「近世初期風俗画 躍動と快楽」 たばこと塩の博物館

たばこと塩の博物館渋谷区神南1-16-8
「近世初期風俗画 躍動と快楽」
10/25-11/30



噂には聞いていましたが、まさかここまで充実した展示とは思いませんでした。近世初期、主に庶民風俗を描いた様々な屏風群を概観します。たばこと塩の博物館の「躍動と快楽」へ行ってきました。

手狭なスペースということで、いつもの如く量への期待は出来ませんが、質の面においては過去、同博物館で開催された一連の企画でも指折りであると言えるでしょう。まず壮観なのは「洛中洛外図」(国立歴史民俗博物館蔵)、通称「歴博甲本」です。これはおそらくは狩野元信一派が手がけたとされる、現存最古の洛中洛外図ですが、足利幕府末期の京都市中の賑わいの様子が、千三百人にも及ぶ登場人物によって華やかに表されています。表面にやや剥離している箇所もありましたが、細やかな線描による建物や人物の生き生きとした光景を見ると、当時の街の息づかいを肌で感じることが出来ました。金閣などの今も変わらぬ名勝をはじめ、喧嘩をしたり施しを受けたりする人など、都市のあらゆる階層が分け隔てない俯瞰的な視点で示されています。これを楽しむだけでもゆうに30分以上はかかってしまいました。

当時の息づかいと言えば、歴史物、ようは秀吉が宮中にて能の会を催した光景を描いた「観能図」(神戸市立博物館蔵)と、原本こそ失われたものの、模写として大阪冬の陣を臨場感に溢れた描写で示す、その名も「大阪冬の陣図」(東京国立博物館蔵)の二点を挙げないわけにはいきません。前者には、前景にせり出した舞台にて舞われる能を、御簾の奥の後水尾院、もしくは金の扇子を手にしながら得意げに座る秀吉らが眺める様子が描かれています。一方の「大阪冬の陣図」には、言わば戦いの『表』と『裏』が示されています。中央の天守閣に座る男女はおそらく淀君と秀頼だと思われますが、槍をもって合戦に明け暮れる足軽の姿はともかくも、何と城外の陣にて煙草を吹かす者や、そこへ食べ物を売りにくる人物の様子までが事細かに表されていました。血塗られた戦いの裏には、死と隣り合わせでありながらも、このようなごく普通の日常の光景が淡々と続いていたようです。まさに腹が減っては戦が出来ぬということなのでしょう。



たばこと塩の博物館とのことで、煙草に関係する光景を良く見ることが出来るのも興味深いところです。また「江戸名所遊楽図」(細身美術館蔵)など、普段なかなか見慣れない貴重な屏風もいくつか展示されています。これで入場料300円とは心底驚かされました。

展示は本日で終了します。
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ネットラジオでトリフォニー@新日本フィルライブ

国内のオーケストラではおそらく初めての試みではないでしょうか。新日本フィルハーモニー交響楽団の公演のネット配信が何と『無料』ではじまりました。現在、視聴可能なのは、今年9月のアルミンク指揮の名曲シリーズから、ハイドンの「奇蹟」と、モーツァルトのK.216、及びト短調交響曲の計3曲です。まずは以下のサイトよりお試し下さい。


「日経BP ネットで楽しむオーケストラ 新日本フィルライブ」

ネットでは近くて遠かった国内オーケストラの公演を、自宅PCで気軽に楽しめるチャンスがようやく到来しました。またこの企画にあたった音楽評論家の飯尾氏のブログには配信の概要と、足掛け三年という、企画へ至った経緯が熱く語られています。そちらも要チェックです。

「ネットで楽しむオーケストラ 新日本フィルライブ」を公開!(CLASSICA)

各曲とも楽章毎の映像の他、全曲の高音質ファイルが配信されています。早速、交響曲第40番を聴いてみましたが、映像は小さめながらも画質、音質ともに上々で、アルミンクの都会的なアプローチと、新日本フィルの芳醇なサウンドを存分に味わうことが出来ました。ちなみにカメラは正面よりのオーケストラ全景、そしてステージ後方からの指揮者アルミンク単独、もしくはコンマスの崔氏とヴァイオリン群のほぼ三点のみの簡素なものですが、いつものトリフォニーの雰囲気を感じるには不足はありません。

