「みんなのミュシャ」 Bunkamura ザ・ミュージアム

Bunkamura ザ・ミュージアム
「みんなのミュシャ ミュシャからマンガへ─線の魔術」
2019/7/13~9/29



Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「みんなのミュシャ ミュシャからマンガへ─線の魔術」を見てきました。

アール・ヌーヴォーを代表するチェコの美術家、アルフォンス・ミュシャ(1860〜1939)は、グラフィックなポスターでも人気を集め、日本や西洋を問わず、後世のデザイナーや漫画家に多くの影響を与えました。

そうした影響関係を追ったのが「みんなのミュシャ」で、ミュシャのポスターや装飾パネルを発端に、1960年から70年代の英米のレコード・ジャケットやアメリカンコミック、はたまた日本の明治の文芸雑誌の挿絵から現代のマンガなど、約200点の作品を紹介していました。

会場内の一部の撮影が可能でした。(グレーの線の外より可。)



冒頭ではミュシャがポスター画家としての地位を確立するまでのプロセスを追っていて、モラヴィアの伝統工芸のガラス画や花瓶、また日本の七宝の花瓶や中国の刺繍、それにロココ風の家具などが展示されていました。こうした品々は、いずれもミュシャのコレクションとしてアトリエを飾っていたもので、制作のインスピレーションの源泉となっていました。言うまでもなく、ミュシャは当時、ヨーロッパで流行していたジャポニスムの影響を受けていて、初期のカリカチュアには北斎漫画との関連が見られるなど、日本美術についても深い関心を寄せていました。



続くのがミュシャのイラストレーターとしての活動に光を当てた内容で、主に1880年代にチェコの雑誌のために手がけた初期作品から、アール・ヌーヴォーの本のデザイン、それにイラストや雑誌などが並んでいました。パリ市の紋章で飾られたマントを羽織りながら、堂々たる姿で人々を見下ろすカーニヴァルの女王を描いた、「オー・カルティエ・ラタン」などの鮮やかなポスターも目を引くかもしれません。


女優サラ・ベルナールをモデルとした「ジスモンダ」などの、ミュシャの代表的な劇場ポスターもハイライトの1つでした。細かな装飾モチーフを衣装などに描きこみ、曲線や円などのパターンを組み合わせては、女性の立ち振る舞いを表現していて、まさに甘美でかつ優雅なミュシャ様式を目の当たりに出来ました。



ミュシャが欧米のグラフィック・アーティストらに影響を与えた1つの切っ掛けが、ミュシャの没後24年経過した1983年、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開かれたミュシャ展でした。当時は冷戦下だったため、東欧のミュシャの記憶は、西側において幾分薄れていましたが、業績が再び顕彰されると、ミュシャの異世界的なイメージが、アメリカやイギリスのアーティストらの心を捉えました。とりわけ顕著だったのがロックのアート・ワークやコンサート・ポスターで、ローリング・ストーンズのアルバムなど、多くのイラストレーターらがミュシャ風の作品を作りました。



そうした一連のジャケット・デザインなども数多く出展されていて、ミュシャの作品と合わせ見ることが出来ました。この他、1990年代のテリー・ムーアやジョー・ケサダといったアメリカン・コミックも出展されていて、ミュシャとの影響関係について触れていました。率直なところ、ミュシャ展でアメコミが登場するとは思いませんでした。数多く開催されてきたミュシャ関連の展示の中でも、特にオリジナルでユニークな内容と言えるかもしれません。

今回、私が最も興味深かったのが、日本におけるミュシャの受容に関した展示でした。明治33年、与謝野鉄幹の主宰の「明星」の表紙にミュシャを彷彿させる挿画が登場すると、よほど評判を得たのか、次々と文芸誌や女性誌の表紙にミュシャやアール・ヌーヴォー風の女性像が描かれました。ミュシャの作品は20世紀初頭にはパリに留学していた学生らによって日本に紹介され、藤島武二も多くミュシャ風のデザインも手がけるなど、美術家にも影響を与えました。また与謝野晶子の歌集しかり、女性の近代的自我の象徴としてミュシャ様式が重視されたとの指摘もなされていました。



ラストは日本の現代のマンガやグラフィック・アーティストで、とりわけ目を引いたのがファイナルファンタジーシリーズのデザインを手がけた天野喜孝の作品でした。実のところ私も初期のファイナルファンタジーをいくつかプレイした記憶がありますが、当時はキャラクターデザイン等にミュシャやアール・ヌーヴォーとの関係を意識したことが全くなかっただけに、意外な邂逅に思わず見入ってしまいました。

私にとってロックやアメコミなど未知な作品も多い分、ミュシャとの関係などに発見の多い展覧会でもありました。おそらくアートファン以外にも大きく引きのある内容ではないでしょうか。



最後に巡回の情報です。Bunkamuraでの展示を終えると、全国各地へ以下のスケジュールで巡回します。

京都文化博物館:2019年10月12日(土) 〜2020年1月13日(月・祝)
札幌芸術の森美術館:2020年1月25日(土) 〜4月12日(日)
名古屋市美術館:2020年4月25日(土) 〜6月28日(日)
静岡県立美術館:2020年7月11日(土) 〜9月6日(日)
松本市美術館:2020年9月19日(土) 〜11月29日(日)

お盆休み中に観覧してきましたが、待機列こそなかったものの、会場内はかなり賑わっていました。実際、同展の公式サイトによれば、現在、土日の昼間の時間を中心に混み合っています。よって金曜、土曜の夜間開館(21時まで)も有用となりそうです。



9月29日まで開催されています。 *掲載写真は全て「みんなのミュシャ」会場風景。撮影OKコーナーで撮影しました。ラスト1枚は会場外のパネル。

「みんなのミュシャ ミュシャからマンガへ─線の魔術」@mucha2019) Bunkamura ザ・ミュージアム@Bunkamura_info
会期:2019年7月13日(土)~9月29日(日)
休館:7月16日(火)、7月30日(火)、9月10日(火)。
時間:10:00~18:00。
 *毎週金・土は21時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1600(1400)円、大学・高校生1000(800)円、中学・小学生700(500)円。
 *( )内は20名以上の団体料金。要事前予約。
住所:渋谷区道玄坂2-24-1
交通:JR線渋谷駅ハチ公口より徒歩7分。東急東横線・東京メトロ銀座線・京王井の頭線渋谷駅より徒歩7分。東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東京メトロ副都心線渋谷駅3a出口より徒歩5分。
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「原三溪の美術 伝説の大コレクション」 横浜美術館

横浜美術館
「生誕150年・没後80年記念 原三溪の美術 伝説の大コレクション」
2019/7/13~9/1



横浜美術館で開催中の「生誕150年・没後80年記念 原三溪の美術 伝説の大コレクション」を見てきました。

1868年に岐阜で生まれ、横浜を拠点に生糸貿易や製糸業で財を成した原三渓(本名:富太郎)は、書画を描き、茶を嗜み、美術品を蒐集したり日本画家を援助するなど、文化面でも幅広く活動しました。

その原三溪の旧蔵品が横浜美術館へ一堂に集まりました。出展数は約150点(展示替えあり)に及び、このスケールで公開されたのは、没後にコレクションが分散した後、初めてことでもあります。

冒頭のプロローグ、原三溪が自ら描いた「白蓮」に心惹かれました。そもそも三溪は、母方の祖父である南画家の高橋杏村に絵を学ぶなど、幼少期の頃から書画や詩文に親しんでいました。同作は輪郭線を用いず、淡い色彩によって蓮を表した作品で、三溪は故郷の岐阜の生産で有名な蓮を多く描きました。



「乱牛図」は三溪が16歳の頃に描いた一枚で、放牧牛や牧童を南画風に表していました。また先の高橋杏村や、長男で三溪の叔父に当たる高橋杭水の南画も展示されていて、あわせて見比べるのも興味深いかもしれません。

平安や鎌倉期の仏画をはじめ、雪舟や雪村、それに光琳から応挙、さらには玉堂に鉄斎など、三溪の蒐集した書画も大変に見応えがありました。「愛染明王像」は、数少ないとされる平安期の愛染明王の優品で、蓮華座の上で口を開け、6本の腕を四方へ伸ばしては、見る者を畏怖するように座る姿を捉えていました。


「寝覚物語絵巻」 平安時代後期(12世紀) 大和文華館 展示期間:8月9日(金)~9月1日(日)

「寝覚物語絵巻」も絶品でした。11世紀末頃に成立した「夜の寝覚」なる絵巻の末尾部分の残欠で、戸外で桜が可憐に咲く光景などを、実に繊細でかつ優美に表していました。またどこか装飾的な表現も印象的でしたが、実際にも三溪は本作において、琳派の創作者が何らかの刺激を受けたのではないかと指摘しているそうです。

伝毛益の「萱草遊狗図」も忘れられません。南宋の宮廷画家による作品で、親犬と戯れ合う子犬などを可愛らしく、また生き生きと描いていました。三溪は本作を大正8年、同じく毛益作とされる「蜀葵遊猫図」とともに購入して、「優秀ナルモノ」と高く評価しました。先の「寝覚物語絵巻」とあわせ、三溪の蒐集した古美術品の中でもすこぶる優品と言って良いかもしれません。

江戸時代の絵画では浦上玉堂の「積翠鐘声図」に魅せられました。墨を重ねては、迫り上がるような山水の風景を表現していて、何とも言い難い躍動感も感じられました。この他、小品ながらも、余白を活かしては、虹の広がる様を雄大に示した応挙の「虹図」も印象に残りました。

三溪は茶や懐石の際、伝統的な作法によらず、自由な趣向で楽しんでいたそうです。それゆえか茶にまつわるコレクションも実に幅広く、会場でも奈良時代の水瓶から桃山の黒織部、朝鮮の刷毛目茶碗、それにシリア北部のラッカの杯や香炉など、様々な品が展示されていました。そのうち特に見入ったのが、森川如春庵の「信楽茶碗 熟柿」で、それこそ熟れきった柿色に染まった、表面のざらりとした質感に心惹かれました。


下村観山「弱法師」 大正4(1915)年 東京国立博物館 展示期間:8月9日(金)~9月1日(日)

ラストはパトロン三溪、すなわち三溪が支援した同時代の日本画家の作品でした。ここでは下村観山の「弱法師」や菱田春草の「秋林遊鹿」、さらに今村紫紅の「近江八景」、小林古径の「極楽井」や速水御舟の「萌芽」など、いずれも甲乙つけがたいほどに魅力的な作品が並んでいました。三溪は単に美術家を金銭的に援助しただけでなく、古美術品を見せる場を与えたりするなど、教育的な支援もあわせて行っていました。ともすると近代日本画の発展は、三溪の存在なくしては成し得なかったのかもしれません。



展覧会にあわせ、同館内アートギャラリー1で行われている「もっと知ろう!原三溪―原三溪市民研究会10年の足跡」も充実していました。2007年に「原三溪翁伝」を読み解くために発足した市民研究会による展示で、原三溪の人間像や足跡を写真や解説パネルなどで事細かに紹介していました。

最後にイベントの情報です。8月の後半、5日間限定にて横浜美術館と三渓園を結ぶ無料のシャトルバスが運行されます。



5日間限定!「横浜美術館・三溪園間 無料シャトルバス」(PDF案内
運行日:8月19日(月)、20日(火)、21日(水)、23日(金)、26日(月)
料金:無料。(要整理券、先着順、定員制)
*美術館からの乗車は「原三溪の美術」展のチケット半券の提示が必要。

横浜美術館発は11:10、12:30、14:00、15:20で、三溪園発は10:30、11:50、13:20、14:40、17:10で、各便26人までの定員制です。横浜美術館、三渓園とともに当日、事前に整理券を配布し、なくなり次第終了となります。

