「前川國男建築展」 東京ステーションギャラリー 2/25

東京ステーションギャラリー(千代田区丸の内1-9-1)
「モダニズムの先駆者 生誕100年 前川國男建築展」
2005/12/23-2006/3/5

長期休館前の東京ステーションギャラリーにて開催されている、建築家前川國男(1905-86)の回顧展です。図面約150点、模型約30点を含んだ、計約250点の資料にて前川建築の全貌に迫ります。質量共に充実した展覧会です。

前川國男の名前を聞いてまず頭に浮かぶのは、上野の森に並んでいる東京文化会館(1961)と東京都美術館(1975)、それに国立西洋美術館新館(1979)の三作品ですが、この中で特に印象深いのは東京文化会館です。建物からグイッと迫出して、空へと向かう大きなコンクリートの庇。立ち並ぶ太い柱が屋根を支えながら建物の外観を作り、壁は大きなガラスとして中と外をつなげている。最近改修したとは言え、さすがに年代を感じさせる部分もありますが、ル・コルビュジェの西洋美術館本館と対峙するようなその威容。上にアップしたパンフレットのようにして下から屋根を見上げると、まるで大きな鳥が翼を広げて羽ばたこうとしている姿のようにも見えてきます。庇は前川建築の特徴の一つとしても挙げられていますが、この力強さと逞しさは見事です。一見しただけで記憶に残る個性的な作品です。

懐かしい思い出のある京都会館(1960)も前川の作品でした。幼かった頃何度となく足を運んだ場所ですが、今改めて見ると、特に疎水側から眺めた時に感じられる和風的な外観が、周囲の緑と美しく調和していることが分かります。まるで禅寺、それこそ南禅寺の山門をくぐるかのようにして敷地へと入って行く。ちょうど中庭部分を囲むかのようにして建物が配されているので、一度「門」を抜けても再び空が待っています。東京文化会館とは一年違いの建物ですが、こちらは不思議とあまり古さを感じさせません。平安神宮(1894)や京都市美術館(1933)を兄分とすれば、共に岡崎の風格を象る弟分のような存在です。

ステーションギャラリーから最も近くにある前川建築は、会場の窓からも眺めることの出来る東京海上ビルディング(1974)です。建設当時の「美観論争」によって設計案が変更されたビルですが、(高さ127メートルから約100メートルへ。)今となってはその論争が一体何だったのかと思うほどに周囲が高層化されていて、もはや高さとしての存在感はありません。しかし、東京駅舎と対になっているような打ち込みタイルによるワイン色の外観と、ビル全体を覆った太いラインによる格子模様が大変印象に残ります。外観においては、依然として色あせることのない作品です。

ここに挙げた大きな作品以外にも、小さなバラックビルや量産型の建築が多数紹介されていました。私などどうしても大きな建物ばかりに注目してしまいがちですが、そのような小さな建物にも決して見逃せない味わいがあります。コストや耐震性なども意識した実直な作品、例えば新宿の旧紀伊国屋や自邸などは魅力的です。特に自邸は是非一度拝見してみたいとも思いました。(小金井市の「江戸東京たてもの園」に移築されているようです。)

展示スペースの関係でやむを得ないのでしょうが、出来れば図面などがもう少し低い位置にあれば良かったと思いました。今の姿では最後となるステーションギャラリーの温もりを味わいながら、前川建築をたっぷりと楽しめる展覧会。来月5日までの開催です。おすすめします。
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「パウル・クレー展」 大丸ミュージアム・東京 2/18

大丸ミュージアム・東京(千代田区丸の内1-9-1)
「パウル・クレー展 -線と色彩- 」
2/9-28

スイス・ベルン郊外にある「パウル・クレー・センター」のオープン(昨年6月)を記念して開催されている展覧会です。キャリア初期のミュンヘン時代の作品から、点描画を中心とした約60点にてクレーの画業を回顧します。意外なクレーの一面を鑑みることの出来る興味深い展覧会です。

いわゆる抽象画家としてのクレーの油彩画に期待すると、この展覧会はかなり物足りなく感じられます。しかし、あまり知られていないような点描画や水彩画を楽しむことについては、なかなか優れた企画と言えそうです。「線の追求」のコーナーに展示されていた初期のペン画は、これがクレーであると明記されなければ、すぐにそうだとは分からない作品ばかりです。「ミュンヘン郊外」(1910)は、長閑な田舎の景色を、鳥瞰的な構図で描いた素朴な作品です。また同じく風景画である「無題(ミルバーツホーフェン風景)」(1912)は、線のみで表現された建物の屋根のラインにやや幾何学的な立体感があって、どこかクレーらしい味わいを思わせますが、やはりあの油彩のクレーのイメージからはまだ遠く離れた作品のようにも見えます。それが「光の追求」のセクションにて紹介されていたチュニジア旅行を経ると、これまでの線に、効果的な陰影を持った面と鮮やかな色彩感が加わって、まさにクレーならではの遊び心のある、多面的で複層的な画面構成になっていくのです。線がもっと躍動感を見せて、巧みに配された色を分割し画面を作り上げる。もちろんそこには、どこか人間への優しい眼差しを感じさせる温もりがあります。一見キュビズムを思わせる線と面と色との交錯が、画面に物語を与えて見る者を穏やかに包み込む。私はクレーが大好きで何度見ても飽きることはありませんが、この展覧会では、そんなクレーの作品を、線と面との最小単位に分解させて、その上で再構築して提示するかのように見せてくれました。