それにしても嬉しいのは、この無料配信という驚きの企画が一回限りではなく、今度も拡充されていくということです。音声だけでなく動画付きということで、例えば定評のあるコンサート・オペラの配信などにも期待してしまいますが、某放送オケを筆頭に、国内の他団体がネットに対して積極的でない(シティフィルのサウンドライブラリくらいでしょうか。)状況の中で、まずは果敢な取り組みをはじめた新日本フィルに大きな拍手を送りたいと思います。
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「山本麻友香」 ギャラリー椿

ギャラリー椿中央区京橋3-3-10
「山本麻友香」
11/8-29



先月号のアーティクル表紙も飾っています。動物と子供が同化した独自の世界を描き続ける(TABより引用)、山本麻友香の新作個展へ行ってきました。

無垢ながらも、虚ろな目を光らせた中性的な子どもたちは、これまでの作品にも登場するお馴染みのモチーフですが、かつて見た時よりも成長し、半ば大人への境に立ち入り始めているかのような、どこか気怠さと投げやりな風情を感じたのは私だけでしょうか。奇妙な動物の着ぐるみを全身にかぶり、ピュアながらも、見る者を睨みつけるような目線を向けた子供たちは、光沢感のある独特の伸びやかな色面に包まれ、あたかも童話か物語の世界の幻の住人であるかのように佇んでいます。また着ぐるみが身体と心を守るからなのか、そこへ安住するかの如く引きこもって出ることを望みません。目には大人への意思がうっすらと宿りはじめていますが、ふかふかの毛布にくるまれた胎内は、内に秘めた衝動を押さえ込むほどに心地良いのでしょう。そのギャップは魅力であるとともに、どことなくアンバランスで不安にも思えました。

明日、土曜日までの開催です。
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「チバトリ」 千葉市美術館、WiCANアートセンター他

千葉市美術館千葉市中央区中央3-10-8)/WiCANアートセンター千葉市中央区栄町24-7
「ひらがなアート チバトリ」
11/15-30



別に横浜へ喧嘩を売っているわけではありません。トリエンナーレではなく、ただの『トリ』、ようはマスコットの『チバ鳥』(マスコットは最下部参照)です。千葉市内、市立美術館他で開催中の現代アートの祭典、「チバトリ」へ行ってきました。

県民でありながら全く知りませんでしたが、今回のチバトリを主催するWiCAN(千葉アートネットワーク・プロジェクト)は、数年前より『トリ』に限らず、アートのイベントを様々な形で企画してきたそうです。それが今年はたまたま横浜トリエンナーレにかけてのチバトリ、さらには衒学的でかつ面白くない(私が言っているわけではありません。)とされる横浜に対し、「等身大のアート」をキーワードに、ある種の分かりやすさを求めたチバトリと、手作り感も漂う、千葉の身の丈にあった(?)展示を行っているというわけです。率直なところ、企画としては色々な意味でユルさ全開でしたが、あえてこの時期にトリを冠したイベントを開催する心意気には、とりあえず応援の意味も含めて拍手を送りたいと思います。ともかく見ないことには何もはじまりません。



  

会場は千葉市内計3カ所に分かれていますが、私は「風俗美術館」と題されたメインの「ジャパニーズ・リアル@チバ」と「チバトリ実験室」の千葉市美術館、及び栄町のWiCANアートセンターでの「チバトリ・アンデパンダン」を見てきました。ちなみに双方の会場は歩いても約10分とかかりません。ハシゴするには問題なさそうです。

  

  

市美術館の展示スペースはちょうどエレベーターホールの前、一階のさや堂ホールでした。ここでは会田誠、開発好明らをはじめとする10名のアーティストによるグループ展が行われています。ちなみにギョッとするようなおにぎりの怪物の会田誠のオブジェ「時の裂け目」は、何と彼自身初となるサウンドインスタレーションだそうです。その他では、ついこの間に京橋のINAXで個展のあった松田直樹の米の「うつわ」、また賞味期限の切れた肉や不要になった皮革製品にて元のイメージを再構築する渡辺篤の「死体遺棄事件」などが印象に残りました。別にグロテスクな映像を集めなくとも、生と死の問題に突っ込んだ展示は可能なのでしょう。死体派を持ち出すまでもない、メッセージ性にも長けた興味深い作品でした。



