「名物刀剣展」 根津美術館

根津美術館
「名物刀剣 宝物の日本刀」
8/27-9/25



かつて名だたる武士たちがこぞって蒐集した日本刀の名物を総覧します。根津美術館で開催中の「名物刀剣 宝物の日本刀」のプレスプレビューに参加してきました。

実のところ私自身、これまで日本刀の魅力になかなか気がつかないでいましたが、今回の展覧会ではじめて虜になったとしても過言ではありません。作品はもとより、また展示環境から鑑みても、おそらくは日本刀の決定版と言うべき展覧会です。国宝9件、重文22件を含む、計50件の名刀は、定評のある根津美術館の美しい空間にずらりと勢揃いしていました。



さてまずはその効果的な展示、とりわけ照明について触れないわけにはいきません。同美術館では今回、例えば細やかな刀文など、日本刀の繊細な美しさを引き出すために新たな照明装置を導入しました。



光ファイバーによって直接に刀へ当てた新しい照明は、簡単に言えば表面の質感、ようは刀の物質感を引き立たせることに成功しています。こればかりは実際の会場で確認していただくしかありませんが、時に青白くも光る刀の美しさには息をのむほどでした。

またもう一つ、大きな特徴として挙げておきたいのが、独立ケースによる展示です。アクリルケースの中には一振りの刀が置かれていますが、それを360度の好きな角度から楽しむことが出来ます。


「短刀 無銘 正宗 名物日向正宗」(付属:黒漆塗葵唐草文刻鞘小サ刀拵)鎌倉時代 三井記念美術館

また透明台の上に載せられているという点も見逃せません。刀を横から眺めることで、その薄さに改めて驚かされるものがありますが、例えば屈んで下から見上げると、あたかも刀身が宙に浮かんでいるかのような錯覚さえ与えられます。


「短刀 無銘 正宗 名物庖丁正宗」鎌倉時代 徳川美術館

また一部の刀には透かしの彫りがありますが、それも裏から見上げることで初めて確認することが出来ました。

さて展覧会の構成です。(出品リスト

1.名物刀剣の発生
2.名物刀剣の展開
3.名物刀剣の焼失
4.享保名物帳の編纂
5.御家名物


平安末期から南北朝期に成立した日本刀の歴史をひも解きながら、いわゆる「名物刀剣」はなんぞやということを問いただす構成となっていました。

そもそも「名物刀剣」とは現在、一般的には徳川吉宗の編纂した「享保名物帳」に記された刀剣を指しますが、そこへ至るまでは長い来歴がありました。


「太刀 銘三条 名物 三日月宗近」 平安時代 東京国立博物館

それはもちろん刀剣の謂れです。日本刀の創成期である平安時代の名工、三条宗近によって打たれた「太刀 銘三条 名物 三日月宗近」はは、詳細こそ明らかではないものの、おそらくは室町幕府か周辺に伝わり、後に秀吉の妻の高台院から秀忠へと渡ったという来歴を持っています。

かつての日本では中国刀、つまりは直剣が使われていましたが、平安時代になって貴族文化の高まりとともに日本刀が作られるようになりました。緩やかな曲線が生み出す優美な表情こそ、この時期の太刀の典型的な和の様式と言えるかもしれません。

名物刀剣の成立過程で重要人物として挙げられるのが、戦国の雄、織田信長です。信長は華やかな太刀を好んだと伝えられていますが、鎌倉期の長い太刀はあまり好きではなかったのか、それを短くして詰めて用いていました。


「刀 金象嵌銘 光忠/光徳(花押)」鎌倉時代 個人蔵

信長の佩刀として名高い「刀 金象嵌銘 光忠/光徳」もそのように詰められた刀の一つです。


右「刀 金象嵌銘 永禄三年五月十九日 名物義元左文字」 南北朝時代 個人蔵

さらに有名な桶狭間の合戦で今川義元からぶんどった「刀 金象嵌銘 永禄三年五月十九日 名物義元左文字」も、その謂れに注目が集まる一品ではないでしょうか。

そもそもこの刀は義元が信玄から譲り受け、それを信長が摂取、また短く詰めて用いたそうですが、彼の没後は秀吉へ移り、後に秀頼から家康へと渡ったという、まさに歴史の証人のような経緯を辿っています。またさらには明暦の大火で火を被り、明治になって再刀されたというエピソード付きです。一振りの刀に秘められた歴史の物語をひも解いていくのも、刀を愛でる悦びの一つなのかもしれません。



本来的には黒い鉄をいかに青く澄ませるかが名工たちの腕の見せ所だそうです。その地鉄の青みを存分に味わえる展覧会であることは間違いありません。



9月25日まで開催されています。おすすめします。 *東京展終了後、以下のスケジュールで巡回。

富山県水墨美術館(富山市) 2011/9/30~10/16
佐野美術館(三島市)    2011/10/22~12/18
徳川美術館(名古屋市)   2012/1/4~2/5


「名物刀剣 宝物の日本刀」 根津美術館
会期:8月27日(土)~9月25日(日)
休館:毎週月曜日 *但し9月19日(月・祝)は開館。翌20日(火)は休館。
時間:10:00~17:00
住所:港区南青山6-5-1
交通:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線表参道駅A5出口より徒歩8分。

注)写真の撮影と掲載は主催者の許可を得ています。
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「家の外の都市(まち)の中の家」 東京オペラシティアートギャラリー

東京オペラシティアートギャラリー
「家の外の都市(まち)の中の家 Tokyo Metabolizing 第12回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展帰国展」
7/16-10/2



東京オペラシティで開催中の「家の外の都市(まち)の中の家」展へ行ってきました。

タイトルにもあるように、本展は第12回ヴェネチア・ビエンナーレの国際建築展(2010年)日本館の帰国展ですが、その展示にプラスして日本館のコミッショナーをつとめた北山恒の作品も紹介されています。

構成は以下の通りです。

イントロダクション
アトリエ・ワン「ハウス&アトリエ・ワン」
西沢立衛「森山邸」
北山恒「祐天寺の連結住棟」
あたらしい都市のインデックス


アトリエ・ワン、西沢立衛、北山恒の3組の建築家による住宅モデルを出発点に、東京における住宅建築を、都市全体と人々の生活の観点から問い直す内容となっていました。


第12回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示風景 2010年

イントロダクションは映像です。東京の街が約120万にも及ぶという所有者に分割され、その中の無数のグリットに家屋が密集、そして人々の生活が送られているのかが語られていきます。ようはその細かなスペースの中で都市全体との関係に配慮しながら、いかにして建築が生活の場を提供していくのかというのが一つのテーマというわけでした。

アトリエ・ワンはそうした問いに対して、職住一体となった自宅兼オフィスを提案します。実物の2分の1スケールによる「ハウス&アトリエ・ワン」はオレンジ色のボックス、つまりは住宅の中で、一つの連続したオフィススペースを生み出しました。外部への開かれたスペース、そして見通しの良い内部など、総じて空間としての軽快な印象が心に残りました。