薄いピンク色に溶け込んだ十字架の白いラインの上に、三次元の世界が儚く出現しているようにも思わせる「つなわたり」(1923)や、色彩から朧げにピラミッドが浮かび上がり、それがどこか擬人化されて描かれているようにも見える「ピラミッド」(1934)、さらにはノルデのような美しい水彩の洪水の中に、まるで隠れるようにしてアルファベットが描かれている「ああ、私の苦悩をさらに苦くするもの、それは君が私の心を予感だにしないこと」(1916)などに特に惹かれました。

この展覧会の開催に合わせて発行された「クレー ART BOX -線と色彩- 」(講談社)が、なかなかコンパクトに可愛らしくまとまっています。クレーの作品を、絵本のように見返しながら楽しむことが出来そうです。展覧会は次の火曜日までの開催です。
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東京交響楽団 「モーツァルト:交響曲第39番」他 2/24

東京交響楽団 第5回川崎定期演奏会

モーツァルト:交響曲第29番
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番
モーツァルト:交響曲第39番

指揮 ユベール・スダーン
ヴァイオリン イリア・グリンゴルツ
演奏 東京交響楽団

2006/2/24 19:00~ ミューザ川崎シンフォニーホール2階LA

このところ元々予定していなかったコンサートが続いていますが、昨晩は川崎まで少し足を伸ばして東響の定期演奏会を聴いてきました。演目はまるで名曲シリーズのような「オールモーツァルトプログラム」。モーツァルトに強い(?)スダーンの十八番を楽しむことが出来るコンサートです。

この日の演奏で特に挙げたいのは、ヴァイオリン協奏曲を挟んで演奏された二つの交響曲でしょう。以前このコンビでブルックナーの第8交響曲を聴いた時(昨年11月の第530回定期。)の拙い感想にも書きましたが、スダーンのスタイルはあくまでもインテンポのキビキビとしたもの。颯爽とリズム感良く音楽を進めますが、もちろん一つ一つのフレーズを御座なりにすることもない。ブルックナーではやや物足りなかった東響のこぢんまりとした響きを筋肉質にまとめあげ、小気味良いモーツァルトを聴かせてくれます。ヴァイオリンと低弦部の鮮やかな対比、またはオーケストラから柔らかく浮かび上がる管の響き、さらにはティンパニの強打による跳ね上がるようなリズム感など、在京オーケストラにて、これだけ各パート毎の役割分担がしっかり出来たモーツァルトもないと思わせるほどです。見事です。

メインの第39番も非常に興味深い演奏でした。第1楽章の序奏部分では力感溢れたアタックにて曲の輪郭をハッキリと象り、そのまま音楽を大きな塊にするかのようにして「歌うアレグロ」へと突入していく。それはまるでドン・ジョバンニの序曲冒頭のデモーニッシュさを思わせます。またアンダンテ楽章においても、交響曲第40番の第1楽章のような哀しみをたたえて、曲を深く掘り下げる。そしてメヌエット楽章も、フルートに続くヴァイオリンの旋律がソロとして歌うかのように痛切に奏でられて、メヌエット特有の愉悦感よりもむしろ静謐な響きの美感が優先されます。最後のアレグロは決して走り過ぎることがありません。先にも書きましたが、各パートの響きがハッキリと区分されるように演奏され、そこから一つの塊としての全体が生まれてくるので、ヴァイオリン主導のこの楽章においても単にメロディーラインがなぞられるだけに終らない。ジュピターに匹敵するほどの構成美を感じさせながら曲が閉じていきました。東響はそんなに状態が良いとは思えませんでしたが、そんなことはあまり問題とならないほどに、考え抜かれて構成されたモーツァルトです。

アンコール曲は、宣伝も兼ねてと言うことなのか、4月にこのコンビで上演が予定されている皇帝ティートの慈悲から序曲でした。スダーンと東響にて「モーツァルト・シリーズ」をやって欲しいとさえ思うような充実した内容です。このコンビ、やはり目が離せません。

*ミューザ川崎シンフォニーホールへは今回初めて行きましたが、川崎駅からデッキで直結していて、思いの外便利な場所にあります。ホールはいわゆるワインヤード型かと思いますが、上階席がまるで芸劇のように高く奥まった位置に作られているのは驚きです。(音圧感はどうなのでしょう。)また驚きと言ったらもう一点、私が座ったステージサイドだけかもしれませんが、床が斜めになっていることです。これは少し慣れるまでに時間がかかります。最後に肝心の響きですが、残響も長過ぎることなく、素直に楽器が響いてきました。まずは好印象です。もちろん別の座席ではまた異なった響きかと思いますので、今後も何度か足を運んでみたいと思います。(今のところは、みなとみらいよりは好きな響きかもしれません。)
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「大いなる遺産 美の伝統展」 東京美術倶楽部 2/18

東京美術倶楽部(港区新橋6-19-15)
「大いなる遺産 美の伝統展」
2/5-26

東京美術倶楽部の創立100周年を記念した「大いなる遺産 美の伝統展」です。美術商の創設した団体による展覧会ということで、彼らの関わった、日頃あまり公開されない国内の名品が並んでいます。貴重な古美術と、日本の近代絵画・工芸とのきらびやかな響宴です。まさに今だけの、見逃せない展覧会と言えるでしょう。

会場は、古美術と近代絵画、さらには近代工芸の三部構成に分かれていますが、まずは日本画の名品たちがズラリと待ち構えていました。入ってすぐの場所に展示されている小林古径の「山鳥」(1939)。見事な尾と赤みを見せる首のラインが、古径にしては随分と剛胆なタッチにて描かれています。また、まるで羽の一つ一つを紙本に貼り合わせて生み出したような立体感も見事です。背景の雪が舞っている様も場の雰囲気を盛り上げる。出だしからいきなり魅力たっぷりの作品に出会えました。