  

さや堂ホール横のエントランススペースでは、木村崇人の「ガリバー診療所」と題されたインスタレーションが展開されています。これは白衣を着た受付の『医師』の方に「ガリバーめがね」をお借りして、身長5メートル程度になったガリバーの視線を楽しめるという体験型の作品です。手取り足取り、ボランティアスタッフのワンツーマンでの『診察』から始まるという、実に手のこんだ仕掛けも嬉しく思えました。ちなみにこの「ガリバーめがね」はレンタルすることも可能です。めがねを片手に近辺を散策してみるというのもまた面白いのかもしれません。(もちろんマップも貸し出し中です。)



  

さてもう一カ所の会場、WiCANアートセンターで開催中なのは「チバトリ・アンデパンダン」、ようは完全無選抜による約90名のグループ展でした。「横トリに呼ばれなかったあなた、横トリを断ったあなた、チバトリはあなたを拒みません。」を合い言葉(?)に、小品のドローイングあり、また映像ありの、多様な作品がざっくばらんに展示されています。なおそれらはオークション形式にて購入も可能です。金の卵は果たしてここに埋もれているのでしょうか。思わずにやりとしてしまう作品もありました。

横浜に比べ、規模もおそらくは予算も全く比較になりませんが、幸いにも会場の千葉市美では「20世紀の写真」という、展示作品の質にかけては見るべき点の多い写真展を開催中です。お出かけの際はそちらとセットでの鑑賞をおすすめします。



次の土日、30日までの開催です。なお入場は無料です。
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「ボストン美術館 浮世絵名品展」 江戸東京博物館

江戸東京博物館墨田区横網1-4-1
「ボストン美術館 浮世絵名品展」
10/7-11/30



話題の浮世絵展も間もなく会期末です。世界一とも名高いボストン美術館所蔵の浮世絵コレクションを概観します。江戸東京博物館で開催中の「ボストン美術館 浮世絵名品展」へ行ってきました。



黎明期より江戸末期まで、浮世絵の通史を一挙に辿ることの出来る豪華な展覧会です。これほどのビックネームの揃う浮世絵展を楽しめる機会など、そう滅多にあるものではありません。以下、春信がメインになってしまいましたが、印象に残った作品を写真ともに10点ほど挙げてみました。(写真については許可をいただいています。)





無款(奥村政信)「駿河町越後屋呉服店大浮絵」
江戸のにぎわいを肌で感じ取れる一枚です。店の奥行きや広がりを、浮絵と呼ばれる独特の遠近法にて巧みに表しています。舞台は越後屋、つまりは日本橋の三越ですが、その慌ただしく行き交う人々の熱気は、現在の光景をゆうに上回っているのではないでしょうか。思わず、絵の中の細部へと入ってしまうような臨場感でした。



鈴木春信 「雨中美人」
急な嵐に慌てたのか、脱げた下駄に気をとられながらも、何とか洗濯物を取り込もうとする女性が描かれています。雲や風の表現はとってつけたように不自然ですが、風になびいて裾を揺らす姿はどこか艶やかでした。





鈴木春信「坐鋪八景 ぬり桶の暮雪 」
見立てのぬり桶の他、壁の文様にも春信得意のきめ出しが用いられています。綿の質感までが伝わるかのような立体感を見せていました。



鈴木春信「飛雁を見る二美人」
欄干越しに望む梅に春を感じる一枚です。二人はその先に飛ぶ雁を見つめていますが、その寄り添う姿は何かエロティックな様相さえ感じさせています。

 



鈴木春信「女三の宮と猫」
女三の宮が猫を連れて歩くお馴染みのシーンです。猫の細やかな表現に目が奪われます。また春信は摺の状態如何で魅力が半減してしまいますが、この作品は畳の草色の発色なども見事でした。