第12回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示風景 2010年

西沢立衛と北山恒の提案は集合住宅です。西沢は各ユニットを「離散配置」(解説冊子より引用)した6戸の住宅を、また北山は3つの分棟がバルコニーなどで繋がった46戸の住宅をそれぞれ手がけています。

北山の「連結住棟」はむしろプライバシーに対する認識が意図的に薄められているかもしれません。各住戸の壁は可動式のものを用い、相互の住戸における視線を完全に遮断させないなど、住民同士の関係性を半ば強化させるような手法は興味深いものがありました。

ところでこの展覧会、アトリエ・ワンの模型を除くと、展示自体のボリュームに極めて乏しく、率直なところ物足りなく思えましたが、東京の住宅、また地域の諸問題について触れたパネルや映像は思いの外に見応えがあります。そちらは楽しめるかもしれません。



同時開催中のコレクション展、「保田井智之 長円の夜」は見事な内容でした。前々からオペラシティで惹かれていた保田井の彫刻を一挙30点ほど見られるとは思いもよりません。私にとっては忘れられない体験となりました。

なお本展では関連のトークイベントが充実しています。

「ゲストトーク・サイクル」(事前申込制)
8/11(木)19:15~  内藤廣(建築家)×北山恒 *受付終了
8/14(日)19:15~  山本理顕(建築家)×北山恒 *受付終了
8/28(日)19:15~  北山恒×西沢立衛 *受付終了
9/4(日) 9:30~ 柳澤田実(哲学者)×塚本由晴(アトリエ・ワン) *受付終了
9/6(火) 19:15~ 大野秀敏(建築家)×北山恒
9/15(木)19:15~  陣内秀信(建築史家)×北山恒
9/18(日)19:15~  西郷真理子(都市計画プランナー)×貝島桃代(アトリエ・ワン)

全7回のうち、既に4回は受付を終えていますが、残りの3回は現在申込み受付中です。聴講は展覧会入場券のみとのことで、そちらのトークとあわせればまた展示への理解も深まるのではないでしょうか。

10月2日までの開催です。

「家の外の都市(まち)の中の家 Tokyo Metabolizing 第12回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展帰国展」 東京オペラシティアートギャラリー
会期:7月16日(土)~10月2日(日)
休館:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
時間:11:00~19:00 *金・土は20時まで開館。
住所:新宿区西新宿3-20-2
交通:京王新線初台駅東口直結徒歩5分。
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「根津美術館WEBアプリ」

先日リリースされた根津美術館のWEBアプリをダウンロードしてみました。



2009年の全面改築リニューアルを終え、その後も見逃せない展覧会が続く根津美術館ですが、このほど開館70周年を迎えたのに際し、ウェブ機能を利用した「根津美術館WEBアプリ」がリリースされました。

根津美術館、携帯端末向け『webアプリ』が8月27日 スタートしました

対応端末はスマートフォン、タブレット端末、そして携帯電話です。当初から無料、そして日本語、英語の両対応とはまた有り難い限りですが、早速私も自分のiphoneにダウンロードして使ってみました。



まずアイコンをクリックして出るトップ画面のデザインが秀逸です。根津美術館のコレクションの作品イメージがカレンダー形式で写し出されます。これはもはや壁紙として利用したいくらいの美しさです。ぐっと惹かれました。



さてそのトップをクリックするといよいよコンテンツへと移動します。開催中の展示情報、そして展覧会スケジュール、またデジタル・ギャラリーなどの項目があがってきました。

その中でもとりわけ目を引くのはやはり精巧な画像が光る「デジタル・ギャラリー」です。書蹟、絵画、彫刻、金工・武具、陶磁他など、国宝・重文を含む根津美術館のコレクション約120点ほどが紹介されていました。



お馴染みの其一の「夏秋渓流図屏風」もご覧の通りです。なお一見、画像が小さいのではと思ってしまうかもしれませんが、嬉しいのはかなりのレベルまでの拡大が可能ということでした。当然ながら画像はぶれません。細部の細部までを手軽に楽しむことが出来ました。



解説ボタンから作品の解説を読めるのも工夫されていますが、さらに特徴的なのはフェイスブックとツイッターと連動していることです。「いいね!」と「つぶやく」ボタンからそれぞれリンクされています。何かお気に入りの作品をつぶやいて感想の共有というのも面白いかもしれません。

そしてもう一つおすすめしたいコンテンツがパノラマ・ビューです。



館内と庭園に設けられた何箇所かのスポットを360度のパノラマ画像で楽しむことが出来ます。またこちらも拡大可能でした。



それにしても床面や天井までぐるりと一周見られるとは思いません。なお画像は随時更新もされるとのことです。時候の季節にはきっと弘仁亭前の美しい燕子花も愛でることが出来るのではないでしょうか。



他にも人気のNEZUカフェやミュージアムショップのメニュー情報なども出ていました。美術館の方によれば、「今後まだまだ進化」をしていくとのことなので、例えばイベントの情報や図録の紹介、さらにはNEZUNETと連動したサービスなど、より一層コンテンツが充実していけばと思いました。

『利用方法』
・携帯電話
http://www.nezu-muse-app.jpへアクセス ※携帯端末専用のアドレス。(PCでは閲覧不可)
・スマートフォン
「App Store」(Apple)または「Androidマーケット」(Android)からダウンロード


まずはダウンロードされてみてはいかがでしょうか。繰り返しますが、料金は無料でした。
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「アンリ・ルソーと素朴な画家たち」 市川市芳澤ガーデンギャラリー

市川市芳澤ガーデンギャラリー
「世田谷美術館コレクションによる アンリ・ルソーと素朴な画家たち」
7/23-9/19



世田谷美術館のコレクションによって素朴派の系譜を辿ります。市川市芳澤ガーデンギャラリーで開催中の「アンリ・ルソーと素朴な画家たち」へ行ってきました。

現在、改修中のため、長期休館中(2012年3月末まで)の世田谷美術館ですが、その由縁もあり、定評のある館蔵の素朴派絵画コレクションがここ市川市の芳澤ガーデンギャラリーへやってきています。

出品数は40点弱です。展覧会としては極めて小粒ですが、ボーシャン、ルソーにははじまりボンボワ、モーゼス、さらには日本の素朴派からデビュッフェまで至る展開は、思いの外に見応えがありました。


アンドレ・ボーシャン「花」1952年

冒頭はボーシャン、ルソーです。ともに4点ずつの出品でしたが、まさに旧約のアダムとイブの世界を思わせるボーシャンの「地上の楽園」の他、極端なまでの遠近感でパリの街角を描いたルソーの「サン=ニコラ河岸から見たシテ島」などは印象に残りました。


アンリ・ルソー「サン=ニコラ河岸から見たシテ島」1887-88年頃

しかしこの彼方に橋を望むルソーの一枚を見ると、それこそ橋のある風景を描いた松本竣介を思い出します。そう言えば、何年か前、世田谷美術館でルソー展を見た際も一番惹かれたのが松本の絵画でしたが、ともかくもどこか物悲しい雰囲気を漂わせていました。

