「elements - 秋山 泉・玉利 美里 二人展」 日本橋高島屋美術画廊X

高島屋東京店 美術画廊X中央区日本橋2-4-1 6階)
「elements - 秋山 泉・玉利 美里 二人展」
8/19-9/7



1982年と1983年生まれの若い世代の女性画家を紹介します。日本橋高島屋美術画廊Xで開催中の「elements - 秋山 泉・玉利 美里 二人展」へ行ってきました。

出品作家は以下の2名です。展示カタログの作家プロフィールを一部転載します。

秋山泉(1982年山梨県生まれ):紙に鉛筆で何度も線を重ね、ぼかしながた、広い空間に器が佇む静寂の世界を表現。
玉利美里(1983年千葉県生まれ):キャンバスに鮮やかな色彩のコントラストで、日常と空想が混雑するかのような世界を作り上げる。



寡黙な鉛筆画の秋山と、時に帯状となった色彩が景色を生み出す玉利の油彩は、その対照的な作風を通り越して意外と調和していますが、私が断然におすすめしたいのは前者の秋山です。あえて言ってしまえば、秋山のモノクロームには伊庭靖子にも通じるような魅力が存在しています。失礼ながらも、本展示には特別の下調べもなく、ただぶらりと寄っただけのつもりでいましたが、その美しさに心惹かれ、思わぬほど長居してしまいました。



繊細な鉛筆によって表現された食器の縁の絶妙な陰影、そして仄かにあたる光の痕跡など、一見するところリアルのようでも、どこか心地よい揺らぎが感じられるのもまた興味深い点ではないでしょうか。ケント紙の虚空の中で時に上から、あるいは横からの視点にて捉えられた、ただの一つの食器は、白に由来する清潔感を醸し出しながらも、それこそ靄に包まれて消え失せてしまうかのような細い存在感をもって示されています。ひょっとするとこれは掴んでも掴みきれない幻であるのかもしれません。確かにあるようでも、決して主張しない寡黙さもまた魅力でした。

9月7日まで開催されています。おすすめします。
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「伊勢神宮と神々の美術」 東京国立博物館

東京国立博物館・平成館(台東区上野公園13-9
「第62回式年遷宮記念 伊勢神宮と神々の美術」
7/14~9/6



来る平成25年の式年遷宮を前にして、伊勢神宮の神宝の他、歴史や信仰などを紹介します。東京国立博物館の平成館で開催中の「第62回式年遷宮記念 伊勢神宮と神々の美術」へ行ってきました。

まずは展覧会の構成です。

第1章「神宮の歴史と信仰」:主に中世以降、伊勢に寄せた人々の信仰心を探るとともに、仏教と神宮の関わりをひも解く。「伊勢神宮参詣曼荼羅」など。
第2章「遷宮と古神宝」:神宮内より出土した古神宝を展観。鎌倉時代の太刀、奈良時代の金銅高機など。
第3章「今に伝える神宝」:昭和以降、遷宮に調進された神宝、装束などを紹介。
第4章「神々の姿:9世紀以来、多くの人々の手によって象られてきた神像、約10体を展観。

古来より人々の信仰を集めた場所とのことで、奈良期以来の様々な神宝にも見るべき点があるのはもちろんですが、今なお続く遷宮の存在など、伊勢は過去の遺跡というわけでは決してありません。よって第3章など、現代の遷宮に用いられる品々の展観も見所の一つではないでしょうか。また八幡神や曼荼羅なども、神仏習合的な要素も、伊勢信仰の全貌を明らかにする上において重要なポイントでした。よく目にするような、過去の貴重な宝を公開する寺院展とは一線を画している面はあるかもしれません。(ちなみにかつての伊勢では、神の前から下げられた神宝を火中に投げ入れて処分していたそうです。鎌倉期の太刀が『出土』するというのは、そうした意味でもあります。)



それでは以下、印象に残った品を挙げます。

「伊勢両宮曼荼羅」(南北朝時代/奈良・正暦寺蔵)
内宮と外宮を二幅で示す。宮を四方で守る増長天などの四天王の存在が興味深い。早くも神仏習合の表現を垣間みることが出来た。(公開:8/4~10、8/25~)



「伊勢参詣曼荼羅」(江戸時代/東京・三井文庫蔵)
国内に現存する四点の参詣曼荼羅のうちの一つ。上と同じく二幅の画面に、今度は人で大賑わいの伊勢の様子を劇画的に表す。赤い社や塀など、かつての伊勢はそうした色で塗られていたことがあったのだろうか。遠くには富士も望む。魚の鱗のような川の表現が面白い。(公開:8/4~23)*なお参詣曼荼羅のうち二点は既に公開終了。もう一点、神宮徴古館酒蔵の室町期の作品は11日から。

「雨宝童子立像」(平安時代/三重・金剛証寺蔵)
仏神融合を表す仏像。頭上には五重塔が載っている。



「古神宝 玉纏横刀」(鎌倉時代/三重・神宮司庁蔵)
儀礼用の太刀。取っ手の部分を象る曲線の装具が美しい。これとほぼ同じ形をしたものが、近代に調進された神宝を紹介する第3章でも出ていた。(上の作品画像。)今へと脈々と受け継がれたその伝統に驚嘆。

「金銅高機」(奈良時代/福岡・宗像大社蔵)
高機(たかばた)のミニチュア。奈良期のものとは思えないほど状態が良い。

「赤紫綾御蓋」(昭和4年/三重・神宮司庁蔵)
遷御の道のりで用いられた高さ4~5mにも及ぶ巨大な傘。これと対になってあった「菅御翳」(元々は貴人の顔を隠すために使われた。)など、伊勢ならではの品々に圧倒される。



「八幡三神坐像」(平安時代/大分・奈多宮蔵)
仏教との関係の深い八幡神。僧の形をしているが応神天皇の母体であるともされている。

「男神坐像」(平安時代/京都・大将軍八神社)
鳥帽子を冠った典型的な神像とされるが、手を胸にやり、何かを伺うかのような表情が印象に残る。



古文書なども相当数あって難儀した面はありましたが、私自身の伊勢への関心の取っ掛かりには大いになり得たような気はします。なお本展示には最近の東博に有りがちな凝った演出(ライティングなど。)がありません。まるで平常展の如く、神宝が陳列ケースに収められていました。

物販スペースでは赤福がやはり一番人気でした。例の偽装事件以来、逆に品薄感が強まって人気となった赤福ですが、同会場ではほぼ連日、数百個を仕入れて販売しているそうです。

