぞれ静脈や動脈を表しているのでしょうか。また無数の襞が表面を覆い尽くしていますが、その表現は決してリアルではなく、むしろチープと言えるほど簡略化されています。そしてその上に立つのは、皮膚のない筋肉剥き出しの人間です。(こちらは生々しい表現です。)彼はまるで穴を掘るかのように、スコップを脳へと突き刺していました。ザックリと大胆に、気持ち良いほどにスコップを振るっているのです。



ドローイングでは、脳を家に見立ててドアを造ったり、それ自体が一個の生き物であるかのように手足が伸び出したりする様子が描かれています。こちらはペンによる軽めのタッチと相まって、どこか物語調のほのぼのとした雰囲気です。脳をセクシーと捉えるよりも、むしろ可愛気な気配すら漂わせていました。

ところで、ファーブルというとまずは「昆虫記」を思い出しますが、実際にこの個展を手がけたヤンは、昆虫記を記したジャン・アンリ・ファーブルのひ孫です。彼は現在、アーティストとして作品を発表するだけでなく、演劇なども手がけるというマルチな才能を発揮しています。金沢21世紀美術館にもその作品が所蔵されているとありました。一度拝見したいものです。

来月10日までの開催です。(2/10鑑賞)
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春の府中は江戸絵画! 「動物絵画の100年 1751-1850」展

先日、府中市美術館へ行った際にチラシをいただきました。次の企画展の「動物絵画の100年 1751-1850」展です。主に、動物をモチーフとした江戸絵画が集います。来月17日よりの開催です。



表紙が若冲の「隠元豆図」です。その他には、応挙、蘆雪、狙仙、北斎などのお馴染みのビックネームなどもアナウンスされていました。まだ、詳細が公式HPに出ていないようですが、折角なのでここで宣伝させていただきます。画像をクリックして拡大してご覧下さい。(問題があるようでしたら削除します。)

 

また、このチラシには掲載されていませんが、和歌山の成就寺所蔵の重要文化財、長沢蘆雪「群雀図」も展示されるようです。これは非常に楽しみです。(ちなみに表紙の若冲も、和歌山の草堂寺所蔵の作品です。)



出品作品数は全80点です。(内容は未定ですが、展示替えも予定されています。)規模はそれほどでもありませんが、まずは江戸絵画好きにとって見逃せない企画となるのではないでしょうか。心待ちにしたいと思います。

*基本情報
タイトル:「動物絵画の100年 1751-1850」
場所:府中市美術館(京王線東府中駅徒歩15分。府中駅、東府中駅よりバス便あり。)
会期:2007/3/17-4/22 10:00-17:00(月曜休館)
入場料:一般600円、大・高校生300円、小・中学生150円
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「海をこえた出会い」 府中市美術館

府中市美術館府中市浅間町1-3
「海をこえた出会い - 『洋画』と『洋風画』」
1/10-3/4



ほぼ館蔵品で構成されています。近代日本絵画史における、東西の交流(海をこえた出会い)を概観する展覧会です。その一例として、ワーグマンの描いた日本の風俗画(「三味線を描く女たち」)や、印象派に思いを馳せてベルギーの光景を描いた太田喜二郎の風景画(「ベルギー風景」)などが展示されていました。私にとって未知の作家が多い展覧会です。新鮮な気持ちで拝見してきました。



トップバッターは、江戸後期に中国より南蘋派などを学んだという司馬江漢です。(東シナ海を超えてと言うことでしょうか。)花鳥画の伝統を受け継ぎながらも、どこか西洋の静物画の匂いすら漂わせる「生花図」(1781-1789)は興味深い作品でした。私には風景画などにしか馴染みのない江漢ですが、この手の作品を残していたとは少々意外な感じも受けます。精巧なタッチと丁寧な彩色が、花の生気をよく伝えていました。



一方でその馴染みの深い江漢の風景画としては、「馬入川富士遠望図」(1789-1801)が印象的です。その雄大なパノラマはまさに江漢ならではの構図ですが、右手前へ大胆に描いた鳥は、殆ど違和感を覚えるほど強い存在感を見せています。その対比が面白い作品です。



明治期に日本へ入ってきた外国人画家の中では、アルフレッド・イーストの「富士山」(1868-1912)に惹かれました。日本人がこれまでにたくさん描いてきた富士の光景を、イーストは淡い油彩にてのびやかにおさめています。靡く雲にも隠された富士の高峰は、水辺に舞う白鳥と相まって、実に牧歌的な景色へと転化していました。ここに霊峰としての神々しい富士の姿は見られません。夕陽に美しくのまれていました。

イタリア人画家、アントニオ・フォンタネージに学んだという、さながら「和製バルビゾン派」の画家たちでは、本田錦吉郎の「景色」(1898)が佳品です。ちなみに画中に連なるケヤキ並木は、最近の研究によってここ府中のものだと判明したのだそうです。現在でも、馬場大門のケヤキ並木は、府中のシンボルとしてよく知られています。またその他では、可愛らしい牛が芝草を食べているセザール・コックの「12月のノルマンディー風景」(1889)などが印象に残りました。夕暮れ時の柔らかい光が、雲から滲み出して地面へと降り注いでいます。



「伝統の継承」(西洋の歴史画などの画題を取り入れた。)にて紹介されている、鹿子木孟郎の「ショールをまとう女」(1906-1907)は一推しの作品です。鮮やかなオレンジのスカーフを纏った女性が、毅然とした表情にて遠くを見据えています。赤茶けた肌や、その陰影の深い顔からは、彼女の意思や力強さが伝わってきました。



黒田清輝らのいわゆる「外光派」の作品が、色に眩しいカミーユ・ピサロなどと一緒に紹介されています。ここでは、木々の匂いが伝わるかのように生気溢れたピサロの「エラニーの農園」(1885)はもちろんのこと、幻想的なニンフの姿を描いたラファエル・コランの「田園恋愛詩」(19世紀)が心に残りました。美しい泉を守るニンフが、若者に水を飲ませています。彼は、その優し気な面持ちに、早くも惑わされてしまうのでしょうか。パステル調にまとめあげられたマチエールも美しい作品でした。



最後は「青木繁とラファエル前派」のコーナーです。率直に申し上げて、今回の展示だけでは両者の関係が非常に見出しにくかったのですが、ともかくも青木の小品数点と、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの作品(1点)が並んでいます。ただこのウォーターハウス(「フローラ」)はどうなのでしょうか。背景の描写はかなり荒々しく、大変失礼ではありますが、彼女を纏うピンクのドレスもまるでボロ切れです。黒髪の豊かな質感と、下を向いた美しい顔の描写は見事だっただけに、その辺は少し残念に思いました。

チケット売り場にて「府中をぐるっと市内観光『スタンプラリー』」の台紙をいただくと、入場料が割り引かれます。(300円→240円。ちなみにこのスタンプラリーに参加するかどうかは自由です。)来月4日までの開催です。
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