さてこうした素朴派の画家を見出した人物として有名なのが、ドイツ人の画商ウィルヘルム・ウーデです。そして彼との交流を描いた映画「セラフィーヌとの庭」でも注目されたルイ・セラフィーヌの作品も一枚ほど出ています。

その「枝」と名付けられた絵画には大きな実をたくさん付けた木の枝が力強いタッチで描かれていました。全体の黄色い配色はどこか漲る生命感を感じさせてなりません。ここは見入りました。

展示はフランスからイギリス、イタリア、そしてロシアへと広がります。ペテルブルク生まれで額縁職人でもあったラコス、イギリスのデヴォンで船具商をつとめ、後のベン・ニコルソンにも見出されたウォリス、さらには靴のデザイナーとして名を馳せ、オーケストラではトロンボーン奏者をつとめていたというイタリア人画家、メテルリの作品などが紹介されていました。


山下清「晩秋」1940-56年

ご当地、市川とも縁のある山下清の他、谷内六郎など、日本人の画家の作品が数点あるのも展示の特徴と言えるかもしれません。最後にはウォーホルと親交のあったというバスキアのオブジェなども出品されていました。

デュビュッフェの「砂丘のアラビア人と荷を積んだラクダ」が忘れられません。アンフォルメルで有名な彼の作品を素朴派の文脈で語るのも興味深いところですが、まさに荒涼とした砂漠のような暗がりに沈むラクダの姿は頭から離れませんでした。


ジャン=ミシェル・バスキア「無題」1985年

なお本展は巡回展です。既に先行した小樽展は終了しましたが、市川展の後は以下のスケジュールで岡山と愛知へ巡回します。

笠岡市立竹喬美術館 11月5日(土)~1月9日(月・祝)
文化フォーラム春日井 2002年1月21日(土)~3月18日(日)




芳澤ガーデンギャラリーはJR市川駅から1キロ以上離れた住宅地の中に位置する小さな展示施設です。駅からは歩いて約20分ほどですが、お出かけの際はあらかじめ地図を参照された方が良いかもしれません。

吉澤ガーデンギャラリーアクセス案内 *市川駅近くの駐輪場に市営無料レンタサイクルあり。

講演会:「創造の源泉 八幡学園と山下清」
日時:9月3日(土) 15:00~16:30
講師:三頭谷鷹史(名古屋造形大学教授)
先着50席 入館料のみ必要


9月19日まで開催されています。

「世田谷美術館コレクションによる アンリ・ルソーと素朴な画家たち」 市川市芳澤ガーデンギャラリー
会期:7月23日(土)~9月19日(月)
休館:月曜日
時間:9:30~16:30
住所:千葉県市川市真間5-1-18
交通:JR線市川駅より徒歩16分、京成線市川真間駅より徒歩12分。
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「three:three is a magic number 3」 TWS本郷

トーキョーワンダーサイト本郷
「TWS-Emerging165 three:three is a magic number 3」
8/6-8/28



トーキョーワンダーサイト本郷で開催中のTWS-Emerging165、three個展「three is a magic number 3」へ行って来ました。

アニメなどのフィギュアを分解、そして溶かし、最後にはまた別個の立体を作り出す3名のアーティストグループ、threeですが、今回は作品そのものよりも展示空間全体により魅力があると言えるかもしれません。

会場に入ってまず目に飛び込んでくるのは等間隔でいくつも並ぶ細長の白い台です。その上にはまさに溶解したフィギュアから還元された小さな直方体が一つずつ置かれています。そしてタイトルにはグラム数、例えば55.4gなどと付けられています。これは一体どういうことなのかと一瞬立ち止まってしまいました。

種明かしは台の表面、ようはフィギュアの棒の下に写る影絵です。タイトルのグラム数とは作品の重さであり、さらにこの影絵はフィギュアの元々の姿というわけでした。それによく目を凝らすとキャプションにも本来のフィギュアのタイトルが記されています。

直方体と化した作品自体では殆ど判別不能な本来のフィギュアの三次元の姿を、二次元に過ぎない影絵から呼び起こすという仕掛けはなかなか巧妙でした。

なおこのthreeですが、来年の第6回資生堂アートエッグに入選しました。来春1月より銀座の資生堂ギャラリーで個展が開催されます。

第6回shiseido art egg/審査結果 個展開催日程:2012/1/6~1/29

コンセプト、作品の両面から楽しめた今回の展示からしてもかなり期待出来るのではないでしょうか。心待ちにしたいと思います。

8月28日まで開催されています。

「TWS-Emerging165 three:three is a magic number 3」 トーキョーワンダーサイト本郷
会期:8月6日(土)~8月28日(日)
休廊:月曜
時間:11:00~19:00
場所:文京区本郷2-4-16
交通:JR線・東京メトロ丸の内線御茶ノ水駅徒歩8分。
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「阿部乳坊 自刻像:変態動物」 TWS本郷

トーキョーワンダーサイト本郷
「TWS-Emerging164 阿部乳坊 自刻像:変態動物」
8/6-8/28



トーキョーワンダーサイト本郷で開催中のTWS-Emerging164、阿部乳坊個展「自画像:変態動物」へ行って来ました。

作家プロフィールについては公式WEBサイトをご参照下さい。

阿部乳坊@TWS本郷

ずばり「変態動物」と名付けられた同展覧会ですが、会場には時に数メートルはあろうかという手足を持ち、人と獣を組み合わせたような奇怪極まりない生き物の彫刻が三体ほど登場しています。


「自刻像:飛ぶ方法」(2011)

まるで細くのびた棒のような手足の表現は実にシュールな一方、逆に能面のような表情をした顔はどことなくリアルです。痩せほそった体躯に手足、またにやりとも笑った顔、さらには「ケンタウロス」に代表されるような人獣一体の表現など、その展開はかなり自在でした。

またとりわけ強く感心させられたのは会場空間そのものの使い方です。

壁にかかる「変態動物」はまるで蜘蛛のように手足をのばします。作品のシュールなイメージはもとより、そうした展示が生み出す独特の浮遊感、さらにはどこか爽快とも言える空間の用い方など、実に印象深いものがありました。

8月28日まで開催されています。

「TWS-Emerging164 阿部乳坊 自刻像:変態動物」 トーキョーワンダーサイト本郷
会期:8月6日(土)~8月28日(日)
休廊:月曜
時間:11:00~19:00
場所:文京区本郷2-4-16
交通:JR線・東京メトロ丸の内線御茶ノ水駅徒歩8分。
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「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」 埼玉県立近代美術館

埼玉県立近代美術館
「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」
7/2-8/28



ガーナ出身の現代アーティスト、エル・アナツイ(1944~)の作品世界を紹介します。埼玉県立近代美術館で開催中の「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」へ行ってきました。

ボトルキャップなどの金属の廃品を用い、あたかも巨大なタペストリーのようなインスタレーションを展開するエル・アナツイですが、ここ埼玉県美のスペースでも、その作品の魅力を余すことなく見せつけています。