9月6日まで開催されています。
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「道教の美術 TAOISM ART」 三井記念美術館

三井記念美術館中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7階)
「道教の美術 TAOISM ART - 道教の神々と星の信仰 - 」
7/11-9/6



日本と中国の文化に深く根ざす道教の世界を紹介します。(公式HPより一部引用。)三井記念美術館で開催中の「道教の美術 TAOISM ART」へ行ってきました。

まず道教とは何ぞやということで、展示解説文より記載の部分を引用しておきます。

老子を祖と仰ぎ、不老長寿を理想として中国で生まれた宗教。東アジアの思想文化のベースとなり、風水や易学、または神仙思想などを取り込んで発展し続けてきた。
美術の観点からでは、老子や仙人像をはじめとして、星座を擬人化した像、または閻魔王などの裁判官、陰陽道の符などが挙げられる。
日本へは主に修験道や、古代律令時代以来、安倍晴明にも代表されるような陰陽道、または鎌倉期の禅や律宗寺院で祀られた道教の神、伽藍神などに影響を与えた。



会場は比較的詳細なキャプションの他、その文を抜き出した解説シートなども用意されていて、私のように道教の知識がなくとも、最低限の歴史や思想を追えるようには工夫されています。以下、細かな部分は公式HP内に譲るとして、印象深い作品を簡単に挙げてみました。

「青銅 騎獣人物博山炉」(前漢時代/大阪市立美術館)
蓋を仙山という博山に象った香炉。珍獣を手にのせる男の様子がコミカル。

「正統道蔵 唐玄宗御註道徳真経」(明時代/宮内庁書陵部)
古くは後漢、そして唐に編纂され、現存する最古のものとしては明時代に至る道教の経典。世界で4例しかないという極めて珍しい品。

「黄庭経 王羲之 宋拓」(東晋時代/三井記念美術館)
有名な書家、王羲之の書。彼も道教信者であったらしい。端正な漢字が引き締まった印象を与える。

「道教三尊像」(北魏時代/大阪市立美術館)
文字通り道教の三尊像。手を胸の前をやる主尊の表情が印象深い。長身の脇侍の造形は鋭角的な線が走るシャープなものだった。

「老子出関図 岩佐又兵衛筆」(江戸時代/東京国立博物館)
思いもしない場所で登場した又兵衛の絵画。墨の陰影によって巧みな立体感を引き出した牛にのる老子の姿が描かれている。くつろいだ様が良い。

「焔口餓鬼図(面然大士)」(明時代/六道珍皇寺)
道教の一神を表した作品。中央ににやりと笑って座禅を組む神が描かれている。その下には供養する人間や救済される者が群れていた。上部の観音の姿と合わせてどこかエキゾチックな様子が興味深い。

「五星廿八宿神形図巻 谷文晁筆」(江戸時代/栃木県立博物館)
五星(木・火・土・金・水)と二十八の星座を擬人化して描いた巻物。元々は栃木の絵師、小泉斐(こいずみあやる)が描いたものを文晁が写した。鳥の面をつけた者や鳳凰にのる者など、その様子は多彩。



「妙見菩薩立像 院命作」(鎌倉時代/読売新聞社)
堂々たる菩薩立像。ちなみに今回はこの他にも数体の仏像が出ているが、残念ながらどれもがガラスケースの中に窮屈におさめられている。スペースの制約はやむ終えないとは言え、明らかに箱の容量を遥かに越えた展覧会という印象が強い。



なお本展はそもそも大阪市立美術館が中心となって企画した展覧会です。終了後、大阪市立美術館(9/15-10/25)、また長崎歴史文化博物館(2010/1/12-3/22)へと巡回しますが、メインの大阪市美では三井記念美の約2倍弱にあたる330点もの作品が、一度の展示替えを挟んで全て登場します。(ちなみに三井会場の出品は約170点です。それが計6回の展示替えを挟んで紹介されています。出品リスト。)内容をしっかりと吟味するには、大阪会場でまとめて観覧した方が適切かもしれません。

「道教の美術 TAOISM ART」大阪市立美術館会場の公式HP)

9月6日までの開催です。
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「青木淳 - 夏休みの植物群」 TARO NASU

TARO NASU千代田区東神田1-2-11
「青木淳 - 夏休みの植物群」
8/1-9/5



TARO NASUをデザインした青木淳が、自身のイマジネーションから生まれた「植物」の平面、立体作品を展示します。(画廊HPより一部引用。)TARO NASUで開催中の「青木淳 - 夏休みの植物群」へ行ってきました。

私のような素人の感覚で青木淳の個展と聞くと、例えば設計模型などの並ぶ姿を想像してしまいますが、実際には立体作品その他、空間全体を作家本人が演出したインスタレーション個展でした。TARO NASUの地下空間では、サッカーボールのような形をした『花』のオブジェが光を瞬かせ、また実際の花の写真を引き伸ばした抽象絵画風の平面作品が、暗がりのホワイトキューブへ紅や緑などの淡い色を引き込んで幻想的な空間を作り上げています。コンクリート剥き出しの床面を歩いていると、何やら未知の洞窟の中を探検し、同じく未だ知らぬ新種の植物群を見ているような気分になったのは私だけではないかもしれません。

そもそもこうした展示は、一度大阪のTARO NASUでも開催したことがあったそうですが、画廊で販売されている小冊子では、今回の作品と青木の建築物との関連も簡単に説明されていました。実のところ、ボールの照明などは私の感性と合いませんが、ひんやりした地底の奥底で、健気にも咲く「花」の独特の美感に惹かれた方も多いのではないでしょうか。

9月5日まで開催されています。

*展示風景は下記リンク先のブログが充実しています。

青木淳 「夏休みの植物群」@site/シキチ
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「都市的知覚」 TWS本郷

トーキョーワンダーサイト本郷文京区本郷2-4-16
「都市的知覚」
8/11-30



映像やインスタレーションなどの様々な手法で都市を捉えます。トーキョーワンダーサイト本郷で開催中の「都市的知覚」へ行ってきました。

出品作家は8名です。

笹口数、石原次郎、前林明次、前田真二郎、遠藤孝則、河村陽介、上妻勇太、八嶋有司

決して「都市とは何ぞや。」という問いを抉る展示ではありませんが、連なるビルや押し寄せる人々など、都市の「速度や量に、普段ただ圧倒されて」(ちらしより引用)生きている人間が、そこにどう接触し、またイメージを広げるのかという試みが提示されています。以下に印象深かった作家を挙げてみました。