菱田春草の「柿に猫」(1910)は、淡い柿の木の下でジロッとこちらを睨みつける黒猫がとても可愛らしい作品です。また、滲み出す顔料の質感が、猫のフサフサした毛を巧みに表現しています。もちろん柿の木になっている実も瑞々しい。か細い線が春草らしい儚い世界を作り上げます。これも必見です。

どれも見応えのある作品ばかりなので、つれづれと書いていくとキリがありませんが、その作家の代表作とも言えるような一級品がいくつか展示されています。まず一点目は、大観の「或る日の太平洋」(1953)でしょうか。縦長の構図に、荒れ狂う太平洋と富士が対峙している作品ですが、ともかく富士に迫り行く海の描写が素晴らしい。大きくうねる白波は、まるで富士へ向かって飛ぶ白い龍のように描かれて、山を飲み下さんとばかりに牙を剥いています。普段は静かなはずの海が、まるで大津波のように荒れ狂った恐ろしい表情を見せている。自然に対する畏怖の念すら呼び起こす作品です。

二点目は、私が見た一連の土牛の中でも、「鳴門」に匹敵するくらい素晴らしかった「八瀬の牛」(1939)です。土牛らしいたっぷりとした顔料にて描かれた大きな黒牛。顔料の濃淡だけで、黒光りする皮膚の質感と、でっぷりとした肉体の存在感が巧みに表現されています。気怠そうな目と、思いの外に細長い尻尾。簡素に描かれた梅の紅が画面に良いアクセントを与えています。これも見事としか言う他ありません。

最後に三点目として挙げたいのは、上村松園の「櫛」(1940)です。生誕120年を記念した山種美術館での上村展もまだ記憶に新しいところですが、この美人画も傑作の一つとして推したくなる逸品です。透き通るような白い手を持つ彼女の上にかかげられた大きな櫛。まるでそれを初めて使うかのように、少し楽し気にウキウキとしながら玩んでいます。また、衣服の色付きも実に優れていて、特に袖口からのぞく薄緑色の衣の味わいは絶品です。この三点以外にも、油彩画風の画面が興味深い川合玉堂の「鵜飼」(1938)や、白い肩が露となって艶っぽさを見せる伊東深水の「通り雨」(1949)に強く惹かれました。

次は西洋画のコーナーです。ここでは佐伯祐三の「リュクサンブール公園」や、近代美術館での大回顧展が待ち遠しい藤田嗣治の「私の夢」(1947)なども魅力的でしたが、特に惹かれたのは、先日回顧展を見たばかりの須田国太郎の「樹上の鷲」(1942)でした。一見粗雑にも見えるデッサンで描かれた巨大な鷲。太い止り木にのって、威風堂々とした姿を見せつけていますが、目がとても優しい。もちろんそこに配された色は須田独特のもので、黒やピンクや赤茶色が無秩序に混ざり合っています。彼の作品の魅力は、このどこか不器用な印象も受ける色への強い執着心にあるのかもしれません。洗練さとは無縁の、しかしながら心に染み入る色の温もり。このところの私にとって須田は赤丸急上昇中ですが、彼の作品に再会出来た喜びを味わいました。竹橋にももう一度足を運ばなくてはいけません。

近代工芸と古美術においても、当然ながら見応えのある作品ばかりが並んでいます。先日出向いた栗田美術館でも拝見した鍋島から「色絵橘文大皿」、または宋や高麗時代の端正な青磁器数点、それにまるで押し花のように草花が屏風に描かれた鈴木其一の「四季草花屏風図」、さらには平安期の優雅な「源氏物語絵巻 夕霧」などは魅力的です。特に器の展示が充実していたので、好きな方にはたまらない内容かと思います。

話題の展覧会ということで、会場ビル入口付近では一部入場制限も行われていましたが、実際はそんなに待たずに入ることが出来ました。(内部のエレベーターが混雑しないように制限をしているようです。)御成門近くのオフィス街にこのような施設があったとは全く知りませんでしたが、今回の展覧会以外にも様々な催しを行っているとのことです。念のため、時間に余裕を持ってお出かけになられることをおすすめします。次の日曜日までの開催です。
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「名和晃平 『GUSH』」 SCAI THE BATHHOUSE 2/18

SCAI THE BATHHOUSE(台東区谷中6-1-23)
「名和晃平 『GUSH』」
1/20-2/25

SCAIにて開催中の「名和晃平『GUSU』」。名和の作品は、昨年赤坂の国際交流基金フォーラムで開催された「Have We Met?」展にて初めて拝見し、それ以来少し気になっていたのですが、今回はまたその時とは異なった味わいを感じさせてくれました。オブジェ2点と、数点の平面作品で構成されたインスタレーションです。

まず入口付近にて、まるで入場者を遮るかのように置かれていたのが、「Scum」(2006)という大きな作品でした。薄い黄緑色をした、まるで溶岩のような質感のポリウレタンの塊。それが大蛇ようにクネクネと曲がりながら、上へ下へと空間を支配しています。同じくポリウレタンにて作られた球形の作品と合わせて、奇妙な造形を楽しませてくれました。

平面作品では、ガラスのように磨き抜かれたステンレス板の上に、糊状になったインクをぶちまけた作品が印象に残りました。生々しい、それこそ今ポリウレタンのオブジェから噴き出して来たような物質が、ステンレス板に流麗に吹き付けられ、固められている。形の面白さよりも、メタリックな質感の妙に軍配を挙げたい作品です。この物質にて、立体的なインスタレーション作品があればなお興味深いような気もします。