所要時間は約30分ほどです。三溪園へは通常、美術館の最寄駅である桜木町からも市営バスで行き来可能ですが、シャトルバスを利用して改めて三溪園を散策するのも良いかもしれません。なお展覧会会期中に限り、本展のチケットを提示すると三溪園の入園料が100円引、また三溪園の入園チケットで本展の観覧料が300円引になります。


お盆休み期間中の平日に観覧してきましたが、混雑こそしていなかったものの、場内は思いの外に盛況でした。会期末も迫り、終盤にかけてより多くの方で賑わうのではないでしょうか。



まさにご当地、横浜美術館のみの単独の展覧会です。巡回はありません。

9月1日まで開催されています。

「横浜美術館開館30周年記念 生誕150年・没後80年記念 原三溪の美術 伝説の大コレクション」 横浜美術館@yokobi_tweet
会期:2019年7月13日(土)~9月1日(日)
休館:木曜日。
時間:10:00~18:00
 *毎週金曜・土曜は20時まで。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1600(1500)円、大学・高校生1200(1100)円、中学生600(500)円、小学生以下無料、65歳以上1500円
 *( )内は20名以上の団体料金。要事前予約。
 *毎週土曜日は高校生以下無料。(要学生証)
住所:横浜市西区みなとみらい3-4-1
交通:みなとみらい線みなとみらい駅5番出口から徒歩5分。JR線、横浜市営地下鉄線桜木町駅より徒歩約10分。
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「塩田千春展:魂がふるえる」 森美術館

森美術館
「塩田千春展:魂がふるえる」
2019/6/20~10/27



森美術館で開催中の「塩田千春展:魂がふるえる」を見てきました。

1972年に大阪で生まれ、現在はベルリンを拠点に活動する塩田千春は、これまでにも「記憶、不安、夢、沈黙」(解説より)などを表現したインスタレーションを多く発表してきました。

その塩田の過去最大となる個展が「魂がふるえる」で、インスタレーションをはじめ、映像、写真、ドローイングなどで、約25年に渡る制作を網羅的に紹介していました。


塩田千春「不確かな旅」 2016/2019年

これほど冒頭から多くの人の心を掴みとる展示も少ないかもしれません。舟を模した鉄枠より、さも炎が燃えるかのように赤毛糸が広がるのが、「不確かな旅」と題したインスタレーションで、まさに展示室の一面が輝かしいまでの赤に染まっていました。


塩田千春「不確かな旅」 2016/2019年

「糸はもつれ、絡まり、切れ、解ける。それは、まるで人間関係を表すように、私の心をいつも映し出す。」塩田千春 *会場内より


塩田千春「不確かな旅」 2016/2019年

おおよそ見当もつかないほど無数に張り巡らされた糸は、互いに複雑に絡み合いながら、舟から激しく吹き上がるように上へ広がっては、天井や壁へと達していました。それらは何やら身体を巡る血管のようでもある一方、様々な情念を表すエネルギーが噴出しているかのようでもありました。


塩田千春「不確かな旅」 2016/2019年

塩田の赤い糸のインスタレーションといえば、2016年にKAAT神奈川芸術劇場での「鍵のかかった部屋」も圧巻でしたが、同様のスケール感があったかもしれません。


塩田千春「蝶のとまっているひまわり」 1977年

まさか5歳の時に描いた水彩画が出ているとは思いませんでした。それが「蝶のとまっているひまわり」で、黄色いひまわりにオレンジの蝶がとまる様子を奔放に捉えていました。また左上に塩田の自身の名を記していましたが、右からの鏡文字になっていました。


塩田千春「無題」 1992年

大学1年生の時の油彩、「無題」も興味深い作品かもしれません。黄色や緑など色を分厚いタッチで塗りこめた抽象画で、とりわけねっとりと焦げた血のような赤が目を引きました。ともすると塩田の赤の原点がここにあったのかもしれません。

今でこそインスタレーション作家としての印象の強い塩田ですが、そもそもは半ば身体を張ったパフォーマンスでも知られたアーティストでした。うち「バスルーム」は、自宅のバスタブで泥を被りながら、「洗っても拭えない皮膚の記憶」(解説より)を表した映像で、パフォーマンスを映像化した最初の作品でした。その光景は、身体に染み付いた怨念を打ち払うかのようで、不気味にも映りました。


塩田千春「アフター・ザット」 1999年、「皮膚からの記憶」 2000/2001年

この皮膚も塩田にとって重要なモチーフの1つでした。「アフター・ザット」は自身の縫った長さ7メートルにも及ぶ泥まみれのドレスを壁に吊り、上からシャワーで水を流し続けるインスタレーションで、ドレスは不在の身体を示すとして、「どれだけ洗っても皮膚の記憶は洗い流せない」(解説より)としていました。そしてこの作品は、後にドレスの長さを13メートルに伸ばし、タイトルを「皮膚からの記憶」と変え、第1回の横浜トリエンナーレに出展されました。おそらくは多くの人々に強い印象を与えたのではないでしょうか。


塩田千春「小さな記憶をつなげて」 2019年

窓の外に東京を一望するスペースに展開した、「小さな記憶をつなげて」も魅惑的でした。塩田が古くから集めてきた家具のミニチュアがたくさん置かれていて、それらは互いに赤や黒の糸で絡むように繋がっていました。ドールハウスのような雰囲気も感じられるかもしれません。


塩田千春「小さな記憶をつなげて」 2019年

また家具のみならず、鍵やビーズ、さらには短い鉛筆などもあり、さながらおもちゃ箱をひっくり返したような光景が広がっていました。その1つ1つに塩田の大切にしてきた記憶や体験が込められているのかもしれません。


塩田千春「静けさのなかで」 2002/2019年

赤糸より一転し、無数の黒糸で覆われた「静けさのなかで」も圧巻のインスタレーションでした。もはや行く手を阻むかのように広がる黒糸の向こうには、一台の焼けたピアノと、同じく黒焦げになった椅子がいくつか置かれていて、不穏な気配が漂い、それこそ火事で焼けた家を目の当たりにしたような恐怖感すら覚えました。

塩田は9歳の頃、隣の家の火事を目撃し、次の日に外に焼け出されたピアノが「以前にも増して美しく見えた。」と語っています。そして「何ともいえない沈黙が襲い、焼けた匂いが家に流れるたびに、自分の声が曇る」のを感じたそうです。*「」内は解説より。


塩田千春「静けさのなかで」 2002/2019年

洞窟を築くような黒い糸は、ピアノを拘束するかのように覆いかぶさり、椅子もろともを飲み込んでいました。椅子とピアノの位置関係からすれば、演奏者と聴衆の向き合うコンサート会場のようにも見えますが、ともかく何者も存在しない空間、言わば喪失感を強く感じさせてなりませんでした。


塩田千春「内と外」 2009/2019年

塩田の拠点にするベルリンを舞台としたのが「内と外」で、旧東側で集められた古い窓枠を積み上げては、1つの屈曲した壁を築いていました。そして「内と外」の前にはベルリンの工事現場を捉えた写真が並んでいて、壁の崩壊後も変わり続けた街の姿を記録していました。


塩田千春「ベルリンの工事現場」 2004年

「人為的に28年もの間、東西に別れ、同じ国籍の同じ言葉の人々が、どういう思いでこのベルリンの生活を見ていたのだろう。」 塩田千春 *会場内より


塩田千春「集積:目的地を求めて」 2014/2019年

入口の「どこへ向かって」で誘われた塩田の作品世界への旅は、スーツケースが天の高みを目指した「集積:目的地を求めて」にてフィナーレを迎えました。約400以上ものスーツケースが赤い糸で階段状に吊るされていて、スーツケースは時折、まるで自ら意思を持つかのように振動していました。


塩田千春「集積:目的地を求めて」 2014/2019年

いずれもドイツで集められたトランクで、全て使い古しであるのか、中には相当に年季の入っているものもありました。既に本来の持ち主との旅を終えたトランクは、ここで塩田の手を介しては、また新たな旅をはじめたとしても良いかもしれません。

この他、撮影は出来ませんでしたが、塩田が過去に手がけた舞台美術も興味深いものがありました。そのうちドイツではキール歌劇場において、「トリスタンとイゾルデ」や「神々の黄昏」などのワーグナーの作品の演出も行なっていて、展示でも記録映像や写真などを通し、舞台の一端を知ることも出来ました。


塩田千春「時空の反射」(部分) 2018年

会場内の状況です。今回はタイミング良く、夏休み前の平日の火曜日に見ることが出来ました。15時頃に美術館へ到着し、特に並ぶこともなく入館すると、場内は思いがけないほどの混み合っていました。特に大規模なインスタレーションは写真映えもするため、スマホなどで記念撮影を楽しむ方が多く見受けられました。海外のお客さんも目立っていました。



実際に開幕22日目の7月11日には、入館者が早くも10万人に達しました。SNSでの拡散、及び展望台やピクサー展への来館者との相乗効果などもあり、連日、多くの方で賑わっているようです。


塩田千春「赤と黒」 2019年

この日は火曜日のため、閉館時間が17時でした。そのためか16時を過ぎると人出もやや落ち着き、16時半以降には最初の展示室も人が疎らになりました。


塩田千春「どこへ向かって」 2017/2019年

この夏と秋、全国でも最も話題を集める現代美術展になるかもしれません。また森美術館のチケットブースは展望台や他の展示と共通のため、混雑時は並ぶことも少なくありません。事前にオンラインなどで用意されることをおすすめします。


10月27日まで開催されています。

「塩田千春展:魂がふるえる」 森美術館@mori_art_museum
会期:2019年6月20日(木)~10月27日(日)
休館:会期中無休。
時間:10:00~22:00
 *火曜日は17時で閉館。但し10⽉22⽇(⽕)は22時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1800円、学生(高校・大学生)1200円、子供(4歳~中校生)600円、65歳以上1500円。
住所:港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
交通:東京メトロ日比谷線六本木駅より地下コンコースにて直結。都営大江戸線六本木駅より徒歩10分。都営地下鉄大江戸線麻布十番駅より徒歩10分。

注)写真はいずれも「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 4.0 国際」ライセンスでライセンスされています。
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「特別展 三国志」 東京国立博物館・平成館

東京国立博物館・平成館
「特別展 三国志」
2019/7/9~9/16



東京国立博物館・平成館で開催中の「特別展 三国志」を見てきました。

2世紀末の中国において、後漢の勢力が衰えると、多くの武将が覇権を得るべく戦いを繰り広げ、魏、蜀、呉が天下を分かつ三国時代へと入りました。そして三国時代の動向は、正史「三国志」や小説の「三国志演義」などに著され、特に後者は中国のみならず、日本でも長らく親しまれてきました。

その三国志に関する文化財が中国から海を越えてやって来ました。出展数は162件に及び、うち同国で特に貴重な有形文化財として位置付けられる1級文物が、42件ほど含まれていました。


「関羽像」 明時代・15〜16世紀 新郷市博物館

まずは三国志の英雄、チラシ表紙も飾った「関羽像」が威容を放っていました。三国志において最も神格化された関羽の明時代の像で、甲冑に身を包み、太い左足を前に出しては、厳しい表情で座る姿をブロンズで象っていました。長い髭がトレードマークでもあり、美髭公とも称された関羽ですが、同像においては殊更に髭を強調することもなく、いわば有り体に武将の姿を捉えていました。


「関帝廟壁画」 清時代・18世紀 内蒙古博物院

その関羽を祀る関帝廟の壁画も目を引きました。内モンゴル自治区のフフホト市の寺に伝来する清時代の作品で、盟友の劉備や張飛らと黄巾の軍を打ち破る姿や、関羽が兵書を読む場面などを描いていました。各場面の表現は稚拙味もあり、素朴絵のような味わいも感じられました。