鈴木春信「伊達虚無僧姿の男女」
二人の女性が歩いているのかと思いきや、黒い装束を着た人物は男性でした。春信の黒の使い方には粋を感じます。



司馬江漢「広尾親父茶屋」
まるでドイツロマン派の風景絵画です。今の広尾からは想像もつかないような、長閑な里山の景色が広がっていました。



喜多川歌麿「青楼仁和嘉女芸者之部 扇売 団扇売 麦つき」
歌麿の大首絵美人画の魅力を手軽に楽しめる一枚です。単なるグラビアではなく、三者の動きにどことない緊張感を与えているのが歌麿流なのでしょう。雲母の剥落も殆どありませんでした。



歌川国貞「星の霜当世風俗」
国貞美人画の傑作として名高い10点揃いの一つです。蚊帳や衣装の精緻な表現に国貞の高い画力を見ることが出来ました。蚊帳の下から覗く団扇が不気味です。



歌川国芳「布引ノ瀧悪源太打難波」
この迫力こそ国芳ならではと言えるのではないでしょうか。衣装がまるで紙細工のようです。造形的な描写が光ります。

浮世絵の面白さは上に並べた写真や図版では殆どわかりません。つまりは春信に代表されるように、その瑞々しい色味に接してからこそ初めて感激を得ると言えるものでしょう。ここ最近、ミネアポリスやベルギーロイヤルと見応えのある里帰り展が続いていますが、その系譜に連ねても何ら問題のない充実した浮世絵展でした。



今月末、30日までの開催です。改めてお見逃しなきようおすすめします。
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「あおひー写真展 - いつかのどこか - 」 Gallery613

Gallery613港区元麻布2-11-6 202)
「あおひー写真展 - いつかのどこか - 」
11/24-30



日頃、お世話になっているあおひーさんの個展とあっては見逃すわけにはいきません。元麻布、Gallery613で開催中の「あおひー写真展 - いつかのどこか - 」へ行ってきました。



初めての個展とのことで、まずは作品をどのような空間で見せるのかに興味がありましたが、出窓の印象的なリビング風のスペースが見事なほどに居心地の良い雰囲気を演出していました。古美術品に囲まれながら、あおひーセレクトによるモノクロームに沈み込んだ写真が控えめに並んでいます。サイズはどれもA4とそう大きいわけではありませんが、さすがに前もって拝見していたスナップとは全然異なった味わいがありました。やはり個展形式で見るのとは違います。



モノクロームいうと黒に存在感を意識させる写真が目立ちますが、あおひーさんのそれは逆に白にこそ独特な魅力をたたえていると言えるのではないでしょうか。黒と白の世界に置換された被写体がぼやけながら揺らぎ、また澱みつつ混じり合うことで、見えてこなかったはずの『どこか』のイメージが微睡みながら僅かに開けてきます。黒と白のせめぎあう色面の様子は、あたかもアクリルを塗り重ねた抽象画のようでした。写真の中でモチーフが溶けていく瞬間が記憶されています。その様は寡黙であり、また優し気です。



暗闇坂近くのこぢんまりとした空間で『いつか』見た景色に出会えるかもしれません。次の日曜、30日までの開催です。
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「シェル美術賞展 2008」 代官山ヒルサイドフォーラム

代官山ヒルサイドフォーラム渋谷区猿楽町18-8 ヒルサイドテラスF棟1階)
「シェル美術賞展 2008」
11/12-24



心なしか去年よりも波長の合う作品が多かったような気がします。40歳以下たちのアーティストが、平面作品というカテゴリーの中にて思い思いな表現を繰り広げました。シェル美術賞展へ行ってきました。

早速、以下、私が印象に残った作家を順に挙げていきます。

西尾真代「室内風景天井」
和室の天井を見上げた光景を描いたのだろうか。照明のリングと天井の木目が緩やかなタッチで描かれている。日常に潜みながらも、見逃してしまうような光景をあえて切リとる様に好感が持てた。