「Have We Met?」展では、動物の剥製を透明なボックスに閉じ込めた作品が印象的でしたが、他にも様々なバリエーションの作品を手がけているそうです。一度美術館クラスの展覧会にて、その全てを拝見してみたいとも思いました。(次回のSCAIは宮島達男の個展です。これは楽しみ!)
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「鬼頭健吾+ロバート・プラット」 ギャラリー小柳 2/18

ギャラリー小柳(中央区銀座1-7-5 小柳ビル8階)
「鬼頭健吾+ロバート・プラット」
2/1-28

ギャラリー小柳で開催中の、鬼頭健吾とロバート・プラットの二人展です。鬼頭のカラフルなフラフープによるインスタレーションと、プラットの鮮やかな油彩画が美しく調和しています。組み合わせの妙がキラリと光る展覧会です。

鬼頭によるピンクやオレンジのフラフープは、白を基調とした大きな空間の中で、まるでごちゃごちゃにこんがらがった糸のように、縦横無尽に広がっています。何本も連なり、または折り重なって進み行くフラフープ。起点も終点もない。どこまでも増殖し、そして無限にのたうち回る。展示室側壁の下部には、何枚ものガラスがはめ込まれていましたが、もちろんそこにもフープが無数に写り込んで、さらに空間を増幅させていきます。あれほどにカラフルなフープがたくさんうごめきながらも、決してうるささを感じさせない、どこか無機質でシャープな味わいもまた魅力的でした。

まるでアクリル画のように大きく光を取り込んだプラットの油彩画は、鬼頭のフープに調和するかのようにして展示されています。動物やら自然やらをたくさん詰め込んだ画面は、何やら窮屈な雰囲気も持っていますが、それが鮮やかな色によって巧みにまとめられていて、こちらもあまりうるさくありません。他の作品も少し気になるところです。

今月末までの開催です。
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「2006 両洋の眼展」 三越日本橋本店ギャラリー 2/19

三越日本橋本店新館7階ギャラリー(中央区日本橋室町1-4-1)
「2006 両洋の眼展」
2/14-19(会期終了)

日本橋の三越にて僅か6日間だけ開催していた「両洋の眼 2006」。無知な私はこの展覧会のことを、てっきり西洋画と東洋画のコラボレーション展のようなものかと思い込んでいましたが、実際は、今活躍中のベテラン画家計70名以上が一堂に会した、今年で17回目を迎えた伝統のある現代絵画展でした。絵画のジャンルは実に多種多様。西洋画から日本画に抽象画まで、まさに「一切の枠を乗り越えた」(パンフレットより。)絵画が三越に大集合しています。ボリューム満点です。

この手の展覧会では、作品との相性の如何で、じっくりと前に立ち止まって鑑賞したり、また素通りしてしまったりするのですが、まず足を止められたのは、初めの日本画の技法にて描かれた作品の中にて、特に奇妙な存在感を見せていた川島淳司の「親子象」でした。麻に岩絵具にて描かれた巨大な親象と小さな子象。ともに配された不気味な緑色が、丸みを帯びた独特のフォルムを異様に際立たせています。この作品で特に注目すべきなのは親象にくっきりと描かれた目でしょうか。グッと曲げられた三日月状の目。見る者を挑発するかのような上目遣いで、どこか薄気味悪い。あまり好きな作品ではありませんが、この目からはなかなか離れることが出来ません。

「親子象」とは打って変わって、日本画の王道的な美を見せてくれたのが、田渕俊夫の「梅花爛漫」です。麻地に墨の濃淡にて表現された、一面に咲き誇る白梅の図。全ては朧げに、靄に包まれているかのように表現されていますが、白梅の一つ一つが、まるで雪の結晶のように細かく描写されている様子も見事です。白い梅がこれほど簡素な形でありながら、華やかに表現されていること。シンプルな構図が画面に奥行き感も与えます。こんな作品が玄関にあったら、さぞかしその家が格調高くなって見えてくることでしょう。気品を感じさせる作品でした。

会場で特に人だかりが出来ていたのは、金昌永の「From where to where 0511F」でした。風紋の美しい砂漠(砂浜?)を、縦長の構図にて描いた油彩画。何故こんなに多くの方が見入っているのだろうかと目を近づけてみると、その表面にたくさんの細かい砂粒がのっていることがわかります。一つ一つ、場面に合うようにして丁寧に彩色された細かい砂。それがキャンバス全体に散りばめられて大きな画面を完成させます。素材をキャンバスへ持ち込むことはそう珍しいこととは思えませんが、砂をのせたことで生み出される質感はなかなか豊かです。人が集まってくるのも当然かもしれません。

金の作品とは一転して、殆どの方が素通りでありながらも、私にとって大変魅力的だったのは山本麻友香の「cauliflower ear」でした。淡い紫色の画面にぼんやりと浮かび上がる、不気味なほどに巨大な一人の子供。全身真っ白な衣服に身を包み、顔から手足までも白に覆われています。そして真っ黒な坊ちゃん刈りの髪の毛。さらにインパクトがあったのは、透き通った濃紺にて描かれた両目です。うるうると涙がにじみ出てくるような瑞々しさをたたえて、こちらを凝視する様子。まるで何かを強請っているようでもあり、また単にぼんやりとしているだけのようにも見えます。あどけなさも残る、もう何処にもいなくなってしまったような純朴な子供。ノスタルジックなイメージも与える作品でした。この清純さは一体どこから来たのでしょう。

この展覧会は三越を皮切りにして、今後、山形や兵庫、それに山梨へ巡回するそうです。毎年開催されているようなので、今後も定期的チェックしていきたいと思いました。
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ファビオ・ビオンディ&エウローパ・ガランテ 「ヴィヴァルディ:四季」他 2/20