横山光輝「三国志」原画 新書判第1巻「桃園の誓い」

さて今回の三国志展において、中国に由来する文化財の他に、展示構成上、重要な意味を持つ作品がありました。それが横山光輝の漫画「三国志」の原画と、昭和57年より3年間、NHKで放送された「人形劇 三国志」で使われた人形でした。


右:「曹操」、左:「劉備」 飯田市川本喜八郎人形美術館 *NHK「人形劇 三国志」より

これらが基本的に各章の冒頭に配されていて、三国志の大まかなあらすじを紹介するとともに、曹操、劉備、孫権をはじめ、関羽、諸葛亮、曹丕、甘寧らの人形を通して、それぞれの英雄の略歴なり概要について学べるようになっていました。もちろん事前に演義などの内容を踏まえておくに越したことはありませんが、たとえ三国志を知らずとも極力楽しめるように工夫されていました。


「儀仗俑」 後漢時代・2〜3世紀 甘粛省博物館

2世紀から3世紀にかけての後漢、三国時代の考古遺物も多く出展されていました。「儀仗俑」は、現在の甘粛省、つまり後漢時代の涼州に当たる張将軍と呼ばれる有力者の墓に副葬された品で、後漢末期に宮廷の権力を握った董卓も同じ涼州出身であることから、董卓の部下であったとの指摘もなされています。


「儀仗俑」 後漢時代・2〜3世紀 甘粛省博物館

粛々と長い隊列を組む光景が再現されていましたが、異様なまでに口を大きく上げては鳴き叫ぶような馬の造形も面白いかもしれません。


1級文物「多層灯」 後漢時代・2世紀 涿州市博物館

「多層灯」も同じく後漢時代の副葬品でした。死後の世界を照らすため土製の灯りで、4つの部品を積み重ねつつ、各段にひとや動物、樹木などの像がつけられていました。同時代の副葬品の灯りとしては、かなり複雑に作られていると言われています。


「環頭太刀」 後漢〜三国時代(蜀)・3世紀 綿陽市博物館

後漢から三国時代の武器も見逃せません。火薬のない当時の主要な武器は、剣、刀、槍と弓で、城の攻防戦では、石を飛ばす投石機も用いられました。また鉄製が鎧も普及しつつありましたが、革製も用いられていました。


1級文物「弩」 三国時代(呉)・黄武元(222)年 湖北省博物館

「弩」は、弩機に木臂と呼ばれる部分がともに残った珍しい資料で、呉の年号、黄武元年が記されていました。いわゆるクロスボウでもある弩は、弓に比べて矢のスピードも早く、重いために、殺傷力が強く、戦いで重要な役割を果たしました。なお呉の武器は、年号や所有者などを刻むのも特徴であるそうです。

今から約1800年前もの古い時代ゆえに、明らかでないことも多く、なかなか三国の特色を定めるのは難しいかもしれませんが、魏、蜀、呉の各地より出土した文物を比べるのも興味深いのではないでしょうか。


右:「舞踏俑」 後漢〜三国時代(蜀)・2〜3世紀 四川博物院
左:「舞踏俑」 後漢〜三国時代(蜀)・2〜3世紀 重慶中国三峡博物館

うち現在の四川省に位置する蜀は、物産が豊富で、天険にも囲まれていたことから、地域色の濃い文化が花開きました。中でも目立つのは、実に豊かでコミカルな表情をした俑で、琴を弾いたり、踊ったりする人の姿を生き生きと象っていました。


「ガラス連珠」 後漢時代・1〜3世紀 広西壮族自治区博物館 他

一方で長江下流地帯に拠点を置いた呉は、高い造船技術によって、域内に留まらず、東南アジアや南アジアなどの地域とも交流していました。そのうち現在の広東省、江西省などにまたがる交州は、呉に服従すると、当主の孫権へガラス製品などを献納しました。


右:1級文物「神亭壺」 三国時代(呉)・鳳凰元(272)年 南京市博物総館

この他、呉では東晋にかけて焼かれた器、「神亭壺」も目を引きました。壺上に楼閣や家畜や人物などを象っていて、銘より孫権の父、孫堅も務めた長沙太守に因む作品とも言われています。


曹操高陵内部(パネル展示)

展覧会のハイライトであるのが、2008年から翌年にかけ、河南省安陽市で発掘された曹操墓、すなわち曹操高陵の再現展示でした。


1級文物「罐」 後漢〜三国時代(魏)・3世紀 河南省文物考古研究院

ここでは陵墓の空間を擬似的に築いていて、本来は6世紀末の隋が起源とされるものの、300年も前の墓より出土した「罐」と呼ばれる白磁を展示していました。これを一部の研究では、3世紀の後漢末期、現在の湖南省で短い間作られた「原始白磁」だとしていて、6世紀以降の白磁とは焼成工程や造形が異なると考えているそうです。湖南省は三国時代に呉の領域であるため、何らかの形で魏へ渡ったのかもしれません。


1級文物「石牌」 後漢〜三国時代(魏)・3世紀 河南省文物考古研究院

また曹操高陵を特定するに至った「石牌」も重要な資料で、小さな板には曹操を示す「魏武王」の文字が確かに刻まれていました。なお曹操は遺言に際して、葬儀を出来るだけ簡略化することを命じたゆえか、後漢の王や上流層の墓から出土する金細工もなく、概ね質素な副葬品しか残されませんでした。政治と軍事の双方に長け、常に人と時局を冷静に見極めた曹操ならではのエピソードとも言えるかもしれません。


「虎形棺座」 三国時代(呉)・3世紀 南京市博物総館

ラストは蜀や呉の墓からの副葬品、ないし三国時代終焉へのプロセスに関する展示でした。155年に曹操が生まれ、黄巾の乱以降の群雄割拠の時代が続き、魏、蜀、呉と建国して争った三国でしたが、結果的には280年、魏より禅譲を受けた司馬炎の西晋により統一されました。


「墓門」 後漢時代・2世紀 四川博物院

キャッチコピーに「リアル三国志」との言葉もありましたが、あながち誇張ではないかもしれません。ともすると見過ごしてしまいそうな何気ない考古資料が、三国志のストーリーに沿うと、俄然に身近で親しみやすくなり、いわば雄弁に語り出すように思えてなりませんでした。



最後に会場内の状況です。私は7月26日(金)、ちょうど夏のビアガーデンイベント、「トーハクBEER NIGHT!」の行われた日の夕方に行ってきました。まだ日の明るい17時頃に平成館前に到着しましたが、待機列は皆無で、場内もほぼスムーズに流れていました。どの展示も好きなペースで見られました。

現在のところ、会期早々の7月14日(日)に最大で20分の入館の待ち時間が発生しましたが、それ以外は特に規制は行われていません。


とはいえ、土日の昼間の時間帯は混み合っているそうです。既に夏休みの期間にも入りました。当面は金曜、土曜日の夜間開館(21時まで)が有用となりそうです。


「諸葛亮」 飯田市川本喜八郎人形美術館 *NHK「人形劇 三国志」より

会場内、映像展示以外は、全ての作品と資料の撮影が可能でした。(フラッシュ、自撮り棒、三脚、動画は不可。)ただし混雑時は中止される場合もあります。

9月16日まで開催されています。なお東京展終了後、九州国立博物館へと巡回(2019/10/1〜2020/1/5)します。

「特別展 三国志」@sangokushi2019) 東京国立博物館・平成館(@TNM_PR
会期:2019年7月9日(火)~9月16日(月)
時間:9:30~17:00。
 *毎週金・土曜は21時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。7月16日(火)。ただし7月15日(月・祝)、8月12日(月・休)、9月16日(月・祝)は開館。
料金:一般1600(1300)円、大学生1200(900)円、高校生900(600)円。中学生以下無料
 *( )は20名以上の団体料金。
 *本展観覧券で、会期中観覧日当日1回に限り、総合文化展(平常展)も観覧可。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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「クリスチャン・ボルタンスキー – Lifetime」 国立新美術館

国立新美術館
「クリスチャン・ボルタンスキー – Lifetime」
2019/6/12~9/2



国立新美術館で開催中の「クリスチャン・ボルタンスキー – Lifetime」を見て来ました。

1944年にパリで生まれたクリスチャン・ボルタンスキーは、これまでに「集団や個人の記憶」、ないし「宗教や死」(解説より)などを主題としたインスタレーションを手がけてきました。

そのボルタンスキーの過去最大スケールの個展が「Lifetime」で、ボルタンスキーの制作の軌跡を辿るべく、新旧のインスタレーションが、さながら美術館の空間を支配するかのように展開していました。

冒頭、青いLEDによりDépart、「出発」と記したゲートを潜ると現れたのは、ボルタンスキーが1960年代終盤に撮影したキャリア初期の映像作品でした。うち「咳をする男」は、終始、ゴホゴホと咳をする1人の男が映されていて、何とも苦しそうな姿をしていました。これらの作品は、ボルタンスキーの若い頃の絵画とも関係するそうです。

そして匿名の写真からなる「青春時代の記憶」や、ボルタンスキー自身の7歳から60歳までを写した「自画像」などの展示を抜けると、電球の明滅とともに鳴り響く心臓の大きな音が聞こえて来ました。これが世界中の人々の心臓音を保存した豊島の「心臓音のアーカイブ」から提供された、ボスタンスキーの心臓音からなる作品でした。そのドクドクと胸を打つ鼓動を耳にしていると、不思議と人間の体内へ沈み込んでいくような感覚にとらわれるかもしれません。



まるでヨーロッパの古い教会の中へと迷い込んだような錯覚に陥りました。それが複数の「モニュメント」からなる展示室で、いずれも小さなポートレートなどの写真のフレームとともに、電線によって繋がれた電球が光っていました。まさに「瞑想を誘うような雰囲気」(解説より)を醸していて、電球の1つ1つが、死者を慰霊する祭壇を灯すロウソクのようでもありました。


クリスチャン・ボルタンスキー「幽霊の廊下」 2019年

その教会を後にして、さらに先へと進むと、多くの幽霊が揺れ踊る「幽霊の廊下」が現れました。ちょうど大きなカーテン越しに、ドクロや奇怪な鳥など意を象った幽霊のモチーフが、影絵のように映っていて、まるで日本の百鬼夜行を見るかのようでした。おどろおどろしくも、不思議とコミカルに思えるのも面白いかもしれません。


クリスチャン・ボルタンスキー「ぼた山」 2015年

「幽霊の廊下」を過ぎると、巨大な黒い山、すなわち「ぼた山」が立ちはだかりました。それは一枚一枚、たくさんの黒い服を積み上げてできた山で、近づけばこそ確かに衣類だと判別できるものの、遠目ではもはや土か金属の塊のようでもあり、個々の服の個性や記憶を伺うことは出来ませんでした。そして山の上にはさも月のごとく、1つのランプが辺りを灯していました。


上:クリスチャン・ボルタンスキー「発言する」 2005年
下:クリスチャン・ボルタンスキー「スピリット」 2013年

「ぼた山」を取り囲むように靡くのが、100枚以上ものヴェールから成る「スピリット」と呼ばれる作品でした。薄い半透明と思しきの布には、ボルタンスキーの過去作品から取られたイメージが印刷されていて、多くは人の肖像のようでした。一連のヴェールは、ボルタンスキーにとって、彷徨える霊魂を呼び起こすものだとされていました。


クリスチャン・ボルタンスキー「スピリット」 2013年

ヴェールは揺らめいていて、天井を見やると、シーリングファンから風が送られていることも分かりました。ふと風が頬を撫でる時、ともすると霊魂に接したかのような印象も受けました。


クリスチャン・ボルタンスキー「アニミタス(白)」 2017年

映像の「アニミタス(白)」も存在感があったのではないでしょうか。ここでは戸外で多くの風鈴が鳴る光景を、一面の大きなスクリーンに映していて、風鈴は風を受けて終始、互いに合奏するかのようにリンリンと音を響かせていました。ともかくあまりにも真っ白なため、架空の場所にも思えてしまいますが、実際には雪に覆われたカナダ北部の厳しい環境下の土地にて、日の出から日没までの長時間に渡って撮影されました。よって映像の上映時間も10時間に及んでいました。