石原次郎「interMetro」(2003)
東京、パリ、NY、ソウル他、世界各地の地下鉄の車窓(ホーム)をインタラクティブに体験する映像アート。大きなスクリーンの前に置かれたマウスを操作すると、走行中の電車内からトンネルの真っ暗な風景を見た映像がスタートし、その直後に各都市の地下鉄駅のホームへ到着する様子が映し出される。クリック一つで世界中の駅を旅するだけでなく、あたかもそれらが一つの地下鉄で繋がっているような気分にさせられるのが面白い。例えば神谷町駅の次はNY、そしてソウル、また今度は赤坂見附を挟んでパリと、自在に路線を作るようにして楽しめた。

笹口数「22 July, 2009, 35° 68' N. 139° 69' E.」(2009)
西新宿に連なる高層ビルの影をオブジェ、または映像化した作品。地図から切り出された高層ビルが影の形で立体化され、それが動画となって都市を作り出す。見慣れた高層ビル群も影となるとまた新鮮。現実の都市と表裏一体の関係にある「影の都市」を疑似体験出来た。



前林明次「Dreaming on the desktop #1」(2009)
今回の展示で一番興味深い作品。小部屋に椅子とテーブルが備えられ、テーブル上にはメトロノームの他、小さなラジオが一台置かれている。観客は椅子に座り、ヘッドホンを装着して耳と目に展開させる都市の「ノイズ」を楽しむ。決して派手さはないが、思いもつかないような展開が面白かった。

いかにもワンダーサイトらしいコンセプトに明快な展覧会でした。

今月30日までの開催です。
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「ビュフェとアナベル - 愛と美の軌跡」 そごう美術館

そごう美術館横浜市西区高島2-18-1 そごう横浜店6階)
「ビュフェとアナベル - 愛と美の軌跡」
7/29-8/31



世界一のコレクションを誇る、静岡のベルナール・ビュフェ美術館のビュフェ絵画、約60点を展観します。そごう美術館で開催中の「ビュフェとアナベル - 愛と美の軌跡」へ行ってきました。

私はともかくもビュフェが無条件に好きですが、この展示を見て、いつぞや静岡のビュフェ美術館で受けた時の感動が蘇ったのは言うまでもありません。デパート内の美術館ということで雰囲気こそ望めませんが、初期作から今回の中心となる妻アナベルのモチーフ、そして一部晩年の作品まで、時系列に揃ったビュフェの絵画群は相当に見応えがありました。以下、いつものように印象に残った作品を挙げてみます。

「村の通り」(1946)
セピア色に包まれたある村の一角。ユトリロの風景画を連想させるが、そこには誰一人歩いていない静寂の世界が広がっている。一体、画中の空間は昼なのか、それとも夜なのか。



「アトリエ」(1947)
パリのアパルトマンの一室を借りたアトリエの景色。大きな窓からパリの街を望み、椅子や自転車が無造作に置かれた室内にはキャンバスに向かい合うビュフェ自身の姿が描かれている。



「肉屋の少年」(1949)
肉を吊るして、それを見やる少年が登場する。モチーフ自体は世俗的なはずだが、絵から感じられる神秘的な様相は宗教画風でもある。若い頃のビュフェ作品に特徴的なグレーの寒々しいタッチ、またひっかき傷のような線、そしてやせ細った少年の姿などが、肉屋の日常に強い不安感を呼び込んでいた。

「ナンスの農場」(1951)
深い曇り空の下には、薄い芝色で示されたナントの田園が広がっている。大地に立つ三本の木の他、ぽつんと一軒だけ建つ家など、どことない虚無感が漂っていた。ナントはこれほどまでに荒涼としているのだろうか。



「キリストの十字架からの降下」(1948)
十字架に架けられたイエスと、それを降ろして運ぶ姿が描かれている。前景でその様を嘆くスーツ姿の男性と女性は、ヨハネと聖母マリアを示しているとのこと。現代に置き換えられたイエスの受難は、一人の人間のリアルな死の光景へと置き換わっていた。床に散らばる工具は痛々しい。なおこの年、ビュフェは批評家賞を受賞し、画家としての地位を固めた。



「サーカス」(1955)
横幅5m近くはあろうかという本展でも最大の油彩作品。曲芸を繰り広げるサーカスの舞台が観客の頭越しに示されている。不機嫌な表情をした団員たちの姿は、いつもビュフェらしい暗鬱なものだが、どちらかと言うと全体の様相からはカリカチュア的な滑稽さを感じた。

「静物」(1955)
テーブルの上の瓶と蝋燭と手紙、そして銃が重々しいタッチで示されている。蝋燭や手紙だけであるなら、ごく普通の静物画にも見えるところだが、そこに銃が加わることによって、不穏なドラマを予兆させる作品へと変質していた。



「マンハッタン」(1958)
ビュフェのニューヨーク旅行の成果を示す一枚。極太の線が縦横に交わり、半ば一つの幾何学模様と化したマンハッタンのビル群が描かれている。人がいないせいか、そこにあるはずの賑わいが失われているのは興味深い。都会の中に一人放り込まれ、途方に暮れているような寂しさが伝わってきた。



「青い闘牛士」(1960)
1958年、アナベルと結婚したビュフェは、この頃から妻をモチーフとした作品を次々と手がけるようになる。この作品もアナベルをモデルに、スペインの闘牛士を描いたもの。足を少し曲げ、手を腰にやり、青い服に黄色のマントに身を纏ったその姿からは、逞しい闘牛士のイメージと合わせ重なったアナベルの強い意志が伝わってきた。

「狂女」(1970)
激しい黄色をバックにポーズをとる男女。骸骨をもった男は露骨に死を暗示するが、ベロを出してこちらを見やる姿は、死をパロディーとした道化のようにも見えた。

「死」(1999)
24点の骸骨をモチーフとした最晩年の連作のうちの一つ。まさにビュフェの死神。鮮烈な色彩はもはや汚れ、タッチは狂ったように乱雑となり、またポーズは滑稽さを通り越して破滅的な様相をとっている。ビュフェはこの年の5月、71歳で自殺した。この作品の図像は一度見たらしばらくは頭を離れない。



モノクロームから一転して鮮烈となった色遣いなど、画業を通してのビュフェの評価は必ずしも一定ではありませんが、妻アナベルとの関係を中核に、彼の生涯を簡潔に追うには最適な展覧会だったのではないでしょうか。