展示では初めにキャリア初期、ようは木材などを素材にしていた80年代から90年代以降までの作品を据え、以降、主に2010年近辺のボトルキャップなどを用いた大作を紹介、そして最後にはアナツイの育ったガーナのアサンテ文化を紹介する内容となっていました。

構成は以下の通りです。

第1章 記憶を彫る
第2章 歴史を紡ぐ
第3章 創造のプロセス
第4章 作品の背景-社会、歴史、文化



「あてどなき宿命の旅路」 1995年 木、ゴム 世田谷美術館蔵

冒頭は80~90年代に制作した木材を素材する作品です。丸太を切り抜き、あたかも人の形に見立てた「預言者たち」の他、何枚かの板を繋ぎ合わせ、一枚の絵に仕立てた作品などが登場します。


「共謀者たち」1997年 木、彩色 作家蔵

中でも印象的なのは縦1メートルほどの板を10枚ほどつなげ、凹凸であたかも水のせせらぎを表現した「流れ」でした。アナツイの作品には後の金属のインスタレーションの例を挙げるまでもなく、こうした大地や川など、自然への共感の眼差しを強く感じさせます。故郷の土地の記憶は、アナツイの手を借りて、また新たなる形となって我々の前に姿を現しました。

2000年近くに入ると作風に変化が生じます。アナツイは素材を木材から金属、しかも廃品に替え、どちらかといえばインスタレーション的な大作を次々と手がけるようになりました。

その金属の廃材は何も先に触れたボトルキャップにだけに留まりません。印刷原板のアルミを銅線でつなぎ、人がすっぽり入るほどのカゴを並べた「くずかご」の他、廃材の錫を床面に這うように連ね、まるで川の流れる様子を表現したかのような「排水管」なども展示されていました。

なおこの「くずかご」と「排水管」の置かれた展示室は、埼玉県美唯一の屋外に面したガラス張りの空間でした。差し込む外光は金属に煌めきを与え、当初の素材からは思いもつかぬ美しさをより一層引き出していたのではないでしょうか。効果的でした。

また同じスペースにある「インクの染み」の青い瞬きも忘れられません。アルミを結びあわせ、4メートル四方の大きさで壁から吊り下げた作品は、まさに緩やかなドレープを描く金属のタペストリーでした。


「グリ(壁)」2009年 アルミニウム、銅線 作家蔵 *ライス大学アートギャラリーでの展示

外光を取り込んだ空間から一転、暗室で展開されるのが「グリ」と呼ばれる4~5点の連作シリーズです。こちらも僅か数センチ四方の金属廃品の破片を縦横数メートルほどに繋げた、やはり金属の織物というべき作品ですが、それが行方を遮るように交互に吊るされているため、まるで洞窟の中にある壁画を彷徨いながら見ているような気持ちにさせられます。

何しろ暗いので、個々の素材の色味までを楽しむまでには至りませんが、逆に作品全体の重み、ようは物質感を全身で受け止めるような展示といえるかもしれません。手狭なスペース、また低めの天井高など、どことなく空間に制約のある埼玉県美ですが、この明から暗の展開をはじめ、展示全体を器用に演出していたのには感心しました。


「重力と恩寵」2010年 ボトルキャップ(アルミニウム)、銅線 作家蔵

メインスペースではその金属のタペストリーが6~7点ほど展開します。アルミキャップの破片は赤や青などの色でまとめあげられ、それが作品に様々な表情を与えていました。織りなすドレープは作品に絶妙な陰影をもたらしています。上空から大地の斑紋を俯瞰したような「大地の皮膚」のスケール感は圧倒的でした。


「重力と恩寵」(ディテール)

最後にはアナツイがどのようにして一連の作品を制作しているのかがビデオ映像などで明かされ、さらには彼の生地でもあるガーナのアサンテ文化などが紹介されています。

それによればアナツイが作品のイメージをスケッチした後、実際の金属を数名のアシスタントが次々と繋ぎ合わせていくのだそうです。ようは工房形式です。また文化で興味深いのは、アサンテではケンテクロスという織物が盛んであること、さらにはアフリカでは廃材を再利用することが一般的(廃材による玩具などが紹介されていました。)であることなどでした。

ちなみにアナツイ自身、織物職人の一族を出自としています。まさに廃品の金属によるタペストリーとは、彼の育った一家や文化を反映したものかもしれません。


「レッド・ブロック」2010年 アルミニウム、銅線 作家蔵

素材が意外と限定されている分、作品から広がるイメージも無限大とはいえないかもしれませんが、それでも元々は廃材に過ぎなかった金属の破片から水や大地を思う経験は希有です。またアフリカ、プリミティブ云々の文脈で語られる以前に、作品自体がかなり洗練されていたのも私には好印象でした。

もう間もなく会期末を迎えます。次の日曜、8月28日までの開催です。

「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」 埼玉県立近代美術館
会期:7月2日(土)~8月28日(日)
休館:月曜日(7月18日は開館)
時間:10:00~17:30
住所:さいたま市浦和区常盤9-30-1
交通:JR線北浦和駅西口から徒歩3分。北浦和公園内。
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「青木繁展」 ブリヂストン美術館

ブリヂストン美術館
「没後100年 青木繁展 - よみがえる神話と芸術」
7/17-9/4



没後100年を迎えた青木繁の全貌を詳らかにします。ブリヂストン美術館で開催中の「没後100年 青木繁展 - よみがえる神話と芸術」へ行ってきました。

ともかくあまりにも有名な「海の幸」と「わだつみのいろこの宮」の印象ばかりが残る青木繁ですが、今回はそうした代表作はもちろん、画業最初期から晩年までに数多く残した素描や水彩、また彼の認めた手紙など、総計200点超にも及ぶ作品と資料が展示されています。

端的に言ってしまうと、おそらくこのスケール以上の青木繁の回顧展はほぼあり得ません。そもそもブリヂストン美術館の創設者、石橋正二郎は青木繁から作品のコレクションをはじめたそうですが、そうした縁にも頷かされる面の多い展覧会でした。

構成は以下の通りです。

第1章 画壇への登場:丹青によって男子たらん 1903年まで
第2章 豊饒の海:「海の幸」を中心に 1904年
第3章 描かれた神話:「わだつみのいろこの宮」まで 1904-07年
第4章 九州放浪、そして死 1907-11年
第5章 没後、伝説の形成から今日まで


青木の画業を時系列に追った上にて、最後に彼の作品を後世に伝えた人物の業績を俯瞰する内容となっていました。

青木の生誕はそれこそ石橋正二郎と同じ、福岡の久留米です。1882年に旧久留米藩士の子として生まれた彼は1899年に上京、翌年には東京美術学校の西洋画科に入学します。

この時期の東京美術学校の教官には黒田清輝や藤島武二らがいましたが、青木はどちらかと言えば両者の影響を必ずしも受けることなく、早い段階から独自の画風を展開していきます。