クリスチャン・ボルタンスキー「ミステリオス」 2017年

「アニミタス(白)」と共に、同じく自然を舞台にしながら、聴覚にも訴える作品がありました。3面スクリーンの映像インスタレーション、「ミステリオス」では、ラッパ状のオブジェより動物の鳴き声のような音が発せられていて、ボルタンスキーはクジラからの反応を期待し、パタゴニアの海辺にてオブジェを設置しました。同地においてクジラは、時間の起源を知る生き物として捉えられているそうです。

鳴き声を背に、頭上に来世と記された「白いモニュメント、来世」を潜ると、たくさんの電球が床で明かりをつけた「黄昏」が広がっていました。しかし実際に電球は、日々、3つずつ消えていき、最後には暗くなるように作られていて、人生の終焉を暗示させていました。

壁に数多くの衣類を吊るした「保存室」にも目を奪われました。おそらくは老若男女、色に用途を問わず、服を吊るしていて、もはや抜け殻のように正気を失っていました。何やら服だけでなく、人の吊るされた光景を連想したのは私だけでしょうか。どこか死を思わせてなりませんでした。

ラストは赤いLEDでArrvéeと表記された作品、すなわち「到着」でした。まさにここには世界各地の人々の記憶をたぐり寄せつつ、生と死、すなわち「Lifetime」こと一生が、各々のインスタレーションを通して示されていたのかもしれません。国立新美術館の空間が、これほど奥深く、さながら異界へと繋がっている洞窟のように感じられたのも初めてでした。


心臓も鼓動や風鈴の響く音、さらには風が緩やかに吹き込まれるような空気の感触が、未だ耳や身体から離れることがありません。暗がりの会場内を縫うようにして進み、「到着」を経て出た時、外が殊更に眩しく映りました。インスタレーションがメインとはいえ、これほど「見る」よりも「体感する」ことに重きを置いた展示も少ないのではないでしょうか。

またボルタンスキーは現在、表参道のエスパス ルイ・ヴィトン東京においても「アニミタス II」と題した個展を行なっています。(9/18まで)


クリスチャン・ボスタンスキー「アニミタス(ささやきの森)」 2016年 *エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景

これは国立新美術館にて公開された「アニミタス(白)」と同シリーズの作品で、2面の大型スクリーンを用い、日本の豊島を舞台とした「アニミタス(ささやきの森)」とイスラエルの死海のほとりを捉えた「アニミタス(死せる母たち)」を映していました。


クリスチャン・ボルタンスキー「アニミタス(死せる母たち)」 2017年 *エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景

ともに「アニミタス(白)」と同様、無数の風鈴が終始、軽やかな音を打ち鳴らしていましたが、床に敷かれた草花の絨毯から草の匂いが漂っていて、より屋外空間を意識させる展示となっていました。エスパスはガラス張りの展示室ゆえに、天候や時間によって光の感覚が変化するため、朝や夕方などの時間帯によって見える景色が異なるかもしれません。


クリスチャン・ボルタンスキー「幽霊の廊下」 2019年

最後に巡回の情報です。「クリスチャン・ボルタンスキー - Lifetime」は、先行した国立国際美術館(2019年2月9日~5月6日)より、一部構成と内容を変えた巡回展です。東京展終了後は、長崎県美術館(2019年10月18日~2020年1月5日)へと巡回します。


「クリスチャン・ボルタンスキー – Lifetime」展示風景

一部の展示室の撮影が出来ました。(掲載写真は、撮影可能エリアで撮りました。)

2016年の庭園美術館での個展よりも深く心に迫るものを感じました。9月2日まで開催されています。おすすめします。

「クリスチャン・ボルタンスキー – Lifetime」 国立新美術館@NACT_PR
会期:2019年6月12日(水)~9月2日(月)
休館:火曜日。但し4/30(火)は開館。
時間:10:00~18:00
 *毎週金・土曜日は6月は20時まで、7・8月は21時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1600(1400)円、大学生1200(1000)円、高校生800(600)円。中学生以下無料。 
 *8月10日(土)~8月12日(月・祝)は高校生無料観覧日(要学生証)
住所:港区六本木7-22-2
交通:東京メトロ千代田線乃木坂駅出口6より直結。都営大江戸線六本木駅7出口から徒歩4分。東京メトロ日比谷線六本木駅4a出口から徒歩5分。
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「ジュリアン・オピー」 東京オペラシティアートギャラリー

東京オペラシティアートギャラリー
「ジュリアン・オピー」 
2019/7/10~9/23



1958年にロンドンで生まれたジュリアン・オピーは、最小限の点や線によって、人物や風景などを、絵画に彫刻、LEDディスプレイで表現しては、人気を集めて来ました。

国内では2008年の水戸芸術館以来、実に11年ぶりとなる美術館での個展が、東京オペラシティアートギャラリーではじまりました。今年や昨年の最新作の27点が展示されていて、中には高さ約6メートルにも及ぶレリーフがあるなど、天井高を活かした構成になっていました。


手前:ジュリアン・オピー「Walking in New York 1」 2019年

はじめがオピーの得意とするピクトグラムのようなポートレートでした。うち「Walking in New York 1」や「Walking in Boston 3」は、イヤホンで音楽を聴いたり、スマホを見やりながら都会に歩く人々の姿を、6メートルもの大画面に表した作品で、太く黒い輪郭線で簡略化した造形や、平明でかつ鮮やかなコントラストを描く色彩など、オピーならではの表現を見ることが出来ました。


ジュリアン・オピー「Walking in Boston 3」(部分) 2019年

そして一見、遠くから眺めると平面の絵画のように映りましたが、近づくと、何枚ものパネルで組み合わされていることが分かりました。さらに興味深いのは、全てがパネルではなく、黒い輪郭線の部分は、おそらく壁に直接色を塗っていて、平面と立体の双方によって1つの作品が作られていることも見て取れました。この平面とも立体とも厳密に決めがたい、ギミックのような面白さがあるのも、大きな魅力かもしれません。


ジュリアン・オピー「Towers1」 2018年

一連のポートレートに続くのが、同じく人や田舎や高層ビルの風景、それに鳥などの動物の作品で、ブロンズや石の彫刻、アルミニウム、またLEDディスプレイなど、実に多様な素材を用い表現していました。


手前:ジュリアン・オピー「Crows」 2018年

カラスをアニメーションで表した「Crows」に目を引かれました。5台の小さな両面LEDディスプレイにカラスが映されていて、地面でエサをついばむのか首を上げ下げしたり、フンをする姿などを、白い線のみのシンプルな描写ながら、奇妙なほどリアルに表していました。


ジュリアン・オピー「3 Stone sheep」 2018年

先のポートレートしかり、全ては記号化され、無機的に映るようでありながら、どことなく個性的であり、親しみやすく感じるのも、オピー作品の特徴と言えそうです。


「ジュリアン・オピー」展会場風景

ブロンズのポートレート、ジョギングをする人の映像、カラスや羊、さらに田園や高層ビルの彫刻などを眺めていると、田舎と都会の交差したランドスケープが築かれているようにも感じられました。近年、オピーは人から都市、風景へと制作の幅を広げていますが、まさにオピーの関心の現在の在り処が、この個展で示されたのかもしれません。


ジュリアン・オピー「Sonia Elvis Elena Paul」 2019年

11年前、水戸芸術館でオピーの作品を殆ど初めて見て、大いに惹かれたことを思い出しました。水戸では屋外の芝生広場にも作品を設置するなど、館内外の空間を効果的に用い、ポートレートをはじめ、「日本八景」などの風景の作品を展示していました。


今回の個展は前回と比べるとよりシンプルな構成かもしれません。なお会場内にBGMとして流れるピアノ音も、オピー自らが手がけた作品だそうです。目と耳で楽しめました。


ジュリアン・オピー「Street1」 2019年

撮影も可能です。9月23日まで開催されています。

「ジュリアン・オピー」 東京オペラシティアートギャラリー
会期: 2019年7月10日(水)~9月23日(月)
休館:月曜日
 *祝日の場合は翌火曜日。
 *全館休館日:8月4日(日)
時間:11:00~19:00 
 *金・土は20時まで開館。
 *入場は閉館30分前まで。
料金:一般1200(1000)円、大・高生800(600)円、中学生以下無料。
 *同時開催中の「収蔵品展067 池田良二の仕事」、「project N 76 末松由華利」の入場料を含む。
 *( )内は15名以上の団体料金。
住所:新宿区西新宿3-20-2
交通:京王新線初台駅東口直結徒歩5分。
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「中山英之展 , and then」 TOTOギャラリー・間

TOTOギャラリー・間
「中山英之展 , and then」
2019/5/23~8/4



TOTOギャラリー・間で開催中の「中山英之展 , and then」を見てきました。

1972年に福岡で生まれ、2007年に建築設計事務所を設立した建築家の中山英之は、これまで主に住宅やオフィスなどの設計を数多く手がけてきました。

その中山は個展に際し、「この展覧会は、いくつかの映像からなります。」として、「建築の展覧会というよりも建築のそれから/, and thenを眺める上映会、と言ったほうが正しいかもしれません。」と語っています。それでは一体、どのような展示が行われていたのでしょうか。



入口からして通常の作りとは異なっていました。というのも、3階のエントランスはまるでチケット売り場を思わせるようになっていて、4階へと進む通路には、さながら映画館ならぬ映像作品のポスターが貼られていました。つまり山本は会場全体を映画館に見立てていました。



はじめのロビーと記された3階のフロアには、中山が過去に設計した「岡田邸」や「弦と弧」といった建築の模型、スケッチ、図面などが展示されていました。それらはいずれも緩やかな曲線を描き、高さのまちまちな展示台の上に並んでいて、キャプションは、中山本人が直接、鉛筆で書いていました。全体的に手作り色の濃い展示と言えるかもしれません。



それぞれのブースでは、一般的な建築展と同様、模型や図面等が置かれていましたが、一見するところ、設計とは無関係と思われる撮影用のカメラや楽譜があることも分かりました。何故にカメラと楽譜なのでしょうか。



答えはCINEMA(CINE間)と題した4階のフロアにありました。そこでは大型のスクリーンに、先の「岡田邸」や「弦と弧」をはじめ、「家と道」や「mitosaya 薬草園蒸留所」など、中山の建築を舞台にした6本からなる短編の映像作品が公開されていました。つまり先のカメラは映像の制作に使われ、楽譜もBGMのためのメイキングだったわけでした。



そして重要なのは、映像が単に建築をモノとして紹介する内容ではないことでした。何故ならば「and then」、すなわち「建築のそれから」である現在の状態を映していて、例えば元々3人用に設計された「岡田邸」では、5人に増えた家族の生活する日常の光景を捉えていました。



事務所兼住宅である「弦と弧」では、吹き抜け部分を上下にカメラが移動し、食事や仕事をする住人などの様子を映していて、建築家の手を離れた今、実際にどのように建物が用いられているのかについて焦点を当てていました。また建物の外観や内部だけでなく、環境や立地にも触れた映像もあり、建築を取り巻く空間にも視野を広げていました。これほど赤裸々に建築と人、そして環境の関係を明らかにした建築展もなかなか他にないかもしれません。



さらに興味深いのは、映像の監督や編集を担ったのは中山ではなく、別々の施主や事務所の元所員であることでした。つまり「建築のそれから」の映像には、一切、建築家本人が関わっていませんでした。



いずれの映像も住人たちの生活などを通して、建築空間の生き生きと立ち上がる様子を、臨場感のある形で体感することが出来ました。「映画祭のような展覧会」との言葉もありましたが、もはや映像、言い換えれば短編映画こそ主役の異色の建築展とも言えるかもしれません。