出品リストはありませんが、大人も参加可能な簡単なワークシートも用意されていました。なおそちらに参加すると次回展のチケットまでいただけました。太っ腹です。

「ビュフェとアナベル/ベルナールビュフェ美術館/フォイル」

今月末日、31日までの開催です。(連日20時までオープン。最終日は17時閉館。)ひいきの引き倒しではありますが、今更ながらも強くおすすめします。
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「ユーラシアの風 新羅へ」 古代オリエント博物館

古代オリエント博物館豊島区東池袋3-1-4 池袋サンシャインシティ文化会館7階)
「ユーラシアの風 新羅へ」
8/1-9/6



主に韓国・新羅の出土品を中心に、西アジアから中国、そして日本に至るまでの東西の交流史を辿ります。古代オリエント博物館で開催中の「ユーラシアの風 新羅へ」へ行ってきました。

新羅の宝剣、または杯や土器をはじめ、同時代はおろか、それよりも遥か以前のペルシャ時代の角杯など、なかなか見所の多い展覧会です。そもそもこの展示は、昨秋より今年にかけて韓国の国立慶州、及び済州博物館で開催された「新羅と西アジア」展を日本で再構成したものですが、それらの博物館はもとより、MIHOや岡山市立オリエント美術館所蔵の貴重な品々を池袋で手軽に見られる機会を逃すわけにもいきません。時代こそ違えども、同モチーフ、例えばイランのリュトンと新羅の角杯、またはローマと新羅の切子椀など、それぞれを比較して楽しむのもまた一興でした。

それでは印象に残った作品をいくつか挙げます。



「装飾宝剣」(新羅 5~6世紀)
ガーネットやガラス玉をはめ込んだ金の剣。紋章風の金細工はさほど精巧ではないものの、その輝きには目を奪われた。(上の図版はその一部)

「金冠飾」(新羅 5世紀)
鳥の翼のような形をした冠。透かし彫りの冠からは円盤状の金の飾物がいくつもぶら下がる。5世紀のものとは思えないほど見事な保存状態だった。

「金製耳飾」(新羅 6世紀)
二つの球と円錐を繋ぎ合わせた金の耳飾。表面を縫うチェーン状の装飾が驚くほど細やかだった。

「円形切子杯」(新羅 5~6世紀)
損壊が激しいが、切子風の紋様に組み合わされた透明ガラスの杯からは清涼感が感じられる。

「円形切子碗」(イラン・イラク 6世紀)
まるで楽茶碗のように肉厚の切子碗。写真で紹介されていた正倉院蔵の日本の碗にそっくりだった。東西での文化の伝播を肌で感じる作品。

「鶏をくわえる山猫装飾 リュトン」(イラン・中央アジア 紀元前2世紀~1世紀)
ディオニュソスのモチーフ。尖った耳をした山ねこが鶏を口でがっちりとくわえている。鶏は驚いた様子にて目を大きく見開いていた。これは一推し。



「獅子頭装飾角杯」(イラン・小アジア 紀元前8世紀~紀元前6世紀)
ベロを突き出した獅子が角杯に象る。たてがみの細やかな装飾は必見。



「鴨装飾腕輪」(アケメネス朝ペルシア 紀元前6世紀~紀元前4世紀)
腕輪の上部に番の鴨がそれぞれ反対の方向を向いて座っている。羽の部分には小さなラピスラズリやトルコ石が敷き詰められていた。ちなみにこの腕輪は今でも開閉が可能だということ。



「加彩武人俑」(北斉 5世紀)
ライオンの絵が描かれた盾を構えて立つ武人。天狗のような鼻を突き出した厳めしい表情が印象的だった。

残念ながら出品リストはありませんが、その代わりに書店でも取り扱われている図録が刊行されています。キャプションも比較的充実していましたが、足りない部分はそちらで補うのも良いかもしれません。

「ユーラシアの風 新羅へ/山本孝文/山川出版社」

ショッピングセンター内の立地ということで、例えば豊洲の浮世絵館ほどの施設を想像していましたが、ややがらんとした寂しい雰囲気ではあったものの、意外と立派な博物館で驚きました。何ぶん初めての訪問なので、この美術館の平均的な展示というのは良く分かりませんが、少なくとも今回の質を鑑みれば、池袋駅から人ごみを抜けて15分ほど歩いて向かう価値もあるのではないでしょうか。

なおぐるっとパスでフリー入場可能です。パスをお持ちの方には是非ともおすすめします。

9月6日までの開催です。
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「山田純嗣 - The Pure Land - 」 不忍画廊

不忍画廊中央区八重洲1-5-3 不二ビル1階)
「山田純嗣 - The Pure Land - 」
8/3-29



古今東西の絵画を媒体に、立体から写真を経由した「絵画」を提示します。不忍画廊で開催前の山田純嗣の新作個展へ行ってきました。

まずは独特な山田の技法について、カロンズネットの説明を引用させていただきます。

針金で立体を制作し石膏に浸した後、それを撮影、モノクロプリントされた写真用印画紙(バライタ紙)の上に直接刷るという、独自技法「インタリオ・オン・フォト」による作品。

ようは先にイメージからオブジェをつくり、それを撮影して、最後に銅版に仕上げているという理解で良いのかもしれません。ウェブ上の図像など、一見するだけではペインティングかと思えてしまいますが、実際の作品に限りなく近づいて目を凝らすと、細かい銅版の線が確かに浮き上がってきました。レイヤー状に何層にも透過するイメージ、また立体に由来する独特な陰影など、石膏の感触までが伝わるかのような繊細な画肌も大きな魅力です。中心となるモチーフとは別に、背景に点在するエンブレム風の模様、それに画面全体にレースのカーテンのように靡く装飾もまた美しく感じられました。



さて今回の新作は、元々のイメージに、古くは中世の西洋絵画の他、速水御舟の炎舞などの名画をモチーフを借りてきています。例えばDM表紙にも掲げられた「UNICORN IN CAPTIVITY」は15世紀ネーデルランドの「囚われの一角獣」を、また格子状の抽象面に波の紋様が重なる「TORRENT」は南宋の馬遠の手による「十二水図」が用いられていました。そしてそれらはもちろん単なる写し絵とはならずに、山田の独自の別個のイメージへと展開しているのは言うまでもありません。「UNICORN」では、一角獣がまるでファンタジーの夢の国に迷い込んだかのように存在しています。元になる古典作品の厳格性は限りなく薄められていました。