ファビオ・ビオンディ&エウローパ・ガランテ東京公演

ヴィヴァルディ:「バヤゼット」序曲
モーツァルト:交響曲第11番(K.84)
テレマン:組曲「ドン・キホーテのブルレスカ」(TWV55)
ヴィヴァルディ:「和声と創意への試み」より「四季」(作品8)

指揮・ヴァイオリン ファビオ・ビオンディ
演奏 エウローパ・ガランテ

2006/2/20 19:00~ 東京オペラシティコンサートホール2階

チケットポンテにて格安チケットが出ていたので、急遽初台まで行って聴いてきました。イタリア古楽界の中ボス(?)、エウローパ・ガランテの来日コンサートです。

ビオンディとガランテによる、一般的なバロック音楽のイメージを吹き飛ばすような先鋭的な演奏は、私も良く聴くOpus111のボックスで楽しむことが出来ますが、実際にそのスリリングな演奏を前にすると、やはりじっと座って聴くのが馬鹿らしくなるほどに躍動感に溢れています。ジェットコースターに乗っているような猛烈な緩急の落差と、長剣をバンバン振り回しているような半ば暴力的な弦のボーイング、(美音など野暮と言わんばかりの…。)そして極限のピアニッシモからまるでハンマーで殴ったようなフォルテッシモのアタッカまで、ともかくこれほどに揺さぶられる音楽もありません。全身で音楽を表現するビオンディの挑発的な力強いソロから、ノリに乗ったヴィオラやチェロ、そして実に軽やかに音を刻み込むチェンバロまで、全てが一つになってヴィヴァルディの超有名曲をお手軽に料理していきます。そしてもちろんそれが曲に新鮮さを与えるのです。モーツァルトの交響曲第11番もテレマンも、たった今ロックかジャズとして誕生したばかりのようなノリの良さ。ハチャメチャさを通り越して出現した力強い説得力。イタリアンバロックの過激さを浮き彫りにさせた、最高のエンターテイメントに仕上がっていました。面白過ぎます。

そしてそのエンターテイメントとして最高に楽しませてくれたのは、やはりメインの「四季」でしょう。「春」の冒頭にて既に大荒れの春の嵐でしたが、時折フッと力を抜くようにして響きを和らげる様が実に印象的でした。また「夏」のプレストはもちろん台風。チェロとヴィオラが強烈な横殴りの雨を表現したとすれば、ビオンディのソロは土砂降りの雨の中で台風に抵抗するかのように頑張る一人の人間でしょうか。各パートの自由自在なリズム感と、漫才のような巧みな掛け合いの妙にはただひたすらに驚かされるばかりです。アンコール2曲目はこの楽章のアレンジバージョン(?)でしたが、ここでは快速が新快速になったように(?)さらにスピードアップしていって場を盛り上げます。目にもとまらぬ、息もつかせぬとは、まさにこのことです。

会場は一階席こそ七割弱は埋まっていましたが、二階三階は閑散としていました。タケミツメモリアルは美しい響きを聴かせてくれるホールではありますが、非常に小さく凝縮されてまとまったガランテの響きを鑑みると、ややキャパシティが大き過ぎたのかなという気もします。バロック音楽の快感へ強く誘う、まるで危なっかしい薬を飲ませるような烈しい演奏でした。
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「鍋島 -精緻な技・優雅な意匠- 」 栗田美術館 2/12

栗田美術館(足利市駒場町1542)
「特集陳列 鍋島 -精緻な技・優雅な意匠- 」
2005/9/17-2006/2/19(会期終了)

栗田美術館所蔵の鍋島から、特に優れた作品が展示された展覧会です。伊万里とは全く異なった性質の図柄と、落ち着いた色合いの妙をたっぷりと味わうことが出来ます。伊万里か鍋島かと問われれば、この鍋島に軍配をあげたくなるような魅力ある企画です。

一口に伊万里と言っても内実は多くの様式に分かれていますが、少なくとも西洋向けに大量生産された伊万里であるなら、明らかにこの鍋島の方が魅力的です。無駄のない簡素な絵柄と、全く華美でない色づけ。もちろん器にはたっぷりと余白がとられていて、伊万里のような徹底した装飾美を見せつけることもありません。白地に配された淡い草花や風景の図。鍋島は当時、お上への献上品として生産された経緯があり、どれも高級品扱いされていたとのことですが、今回展示されたものも確かに全くスキのない作品ばかりでした。

展示作品の中でも特に重要なものとして扱われていた「色絵岩牡丹植木鉢文大皿」(1688-1736。上にアップしたパンフレットはその一部です。)は、白い大皿の中に、瓶のような器と共に、岩と赤や白の牡丹が描かれたもので、まるで盆栽のような箱庭的な味わいがとても魅力的な作品です。色は実に落ち着いていて、牡丹の赤も白も決して主張し過ぎることがありません。皿の上にて、全てがこじんまりと完璧に調和している点に美しさがあるのでしょう。この作品にも見られる赤色は、他の鍋島でもまさに紅一点のように美しく映えていて、その抑えられた美感が深い味わいをもたらします。赤が豪華絢爛に舞う伊万里とは全く異なった美意識がそこにありました。

栗田美術館のウェブサイトでは、所蔵の鍋島と伊万里が一点一点画像付きで丁寧に紹介されています。これはなかなか有難い試みです。

*拙ブログにおける栗田美術館の紹介はこちらへ
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「もっと知りたい!モーツァルト」 N響アワー(NHK教育) 2/19