前川瑞江「君のために捧げる歌」
ビルの屋上のような場所で兵士が片隅から飛び降りようとしている。その左にはライフルを兵士へ向けた主婦風の女性と子ども。ミニチュアの飛行機は兵士が乗ってきたものなのだろうか。シンプルな構図とモチーフから物語の多様なイメージが広がる。

江川純太「あの優雅な投げやり」
黒い空の下に広がる深緑色のコートでテニスをしている様子が描かれている。太いストローク、もしくは暗がりの色彩感が不気味な感触を生み出した。

サガキケイタ「ウゴメクヨル」
昨年の展示でも印象に残ったサガキケイタの一枚。ペン画による細密なおどろおどろしい表現と、全体として出来上がる風景のギャップが強烈。現代社会とは往々にしてこのような魑魅魍魎の世界なのかもしれない。なおサガキケイタは現在、馬喰町のCASHIで個展開催中。

新垣真奈「帰り道の通過点」
都会の夜を横切る電車の車窓を描く。窓から差し込む明かりと乗客が平面的に示されている。その場限りで行き交う人々の一瞬の邂逅。乗客たちの優しい笑顔に癒された。

井上佳香「みどりと白」
岩絵具による雪原の質感が秀逸。所々、地表が露出にしているように見えるのは、地の素材を巧みに利用しているからなのか。対比的な草色もまた良かった。大地の広がりを体で感じる。

小川暁雄「一山図」(本江邦夫審査員奨励賞)
紙本墨画にアクリルを用いた現代日本画。奇妙にせり出す南画風の山に動きを感じる松が二本。その下には小さな家々や人々が見える。半ば破綻した構図が逆に新鮮に感じられる興味深さ。(地震の動きを表したものだそう。)



笠井麻衣子「トレーニング1」(準グランプリ)
流れるようで崩れ落ちそうなストロークが特異。髪を大きく靡かせて立つ女性は妖気すら漂うかのような存在感。殆ど乱雑なタッチで配された白や黄色の色遣いが、画面の構成感を崩壊する限界の場所で危うくとめている。そのスリリングさがたまらない。

高島麻世「水鏡」
深い緑色をたたえた澱む水の中に沈み込んだ二人。手と足をのばして互いを静かに求め合う。思わずこちらも吸い込まれそうになった。

代官山の展示は本日で終了です。なお来年1月(1/6-11)より、京都市美術館へと巡回します。(東京、京都、共通無料入場引換券
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「20世紀の写真」 千葉市美術館

千葉市美術館千葉市中央区中央3-10-8
「国立美術館所蔵による 20世紀の写真」
11/1-12/14



国立美術館(京都、東京、国際)、及び千葉市美術館所蔵の約180点の写真にて、20世紀の写真史を振り返ります。「20世紀の写真」へ行ってきました。



展示はオーソドックスに写真を時系列に追っていくものでしたが、まず登場したのはお馴染みのスティーグリッツなどに代表される『ストレート・フォトグラフィー』でした。これらは先行する絵画的なピクトリアリズムに対して文字通り、ストレートに写真を撮るあり方を進展させたグループですが、例えば上に挙げたストランドの「フォトグラフ」のように、実景をそのまま切り取りながらもどこか非現実的な光景を生み出しているという、まさに写真だからこそ得られる未知のイメージを見ることが出来ます。その文脈に沿えば、後に興る『アバンギャルド』の意味も同じなのかもしれません。マン・レイらも現実の事物を用いながら、やはり実際の目では望みようもないシュールなイメージを作り上げていました。とすると第三の『ドキュメンタリー写真』はどうなのでしょうか。「共和軍兵士の死」(下段)における迫真の光景は、痛ましい事実の記憶として見る者の心を強く打ってきます。写真における芸術性とは何かを自問させられるような作品と言えるかもしれません。



最後に登場する「現代アートと写真」は、不思議と肩の力を抜いて楽しめるコーナーです。モノクロの画面に光と影の美しい対比を見る森山大道、そしてシンメトリーな海景に時間を閉じ込めた杉本博史と、点数こそ足りませんが、見応えのある作家も何点か紹介されていました。また虚と実の間を揺さぶるトーマス・デマンドの「木漏れ日」、そして写真も作品全体の素材の一つでしかないジャン=マルク・ビュスタモントの「無題」など、写真を超えた表現にまで踏み込む作品もいくつか揃っています。写真の新たな可能性を見る思いがしました。