なお表面にパールの粉が塗り込まれているため、画肌がうっすらと紫色に光っているのも見所の一つではないでしょうか。白を基調とする作品では雪のような煌めきを、また黒を基調とするそれには妖し気なオーロラのような輝きを楽しむことが出来ました。ここは立ち位置を変えて楽しみたいところです。

29日まで開催されています。おすすめします。
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「4つの物語 - コレクションと日本近代美術」 川村記念美術館

川村記念美術館千葉県佐倉市坂戸631
「4つの物語 - コレクションと日本近代美術」
6/27-9/23



川村記念美術館で開催中の「4つの物語 - コレクションと日本近代美術」へ行ってきました。

本展のポイントを簡単に挙げておきます。

・川村美のコレクションで抜け落ちている日本近代美術のエッセンスを、抽象絵画を含む同館の欧米絵画より比較、検討して提示する。
・全72点の出品作のうち、約7割5分が他館よりの貸出作品。(国内の公立美術館がメイン。出品リスト。)
・レンブラントを基点とした劉生、高島、中村、松本ら自画像群の揃う前半部がハイライト。ヴォルスから日本の戦後美術を再考する最終章は私感ながらも大味。

続いて展覧会の構成です。

1:レンブラントと絵画技法の摂取/展開 - 肖像とリアリズム
2:ルノワールと日本の油絵 - 裸婦と家族の肖像
3:マレーヴィッチ、ヴァントンゲルローと同時代の抽象絵画 - 近代と精神
4:ヴォルス・ポロックと戦後美術 - 運動と物質



前述の通り各章とも、同館の欧米絵画コレクションを、主に他館の日本近代絵画と並べる内容となっていましたが、例えば第2章のルノワールの「水浴する女」と中村彝の「裸体」など、一見して比較し得る作品はまだしも、後半部、特にヴォルスから吉原、そして李などのもの派までを並べる箇所には、その違い過ぎる作風に戸惑いを覚えたのは私だけではなかったかもしれません。主題から類似性もある人物画の第1、2章と、いくらポロックと書が同じように「絵具や墨を飛び散らせた」(公式HPより引用。)とは言え、表現の志向性から異なる作品を並べた第3、4章はもはや別個の展覧会と捉えた方が良いのではないでしょうか。前後半で頭を切り替えるのは大変でした。

 

冒頭にいくつか並ぶ自画像群を見ると、かつて芸大美で開催された自画像展を思い出します。ここでは松本竣介の二点をはじめ、高島野十郎の鬼気迫る「自画像」なども見応え十分でしたが、とりわけ異彩を放っていた原撫松の「影の自画像」も深く心にとまりました。この作品はまさに自画像の影絵に他なりません。じっとこちらを見つめるレンブラントはもちろん、目に妖気の漂う野十郎には、本人の自我が絵から強く放たれていますが、逆に原の絵画は自我に匿名性を被せることで、その在り方に一定の疑問を投げかけています。他の作品にはない、むしろ影だからこそなし得たインパクトが感じられました。



同館所蔵品とのことで以前にも見ていたはずでしたが、第3章のヴァントンゲルローの「形態と色彩の機能」は自分でも意外なほど惹かれるものがありました。カラフルな線と面が白の空間にシンプルに浮かぶことで、例えばカンディンスキーよりも抑制的な、音楽に例えればバッハのチェンバロ曲のようなイメージを与えてきます。そしてそれに呼応するのが、村井正誠の抽象なのかもしれません。青や赤の四角が奇を衒わずに並ぶ姿は、ヴァントンゲルローと同じような端正なリズムを刻んでいました。



繰り返しになりますが最終章には書まで登場します。その意欲的な構成は大いに買いたいところですが、率直なところ、ポロックやヴォルス、そして李と言った好きな作家の作品が、不思議にもあの文脈、展示室で並べられると、どうも雑多に見えてしまうのが残念でなりませんでした。自分の心持ちに問題があったのかもしれませんが、いつもは風を感じ、そのリズミカルな線の揺らぎを心地良く思う李の絵画が汚いとさえ思ったのは初めてです。

絵を見るだけでは消化しにくい部分があるのも事実なので、ギャラリートーク、その他ガイドツアーなどを利用するのも良いかもしれません。スケジュールなどは公式HPをご参照下さい。

なお前回の特別企画展を飾ったロスコが、先だって新設された変形7角形をとる常設展内の「ロスコ・ルーム」へと戻っていました。どうも私はまだこの部屋に馴染めませんが、まるで地底の洞穴を思わせる暗がりの空間で、マグマを吹き出すかのようにも揺らぐロスコ絵画の熱気を浴びるのも希有な体験ではないでしょうか。

「太陽を曳く馬(上)/高村薫/新潮社」

9月23日まで開催されています。
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「団・DANS Exhibition No.5 真夏の夢 - 椿山荘」 椿山荘

椿山荘文京区関口2-10-8
「団・DANS Exhibition No.5 真夏の夢 - 椿山荘」
8/16-30



2005年以来、様々な場所で展覧会を開催してきたアーティストグループ「団・DANS」が、椿山荘を舞台に、絵画、彫刻、映像などを展開します。(公式HPより引用。一部改変。)椿山荘で開催中の「団・DANS Exhibition No.5 真夏の夢 - 椿山荘」へ行ってきました。

本展の出品作家については団・DANSのウェブサイトをご参照下さい。総勢46名にも及ぶ若手アーティストが集っていました。

なお会場は椿山荘館内のロビー、及び隣り合わせとなった二室の宴会場と、屋外の広大な庭園部分の主に二つに分かれています。以下、印象に残った作品を挙げてみました。

【ロビー・宴会場(ペガサス・ギャラクシー)】(椿山荘1階)

麻生知子
本年のVOCA、また谷中のJinの個展も興味深かった麻生知子のペインティング一点。中央に上から見た靴を並べ、その四方に弁当を食べたり、寝転んだりするなどの日常の景色を描く。お馴染みの上、または横からの目線はもとより、変形したパズルを組み合わせたかのような構図も面白かった。

海野良太
椿山荘の『パラレルワールド』をポップなタッチで描く。庭園の三重塔の他、館内にも多数群がって愉しそうに集う様は、まるでウォーリーを探せのようだ。所々に笑いの要素が散りばめられているのもまた良い。

井上裕起
巨大な山椒魚の怪物がオブジェで示される。しなやかな曲線を描いて立つ山椒魚のフォルムの他、表面を飾るデザイン的な紋様など、その作り込まれた様子はやはり圧巻。

【屋外】(庭園と茶室)