最初期の「自画像」における朱色の輪郭線などからは、それこそ代表作の「海の幸」を連想させる面がないでしょうか。


「黄泉比良坂」1903年 東京藝術大学

また「黄泉比良坂」における繊細で淡い色彩感、そして後に頻出する神話モチーフも、ロマンティズム精神にとんだ青木ならではの一枚と言えるかもしれません。

青木と密接に関わり合ったのは画家の坂本繁二郎です。青木と坂本は例えば信州へ写生旅行などをするなどして親交を深めていきます。展示では当時、二人して旅館に泊まった際の宿帳のサインなども出ています。そこでは青木が職業欄に画伯と記し、何故か年齢を実際よりも上に書いたことなどのエピソードも披露されていました。

そしてここで青木の半ば宿命の女性の登場します。それはいうまでもなく福田たねですが、1904年に青木は彼女と坂本繁二郎、それに森田恒友と房州の布良、つまりは千葉の館山を旅し、結果的にかの傑作、「海の幸」を生み出しました。


「海の幸」(部分)1904年 石橋美術館

「海の幸」の中で唯一、こちらを向いているのが福田たねの写しであるというのはあまりにも有名ですが、ともかくも大きなサメを抱えて歩く10名の裸の漁師たちの姿からは、どこか人間の持つ原初的な強い生命力を感じさせてなりません。

またこの時期の青木で印象深いのは海をモチーフとした作品です。岩場に打ち寄せる海原を捉えた「海景(布良の海)」のタッチは力強く、またざわめいた波における色の用い方は、どこか初期のモネを思わせるものすらありました。


「わだつみのいろこの宮」1907年 石橋美術館

文学や歴史物語を愛した青木は神話主題の作品をいくつも描いていきます。そしてその一つの頂点が「わだつみのいろこの宮」です。縦長の画面に山幸彦や豊玉姫などを二等辺三角形を描くように配し、やや青みがかった透明感のある色味でまとめあげたこの作品は、例えばラファエル前派の作風に似通った部分もあるのではないでしょうか。


「旧約聖書物語挿絵より葦舟のモーゼ」1906年 ニューオーサカホテル

この「わだつみ」において青木は期待した評価を得られませんでしたが、それでも「大穴牟知命」はもちろんのこと、当時の画料100円で引き受けたという聖書主題の連作、「旧約聖書物語挿絵」など、青木の神話への関心は他の作品にも強く反映されていきました。

また彼が同郷の詩人へ贈ったという一枚、「女星」も忘れられません。羽子板に描かれた母と子の姿は、まるでキリスト教絵画に頻出する聖母子像のようでした。

父の危篤の知らせを受けた青木は1907年に久留米へと帰ります。以降は青木の画業のいわば後退期ともいえるかもしれません。たねとの子に関する問題などがこじれた彼は、九州の地でこれまでとはやや変わった画風の作品を展開していきます。


「温泉」1910年 個人蔵

まるでローマの浴室のような西洋風の温泉で裸体の女性が髪をすく「温泉」からは、色彩感やタッチとも平明な印象派絵画を連想させはしないでしょうか。また「白壁の家」では、一転してのどこか書きなぐったような荒々しい塗りが印象に残りました。


「白壁の家」1909年 個人蔵

確かに青木の晩期は「低迷」(同美術館サイトより引用)という一言でも語られるかもしれませんが、それでも様々な主題をとりこみながら、それこそ試行錯誤しても次へと進もうともしていたのかもしれません。


「朝日(絶筆)」1910年 小城高校同窓会黄城会(佐賀県立美術館寄託)

絶筆の「朝日」における海景は、まるで沈みゆく夕景のように儚き一枚でした。青木は終生、海を見ていた画家ともいえるのではないでしょうか。この陽の光の向こうにある彼岸へと旅立った青木は、28年というあまりにも早い生涯の終わりを迎えてしまいました。


「自画像」1904年 東京藝術大学大学美術館

随所に展示された「自画像」における青木の眼差しが忘れられません。そもそもこの会場の入口にも「自画像」が展示されていますが、その大きく見開いた瞳の優し気な様子には心打たれるものがありました。

最晩年の青木が母に送った事実上の遺書である手紙を見ると胸が詰まります。自身の不幸や不運を嘆きながら、自身の骨を郷里の山の松の下に埋めて欲しいと記した青木は、やはり最後の最後まで無念であったに違いありません。

大作の多くない青木ということもあって、大半は素描や小品の油彩でしたが、ともかく作品世界だけでなく、青木の人生にまで迫った構成は非常に秀逸でした。

「芸術新潮2011年7月号/青木繁/新潮社」

嬉しいことに会期後半の3週間は連日無休で開館するそうです。もちろんお見逃しなきようおすすめします。

9月4日まで開催されています。

「没後100年 青木繁展 - よみがえる神話と芸術」 ブリヂストン美術館
会期:7月17日(日)~9月4日(日)
休館:月曜日 :但し8/15・22・29は特別開館。
時間:10:00~18:00
住所:中央区京橋1-10-1
交通:JR線東京駅八重洲中央口より徒歩5分。東京メトロ銀座線京橋駅6番出口から徒歩5分。東京メトロ銀座線・東京メトロ東西線・都営浅草線日本橋駅B1出口から徒歩5分。
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「佐藤好彦個展:捧銃」 ラディウム-レントゲンヴェルケ

ラディウム-レントゲンヴェルケ
「佐藤好彦個展:捧銃」
8/4-27

ラディウム-レントゲンヴェルケで開催中の佐藤好彦個展、「捧銃」(ささげつつ)へ行ってきました。



昨年のスパイラル「巧術」でもギターを用いたオブジェを展開した佐藤好彦ですが、今回も同じ素材を使ってさらにイメージの膨らむインスタレーションを見せています。

ともかくそのビジュアルを見るだけでも強烈な存在感ですが、今回は作品はもとより、全体の生み出す濃密な空間が忘れられません。



立て掛けられて連なるギターの向こうには、まるで燦然と輝く太陽のように描くギターの作品が堂々と掲げられています。



増幅し、新たな命を得たギターは、あたかも音楽に合わせて踊るダンサーたちの姿とも重なり合います。まさに楽器は一つの生き物と化しているかのようでした。

一度、このギターが奏でられる瞬間に立ち会いたいものです。8月27日まで開催されています。

「佐藤好彦個展:捧銃」 ラディウム-レントゲンヴェルケ
会期:8月4日(木)~8月27日 (土) 
休廊:日・月・祝
時間:12:00~20:00
住所:中央区日本橋馬喰町2-5-17
交通:JR馬喰町駅より徒歩4分、JR・都営浅草線浅草橋駅より徒歩4分。
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「あこがれのヴェネチアン・グラス展」 サントリー美術館