TVのスイッチを入れたら、いきなりモーツァルトの肖像画がドアップにて出て来たので、そのまましばらく見続けてみました。昨晩、NHK教育で放送されていた「N響アワー」です。

タイトルは「もっと知りたい!モーツァルト」。メモリアルイヤーに合わせた「池辺晋一郎の音楽百科」シリーズの特集ということで、池辺さんがモーツァルトの魅力について軽妙洒脱(?)に語っていきます。もちろん毎度恒例の、N響公演録画放送もあり、魔笛の序曲やピアノ協奏曲第23番、そして交響曲第41番が流れていました。これらは全て、昨年の8月から9月にかけて演奏された、スタインバーグ指揮のN響定期公演のようです。

池辺さんによれば、モーツァルトの中でも特に重要なのは、オペラ、ピアノ協奏曲、交響曲の順なのだそうです。(私としては、最後の交響曲のかわりにピアノソナタを推したいところですが、それではN響の出る幕がなくなり番組が成立しません…。)そしてもちろん上に挙げた3曲も、これらのジャンルからそれぞれ1曲ずつ選択されたものです。2曲目のピアノ協奏曲第23番は、第2楽章からの演奏でしたが、これは嬰ヘ短調からイ長調へと移り変わるこの曲魅力、強いてはモーツァルトの短調と長調の異なる魅力を味わって欲しいという配慮によるものでした。(第23番の2楽章の憂いはたまらなく魅力的!)私もモーツァルトのピアノ協奏曲は大好きで、池辺さんの仰られる通り、特に第20番以降の作品が優れているのかとも思いますが、不思議と常日頃CDラックにのっているのは、第8番と9番、それに第16番から19番あたりです。後期のシンフォニックな様式よりも、ピアノとオーケストラがまるで内緒話のように囁き合う、こじんまりとしたものを好むのかもしれません。

先にも書いたように、オペラからは魔笛の序曲が取り上げられていましたが、私もモーツァルトのオペラの序曲の中では、まず第一にこの曲を推したいと思います。晩年の透明感のある響きを、簡素な構成感にて、しかもオペラの主題を巧みに取り込む形にて表現した魔笛の序曲。特に展開部冒頭の三和音の力強い響きは、このオペラの神秘的な雰囲気を予感させます。(フリーメイソン?)もちろん、モーツァルトのオペラ序曲は、(特にドン・ジョバンニなど。)劇の中心的なエッセンスを器用に取り込んだものが多いのですが、魔笛の序曲ほど古典派的な美意識を感じさせてくれるものはありません。空疎で乾いた響きが、不思議と曲に厳格さを与えているショルティの旧盤などがお気に入りです。

交響曲第41番は、かつて私がモーツァルトにハマった頃、最も頻繁に聴いていた曲でした。先にも交響曲よりピアノソナタを挙げたいと言った私としては、モーツァルトの交響曲全般についてはそれほどに魅力を感じませんが、(むしろハイドンの交響曲の方が魅力的。)この第41番だけは何故か取り憑かれたように心に迫ります。ベートーヴェンの運命の扉に匹敵するほどに印象的なジュピターの第1主題。それが何度も何度も回帰して、まさに大伽藍のように、ブルックナーに負けないほどに(言い過ぎかもしれませんが…。)壮大な音響空間を作り上げる。音楽学者のアインシュタインが、「ギャラントなものと学問的なものとの融合が、フィナーレにおいてハッキリ示される。それは音楽史上の永遠の一瞬である。」と述べた第4楽章も、音符があれだけ堅牢に、また緻密に組み合わされているのにも関わらず、不思議と熱気を帯びていき、怒濤の二重フーガを築き上げます。この熱気を感じとれる演奏と言えば、やはりバーンスタインのものか、またそれとは別の意味での熱気(没入的ではない。)ということでのヴェーグ盤などでしょうか。また逆に、崩壊寸前のテンポ感がむしろ音楽をスリリングなものにしてしまっているというクレンペラー盤なども興味深い演奏です。常日頃楽しめるような、クセのないものとしてはヴァント旧盤などでしょうか。(もちろん、いわゆる古楽器演奏による名盤も多数ありますが。)

N響アワーでは、どうしても「オケ物」ばかり取り上げることになるのでしょうが、ヴァイオリンソナタや弦楽四重奏曲、さらにはいくつかのセレナーデや宗教曲なども素晴らしいものが多いので、是非それらも取り上げて欲しいと思いました。(そう言えば、先日N響定期にて聴いたブロムシュテットの大ミサは放送されるのでしょうか?)
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Tokyo Art Beat

今更ながらの話ですが、先日「Tokyo Art Beat」(TAB)に登録してみました。ユーザー名は「harold1234」。(MyTABページ)このブログと同じIDです。



TABは、東京圏の美術展の開催情報を、常時約250件以上掲載しているウェブサイトです。情報を分かり易く、またタイムリーに伝えることに徹しているのか、作り手の顔があまり見えてこない部分もありますが、TABlogではスタッフによる展覧会レビューなども随時更新されています。ギャラリーの情報掲載数では「芸力」に遠く及びませんが、美術館の展覧会情報はほぼ網羅されているようです。

このサイトで最も興味深いのはMyTABという登録システムです。各ユーザーがピックアップしたおすすめの美術展の情報が、それぞれに集計されている。つまり、美術展の「人気度」が、簡単な数字にて表示されるわけです。これを見れば一目瞭然、今人気の展覧会は何なのかということが良く分かります。