大垣美穂子(冠木門近く長松亭)
長松亭の用いたインスタレーション。暗室には実の母の20年後をイメージしたオブジェが光り輝く。その点滅する様はあたかも本人が呼吸しているかのよう。なお室内は狭く、一度に二人ずつしか入れないため、多客時は外で少し並ぶ必要がある。

北川純(幽翠池)
池の全面を用いての大掛かりな展示。水面を何かの袋などに見立てて巨大なファスナーを引く。屋外ではこれが一番面白かった。




なお屋外の出品作家は10名弱と多くありませんが、作品は2万坪にも及ぶという庭園のほぼ全域に点在しています。多数の階段など、高低差もあるため、歩いて廻るには動き易い格好の方が良いかもしれません。

また展示作品は現地会場にてオークションにかけられています。最終日には落札者が決まるそうです。

庭園はもちろんのこと、華やいだ宴会場の雰囲気を活かした展示ではありましたが、作品同士にややバラツキがあったからなのか、率直なところ全体としてはあまり馴染めませんでした。

30日まで開催されています。入場は無料でした。
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「細密画家 プチファーブル 熊田千佳慕展」 松屋銀座

松屋銀座本店8階大催事場(中央区銀座3-6-1
「細密画家 プチファーブル 熊田千佳慕展」
8/12-24



本展会期中にまさか作家ご自身が逝去されるとは言葉もありません。日本のプチファーブルとも呼ばれ、生き物や植物を細密に描いた熊田千佳慕の画業を振り返ります。松屋銀座で開催中の「細密画家 プチファーブル 熊田千佳慕展」へ行ってきました。

まずは訃報です。繰り返しになりますが、熊田千佳慕氏は本展期間中(13日)、98歳で亡くなられました。

画家の熊田千佳慕さん死去 ファーブル昆虫記の虫たち(朝日新聞)

なお熊田氏は展覧会前、会場のプランニングを指示するなど、この展示の開催に関して強い意欲を見せておられたそうです。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。



それでは展示の構成です。それぞれのモチーフをテーマ別に分類していました。

「絵本館」:みつばちマーヤ、不思議の国のアリス、ピノキオなどの挿絵原画。
「植物園」:植物への細やかな眼差し。子ども向け雑誌や書籍の表紙に用いられた作品など。
「昆虫館」:ファーブル昆虫記、及び日本の虫たちシリーズ。
「動物園」:自宅で犬や猫などを飼って動物を愛した。猫を描いた作品など。(初公開含む。)
「ファンタジー館」:妖精と植物と昆虫の世界。



細密でかつ、夢見心地のメルヘン世界へと誘うような植物や昆虫の細密画は、どれも甲乙付け難い魅力が感じられますが、やはりまず感心させられるのはその類い稀なデッサン力です。蝶や蝉の羽には細やかな毛までが描かれ、また木の葉には薄く透けて見える葉脈までが再現されています。熊田は一枚を完成させるのに妥協を許さず、相当に時間をかけて制作をしていたそうですが、全く緩みのない画面を見ればそれも明らかだと言えるのではないでしょうか。まるで虫眼鏡を覗いているかのようでした。



もちろんもう一つのポイント、作品から滲み出るファンタスティックな世界観も楽しまないわけにはいきません。先に触れた虫眼鏡云々ではありませんが、小さな虫と同じ位置に視点を定めることで、見ている側があたかも小人となって彼らの国を探検しているかのような雰囲気を作り上げています。「花のファンタジー」より「水色の世界」には熊田の魅力の全てがつまっていました。心に優しくしみ入るように美しい水色の紫陽花はもとより、蝶や蜂の飛ぶ虫と妖精が、不思議にも全く違和感なく共存して楽園を築いています。うっとりと見入ってしまうばかりでした。



なお会場には水彩の他、素描、または愛用の絵具なども紹介されています。松屋の催事場ということでスペースこそ手狭ですが、全200点にも及ぶ作品をじっくりと追っかけるのは相当の時間がかかりました。

突然の訃報は何ともショッキングでしたが、2006年に目黒区美で回顧展を見て以来、久々に熊田の世界に酔いしれることが出来ました。ちなみに百貨店らしくグッズが充実しています。絵葉書、そしてもちろん書籍をはじめ、マグカップ、Tシャツなど、見ているだけでも愉しめました。

「みつばちマーヤの冒険/ワルデマル ボンゼルス・熊田 千佳慕/小学館」

24日の月曜日までの開催です。おすすめします。(連日20時まで。最終日は17時閉場。)

*本展巡回先一覧(予定)
京都高島屋(9/9~21)、伊丹市立美術館(2010/4/10~5/23)、福岡県立美術館(2010/5/27~7/11)、ジェイアール名古屋タカシマヤ(2010/7/21~8/2)、横浜高島屋(2010/8/4~16)
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「栄光のオランダ絵画展 - レンブラント、ゴッホ、そして現在 - 」 ホテルオークラ東京

ホテルオークラ東京港区虎ノ門2-10-4 アスコットホール 別館地下2階)
「第15回 秘蔵の名品 アートコレクション展 - 栄光のオランダ絵画展」
8/4-30



毎年恒例、オークラでのアートコレクション展も今年で15回目を数えました。ホテルオークラで開催中の「第15回 秘蔵の名品 アートコレクション展 - 栄光のオランダ絵画展」へ行ってきました。

本年の展示のポイントは以下の通りです。

・オランダの芸術、主に絵画を、17世紀より今世紀までの時間軸で概観する。
・サブタイトルに『現在』とあるように、全75点のうち半数以上の40点が20世紀以降の作品であり、なおかつ20点強がいわゆる現代アートである。



ともかくはこの保守的なアートコレクション展で現代アートが出ているとは思いませんでしたが、何やら意味不明なものはともかくも、楽しめた作品はあるのは事実でした。以下、いつものように印象に残った作品を挙げてみました。(展示順。会場では19C→20・21C→17Cの順で作品が展示されています。)

フィンセント・ファン・ゴッホ「静物、白い壺の花」(1886年/吉野石膏株式会社)
ゴッホの『色彩の習作シリーズ』と呼ばれるうちの一枚。色彩の美しさよりも、暗がりの中から朧げに浮かび上がるバラの姿が心を打つ。



ヘンドリック・ウィレム・メスダッハ「日没の穏やかな海の漁船」(19世紀以降/オランダ文化財研究所)
これぞオランダと言うべき海の景色。沈み行く太陽を彼方に、穏やかな海の上を帆船がたゆたう。黄金色に染まる空の色が美しかった。