なお映像は全部合わせると約1時間ほどありました。時間に余裕を持ってお出かけ下さい。



8月4日まで開催されています。おすすめします。

「中山英之展 , and then」 TOTOギャラリー・間
会期:2019年5月23日(木)~8月4日(日)
休館:月曜日。祝日。
時間:11:00~18:00
料金:無料。
住所:港区南青山1-24-3 TOTO乃木坂ビル3F
交通:東京メトロ千代田線乃木坂駅3番出口徒歩1分。都営大江戸線・東京メトロ日比谷線六本木駅7番出口徒歩6分。
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「遊びの流儀 遊楽図の系譜」 サントリー美術館

サントリー美術館
「サントリー芸術財団50周年 遊びの流儀 遊楽図の系譜」
2019/6/26~8/18



サントリー美術館で開催中の「遊びの流儀 遊楽図の系譜」を見てきました。

近世初期に描かれた「遊楽図」には、「双六やカルタ、舞踏やファッション」(解説より)など、人々の様々な遊びが描きこまれて来ました。

そうした「遊楽図」に関した作品を紹介するのが「遊びの流儀」で、単に屏風などの絵画だけでなく、実際に遊ばれた囲碁や将棋、それに双六や羽子板、三味線などの工芸品も展示されていました。

冒頭の蹴鞠からして目を引きました。主に平安時代に貴族から一般民衆の間で流行し、一時は人気が収束するも、江戸時代に再び町人の間で遊ばれた競技で、江戸時代の鞠が展示されていました。人々が鞠を足で蹴る競技の光景こそ良く知られていますが、ともすると実物の鞠を見る機会はさほど多くないかもしれません。

同じく江戸時代の「雀小弓」も興味深いのではしょうか。子どもたちが15センチほどの弓矢を飛ばす遊具で、的には弓の当たった痕もたくさん残されていました。



中国において君子のたしなみとされた、琴、囲碁、書道、絵画の4つの至芸、いわゆる「琴棋書画」を描いた図は日本に影響を与え、多くの屏風絵などに表されました。また江戸時代では、例えば琴が三味線、囲碁が双六に替わるなどしたものの、伝統的な琴棋書画のモチーフも依然として尊ばれました。

桃山時代の碁盤である「芒菊桐紋蒔絵箪笥・碁盤」も印象に残りました。胡桃を素材にして作られた碁盤で、石は天然のものを用いたゆえか、1つ1つの形が異なっていました。石を入れる容器の鮮やかな蒔絵も見事だったのではないでしょうか。


重要文化財「遊楽図屛風(相応寺屛風)」(部分) 江戸時代・17世紀 徳川美術館 *展示期間:6/26~7/15

徳川美術館よりやって来た「遊楽図屏風(相応寺屏風)」の壮麗な描写には目を奪われました。花見から水遊び、また踊り、双六など、邸宅の内外を問わず、多くの人々が楽しげに遊ぶ姿を細密に表していて、金地の効果もあるのか、画面全体から祝典的な雰囲気が滲み出していました。展覧会のハイライトを飾る作品として捉えても差し支えありません。

江戸時代の貝合わせに用いられた「貝桶」と「合貝」も目立っていました。金で彩られた桶には貴族が遊ぶ光景が広がっていて、同じく金に染まった1枚1枚の貝にも、花鳥や王朝人物などが鮮やかに描かれていました。


実に精緻な螺鈿の施された「清水・住吉図蒔絵螺鈿西洋双六盤」も見どころの1つではないでしょうか。17世紀の初めに西洋へ輸出向きに作られた南蛮漆器の1つで、バックギャモンと呼ばれる西洋双六を遊ぶためのゲーム盤でした。

また伝狩野山楽の「南蛮屏風」では、船の上で西洋人たちがゲーム盤ならぬ、盤双六を囲む光景(注)も描かれていて、実際にどのように遊んでいたのかを見ることも出来ました。こうした屏風絵ならぬ、一連の遊楽図をはじめとした絵画の中の遊びと、遊びのための道具を交互に見比べられるのも、この展覧会の大きな魅力でした。


「金地うんすんかるた」 江戸時代・17世紀 滴翠美術館 *全期間展示

主に江戸時代から明治時代の双六やカルタも数多く出展されていました。うち「男女振分婚礼双六」は、いわゆる「上がり」が結婚という、言わば人生ゲームで、養子や芸者、さらには勘当などのマスが記されていました。そこには江戸時代の人々の家族観、価値観などが反映されているのかもしれません。

ラストは「舞踏図」や「誰が袖図屏風」などの、舞踏、ファッションに関した遊楽図が並んでいました。そもそも遊楽図の中心的なモチーフである舞踏は、輪舞などの集団で描かれていましたが、江戸時代の寛文年間の頃には1人の女性でも表されるようになり、結果的に浮世絵の美人画の「素地を形成」(解説より)していきました。


重要文化財「本多平八郎姿絵屛風」(部分) 江戸時代・17世紀 徳川美術館 *展示期間:6/26~7/15

展示替えの情報です。会期は全部で前期、中期1と2、そして後期の4期に分かれています。

「遊びの流儀 遊楽図の系譜 出品リスト」(PDF)


国宝「婦女遊楽図屛風(松浦屛風)」(部分) 江戸時代・17世紀 大和文華館 *展示期間:7/24~8/18

本エントリで取り上げた徳川美術館の「遊楽図屏風(相応寺屏風)」は7月15日(前期)までの公開です。また7月24日(中期2)からは、大和文華館より国宝の「松浦屏風」が出展されます。詳しくは出展リストをご参照下さい。

遊びに講じる人々の姿は今も昔も変わらないのかもしれません。その楽しげな様子を目にしていると、どことなく気持ちが高ぶるのを感じました。



8月18日まで開催されています。おすすめします。

「サントリー芸術財団50周年 遊びの流儀 遊楽図の系譜」 サントリー美術館@sun_SMA
会期:2019年6月26日(水)~8月18日(日)
休館:火曜日。8月13日は18時まで開館。
時間:10:00~18:00
 *金・土は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1300円、大学・高校生1000円、中学生以下無料。
 *アクセスクーポン、及び携帯割(携帯/スマホサイトの割引券提示)あり。
場所:港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウンガレリア3階
交通:都営地下鉄大江戸線六本木駅出口8より直結。東京メトロ日比谷線六本木駅より地下通路にて直結。東京メトロ千代田線乃木坂駅出口3より徒歩3分
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「マンモス展」 日本科学未来館

日本科学未来館
「マンモス展 その『生命』は蘇るのか」
2019/6/7~11/4



日本科学未来館で開催中の「マンモス展 その『生命』は蘇るのか」を見てきました。

近年、シベリアでは、地球温暖化などの影響により永久凍土が溶け出し、その中から冷凍状態にあるマンモスが数多く発掘されてきました。

そのマンモスの冷凍標本が海を越えて日本へとやってきました。またマンモスだけでなく、約1万年前前後の仔イヌやユカギルバイソンなど、ここ10年前後に発掘された同時代の動物の冷凍標本も合わせて公開されていました。


チュラプチンスキーの「ケナガマンモス」の骨格標本

さて漠然としたイメージこそ頭の中にあるマンモスですが、そもそも生態しかり、一体どのような動物であったのかは、必ずしも深く理解されているとは言えないかもしれません。そこで会場では、まず「はじめてのマンモス」と題し、マンモスの進化のプロセスをはじめ、現在のゾウとの関係、さらには世界的な種の移動のあり方などを詳細に解説していました。


「ケナガマンモス」の頭骨と下顎骨 後期更新世 サハ共和国 *発掘年:2013年
 
続く「マンモスを見てみよう」では、マンモスの化石標本を通し、マンモスの食物や捕食の在り方、または体を覆う毛の機能などを紹介し、マンモスの全貌について事細かに触れていました。これほどマンモスに詳しくなれる展示はほかにないかもしれません。


「ケナガマンモスの毛」 31150年前 サハ共和国 *発掘年:2018年8月12日 

また本物のケナガマンモスの毛に触れられるコーナーでは、想像以上にごわごわして弾力のある毛の感触をダイレクトに確かめることも出来ました。まさかマンモスに触れるとは夢にも思いませんでした。


左:「ヤナRHS遺跡の骨角器」 27000年〜30000年前 サハ共和国 *発掘年:2012年7月〜8月
右:「ヤナRHS遺跡の石器」 27000年〜30000年前 サハ共和国 *発掘年:2010年〜2012年

人類とマンモスとの関係は古く、今から4万~3万年前に出会ったとされています。そしてシベリアでは、人類は徒党を組んでマンモスを狩っては、肉を食し、骨や皮を用いてテントに似た住処を築いていました。また牙は、武器や生活用具にしたり、装飾品に加工していました。実際に、武器の刺さった状態のマンモスの骨が発掘されているそうです。

マンモスの生息域は極めて広く、一時はシベリアからヨーロッパ、アジア、北米にまで繁栄していましたが、約1万年前にほぼ姿を消し、最後にシベリアに残っていた種も約4000年前に絶滅しました。その原因は、環境の変化や人類の乱獲など、諸説存在していますが、必ずしも決定的な要因は明らかではありません。むしろ様々な出来事が複合的に関係し、マンモスが途絶えたと考えた方が良いのかもしれません。



いよいよ展示中盤より姿を現すのが、マンモスをはじめとした冷凍標本で、マイナス20度を保つ特製のガラスケースの中に入れられていました。いずれも2011年から2018年にかけて、ロシア連邦のサハ共和国から発掘された標本で、9300年前のユカギルバイソンや、3万1150年前のケナガマンモスの皮膚など、世界初公開の標本も少なくありませんでした。


上:「ケナガマンモスの皮膚」冷凍標本 31150年前 サハ共和国 *発掘年:2018年8月12日
下:仔ウマ「フジ」冷凍標本 41000〜42000年前 サハ共和国 *発掘年:2018年8月

そのケナガマンモスの皮膚は、後脚の付け根から尻にかけての部分とされていて、マンモスの皮膚の色と毛穴までを留めた冷凍標本でした。そして同じく世界初公開の仔ウマ「フジ」も保存状態の良い標本で、2018年に4万1000~4万2000年前の地層より発掘されました。おおよそ生後2週間から1ヶ月程度の個体と考えられています。


「ケナガマンモスの鼻」冷凍標本 32700年前 サハ共和国 *発掘年:2013年9月

マンモスの鼻も目玉の1つかもしれません。一般的に鼻は、骨のない柔らかな組織であるため、死亡後に腐食してしまうことが殆どですが、この個体は死後、恐らくはすぐ凍りついたため、組織に至るまで良好な状態で保存されました。3万年前以上の標本とはとても思えません。


「ユカギルバイソン」冷凍標本 9300年前 サハ共和国 *発掘年:2011年8月

さらに9300年前のユカギルバイソンも見どころではないでしょうか。推定年齢は4歳前後で、生なしくさえある皮膚を見せていますが、胃の中から花粉の化石などが見つかり、そこから当時の食物、ひいては植生なども解明されました。マンモスなどの冷凍標本を研究することで、個体の生態だけでなく、動物の置かれていた自然環境も明らかになったわけでした。

さて一連の骨格、ないし冷凍標本だけを見るだけでも、十分に楽しめる内容でしたが、何も「マンモスの標本が凄い。」に留まる展示ではありませんでした。と言うのも、「マンモス復活プロジェクト」と題し、最近の日米の生命科学を踏まえながら、マンモスを現代に蘇らせようとする研究について紹介していたからでした。


「マンモス復活プロジェクト」解説パネル

具体的には2019年3月、近畿大学などのチームが発表した内容で、ほぼ全身が完全な状態で発掘された冷凍マンモスの細胞核をマウスの卵子に注入したところ、細胞分裂の直前の状態になったとされる研究成果でした。もちろん不完全であったものの、「より状態の細胞核を入手出来れば」(解説より)、いわば分裂も可能であると考えられています。