サントリー美術館
「あこがれのヴェネチアン・グラス展」
8/10-10/10



サントリー美術館で開催中の「あこがれのヴェネチアン・グラス展」へ行ってきました。

今でも多くの人々に愛されるヴェネチアン・グラスですが、今回はその長い歴史をひも解きながら、さらに未来へ向かって進みゆく現代のグラス・アートまでを一同に紹介しています。まさにヴェネチアン・グラスの決定版とも言える展覧会でした。

最初期の15世紀の半ばに生み出された「クリスタッロ」を原点に、17~18世紀のヨーロッパを席巻した「ヴェネチアン様式」と呼ばれる諸作品、さらにはその影響を一部受けたとされる和ガラスから先に触れたコンテンポラリーまでと、総計150点弱のガラスがすらりと揃う様は圧巻でした。

その冒頭の「クリスタッロ」は無色透明です。シンプルな造形が生み出す素朴な味わいも悪くありませんが、少し時代の下った16世紀頃のヴェネチアン・グラスの魅力も忘れられません。


「エナメル彩ゴブレット」 ヴェネチア 1500年頃 コーニング・ガラス美術館

ダイヤモンドポイントの彫りも鮮やかな鉢には、つまみにヴェネチアではお馴染みの守護聖人マルコを示すライオンが象られていました。


「船形水差」 ヴェネチア 16~17世紀 サントリー美術館

ちなみにヴェネチアン・グラスは当初、技法の機密保持のため、ムラーノ島のみで制作が行われていたそうです。もちろんそれは市場の拡大により各方面へ流失、結果ヨーロッパ各地で様々なグラスが生産されることになりますが、それこそライオンのつまみなど、元々の出自であるヴェネチアならではの造形が確かに残されているのも興味深く思えました。


「レースグラス蓋付瓶」 ヴェネチアあるいはネーデルラント 16世紀末~17世紀初期 コーニング・ガラス美術館

さて本家ヴェネチアより流失したヴェネチアン・グラスは、ドイツ、スペイン、またオーストリアなど、ヨーロッパ各地で新たな芸術を生み出していきます。


「アルモラータ」 スペイン 18世紀 町田市立博物館

それらは一口に「ヴェネチアン様式」と呼ばれますが、技法こそ一定の枠があるものの、表現の方向性は様々です。北ヨーロッパではビーカー形のタンブラーが盛んに作られる一方、スペインのカタルーニャ地方で作られたグラスには、イスラムを思わせる紋様なども取り込まれていきます。

またイギリスでは名誉革命で王位を失ったジェームス2世を慕う人々、ジャコバイトらの要請によって、18世紀頃、そのシンボルである薔薇と蝶を象ったゴブレットなども制作されていました。

こうした多様性こそヴェネチアン・グラスの大きな魅力の一つかもしれません。そしていつしかそれは日本へも流入します。ヴェネチアン・グラスの破片が大阪や仙台などで出土(17世紀頃)しているそうですが、18世紀後半にはダイヤモンドポイントに由来する「ぎやまん彫り」と呼ばれる杯なども多く作られました。

一方、1797年にヴェネチア共和国が崩壊すると、一時本家ヴェネチアでのグラス制作は危機的な状況を迎えます。以降、現地の人々の懸命な努力により、19世紀には再興しますが、主に古典期(16-17世紀)のレプリカを制作したグラスもいくつか紹介されていました。


「海の形」デイル・チフーリ 1989年 北海道立近代美術館

ラストを飾るのは現代アートとしてのヴェネチアン・グラスです。資生堂ギャラリーでの個展の印象もまだ鮮烈な三嶋りつ恵の他、国内外のアーティストたちが手がけた新しいグラスアートの世界は実にきらびやかでした。


「大切な自然を守る女神」植木寛子 2011年 個人

定評のあるサントリー美術館の立体展示が悪いはずもありません。ヴェネチアン・グラスの魅力を存分に味わうことが出来ました。

10月10日まで開催されています。これはおすすめします。

「開館50周年記念 美を結ぶ。美をひらく。3 あこがれのヴェネチアン・グラス」 サントリー美術館
会期:8月10日(水)~10月10日(月・祝)
休館:火曜日
時間:10:00~18:00(金・土は10:00~20:00) *9/18、10/9(各日曜)は20時まで開館。
場所:港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウンガレリア3階
交通:都営地下鉄大江戸線六本木駅出口8より直結。東京メトロ日比谷線六本木駅より地下通路にて直結。東京メトロ千代田線乃木坂駅出口3より徒歩3分。
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「今、美術の力で 被災地美術館所蔵作品から」 東京藝術大学大学美術館

東京藝術大学大学美術館
「今、美術の力で 被災地美術館所蔵作品から」
8/2-8/21



東京藝術大学大学美術館で開催中の「今、美術の力で 被災地美術館所蔵作品から」へ行ってきました。

ともかく人知をこえた巨大災害だったこともあり、未だ次の展望すら見出しにくい東日本大震災ですが、今回は震災によって被害を受けた東北・関東の博物館などの現状を知る一つの大きな機会と言えるのではないでしょうか。

本展に出品の美術館・博物館は以下の通りです。

茨城大学、茨城県近代美術館、茨城県天心記念五浦美術館、いわき市立美術館、岩手県立美術館、郡山市立美術館、水戸芸術館、水戸市立博物館、宮城県美術館

当然ながら単なる作品の寄せ集めの展示ではありません。3つのテーマの元、今回の震災の様々な影響や未来への視座を伺う構成となっていました。(出品は約30点)

1.「復興期の精神」:地元にゆかりの作家による代表的作品
2.「岡倉天心 日本美術の再興者」:五浦地域の被災に関連して岡倉天心ゆかりの作家、作品
3.「美術の力」:チェルノブイリ原発事故以降の世相を反映した現代美術


冒頭の「合掌」(1986年/郡山市美術館)が胸を打ちます。僧形の木彫の連作で知られる佐藤静司が象ったのは、まさにそうした僧の合掌の様子そのものでした。起立して前に手を合わせる祈りこそ、震災によって亡くなられた方へ向けるものではないでしょうか。思わず目頭が熱くなりました。

祈りからすればもう一点、荘司福の「祈」(1964年/宮城県美術館)も忘れられない一枚です。荘司はここで東北の風景と和装の女性の祈る姿を、言わばキュビズム的画面の中へと収めています。数珠を持ち、目を閉じる女性の向こうに広がるのは、とても長閑な東北の雪景色でした。その景色とともに培われてきた文化や生活を奪った今回の震災のことを思うと、実に居たたまれない気持ちにさせられてなりません。

中盤は今回の津波で甚大な被害を受けた五浦の六角堂に関する展示です。既に報道等でも知られている通り、岡倉天心ゆかりの茨城・五浦の六角堂は、津波によって流出、破壊されてしまいましたが、会場ではその状況を写真やパネルで丹念に紹介しています。

塩出英雄の「五浦」(1970年/茨城大学)に目が止まりました。在りし日の六角堂はもちろん、五浦から広がる澄み切った青い海などが、大和絵的な手法をとって描かれています。その牧歌的な田園の光景を見れば見るほど、逆にそれらを根こそぎさらった津波の恐ろしさを心から感じてなりませんでした。