100年の流れを一挙に回顧するだけあってか、全体としての総花的な印象は拭えませんが、丁寧なキャプションなど、企画力に長けた千葉市美術館の努力は随所に伺うことは出来ます。個々の作家の魅力を追いかけるには不十分ですが、史的展開をさらっと楽しむには悪くなさそうです。



12月14日まで開催されています。
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「ダブルクロノス展」 ZAP

ZAP(港区白金台3-2-19 瑞聖寺内)
「ダブルクロノス展」
11/15-24



今年で既に三度を数える展示だそうですが、私は今回初めて知りました。大巻伸嗣、東恩納裕一、高木正勝ら計6名のアーティストが、お寺の一角を舞台に多様なインスタレーションを繰り広げます。白金台にある瑞聖寺内、ZAPで開催中の「ダブルクロノス展」へ行ってきました。



会場がお寺と聞いていたので、てっきりそれらしき雰囲気の場所で展示されているのかと思いきや、実際は全くそうではない、ようはホワイトキューブ、もしくはごく普通の室内(暗室)で作品が紹介されていました。率直なところ、何故にこの場所でという疑問は終始付きまといますが、まずは上に挙げた方々のグループ展というだけでもそれなりに満足出来るというものでしょう。会場は二つ、目黒通りに面した「Gallery1」と、その先の少し奥まった寺院境内の中にある「Gallery2」に分かれています。ともに小さなスペースなのでそう時間はかかりません。気軽に見られました。



「Gallery1」では、大西真貴と西田有希の巨大な山のオブジェ「都市の中のケモノ、屋根、山脈」が来場者を待ち受けながら、大巻伸嗣の花畑を灯す東恩納裕一のポップなシャンデリアが絶妙なコラボレーションにて展開されています。その様はまるで花卉促成栽培のビニールハウスのようです。温室内すくすくと育つ花のリングが床一面に広がっていました。ここは花を潰さないよう、そっと歩くのがベストです。

第二会場は高木正勝と水木塁によるビデオインスタレーションです。暗室にスクリーンとプールが設置され、海や生命をモチーフとした映像作品が、その双方に映し出されながら激しく進んでいきます。水辺で波を受ける人々の群れは煌煌と赤く光りながら覚醒し、また一方で人魚のような姿をとりながら、万物を統べるかのような水へと還元されていきました。モチーフが次々と繰り出されるので、それを追いかけるだけでも大変ですが、迫力ある映像が楽しめたのは事実です。



明日、明後日までの開催です。入場は無料です。
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「モーリス・ルイス 秘密の色層」 川村記念美術館

川村記念美術館千葉県佐倉市坂戸631
「モーリス・ルイス 秘密の色層」
9/13-11/30



『秘密』のカーテンの先には一体何が広がっているのでしょうか。20世紀アメリカを代表する画家(ちらしより引用)、モーリス・ルイスの軌跡をたどります。川村記念美術館での回顧展へ行ってきました。

出品数が全15点とかなり少なめですが、どれもが一辺は2メートルを超えるようなものばかりです。そう見劣りすることはありません。

まずルイスのペインティングで特徴的なのは、サブタイトルの『色層』にもあるように、キャンバスの上を何層にもわたって行き交い、また流れる絵具、ようはステイニングの技法です。

彼は生前、殆ど作品を公開しなかったばかりか、制作の現場を妻にも見せなかったために、実際にどのようにして描いたのか明らかでありませんが、粘性の低いアクリル絵具を多用した、透明感のある色の揺らぎは、グラデーションの美しさはもとより、遮られたカーテンの向こうにある深淵な世界を覗き込むかのような不思議な味わいが感じられます。

と言っても、何かと見比べられるロスコのような哲学的な気配は殆ど感じられません。多様な色が錯綜して滲み、そして澱むことで、例えば靡くオーロラを見上げるような大自然のイメージも浮かび上がってきました。絶えず変化する色の波に全身が包まれます。その感覚は絶妙でした。