「マンモス復活プロジェクト」解説パネル

一連の研究は、漫画イラストを盛り込んだパネルで丁寧に説明されていた一方、絶滅種を復活させることについて危惧する指摘もあり、科学技術と生命倫理の双方の観点から、マンモス研究の最前線を紹介する展示になっていました。極めて深いテーマではないでしょうか。


「ユカギルマンモス」復元模型

会場内は思いの外にスムーズで、冷凍標本を見学する際も並ぶことはありませんでした。とは言え、何かと知名度のあるマンモスのことです。今回の展覧会のラストに登場し、ハイライトを飾ったユカギルマンモスの冷凍標本も、かつて出展された「愛・地球博」にて大変な行列を呼びました。その再来とまではいかないかもしれませんが、ひょっとすると夏休みにかけて混み合うかもしれません。なお現在も、土日を中心にチケットブースに待ち時間が発生しています。各プレイガイドで事前に用意しておくのが良さそうです。


「ユカギルマンモス」1/1レプリカ

マンモスの生態から、冷凍標本、そしてクローン技術など、マンモス過去と現在、そして未来が時間を追って展開していきます。マンモスについて理解を深めるとともに、生命倫理の問題について考える機会と呼んで差し支えありません。


一部を除き、撮影も可能です。11月4日まで開催されています。おすすめします。

「企画展 マンモス展 その『生命』は蘇るのか」@mammothten) 日本科学未来館@miraikan
会期:2019年6月7日(金)~11月4日(月・休)
休館:火曜日。但し7/23、7/30、8/6、8/13、8/20、8/27、10/22は開館。
時間:10:00~17:00 *入館は閉館の30分前まで。
料金:19歳以上1800(1600)円、小学生~18歳以下1400(1300)円。3歳~小学生未満900(800)円。
 *( )は8名以上の団体料金。
 *常設展観覧料を含む。
住所:江東区青海2-3-6
交通:新交通ゆりかもめ船の科学館駅、テレコムセンター駅より徒歩約5分。東京臨海高速鉄道りんかい線東京テレポート駅より徒歩約15分。
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「三井本館Mitsui Main Building TOKYO 1929-2019|写真・ホンマタカシ」 日本橋三井タワー1階アトリウム/三井本館・合名玄関

日本橋三井タワー1階アトリウム/三井本館・合名玄関
「三井本館Mitsui Main Building TOKYO 1929-2019|写真・ホンマタカシ」
2019/6/8~7/21



1929年に竣工し、昭和初期を代表する古典主義建築である三井本館は、今年で開館90周年を迎えました。

それを期して行われているのが「三井本館Mitsui Main Building TOKYO 1929-2019|写真・ホンマタカシ」で、三井本館と隣接する日本橋三井タワーにて、写真家のホンマタカシが建物を撮りおろした写真などを公開していました。



まず日本橋三井タワーでは、ホンマタカシが撮影した三井本館の写真を展示していて、コリント式の柱の並ぶ美しい外観や、大理石で設えた館内の空間などを、高さ3メートル、横2メートルの特大のパネルで紹介していました。いずれも迫力のある作品で、まるでギリシャ神殿のような威容を目の当たりにすることが出来ました。



そもそも三井本館は、1902年に竣工した旧三井本館が、関東大震災によって被災したために建て替えられたものでした。そして震災の2倍の地震が起きても壊れない強度を基本とし、アメリカの「トローブリッジ・アンド・リヴィングストン」事務所が設計を担いました。



建設に際しては、全館冷房や換気システムなど、当時としては最先端の設備も導入され、総事業費も一般的なビルの10倍に及びました。構造は鉄筋コンクリートで、通常の倍以上の鋼材が用いられたことから、当時の三井銀行の社長をして「全館潜航艇のようなもの」とする言葉も残されています。



もう1つの会場である三井本館では、ホンマタカシの再撮影、ないし編集した、本館のアーカイブ映像が紹介されていました。そこには開館式や館内設備、また三井銀行と三井信託の仕事の様子が映されていて、開館当時の姿を良く伝えていました。また館内をスライドで映写した作品もありました。



なお会場の日本橋三井タワー1階アトリウムと三井本館・合名玄関は、同じ敷地に位置しますが、それぞれの入場口は別にありました。日本橋三井タワーは、千疋屋や三井記念美術館のエントランスのある中央通り側で、地下鉄の三越前駅よりも直結しています。

一方で三井本館の合名玄関は、三井タワーを一度出て、三越との間の江戸桜通りを経由し、日本銀行本店横の日銀通り側にあります。中央通り側からは入れません。



通常、合名玄関は非公開のスペースです。エレベーターホール横のスペースはさほど広くありませんが、大理石の床や天井など、完成当時の佇まいを体感することも出来ました。



2つの会場で開場時間が異なります。日本橋三井タワー1階アトリウムは10時から20時、三井本館・合名玄関は11時から17時半です。よって両会場が観覧出来る11:00~17:30の間に行かれることをおすすめします。



入場は無料です。7月21日まで開催されています。

「三井本館Mitsui Main Building TOKYO 1929-2019|写真・ホンマタカシ」 日本橋三井タワー1階アトリウム/三井本館・合名玄関
会期:2019年6月8日(土)~7月21日(日)
休館:6/10、6/12、6/24、6/25、7/8。
時間:10:00~20:00(日本橋三井タワー1階アトリウム)、11:00~17:30(三井本館・合名玄関)
料金:無料。
場所:中央区日本橋室町2-1-1
交通:東京メトロ銀座線・半蔵門線三越前駅A7出口より徒歩1分。JR線新日本橋駅1番出口より徒歩5分。
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「奈良大和四寺のみほとけ」 東京国立博物館・本館

東京国立博物館・本館11室
「奈良大和四寺のみほとけ」 
2019/6/18~9/23



東京国立博物館・本館11室で開催中の「奈良大和四寺のみほとけ」を見てきました。

奈良県北東部に位置し、7世紀から8世紀にかけて創建された、岡寺、室生寺、長谷寺、安倍文殊院の各寺院には、古くから人々の信仰を集め、多くの仏像が築かれてきました。

その四寺より、国宝4件、重要文化財9件を含む、計15件の仏像、及び文書が、東京国立博物館へとやって来ました。

入口正面に待ち構えていた、長谷寺の「十一面観音菩薩立像」からして魅力的でした。高さ10メートルを超える本尊を模した小像で、極めて精緻に細工された光背を従えつつ、左手に水瓶、下に降ろした右手で錫杖をとり、いささか険しい表情を取りながら立っていました。

また同寺の仏像では、通常、本尊の両脇に安置されている「雨宝童子立像」と「難蛇龍王立像」も存在感があったのではないでしょうか。ともに2016年の「長谷寺の名宝と十一面観音の信仰」展(あべのハルカス美術館)で、初めて一般の展覧会で公開された仏像で、大きな頭部をはじめとした重厚感のある「雨宝童子立像」はもとより、中国風の服を着て、頭上に龍を抱いた「難蛇龍王立像」も、力強い造形を見せていました。

古代政治の中心地、飛鳥に位置する岡寺の仏像では、飛鳥時代後期から奈良時代にかけて活躍した開祖を象った「義淵僧正坐像」に並々ならぬ迫力が感じられました。深く刻まれた皺を露わに、やや目を付しながら、静かに座る姿を捉えていて、肋骨や目や口元の周りの皮膚などは、どこか生々しいまでに表現されていました。また同寺は、珍しい彫刻の涅槃である「釈迦涅槃像」にも目が止まりました。右手を頭に添え、左手を体に沿うように伸ばしては、横たわる釈迦を捉えていて、表情はやや涼しげでもあり、さも気持ちよく眠りこけているかのようでした。

快慶の傑作、「文殊五尊像」が本尊であることで知られる安倍文殊院からは、「文殊菩薩像」の像内から発見された経巻が出展されていました。平安時代末から鎌倉時代前期に活動し、文殊菩薩像を発願した僧、明遍が書写したもので、水色に染まった美しい色紙にも目を奪われました。



ハイライトは、室生寺の4体の仏像、すなわち「地蔵菩薩立像」と「十一面観音菩薩立像」、それに「十二神将立像(巳神・酉神)」と捉えて差し支えありません。全てが展示室奥の一台のステージに載っていて、中央奥に「地蔵菩薩立像」と「十一面観音菩薩立像」、そして手前の左右に「十二神将立像」の「巳神」と「酉神」が並んで展示されていました。

どっしりとした体躯でありながらも、ふくよかな丸顔ゆえか、親しみやすくもある「十一面観音菩薩立像」と、やや小ぶりの「地蔵菩薩立像」は、いずれも板に彩色で描いた板光背を従えていて、とりわけ唐草の模様が細かに描かれた「地蔵菩薩立像」は、おおよそ10世紀の作とは思えないほど鮮やかな色彩を見せていました。これほど絵画としても美しい光背もなかなかないかもしれません。


かつて「国中」(くになか)」と呼ばれた地域に位置する岡寺、室生寺、長谷寺、安倍文殊院では、現在、「奈良大和四寺」として、参拝客誘致に積極的に取り組んでいるそうです。私も岡寺と安倍文殊院へは参拝したことがありますが、室生寺、長谷寺へは足を伸ばしたことがありません。一度は現地で仏像を拝めればと思いました。



会場は本館の11室で、特別展の展示室ではありません。本館正面玄関すぐ右手に位置し、いつも総合文化展(常設展)で仏像が公開される展示室にて行われています。

よって今回も入場に際してチケットを提示する必要はなく、総合文化展チケットで観覧可能です。(特別展開催時は特別展チケットでも観覧可。)東博にお出かけの際はお見逃しなきようにおすすめします。

なお通常、総合文化展の仏像展示では一部の撮影も可能ですが、「奈良大和四寺のみほとけ」では全面的に撮影が出来ません。



9月23日まで開催されています。

「奈良大和四寺のみほとけ」 東京国立博物館・本館11室(@TNM_PR
会期:2019年6月18日(火)~9月23日(月)
時間:9:30~17:00。
 *毎週金・土曜は21時まで開館。
 *9月20日(金)、21日(土)は22時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。7月16日(火)、9月17日(火)。但し7月15日(月・祝)、8月12日(月・祝)、9月16日(月・祝)、9月23日(月・祝)は開館。
料金:一般620(520)円、大学生410(310)円、高校生以下。
 *( )は20名以上の団体料金。
 *開催中の特別展観覧券(観覧当日に限る)でも観覧可。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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「クリムト展」 東京都美術館

東京都美術館
「クリムト展 ウィーンと日本 1900」
2019/4/23~7/10



東京都美術館で開催中の「クリムト展 ウィーンと日本 1900」へ行ってきました。

世紀末ウィーンの画家、グスタフ・クリムト(1862-1918)は、若い頃から装飾の仕事で頭角を現し、ウィーン分離派を結成すると、生と死をテーマとした作品や、官能的な女性像、ないし風景画などの作品を多様に制作してきました。

そのクリムトの作品が、主にウィーンから約120点ほどやって来ました。うち油彩画は25点以上あり、国内で一度に公開された数としては過去最多に及んでいました。


グスタフ・クリムト「ヘレーネ・クリムトの肖像」 1898年 個人蔵(ベルン美術館寄託)

はじめはクリムトの生い立ちと家族を紹介していて、若いクリムトや家族の肖像写真、また弟のゲオルグと共に制作した額縁の装飾パネルなどが展示されていました。うち目を引くのは、クリムトが姪を描いた「ヘレーネ・クリムトの肖像」で、まだ6歳の幼いヘレーネを真横から捉えていました。白を基調とした衣装や背景から浮かび上がるような頭部が印象的で、衣装の流れるようなタッチとは異なり、目鼻や髪をかなり写実的に表現していました。