大観の「朝霧」(1934年/茨城県立近代美術館)が優れています。大画面の屏風には松林から海へ至る自然の風景が墨一色のモノクロームで表されていました。朧げな霧や水面のざわめきなど、本来的には自然の持つ繊細な表情を楽しめる作品と言えるかもしれません。

ラストはコンテンポラリーです。中でも印象深いのは河口龍夫の一連の鉛を用いた作品です。言うまでもなく河口はチェルノブイリ原発事故以来、放射線被害を意識して鉛を作品へ取り込んでいきましたが、「関係 - 叡智・鉛の百科事典」(1997年/いわき市立美術館)では人類への知性への告発が、一方で「関係 - 再生・ひまわりの種子とマムサスの歯」(1998年/水戸芸術館)においてはそうしたものを乗り越えての未来への僅かな希望が示されています。

一方でアバカノヴィッチの「ベンチの上の立像」(1989年/水戸芸術館)は無慈悲です。首を失い、全身がまるで化石となったかのような人体の彫像は、まさに惨たらしく死を迎えてしまった死者の姿そのものです。直視出来ませんでした。

最後は永遠の時を刻む宮島達男のデジタルカウンターが登場します。絶え間なく進み、一方で反転もする時間は、あたかも万物の輪廻転生を描いているかのようでした。

さて作品とあわせて重要なのが、今回出品の各美術館の被災に関する情報です。美術館毎にパネルが設けられ、そこには震災の被害や現在の状況がかなり細かく記されています。

非常に制約の多い現状においても、いわゆる復興へ向けて一歩でも前へ進もうとする美術館も存在しています。この展覧会を通して、そうしたことを少しでも多くの方が認識することになればと思いました。

8月21日まで開催されています。

「今、美術の力で 被災地美術館所蔵作品から」 東京藝術大学大学美術館
会期:8月2日(火)~8月21日(日)
休館:月曜日
時間:10:00~17:00
住所:台東区上野公園12-8
交通:JR上野駅公園口、東京メトロ千代田線根津駅より徒歩10分。
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「東京の微地形模型展」 南洋堂書店 N+GALLERY

南洋堂書店 N+GALLERY
「東京の微地形模型:TOPOGRAPHY MODEL TOKYO」
7/23-8/27



東京都心の地形を1/7500スケールの模型で俯瞰します。南洋堂書店N+GALLERYで開催中の「東京の微地形模型:TOPOGRAPHY MODEL TOKYO」へ行ってきました。

都市の建築模型こそ決して珍しいものではないかもしれませんが、建築物の全てを取り払った地形模型だけの展示とはあまり例がないかもしれません。縦横1.5メートル、東は浅草から西に東中野、そして南北に白山と品川を据えた、まさに東京都心部の剥き出しの姿が、MDF材による木製の模型で表現されていました。



実際に東京の街を歩いたり走ったりすると、その坂の多さに驚かされるものがありますが、今回の模型を見てもいかに東京が起伏にとんでいるかがよく分かります。

東京港周辺の湾岸部はもとより、隅田川周辺から中央区一帯こそほぼ平坦な地形が広がっていますが、その西側は一変、いわゆる山手方面には無数の谷に削られた台地が連なっていました。

またその台地には例えば神田川や目黒川などの川が入り込み、まるで襞のように凹凸のある土地が広がっています。また模型には実際の地名を示すマーキングはなく、端に置かれたパネルと照らし合わせることで初めて詳細な地理が分かる仕掛けとなっていますが、あえて地名を伏せた状態で自由にその土地を旅するのもまた楽しいかもしれません。



ところで会場は神保町でも有名な建築関連の古書店、南洋堂書店の4階のギャラリーです。模型とあわせて東京の地形に関する書籍等も多数紹介されています。

中でも注目なのは明治時代に参謀本部の測量局が作成した「五千分の一東京図測量原図」です。極めて精巧に作られた東京の都市地形図の完成度は、それこそ今の地図にひけをとりません。道路の形状、建物の形までが事細かに記されていました。

書店の上の手狭なスペースでのコンパクトな展示ですが、地図好きにはたまらないのではないでしょうか。私も昔よく地図帳などを見てその土地を旅していた気分になっていたことを思い出しました。

8月27日まで開催されています。*開廊時間は14時から(お盆期間中は12:00~17:00)とやや遅めです。ご注意下さい。

「東京の微地形模型:TOPOGRAPHY MODEL TOKYO」 南洋堂書店 N+GALLERY 
会期:7月23日(土)~8月27日(土)
休廊:日曜日
時間:14:00~19:00 *8/12-8/16は12:00~17:00
住所:千代田区神田神保町1-21 南洋堂書店4階
交通:東京メトロ半蔵門線、都営地下鉄三田線・新宿線神保町駅徒歩5分。JR線御茶ノ水駅徒歩8分。
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「金子富之展:妖怪実体化」 ミヅマアクション

ミヅマアクション
「金子富之展:妖怪実体化」
7/21-8/13



ミヅマアクションで開催中の金子富之個展、「妖怪実体化」へ行ってきました。

作家、金子富之のプロフィールなどについては同ギャラリー公式サイトをご覧ください。

金子富之展「妖怪実体化」@ミヅマアクション

東北芸術工科大学で日本画を学んだ金子は、一貫して東北での妖怪や精霊、また神などをモチーフとした絵画を描いてきました。

さて先だっての高島屋の個展の印象も未だ残る金子富之の妖怪画ですが、今回のミヅマのスペースでもその迫力は一向に衰えることはありません。

とりわけ強烈なのは入口正面に掲げられた「朱の盤」です。縦2メートル、横4メートル超の大画面には東北の伝承に残る魔物が、その顔の二つの大きな目のみをクローズアップするかのような姿で描かれています。

この魔物はかつて男が寂しい小道を歩いていた際、後ろを振り返った時に突如、出現したという逸話に由来するものだそうですが、ともかくその目の力、ようは存在感が並大抵ではありません。それこそ前に立つ者を睨み殺すかのよう見開いていました。

また「朱の盤」の前に向かい合って並ぶ「清姫」と「飯綱と稲荷」もおどろおどろしい様子を見せつけています。うねり、どこか全てが溶けていく鬼の姿はまさに奇怪そのもので、この世ならざる彼岸を見ているかのようでした。

奥の小部屋には制作ノート類も展示されています。妖怪や鬼を終始見つめ、そこから人間存在の在り方を問う金子の制作プロセスを知るのにももってこいの内容ではなかったでしょうか。

高島屋に出ていた作品とは一部重複していたかもしれません。(間違っているようでしたら訂正します。)ただそちらでも出ていなかった作品もあり、改めて金子の世界観を堪能出来ました。

8月13日まで開催されています。

「金子富之展:妖怪実体化」 ミヅマアクション
会期:7月21日(木)~8月13日(土)
休廊:日・月・祝
時間:12:00~18:00(火~金)、12:00~19:00(土)
住所:目黒区上目黒1-3-9 藤屋ビル2階
交通:東急東横線・東京メトロ日比谷線中目黒駅より徒歩3分。
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「田中功起:雪玉と石のあいだにある場所で」 青山|目黒