概要の見やすさやgoogleMapと提携した位置情報、または検索システムなどは優れていますが、各ユーザーの持ち合う情報が、もう一歩共有出来るような仕組みがあればとも思います。現状では、まだそれぞれがお気に入りの展覧会をバラバラに登録しているだけです。各展覧会の情報欄にTBが可能になったりすれば、さらに輪が広がってくるのかもしれません。

何はともあれ、しばらく使ってみます。
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「鵜飼美紀+辻和美 -光のかけら- 」 群馬県立館林美術館 2/12

群馬県立館林美術館(館林市日向町2003)
「特別展示 鵜飼美紀+辻和美 -光のかけら- 」
2005/12/10-2006/4/2

群馬県立館林美術館にて開催中の、鵜飼美紀と辻和美の二人展です。展示作品は計3点(鵜飼2点、辻1点。)と少ないのですが、広々としたエントランスの中庭部分と第1展示室を贅沢に使って、美しいインスタレーションが実現されています。

まず初めに出迎えてくれたのは、エントランスすぐ横の中庭部分で展示されていた、鵜飼美紀の「無題」(2005)です。直径約10センチほどの、水の入れられたガラスの器。(器の中にはもう一つ、ガラス製の小さな蓋が逆さになって入っています。)それが約10メートル四方はあろうかと思われる石床上に、何と563個も置かれています。また、この中庭部分は屋根がないために直接外へ面していますが、この日吹き荒れた強い北風(まさに空っ風です。)が器の中の水をワサワサと揺らす様子を見ると、あたかもそれらが寒さに震えているかのようにも見えてきます。ブルブルと北風に震えて耐える器たち。しかし上から差し込む陽の光は、春を予感させる温かい明かりでした。一面に水晶をまいたような、キラキラと輝くガラスたちは、間もなくやってくる春への希望、または生命の息吹(ちょうど生き物が水から誕生したように。)のようにも感じられます。ガラスという、冷たく透明感のある素材を用いながらも、どこか心温まる作品です。

もう2点は、広々とした第1展示室に仲良く展示されています。展示室の右手方向へ、ちょうど奥に向かうにつれて密集するかのように置かれているのが、1044個の鵜飼のガラスの器です。そして左手方向にあるのが、まさに涙のような形をして天井から吊るされている、辻の551個もの「ガラスの涙」(もちろんガラス製。こぶし大ほどの大きさです。)でした。計1561個ものガラスのインスタレーション。この展示室では、左手の「ガラスの涙」の中に立って、鵜飼のガラスの器を眺めるのがおすすめです。ちょうど涙がポタポタと雨のように滴り、それを鵜飼の器が優しく受け止めているように見える。何と心憎い演出でしょう。辻は、これらの「涙」を「いつからだろう泣かなくなったのは?」と問いかけながら制作したそうですが、彼女の流した涙は、しっかりと鵜飼の器によって受け止められていました。(器の中の水は、辻の涙かもしれません。)涙を一人で流すことほど辛いことはない。しかしまた、流した涙を受け止めてくれる人がいることほど幸せなこともない。この「ガラスの涙」は、展覧会終了後、一個約5000円にて販売されるとのことですが、辻は涙を鑑賞者に分け与えることで、それを受け止める者との、まさに涙による繋がりを求めたのかもしれません。陽の光によって桃色にも変化する温かい「ガラスの涙」は、あくまでも人間の心の襞に触れるためのものでした。切なくも、たまらなく「癒される」美しさです。

この特集展示の後は、常設展示(「1950年代の美術」、「宮脇愛子」、「近現代の彫刻」などの特集展示。)を鑑賞しましたが、そちらはなかなかボリュームもあって、特に勅使河原蒼風と戸谷成雄、さらにはポンポンの彫刻が見応え満点でした。常設展示を含め、4月2日までの開催です。

*拙ブログにおける群馬県立館林美術館の紹介はこちらへ。
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「ハッシュ・ド・ビーフ」 イル・コルネット 2/12

「イル・コルネット」
群馬県立館林美術館
ハッシュ・ド・ビーフとショコラケーキ

群馬県立館林美術館の併設レストラン「イル・コルネット」です。店内はあまり広くありませんが、(テーブル席は全部で11席。)前庭側が全面ガラス張りになっていて、広々とした景色を楽しむことが出来ます。白を基調にしたカジュアルな内装は、清潔感にも溢れて爽やかです。ゆったりとくつろげる、開放感のあるレストランでした。



レストラン入口。明るい雰囲気です。

上の写真にも「ハッシュ・ド・ビーフとショコラケーキの店」と書かれていますが、メニューは至ってシンプルで、このメインのハッシュ・ド・ビーフとスープカレーの二種類しかありません。ともにサラダとライス、もしくはパンがついて1050円。なかなかボリュームもあり、コストパフォーマンスに大変優れています。


ガーリックライスとお肉に下触りの良いソースをかけて…。お肉は少しかためですが美味でした。

このレストランで最も見逃せないのは、セットメニューを注文すればなんと150円にて提供されるという、デザートのショコラケーキです。また、それと同じように、セット注文時にはコーヒー(もしくは紅茶。)も150円にて提供されます。これは極めてお得です。頼まない手はありません!