続くのがクリムトの修行時代や劇場装飾に関した作品で、アカデミックな作風に習った「男性裸体像」や、ティツィアーノの模写に当たる「イザベラ・デステ」のほか、クリムトが装飾の仕事に際して手がけた下絵などが紹介されていました。中でも興味深いのは、ウィーン美術史美術館の壁面装飾のために鉛筆やチョークで描いた紙の作品で、古代エジプトやバロック、ロココの様式のモチーフを、震えるような線で細かに表していました。人物の背景には平面的な模様が広がっていて、のちの「ベートーヴェン・フリーズ」などの作風を予兆させる面もありました。

クリムトや分離派と日本美術の関わりについても重要でした。1873年、ウィーンで万国博覧会が開かれると、日本の美術品が当地の人々の目を楽しませ、いわゆる日本ブームと呼べうる現象が起こりました。さらに日本美術への研究も進展し、分離派のメンバーも日本美術のコレクターに同行して日本を訪ね、中には10ヶ月も日本に滞在しては蒔絵や版画を学ぶ人物もいました。


グスタフ・クリムト「17歳のエミーリエ・フレーゲの肖像」 1891年 個人蔵

そしてクリムト自身も日本の美術品をコレクションし、日本風のモチーフを自作に取り入れることもありました。特に「17歳のエミーリエ・フレーゲの肖像」の額の部分は、明らかに日本的な植物や花のモチーフが描かれていて、布の山の頂点に赤ん坊を表した「赤子」においても、平面的でかつ色彩に溢れた描写に、日本の歌川派を代表する錦絵に着想したと指摘されていました。

ウィーン分離派の代表作でもある、「ベートーヴェン・フリーズ」の精巧な原寸大複製も公開されました。これは、クリムトが第14回ウィーン分離派展のために描いた壁画で、ベートーヴェンの第九交響曲を主題とした作品のうちの1つでした。


グスタフ・クリムト「ベートーヴェン・フリーズ」(部分) 原寸大複製/オリジナルは1901年〜1902年 ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館

「ベートーヴェン・フリーズ」は展示室の一室を取り囲んでいて、ちょうど見上げて鑑賞する高さに配置されていました。そして展示室の天井には指向性マイクがいくつか設置され、第九交響曲の第四楽章の終末部が繰り返し流されていました。それは猛烈なスピードでクライマックスへと突入する、フルトヴェングラー指揮の「バイロイトの第九」でした。

その隣には、同じく第14回ウィーン分離派展で公開されたマックス・クリンガーのブロンズ像、「ベートーヴェン」も出展されていて、分離派展開催時の様子を模した「分離派会館模型」とともに、実際に「ベートーヴェン・フリーズ」がどのような位置に描かれたのかを知ることが出来ました。いかんせん無機質なホワイトキューブではありますが、さながら当地の空間を擬似的に追体験し得る展示だったと言えるかもしれません。


グスタフ・クリムト「ユディト I」 1901年 ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館

クリムトを代表する作品として知られる「ユディト I」も、ウィーンのベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館から日本へやって来ました。胸元を露わにし、恍惚とした表情で前を見据えるユディトを、金色の装飾的なモチーフの中に描いていて、まさにクリムトの黄金様式の幕開けを告げるかのような高揚感が感じられるかのようでした。



今回、私が特に引かれたのが、クリムトの描いた風景画でした。クリムトは学生時代を除き、1枚の風景画を描きませんでしたが、1898年の頃にザルツブルク東方にある自然豊かな観光地、ザルツカンマーグートで夏を過ごすと、当地の景観に魅了されたのか、風景画を制作するようになりました。

「アッター湖畔のカンマー城3」は、ザルツカンマーグートにあるアッター湖畔の城を舞台としていて、点描的に表した木立の向こうに、黄色の建物を赤い大きな屋根を描いていました。建物と樹木の映り込んだ湖面の表現は、印象派を連想させるかのようで、絵具は図版で目にするよりも遥かに明るく、輝いて見えました。


グスタフ・クリムト「丘の見える庭の風景」 1916年 カム・コレクション財団(ツーク美術館)

同じくアッター湖畔で制作されたと言われるのが「丘の見える庭の風景」で、色とりどりの花や緑色の樹木が、手前から奥へと向かってモザイク画のように表されていました。この時期のクリムトはゴッホに影響されたと考えられていて、スーラやシニャックの点描表現へ近づいたとも言われています。


グスタフ・クリムト「女の三世代」 1905年 ローマ国立近代美術館

「女の三世代」もハイライトの1つかもしれません。クリムトが取り組んだ「生命の円環」をテーマとした作品で、赤ん坊と抱きかかえる若い女性、それに手を頭に当てて打ちひしがれる様に立つ老いた女性が描かれていました。こうした人生の三段階の主題は、中世からヨーロッパで盛んに扱われていて、クリムトも16世紀のハンス・バルドゥング・グリーンの絵画に着想を得たとされています。



さて会場内の状況です。話題の展覧会だけに、会期早々より混み合っていましたが、既に終盤を迎え、混雑に拍車がかかっています。

平日でも昼間の時間を中心に20分から30分待ち、土日に至っては、入場までに約40分ほどの待ち時間が発生しています。またチケット購入に際しても、土日を中心に10分から15分程度の待ち時間となっています。概ね午前中から昼過ぎにかけて混雑し、夕方に向けて段階的に解消しているようです。



私は6月21日の金曜の夕方4時頃に観覧しました。美術館に到着すると10分待ちの表記があり、誘導に従って列に加わると、約5~6分で入場することが出来ました。

館内はさすがに盛況で、特にクリムトの修行時代の作品が並ぶ最初の展示室と、目玉の「ユディト I」、それに後半の「女の三世代」あたりのスペースは黒山の人だかりでしたが、デザイン関連をはじめ、分離派会館の再現展示、並びに風景画のセクションは思ったよりスムーズに見られました。おそらく平日だったからかもしれません。

一通り鑑賞し終えて会場を出ると、入場への待機列は一切なくなっていました。この日は金曜のための夜間開館日で、基本的に夜に列が出来ることはありません。


通常の夜間開館に加え、会期末の7/4(木)、及び7/6(土)も20時までの延長開館が決まりました。もはやゆったりと見られる環境ではないかもしれませんが、基本的に夜間開館が有用となりそうです。

なおチケットについては公式サイトより事前に購入可能な上、上野駅構内のチケットブースでも販売されています。あらかじめ用意されることをおすすめします。

クリムトの残した絵画は200点とされていて、完成作に至っては3分の1程度に過ぎません。またそもそもクリムトの絵画を国内で見る機会は少なく、25点以上揃ったこともありません。その意味では一期一会のクリムト展と言えそうです。



7月10日まで開催されています。なお東京展終了後、愛知県の豊田市美術館(2019/7/23~10/14)へと巡回します。

「クリムト展 ウィーンと日本 1900」@klimt2019) 東京都美術館@tobikan_jp
会期:2019年4月23日(火)~7月10日(水)
時間:9:30~17:30
 *毎週金曜日、及び7/4(木)、7/6(土)は20時まで開館。 
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:5月7日(火)、20日(月)、27日(月)、6月3日(月)、17日(月)、7月1日(月)。
料金:一般1600(1400)円、大学生・専門学校生1300(1100)円、65歳以上1000(800)円、高校生800(600)円。中学生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
 *6月1日(土)~6月14日(金)は大学生・専門学校生・高校生無料。
 *毎月第3水曜日はシルバーデーのため65歳以上は無料。
 *毎月第3土曜、翌日曜日は家族ふれあいの日のため、18歳未満の子を同伴する保護者(都内在住)は一般料金の半額。(要証明書)
住所:台東区上野公園8-36
交通:JR線上野駅公園口より徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅7番出口より徒歩10分。京成線上野駅より徒歩10分。
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「デザインの(居)場所」 東京国立近代美術館工芸館

東京国立近代美術館工芸館
「所蔵作品展 デザインの(居)場所」
2019/5/21~6/30



東京国立近代美術館工芸館で開催中の「所蔵作品展 デザインの(居)場所」を見てきました。

1988年、クリストファー・ドレッサーやピエール・シャローの作品が収蔵されたことを契機に、東京国立近代美術館には数多くのデザインの作品がコレクションされてきました。現在は、工業デザイン192点、グラフィックデザイン776点を合わせ、計968点ものデザインの作品が収められているそうです。

そのデザインのコレクションのうち120点ほどが公開されました。また「デザインの居場所とは?」として、「国境」、「領域」、「時間」の3つの視点から作品を俯瞰しているのも特徴でした。


クリストファー・ドレッサー「ガーデン・チェア」 1867年 ほか

冒頭で目を引くのがクリストファー・ドレッサーで、「ガーデン・チェア」や「帽子掛け」などが展示されていました。ドレッサーは19世紀イギリスのデザイナーの1人で、産業革命後は機能性と完結性を兼ね備えたデザインを提案しました。両作品の模様には、ゴシックやバロックなどともに、当時のヴィクトリア朝の様式を見ることが出来ました。


右:ヴィルヘルム・ヴァーゲンフェルト「容器 キューブ」 1938年

バウハウスに関した家具や日用品にも目が留まりました。ヴィルヘルム・ヴァーゲンフェルトの「容器 キューブ」は、ガラスで出来た7つのユニットからなる蓋付きの容器で、重ねて保存できることから、収納場所を多くとらない利点を持ち得ていました。その実用性はタッパーウェアに近い面があるかもしれません。


イサム・ノグチ「あかり33S」 1952年

白く仄かな明かりが会場を満たしていました。それが和紙と竹を用いて作られたイサム・ノグチの「あかり」で、1953年に来日した際、岐阜で提灯制作の現場を見て感銘を受け、作品のデザインをしたとも言われています。


オットー・クンツリー「レンズ型のある構成(ブローチ)」 1994年 ほか

2015年に東京都庭園美術館で開催された回顧展の記憶も蘇るかもしれません。スイスのジュエリー作家、オットー・クンツリーは、円や四角などの幾何学的な形のブローチをデザインしました。一見、平面的に見えるかもしれませんが、筒状のものが突き出ていたり、穴が空いていて奥行きがあるのも魅力と言えるのかもしれません。


エンツォ・マーリ「SAMOSシリーズ 磁器のデザイン 21点」 1973年

展覧会のハイライトを飾るのが、エンツォ・マーリのデザインによる「SAMOS」シリーズで、全て手作業で作られた21種類の器が揃って展示されていました。


エンツォ・マーリ「SAMOSシリーズ 磁器のデザイン 21点」から 1973年

「ひも作り」とも呼ばれる、紐状の土を重ねて積み上げたボウルは、緩やかな曲線を描きながら、時に花を象るかのように広がっていました。また円盤を重ねた作品や、ガラスのデザインの作品もあり、エンツォ・マーリの魅力を十分に味わうことが出来ました。なお同シリーズが工芸館で一括して公開されたのは、実に約30年ぶりのことでもあります。


森正洋「平型めしわん」 1992年

森正洋の「平型めしわん」も面白いのではないでしょうか。通常の茶碗よりも浅く、口が広いのを特徴としていて、その分、内部の図柄がよく見えるようになっていました。森は当初、150種の茶碗を一挙に発表し、現在は販売されているものだけで、約200種類以上もあるそうです。色とりどりの器が並ぶ光景はどこか可愛らしくも映りました。


原弘「世界のポスター展」 1953年

小展示の「世界のポスター展」も見逃せません。これは1953年、当時、東京の京橋にあった国立近代美術館で開かれた展覧会を振り返るもので、当時出展された作品のうち5点のポスターと記録写真などが展示されていました。