青山|目黒
「田中功起:雪玉と石のあいだにある場所で」
7/16-8/20

青山目黒で開催中の田中功起個展、「雪玉と石のあいだにある場所で」へ行ってきました。

さて横浜トリエンナーレではあの大味なスペースを逆手にとったインスタレーションを展開した田中功起ですが、ここ青山目黒には最近海外で発表した主に3つの作品(映像1点、写真シリーズ2点)を出展しています。

中でも一番の見どころは今回のメインの「だれかのガラクタはだれかの宝もの」と呼ばれる映像作品です。

田中はロサンゼルスのフリーマーケットに出展者として参加していますが、ともかくはその売っているものに要注目です。

映像も実際に「売り物」を会場に搬入する様子から始まりますが、その「売り物」とは何とロサンゼルスはよく道ばたに落ちているという椰子の葉です。ようは日頃ゴミとして扱われているものが「売り物」と化したわけでした。

まさに商品は果たしてどうした定義で商品になり得るか、そして言い換えればアートは如何にしてアートになり得るかということへの大きな問いが投げかけられています。

ちらりと横目で通り過ぎる人達が多い中、一部の人は立ち止まり、これは一体何かということや、使い道云々、さらではゴールドでも出るのかといったようなやり取りもがなされます。また自らを詩人と呼ぶ男が登場し、そこからアートとは何かを問い交わすシーンなどもありました。

それに対して田中は答えをあえて持ちません。あいまいな応答に終始することで、むしろモノの価値や意味の在り方がいかに曖昧で相対的なものに過ぎないのかを浮き彫りにしていました。

とは言え、一定の秩序は無慈悲にも絶対的です。最後は呆気ない幕切れを迎え、田中も一線を超えることなく引き下がります。彼のアイデアと試みはその場で関係した者の経験と記憶だけ残して跡形もなく消え去りました。


田中功起「美術館はいっぺんに使われる」(2011年) *横浜トリエンナーレ会場作品。

8月20日までの開催です。

「田中功起:雪玉と石のあいだにある場所で」 青山|目黒
会期:7月16日(土)~8月20日(土)
休廊:日・祝
時間:11:00~20:00
住所:目黒区上目黒2-30-6
交通:東急東横線・東京メトロ日比谷線中目黒駅より徒歩8分。
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「濱田庄司 スタイル展」 パナソニック電工汐留ミュージアム

パナソニック電工汐留ミュージアム
「濱田庄司 スタイル展」
7/16-9/25



「現代陶芸の第一人者」(ちらしより引用)として知られる濱田庄司の業績を紹介します。パナソニック電工汐留ミュージアムで開催中の「濱田庄司 スタイル展」へ行ってきました。

いわゆる民芸運動を積極的に展開したことでも名高い陶芸家の濱田庄司ですが、彼はイギリスの陶芸と深い関係を持ち、彼の地の生活の在り方や芸術に強い関心を寄せていたことなどはあまり知られていませんでした。


左、イギリス「蓋付書き物机(ビューロー)、ウィンザーチェア」17世紀。右、濱田庄司(デザイン)「装飾電燈傘」1937年。

この展覧会ではそうした濱田のモダニストとしての側面にスポットを当て、とりわけ彼が工芸をどう実際の生活に取り込んでいたかについて検証しています。

会場には陶芸作品はもとより、愛用していた衣服、また使っていた家具などを揃えて、濱田の日常と生活に近づけるよう工夫されていました。

濱田自身が「英国で始まり、沖縄で学び、益子で育った。」と述べている通り、彼はイギリスの生活や陶芸に強い影響を受けています。

1920年にイギリスへ渡った濱田は、バーナード・リーチとともにしばらく滞在を続けます。そこでまずみいだしたのが、スリップウェアと呼ばれる陶芸です。鳥などの文様が素朴な形で描かれるスリップウェアに濱田は関心を寄せ、自身もいくつかの作品を制作していきます。

自由な曲線、そしてまるで古代壁画を連想させるような可愛らしいモチーフなどは、後の濱田の作陶の原点にもなっていました。

イギリスでの生活は濱田の創作に様々な刺激を与えます。元々、彼は中学の頃から西洋家具に興味を持ち、骨董屋などを廻っていたそうですが、イギリスでもウィンザー朝の家具などを収集していきます。

濱田が書き物机として愛用していたのも、そうしたイギリスで手に入れたものでした。

またいわゆる西洋の民芸品収集にも熱心に取り組みます。スウェーデン製の水注やアメリカの絵壺、そして民芸ではないものの濱田がコレクションしたデルフト焼きの白磁の大皿なども紹介されていました。


左、「三越製 スーツ一式」1950年頃。右、濱田庄司「帯留」1960年代。

また興味深いのは、濱田が服装にもかなり気を使っていたという点です。彼は外出の際は必ずスーツに帽子という整った格好をしていたそうですが、会場ではそれらとともに、愛用のネクタイまでがいくつか展示されています。

それらは全てシルクであったそうです。濱田のオシャレな一面を見ることができました。


濱田庄司「赤絵角皿」1960年

後半は益子時代における濱田の陶芸作品がずらりと揃います。そしてこの展示がまた秀逸です。濱田は自身の食卓を彩るための器を多数制作し、多くの客をもてなしていましたが、会場ではあたかも濱田家の食卓を再現したかのようなディスプレイが行われています。

もちろん作品そのものも楽しめますが、ダイニングにずらりと並ぶ器を見ていると、多くの来客で賑わったという濱田家の日常の一コマが浮かび上がってくるようでした。

それにしてもこのダイニングしかり、最近のこのミュージアムの立体展示の上手さには舌を巻きます。展示では濱田の生活をスローライフになぞって紹介していましたが、そうした雰囲気を楽しめる会場といえるかもしれません。

ところでこの展示に全面的に協力している濱田ゆかりの益子参考館ですが、3月の東日本大震災により少なからず被害を受けたそうです。

現在は部分的に開館出来る状態とのことでしたが、再建のための募金の案内もありました。詳しくは以下の益子参考館の公式サイト、及び被害状況などを記した同館のブログをご参照下さい。

益子参考館/益子参考館再建基金(ブログ)

9月25日まで開催されています。これはおすすめします。

「濱田庄司 スタイル展」 パナソニック電工汐留ミュージアム
会期:7月16日(土)~9月25日(日)
休館:月曜日(7月18日、9月19日は開館)、8月12日(金)~8月16日(火)
時間:10:00~17:00
住所:港区東新橋1-5-1 パナソニック電工ビル4階
交通:JR線新橋駅銀座口より徒歩5分、東京メトロ銀座線新橋駅2番出口より徒歩3分、都営浅草線新橋駅改札より徒歩3分、都営大江戸線汐留駅3・4番出口より徒歩1分。
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