計300円のデザートメニュー。美術館のレストランで、これより安くデザートを出すお店はちょっと思い当たりません。


濃厚なショコラ。口の中でチョコがマイルドに溶け出します。クリームは甘さ控えめ。

美術館の周囲には殆ど何もないと言って良く、食事時にはここを利用する他ないとは思いますが、デザートまでリーズナブルに楽しませてくれる素敵なレストランでした。
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「館林、足利 アートの旅 2006」 その2 『栗田美術館』

栗田美術館(足利市駒場町1542)

「群馬県立館林美術館」の後は、車で約20分程度の場所にある「栗田美術館」へ向かいました。館林の美術館とはうって変わって、山間の、傾斜のある丘の入口に建つ美術館です。(JR両毛線の富田駅からは徒歩10分程度です。さすがに群馬県立館林美術館からは歩けません…。)

「栗田美術館」とはあまり聞き慣れない名前ですが、(実は私も今回初めて知りました。)伊万里と鍋島のコレクションに関しては世界最大級(約1万点!)という、極めて大規模な陶磁の専門美術館です。敷地面積は約三万坪。一つの丘全体が美術館と言っても良いほどで、松の木が靡く丘の間に、何棟もの展示館が並んでいます。広大な駐車場から古風な大手門をくぐって敷地内へ。順路マップを片手に、丘をのんびり登りながら本館へと向かいます。いきなり、もの凄い数の伊万里がお出迎えです。



大手門先の広場。大きなミュージアムショップと陶磁会館が連なります。


目もくらむほどの広大な敷地!(実際に歩くとそうでもありませんが。)敷地内は高低差のある道ばかりです。スニーカーがおすすめです。

伊万里と鍋島の膨大なコレクションは、主に本館と歴史館に所蔵されています。点数は伊万里が多いのでしょうか。きらびやかな西洋趣味の大きな置物から実用的な小皿まで、まさにありとあらゆる伊万里が取り揃えてあります。これほどまとまった形で伊万里が展示されている例は他に知りません。圧倒的です。


敷地内風景。松の木が至る所に群生しています。左に見える建物が、伊万里の歴史を紹介する「歴史館」です。右の小径の上へも美術館は続きます。


「無名陶工祈念聖堂」。伊万里、鍋島を誕生させた無名の陶工を祀る聖堂です。館内は静粛な雰囲気で、屋上には観音様も安置されています。また内部の「祈念瞑想室」という、大きな石(ご神体?)が置かれた一室も必見です。石をジッと見つめながら、伊万里と鍋島について深く瞑想する。こんな体験は他では味わえません?!

この膨大な伊万里と鍋島をコレクションし続けたのが、創立者の栗田英男氏(1912年生まれ。)です。1947年に初当選した元衆院議員(3回当選した。)で、自身の強い関心の元、ひたすら伊万里と鍋島を収集します。


「志向の像」。半ば「お決まり的」な構図による、氏とその母を讃えた銅像。

共に広大な駐車場とミュージアムショップが併設されて、大量集客にも対応し得る大規模な施設ですが、私が出向いたこの日は、日曜日だと言うのにとても閑散としていました。美術館の前は、大きな藤棚で有名な「あしかがフラワーパーク」です。春になればまた賑わうということでしょうか。

入場料は1550円。やや高めの価格設定ではありますが、無数の伊万里と鍋島の響宴は実に壮観です。伊万里好きにはたまらない施設かと思いますが、私のような陶器の素人でも一見の価値はあります。

特集陳列の「鍋島 -精緻な技・優雅な意匠- 」展は見応え十分でした。(感想はこちらへ。)「館林、足利 アートの旅 2006」(その1はこちらへ。)はこれで終わりです。(拙い写真で失礼しました。)
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「館林、足利 アートの旅 2006」その1 『群馬県立館林美術館』

群馬県立館林美術館(館林市日向町2003)

先日の日曜日、群馬県館林市にある「群馬県立館林美術館」と、そこから7、8キロ離れた「栗田美術館」(栃木県足利市)へ行ってきました。

「群馬県立館林美術館」は、H13年オープンのまだ新しい美術館です。グランドなども整備された広大な敷地内に、ゆったりと横たわるかのようにして建っています。円形と水辺をダイナミックに交差させたような、シャープな曲線美が印象的です。



駐車場方向からの美術館全景。


入口付近では、巨大な「ウサギ人間」(?!)がお出迎え!


エントランスアプローチ。ともかく曲線を強く意識させる建物です。

この美術館で特に興味深いのは、やはり第1展示室の敷地部分です。美しい曲線を描く半円状の展示室は、南側が全てガラス張りとなっていて、陽の光をふんだんに取り込みます。また展示室からは、外の広々とした景色を見渡すことも可能です。さすがに絵画などは、日焼けの関係等で展示されないかと思いますが、今回開催中の「鵜飼美紀+辻和美 光のかけら」展では、広大な敷地を借景として、窓から降り注ぐ光と共鳴しながら最高のインスタレーションを実現していました。


第1展示室。全面ガラス張りです。


美術館を象るシャープな曲線。


第1展示室と広大な前庭部分。この日は、強烈な群馬名物「空っ風」が吹き荒れていました。寒い!

館林美術館の中には、動物彫刻家のフランソワ・ポンポン(1855-1933)のアトリエを再現した建物があります。残念ながら今は修理中ということで、外観の写真はパスしましたが、中は撮影可とのことで何枚か撮ってきました。


ポンポンのアトリエ。棚に飾られているのがその作品(複製)です。可愛い!


立派な角!ポンポンの彫刻は、館内の常設展でも見ることが出来ます。

一体どこまでが美術館なのかが分からなくなるほどに開放的です。やや殺風景ではありますが、この空と地の広がりは貴重です。冬の淡い光を全身でたっぷり受け止めてきました。


美術館前庭より。さてどこまでが美術館でしょう?


出口方向。その先は一体?(思いっきり逆光です…。)

その2(栗田美術館)へ続きます。(栗田はあまり写真がありませんが…。)

*「鵜飼美紀+辻和美 -光のかけら- 」展の感想はこちらへ。また、併設レストラン「イル・コルネット」の記事はこちら。
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