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新国立劇場 「運命の力」 3/21

新国立劇場 2005/2006シーズン
ヴェルディ「運命の力」

指揮 井上道義
演出 エミリオ・サージ
合唱 新国立劇場合唱団
管弦楽 東京交響楽団
キャスト
 レオノーラ アンナ・シャファジンスカヤ
 ドン・アルヴァーロ ロバート・ディーン・スミス
 ドン・カルロ クリストファー・ロバートソン
 プレツィオジッラ 坂本朱
 グァルディアーノ神父 ユルキ・コルホーネン
 フラ・メリトーネ 晴雅彦
 カラトラーヴァ侯爵 妻屋秀和 他

2006/3/21 15:00~ 新国立劇場オペラ劇場 4階

新国立劇場で公演中の「運命の力」を聴いてきました。幕切れでの悲劇性が幾分和らげられ、また全般的に音楽のスケールが増したスカラ座改訂版での上演です。



まず目立っていたのは主役歌手陣の好調ぶりです。レオノーラのシャファジンスカヤは非常に強力。初めの方こそ表現がやや硬めで、やや絶叫一辺倒にも聴こえてしまいましたが、幕が進むにつれ細かいニュアンスに富んで、ピアノ方向にも配慮が増していきます。アルヴァーロに見守られながら死を迎える幕切れでは、情緒感たっぷりの美しい歌唱でホール全体を涙に誘います。グッと引き込まれました。

兄のカルロ役ロバートソンもはまり役です。彼は以前、新国立劇場でアルマヴィーヴァ伯爵を歌っていますが、それとは打って変わった復讐に燃えるカルロの狂気を、迫力に満ちた演技と歌唱で巧みに表現します。低く伸びる太めの声質と、役柄にもピッタリなその威圧感のある風貌は、まるでリングのファフナーのような凄みすら与えます。特に、執拗にアルヴァーロへ決闘を迫る第四幕の二重唱は圧巻です。また、その他アルヴァーロのスミスと、神父のコルホーネンも十分に務めを果たしていました。冷ややかな表情で復讐劇を見つめていた神父の姿は実に印象的です。もちろん歌もバッチリでした。

この暗い悲劇にてブッファのような役回りを見せるプレツィオジッラとメリトーネでは、圧倒的に後者の晴雅彦の方が光っていました。修道院の厳格な戒律を打つ破るかのように、ただ一人道化として振る舞うメリトーネは、テノールのように伸びる高音を聴かせながら、この重たいオペラに一種の清涼感すら与える晴の歌唱がピッタリです。マイスタージンガーではあまり印象に残らなかった彼でしたが、演出の都合かややオーバーアクション気味の演技も加わって、その存在感を見事にアピールしていました。(一方のプレツィオジッラの坂本はかなり厳しい出来かと感じました。もう少し強さがないと「ラタプラン」のシーンが映えません。)

指揮は「ラ・ボエーム」以来この劇場に登場した井上道義です。もっとリズミカルな線の細い音楽でヴェルディを処理してくれるのかと思いきや、意外にもゆったりとした重厚な色彩にて音楽をまとめていきます。普通はさらっと流してしまうようなアリアの最後の和音にまで神経が通っている。その全力の指揮ぶりには大いに拍手を送りたいところですが、全体的にはやや腰が重過ぎたようにも感じました。特にアリア、重唱部分で、ベタッと地に這いつくばる音の塊のようにリズムが硬直したのは残念です。ただし合唱部分の沸き立つリズム感や、遅めのテンポにて丁寧に聴かせた序曲は見事かと思います。あえて言えば、井上の芸風は、ヴェルディよりもヴェリズモ以降プッチーニ辺りの、もっと美しいカンタービレを靡かせることの出来る作品の方が合っていたのかもしれません。また、井上の棒に終始喰らいついていた東京交響楽団も、無味乾燥な音に驚かされた金管をのぞけば概ね好調でした。(木管が素晴らしい!)



エミリオ・サージの演出は、基本的に歌手の邪魔をしないオーソドックスなものでした。赤い紗幕や箱形の装置を使って、決してスムーズとは言えないものの、嫌みを感じさせずに劇をまとめます。ただ、人物の衣装や群衆の動きなどには美感が乏しかったかもしれません。照明を器用に使って登場人物の心理を描き分けていたのは良かったのですが、装置を含め、もう一歩劇へ踏み込むような工夫があればとも思いました。

私は「運命の力」を初めて舞台で拝見したのですが、映像ではなく実際に劇に接しても、やはりストーリーや音楽についてギクシャクした部分を感じてしまいます。劇としては初演版の組み立ての方が面白いかと思うのですが、この上演で改めて改訂版を見ると、やはり音楽が、特に第四幕を中心にして充実しているようです。(ただし、序曲はどうしてもスッキリとした初演版の方が好きです。改訂版の序曲はあまりにも華々し過ぎます。)レオノーラ、アルヴァーロ、カルロの三者の暗鬱な恋愛憎悪劇と、プレツィオジッラとメリトーネのブッファ的な明るい対比の妙。とは言え、第三幕の「ラタプラン」のシーンはどうしても蛇足に見えてしまう。(その滑稽な音楽とダンスには思わずニヤリとさせられるのですが…。)第二幕の一場にて真のカルロの姿を見抜くプレツィオジッラは、何故第三幕では本筋に絡まないで踊るだけなのか。また、これは改訂版の問題かと思いますが、幕切れの筋立ては初演版の方がハッキリと通ります。(ヴェルディ自身は納得しかなかったそうですが。)愛するレオノーラを、彼女の実の兄に刺されて失うという最悪の結末を迎えながら、それでもなお生きる意思を示すアルヴァーロ。そこに何の希望を見出せば、また救済を与えれば良いのでしょう。豪快に神を呪って飛び降り自殺する方が、神を超えた恐るべき「運命の力」に翻弄される人間たちの哀れさを示すことにもなる。そんな気もしました。

やや長さを感じさせる部分こそあるものの、歌手を中心に聴き応えのある公演です。次シーズンに早くも再演が予定されている公演ですが、そちらは初演版で聴きたいとも思いました。(無理な話ですが…。)
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