ヘンク・ヘルマンテル「ロッペルサム教会の南側廊」(1969年/INGコレクション)
誰もいない教会の廊下を捉えた作品。清潔感に溢れながらも、限りなく静かな様相をたたえた空間は、どことなくハンマースホイの世界を思い起こさせる部分があった。

ラオル・ハインケス「静物」(1935年/INGコレクション)
『魔術的リアリスム』として紹介された作品。屋外の石垣の上にのった果実や本が、精緻な描写と反面にある非現実的な世界を呼び込んでいた。

アドリアーナ・ファン・ズースト「磁器の小枝」(2004年/INGコレクション)
スーパーリアリスムを思わせる一枚。白いシーツや木の実などが極めて写実的な描写で捉えられている。現代アートながら、この展示の文脈で見ると不思議と古典的に思えた。

バーバラ・フィッセル「オランダでの一日」(2001年/オランダ銀行)
ハウステンボスを舞台に、オランダ人カップルが日本人に扮する様子が写真におさめられている。実際の日本(場所)とオランダ人(人種)を、写真の中でそれぞれ反転させて見せていた。



レンブラント・ファン・レイン「羊飼へのお告げ」(1634年/アムステルダム国立美術館)
チラシにはレンブラント派の油彩が挙げられ、それが目玉にもなっているが、私としては数点あったレンブラント本人の版画の方により惹かれた。絵画的表現でドラマテックに聖書のワンシーンを描く。



サロモン・ファン・ライスダール「エマオへの路」(1668年/INGコレクション)
オランダ絵画展では絶対に外すことの出来ないが画家の一人。この作品自体はそれほど良いは思えなかったが、その牧歌的な田園風景はやはり魅力的。絵の前で深呼吸したくなるような大自然が広がっていた。



おそらくは観客が期待するであろうレンブラントの他、17世紀のオランダ絵画に関しては、素人の視線からもアベレージはおおよそ高いとは感じられませんでした。とは言え、基本はチャリティの企画でもあるので、その辺云々を言うのは野暮なことなのかもしれません。

なお本展チケットで隣接する大倉集古館の「花・華」展を合わせて観覧することが出来ます。そちらは『間違いのない』展示なので、逆に集古館メインで考えてアートコレクションに出かけるのも良いのではないでしょうか。

心なしか例年よりも会場が閑散しているような気がしました。今月末まで開催されています。
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「『骨』展」 21_21 DESIGN SIGHT

21_21 DESIGN SIGHT港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン・ガーデン内)
「第5回企画展 中山俊治ディレクション 『骨』展」
5/29-8/30



生物から工業製品、はたまたアートに至るまでの「骨」(正確には骨と見立てたものを含む。)に目を向けて紹介します。21_21 DESIGN SIGHTで開催中の「『骨』展」へ行ってきました。

前述の通り、生き物に限らない、ありとあらゆる事物の骨、骨格を、写真や映像、またはインスタレーションなどにて俯瞰する展覧会です。そもそも骨とは何ぞやという部分は必ずしも明快ではありませんが、そこから広がる多様なイメージはなかなか楽しめるものがありました。

では以下、印象に残った作品を簡単に挙げます。



ニック・ヴィーシー「X-RAY」
X線を通して家電製品などを写し出す。半透明となって、それこそ骨格を露としたドライヤーや掃除機の美しさは神秘的ですらある。必見は飛行機。出来ればもっと大きなサイズで見たかったが、幾何学的図像が組み合わさって一つの巨大な物体が出来る様は圧巻だった。

前田幸太郎「骨蜘蛛」
骨で組まれた蜘蛛、だから骨蜘蛛。それが深海に見立てたフロア床面に何体も這っている。吹き抜けのガラス越しから足を伸ばしたような仕草が可愛らしかった。



エルネスト・ネト「私たちがここにいる間」
ウォークイン型のネトのインスタレーション。お馴染みの皮膜、そしておもりで肋骨イメージの空間を作り上げる。ちなみに今回の中のおもりは小麦粉だった。ネト作品としてはややインパクトに欠けるかもしれない。

緒方壽人+五十嵐健夫「another shadow」
壁に映し出された自分のシルエットが、時間差で保存、動き出す。一瞬、凍り付いたように映る影が、まるでもう一人の自分のように見えるのが面白かった。

参「失われた弦のためのパヴァーヌ」
今回一番美しいインスタレーション。音が光となる瞬間がピアノから提示されていく。



玉屋庄兵衛+山中俊治「骨からくり『弓曵き小早舟』」
弓を構えたからくり人形。通常は動かないが、毎週土日の14時、及び16時からは実演イベント(各10分間)があるとのこと。動かないからくり人形は面白くないので、これからの方はそちらに参加されるのも良いのではないかと思う。

なお入口で配布されるガイドマップは、漫画家のしりあがり寿氏によるものでした。あまりにも自由なイラストは、地図としての機能を半ば放棄していますが、是非とも保存しておきたいところではないでしょうか。

8月30日まで開催されています。
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「メキシコ20世紀絵画展」 世田谷美術館

世田谷美術館世田谷区砧公園1-2
「メキシコ20世紀絵画展」
7/4-8/30



フリーダ・カーロをはじめとするメキシコの近代絵画、約70点を概観します。世田谷美術館での「メキシコ20世紀絵画展」へ行ってきました。

構成は以下の通りです。

第1章「文明の受容」:近代国家成立史。歴史上の人物など、祖国のイメージを絵画に置き換える。ディエゴ・リベラ「死者の日」他。
第2章「文化の発信」:メキシコのイメージを内外に発信する。固有の文化の絵画で紹介。サトゥルニノ・エラン「収穫」など。
第3章「進歩」:メキシコ革命以降の絵画作品。海外の美術動向との関連。フリーダ・カーロ「メダリオンをつけた自画像」など。



展示は表題の通り、いわゆる近代国家を形成した20世紀のメキシコの絵画をテーマ別に見ていくものでしたが、肩の力を抜いて、メキシコの近代絵画名品展として捉えてもそう問題はないかもしれません。残念ながら惹かれたものは多くありませんでしたが、以下、いつものように印象深かった作品を挙げてみました。

フリーダ・カーロ「メダリオンをつけた自画像」(1948年/個人蔵)
冒頭に登場する本展覧会の目玉。弓形の広い展示室に一点展示と破格の扱い。婚礼の衣装を纏ったカーロ自身の姿が描かれている。太い眉に大きく見開かれた目などには作家自身の強い意志が感じられるが、頬に垂れて洩れる三粒の涙には目を奪われた。身体が不自由だった彼女の悲しみの現れなのだろうか。何やら顔が閉じ込められたような様子もその印象と重なった。