左:北代省三「ギーゼキング演奏会」 1953年

なお同展は国立の美術館では初めてのポスター展であったことから関心が強く、15日間の会期のうちに1万8千人近くの観客を集めたそうです。


「所蔵作品展 デザインの(居)場所」会場風景

剣持勇などの椅子へ実際に腰掛けられるコーナーもありました。また一部を除き、撮影も可能です。


「所蔵作品展 デザインの(居)場所」会場風景

なお先にも触れた「国境」、「領域」、「時間」といった3つの視点のほかに、「デザインの規格化」、手と機械」、「工芸のデモクラシー」、「増え続けた結果…」など、19にも及ぶテーマも設定され、細かな解説(リーフレット)が付いていました。デザインと工芸の関係について考える1つの切っ掛けともなりそうです。


6月30日まで開催されています。

「所蔵作品展 デザインの(居)場所」 東京国立近代美術館工芸館(@MOMAT60th)
会期:2019年5月21日(火)~6月30日(日)
休館:月曜日。
時間:10:00~17:00 
 *入館は閉館30分前まで
料金:一般250(200)円、大学生130(60)円、高校生以下、65歳以上無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
場所:千代田区北の丸公園1-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩8分。東京メトロ半蔵門線・東西線・都営新宿線九段下駅2番出口より徒歩12分。
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「バレル・コレクション」 Bunkamura ザ・ミュージアム

Bunkamura ザ・ミュージアム
「印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション」
2019/4/27~6/30



Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション」を見てきました。

産業革命の時代、スコットランドのグラスゴーで海運業で成功したウィリアム・バレル(1861〜1958)は、少年期より美術に関心を寄せ、古今東西の美術工芸品を多く収集しました。

そして1944年、バレルは当時9000点にも及んだコレクションのうち、数千点の作品をグラスゴー市へと寄贈します。のちの1983年、グラスゴー市は「バレル・コレクション」として一般に公開しました。



そのバレル・コレクションのうち、印象派を中心とする絵画が、初めて海を越えて日本へとやって来ました。本来、バレル・コレクションは、イギリス国外に貸し出さないことを条件としていましたが、改修工事により2020年まで閉館しているため、今回の貸し出し展が実現しました。

冒頭のゴッホの描いた肖像に目を引かれました。「アレクサンダー・リードの肖像」と題した作品で、オレンジなどの暖色を中心とした細かな筆にて、やや目を伏し、物静かな様子で前を見やる男性を描いていました。実のところ、このリードこそ、バレルをはじめとしたグラスゴーの愛好家にフランス美術を紹介した画商で、ゴッホの弟で同じく画商のテオと一緒に暮らしていたこともありました。バレル、そして描いたゴッホの両人に極めて近しい人物と言えるかもしれません。


エドゥアール・マネ「シャンパングラスのバラ」 1882年 バレル・コレクション

個人コレクションゆえか小品が目立つのも特徴でした。例えばクールベの「アイリスとカーネーション」やマネの「シャンパングラスのバラ」は、ともに画家の描いた作品の中でも最小クラスと言っても良く、後者では明るいシルバーを背景とした小画面に、黄色と赤のバラを透明感のある色彩で表現していました。

グラスゴーにゆかりのある画家も多く登場していました。うち一人が同地の出身であるサミュエル・ジョン・ペプローで、「バラ」では真っ暗がりの空間の中、中国風の花瓶に入れられたピンクのバラを荒いタッチで描いていました。花瓶の周囲に置かれた事物は、もはや殴り書きのような筆触で表されて、フォーヴィスムを吸収したとされる画風を見ることが出来ました。

スコットランド出身で、芸術集団「グラスゴー・ボーイズ」の1人ともされるアーサー・メルヴィルの「グランヴィルの市場」も魅惑的でした。フランス、ノルマンディー地方の市場の店先を表していて、棚には色とりどりの果物がたくさん積まれていました。


ジョゼフ・クロホール「二輪馬車」 1894〜1900年頃 バレル・コレクション

油彩だけでなく、水彩にも引かれる作品が少なくありませんでした。中でも印象に深いのが、グラスゴーで活動したジョゼフ・クロホールで、「二輪馬車」では、これから動き出すのか、着飾った女性を乗せて止まる馬車を、真横からの構図で捉えていました。グレーを中心としたやや暗い水彩のタッチゆえか、どこか幻想的な雰囲気も感じられました。

チラシ表紙を飾ったドガの「リハーサル」が想像以上に魅力がありました。文字通り、バレエのリハーサルの様子を描いた作品で、手足を振り上げるダンサーは、まるで映像を前にしたかのように動きがあり、窓から差し込む陽を反映してか、身体、そしてドレスまでもが透明感のある光で満たされていました。左上で踊るダンサーと右下で座るダンサーの対比的な構図も、効果的と言えるかもしれません。

第3章の後半の展示室のみ撮影が可能でした。


ウジェーヌ・ブータン「ドーヴィル、波止場」 1891年 バレル・コレクション

小品が中心ながらもブータンも目立っていたのではないでしょうか。「ドーヴィル、波止場」は、ノルマンディー地方の港町を舞台とした一枚で、青空の下、港には白い帆を広げた船が停泊する光景を表していました。


アンリ・ル・シダネル「月明かりの入り江」 1928年 バレル・コレクション

私の好きなシダネルが2点ほどあったのも嬉しいサプライズでした。うち1つが「月明かりの入り江」で、僅かな月明かりが漏れる中、帆船が何艘も停まる入り江を、エメラルドグリーンを思わせる色遣いで包み込むように描いていました。誰もいない無人の静けさが伝わってくるような光景でもあるかもしれません。


ヤーコプ・マリス「アムステルダム」 バレル・コレクション

出展の80点中、ゆうに76点が日本初公開です。うちグラスゴーのケルヴィングローヴ美術博物館のコレクションが7点ほど含まれています。派手さはないかもしれませんが、とりわけ日本ではあまり見る機会の少ない画家の作品に強く引かれました。


ギュスターヴ・クールベ「マドモワゼル・オーブ・ドゥ・ラ・オルド」 1865年 バレル・コレクション

6月23日の日曜日の午後に見てきました。さすがに会期末が近づいているだけあり、チケットブースに僅かな待機列がのびていましたが、場内は思いの外に余裕があり、どの作品もゆっくり鑑賞出来ました。


ヤーコプ・マリス「ドルドレヒトの思い出」 1884年頃 バレル・コレクション

現在、都内の西洋美術展はクリムトに混雑が集中している傾向がありますが、バレル展に関しては会期末まで比較的スムーズに見られそうです。



6月30日まで開催されています。

「印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション」 Bunkamura ザ・ミュージアム@Bunkamura_info
会期:2019年4月27日(土)~6月30日(日)
休館:5月7日(火)、5月21日(火)、6月4日(火)。
時間:10:00~18:00。
 *毎週金・土は21時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1500(1300)円、大学・高校生1000(800)円、中学・小学生700(500)円。
 *( )内は20名以上の団体料金。要事前予約。
住所:渋谷区道玄坂2-24-1
交通:JR線渋谷駅ハチ公口より徒歩7分。東急東横線・東京メトロ銀座線・京王井の頭線渋谷駅より徒歩7分。東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東京メトロ副都心線渋谷駅3a出口より徒歩5分。
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「宮本隆司 いまだ見えざるところ」 東京都写真美術館

東京都写真美術館
「宮本隆司 いまだ見えざるところ」
2019/5/14~7/15



東京都写真美術館で開催中の「宮本隆司 いまだ見えざるところ」を見てきました。

1947年に東京に生まれた宮本隆司は、80年代から「建築の黙示録」や「九龍城砦」などの作品で評価を受け、主に建築空間を題材とした写真を撮影してきました。

その宮本の新旧作を含めて約110点からなるのが、「いまだ見えざるところ」と題した個展で、いずれもアジアを舞台にした「建築の黙示録」、「Lo Manthang(ロー・マンタン〉1996」、「東方の市(とうほうのまち)」、それに「シマというところ」などが展示されていました。

展示は概ね二部に分かれていました。前半は、1970年代以降にアジアの都市を捉えた写真で、とりわけ印象に深いのは「Lo Manthang(ロー・マンタン〉1996」と「東方の市(とうほうのまち)」でした。

「Lo Manthang(ロー・マンタン〉1996」は1996年、詩人の佐々木幹郎の誘いを受け、7日間かけてネパールの城砦都市であるロー・マンタンに旅した際に撮影したもので、石造りの住居や僧院の立ち並ぶ光景をモノクロームの画面に収めました。

人気の少ない小道や、薄明かりの差し込む暗い室内など、裏寂れた景観も目を引きましたが、当時のロー・マンタンは、電気やガス、水道などのインフラがなく、移動手段も徒歩や馬に限られた秘境の地でした。しかも宮本は滞在中、高山病にかかり、道中の記憶も定かでなかったとしています。一連の写真は、宮本が実際に目にしつつも既に記憶として失われた、「いまだ見えざる」景色の1つなのかもしれません。

それに続く「東方の市(とうほうのまち)」は、1991年から翌年にかけ、ホーチミンやマカオ、バンコク、台南などのアジアの地域の街を写した連作で、中には沖縄や徳之島などの日本の島も捉えられていました。

いわゆる都市の風景といえども、市場の店先や米屋で眠りこける男性など、人々の様子も写していて、都市の熱気や喧騒、ないし空気感が滲み出しているかのようでもありました。なお同シリーズは、1992年の個展以来、約27年ぶりに出展された作品でもあります。


宮本隆司「ソテツ」より 2014年 作家蔵 *撮影可

後半は宮本が、主に2010年から2018年にかけて撮った、「シマというところ」の連作でした。全て奄美大島の徳之島で撮影され、同地で撮った「ソテツ」や映像「サトウキビ」、それにチラシ表紙を飾る「面縄ピンホール2013」とあわせて展示されていました。徳之島をテーマとした、1つのインスタレーションとして受け止めても差し支えありません。

「シマというところ」は、徳之島の集落に生きる住民のポートレートを中心とした作品で、ほかにも島に残る伝統的な祭りや、洗骨と呼ばれる独特の風習なども写していました。実のところ、宮本は両親の出身地が徳之島で、自身も記憶こそないものの、2歳まで島に住んでいました。また奄美で「シマ」とは、単なる島を意味するのではなく、集落毎に生きる共同体を指す言葉でもあるそうです。もちろん作品からも、徳之島の自然だけでなく、人々の風俗や生活を見ることが出来ました。

「面縄ピンホール2013」は、かつて宮本が暮らしていた徳之島の面縄(おもなわ)の海辺を舞台としていて、タイトルの通り、自作の大型のピンホールカメラで写した作品でした。宮本は撮影に際してピンホールカメラに潜り込み、外から差し込む僅かな光を浴びていると、「海に浸かった記憶が蘇るようだ」(解説より)と思ったそうです。よってこの作品においても、見ていたはずにも関わらず記憶にない、すなわち「いまだ見えざるところ」が表れているのかもしれません。



展示室前のロビーには、宮本が徳之島で実際に使用したピンホールカメラと、撮影時の記録映像もモニターで紹介されていました。あわせてお見逃しなきようにご注意下さい。


建築や廃墟の写真で知られる宮本が、まさか近年、自らのルーツでもある徳之島をテーマに撮影を続けていたとは知りませんでした。端的に制作を回顧するのではなく、宮本の過去と今の視点がクロスするような展覧会とも言えそうです。

7月15日まで開催されています。

「宮本隆司 いまだ見えざるところ」 東京都写真美術館@topmuseum
会期:2019年5月14日(火)~7月15日(月・祝)
休館:月曜日。*但し7月15日(月・祝)は開館。
時間:10:00~20:00 
 *木・金曜は20時まで開館。
料金:一般700(560)円、学生600(480)円、中高生・65歳以上500(400)円。
 *( )は20名以上の団体料金。
住所:目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
交通:JR線恵比寿駅東口改札より徒歩8分。東京メトロ日比谷線恵比寿駅より徒歩10分。
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