ラモン・カノ・マニリャ「ソチトル・ピサウアクに捧げるダンス」(年代不詳/メキシコ国立美術館)
背中に様々な装飾をつけ、祝宴の場面で愉しそうに踊る人々が捉えられている。燃えるような朱色に包まれた画面に南国の熱気を感じた。

アブラハム・アンヘル「士官学校の生徒」(1923年/メキシコ国立近代美術館)
軍服に身を固めた少年の横姿。引き締まった表情には緊張感が漂う。画家は19歳で亡くなったそうだが、この生徒の青春はどこへいくのだろうか。

ホセ・クレメンテ・オロスコ「死者」(1925-28年/カリーリョ・ヒル美術館)
メキシコ壁画運動の三大巨匠の一人と言われるオロスコの作品。4つの蝋燭に囲まれ、白い布に包まれた死者の姿が暗がりより浮かび上がる。異様な迫力。

サトゥルニノ・エラン「収穫」(1909年/ブライステン・コレクション)
ゴーギャンの再来と言われたエラン。収穫に勤しむ農夫の姿をダイナミックなタッチで描く。ゴーギャンよりは色遣いが単調だが、その明るさは魅力なのかもしれない。

ホセ・チャベス・モラド「ツォンパントリ(骸骨の城)」(1931年/メキシコ国立近代美術館)
町中の看板を鮮やかな色遣いでシュール描く。まるで古賀春江のようだ。

フランシスコ・ゴイティア「魔女」(1916年/フランシスコ・ゴイティア美術館)
今回一番グロテスクな作品。目は爛れ、皮膚はめくれた魔女のポートレートを正面から描く。元々、考古学を研究していた画家とのことだが、処刑された人間を素材にして制作した作品の可能性もあるらしい。直視することすらためらうほど不気味だ。



なお構成と会場内の順路がかなり錯綜しています。(例えばカーロのメダリオンは第3章の扱いですが、実際には冒頭に登場していました。)またそのせいか、出品リストと展示作品の順番が悉く乖離していました。これは嬉しくありません。



むしろ本展示に続く収蔵品展、「利根山光人とマヤ・アステカの拓本」の方を興味深くご覧になった方も多かったのではないでしょうか。メキシコに魅せられ、当地へ出かけてアステカの文字や絵を写した美術家、利根山光人の拓本が多数展示されています。色鉛筆での拓本体験も手軽で楽しめました。


*体験ブースで写したアステカ神話の太陽神「トナティウ」。戦いの神様でもあったそうです。

今月末、30日まで開催されています。(「マヤ・アステカの拓本」は9月11日まで開催。)
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「生誕150年 ルネ・ラリック」 国立新美術館

国立新美術館港区六本木7-22-2
「生誕150年 ルネ・ラリック - 華やぎのジュエリーから煌きのガラスへ - 」
6/24-9/7



19世紀末より20世紀半ばにかけ、アール・ヌーヴォーのジュエリー制作者として、またアール・デコのガラス工芸家としてそれぞれに活躍したルネ・ラリックの創作を紹介します。(公式HPより引用。一部改変。)国立新美術館で開催中の「生誕150年 ルネ・ラリック - 華やぎのジュエリーから煌きのガラスへ - 」へ行ってきました。

国立新美の広大なフロアをパーティションにて仕切り、前半はジュエリー、そして後半部はガラス工芸を展示するオーソドックスな構成の展覧会です。いつもながらに私の趣味の問題もあってか、不思議とラリックがあまり心に響かなかったのですが、以下、簡単に印象深かった作品を挙げてみました。



「ハット・ピン『ケシ』」(1897年/オルセー美術館)
ラリックのジュエリーの代表作とも言うべき名品。薄い花弁の中には艶かしい雄しべと雌しべが所狭しとひしめき合う。実際の花のように生気を帯びながらも、一方で萎れていくような儚さも感じられた。



「ティアラ『雄鶏の頭』」(1897年頃/カルースト・グルベンキアン美術館)
輝かしいワイン色にも光るアメシストを口に、雄鶏が鶏冠を震わせて猛々しく叫んでいる。透かし彫り的に組み合わされた造形には圧倒された。じろりと睨む目の様子もまた力強い。

「花瓶『蛇』」(1924年/個人蔵)
蛇がとぐろを巻いて花瓶を象る。一体どのような発想でこうした作品を作るのだろうか。ガラスの美しさを通り越して不気味だった。

「三足鉢『シレーヌ』」(1920年/個人蔵)
鉢の中にシレーヌの肉体がまさに流れるように埋め込まれている。髪の毛が靡きながら、そのまま水玉となって消え行く様が見事だった。

「テーブル・セット『ロータス』」(1924年/ギャルリー オルフェ)
テーブル上を水面に見立て、その上に蓮が咲き並ぶようにしてガラスの透明の食器を並べている。シンプルで幾何学的な造形が美しい。実は今回、一番惹かれたのはジュエリーでも大きな鉢などでもなく、こうした食器の品々だった。

「手鏡 - 横たわるナルキッソス」(1912年/個人蔵)
手鏡の紋様にナルキッソスを描く。鏡を見るということはやはりナルシシズムそのものなのであろう。ラリックの機知に感心する。



「カーマスコット(各種)」(1928年他/トヨタ博物館他)
カーマスコットとは自動車のボンネットの先端の装飾品。まさかラリックの展示で自動車そのものが置いてあるとは思わなかったが、短い間ながらもラリックはこれらのガラスマスコットの制作に勤しんだことがあったらしい。先取性のあるアール・デコならではの作品かもしれない。



前半部のジュエリーは一部作品を除き、部屋の壁面に沿って並ぶケースに入っているため、少し混雑するだけで列が出来てしまうきらいはありましたが、後半の工芸はテーブルセットの再現をはじめ、前述の自動車など、メリハリの利いた展示で感心しました。またライティングの効果も見事なものがあり、作品とともに照明によって出来た『影』も必見ではないでしょうか。

私感ながら、例えばかつてのサントリーでのガレ展のように、もう少し個々のモチーフに突っ込んだ紹介があればなお理解が深まったような気がしました。


*こちらは東京都庭園美術館の正面玄関のレリーフ。もちろんラリックの制作です。

9月7日まで開催されています。
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