ルイスの作品を大別すると、計三つのスタイルに分けられますが、一番魅力的だったのは『ヴェール』と呼ばれる一連の大作群でした。

「ヌン」における繭状になった色彩の滲みは、滝の表面のような激しい動きを生み出していますが、その絡み合ってまとまり付く様はどこかエロティックでさえあります。

また赤が流れつつも、一つのオブジェを象るかのようにまとまりを見せた「ヴァヴ」(1960)、そしてストロークがキャンバスを覆う膜のように流れ、緑がバックライトを照らされたようにも光る「ギメル」(1958)など、シンプルな造形ながらも多様な表情をたたえた作品がいくつも並んでいました。まるで色と形そのものが生命をもって動いているかのようです。



中央に大きく余白をとった『アンファールド』は、原色の絵具がもっとシンプルに、半ば爛れるようにして流れゆく美しい作品でした。

ルイスは結局、『ストライプ』のような半ば幾何学的な面をとるものへと到達しますが、膜から帯、そして束へとなっていく過程は、どこか彼の色に対する求道的な戦いの足跡のようにも感じられてなりません。

また『アンファールド』における大胆な余白は、他の現代の西洋抽象画ではあまり見られないのではないでしょうか。ルイスのとる『間』は、アメリカ現代美術というよりももっと我々の感覚に近いところにありそうです。

今月末、30日までの開催です。
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「線の巨匠たち」 東京藝術大学大学美術館

東京藝術大学大学美術館台東区上野公園12-8
「線の巨匠たち - アムステルダム歴史博物館所蔵 素描・版画展」
10/11-11/24



主に17世紀から19世紀に至るまでのオランダの素描を概観します。芸大美術館での「線の巨匠たち」へ行ってきました。



冒頭はオランダに先行するイタリアやドイツの素描が紹介されていましたが、フランチェスコ・サルヴィアーティの「目を閉じる女性」(1540年頃)の美しさには目を奪われるものがありました。やや頭を下に傾け、目を伏せながらも口元にはかすかに微笑みをたたえた優美な女性が描かれています。肌のキメさえ表すような繊細な線描とぼかしも用いられた陰影、または例えば目の上の肉付きの部分などにも見られるような巧みな立体感と、どれもが抜群の精度をもって表現されていました。また精緻と言えば、同じコーナーに並ぶデューラーの「聖エウスタキウス」(1501)も見逃せない一枚でしょう。元々は異教徒であったというローマ軍司令官、プラキダスが、狩りの最中に磔刑像をつけた牡鹿と出会い、跪いて改宗する光景が丁寧なタッチで描かれています。岩肌の露出した後景の山から中景のプラキダスと牡鹿、そして馬と犬が群れる前景へと迫りだすような構図感もまた見事でした。このむせるような濃密さこそデューラーの醍醐味です。



16世紀中頃になって素描芸術の開花したオランダでは後、17世紀に入るといわゆる黄金期を迎えます。ここで印象深いのはルーベンスの「愛の園」を模写したランペルールの作品です。展示では、ルーベンス自身による下図素描も出品されていましたが、これらを見比べることで、いわゆる本画に至るまでの過程と、逆に完成作を言わばコピーするかのように版画化した経緯が良く分かるように思えます。また、ホイエンやライスダールの水彩やチョーク画が出ていたのには驚かされました。ライスダールの「木々の間の水車のある風景」(1650年頃)は、景色を大きく横切るように靡いた木の描写がとりわけ魅力的な作品です。葉のざわざわとした感触までがこちらに伝わってくるのようでした。



レンブラントの版画が約10点も並んでいます。中でも圧巻なのは、ともに約50センチ四方という異例の大きさを誇る「十字架降下」(1633年)と「この人を見よ」(1636年)でしょう。前者では今、まさに十字架より降ろされようとするイエスの姿が、上方から差し込む光によって神々しく、またどこか写実的に表されています。群衆たちのイエスを見つめる目には力がこもっていました。この二点を見られるだけでも十分に満足し得うるというものです。



ロマン派の時代へ入ると風景も叙情的な要素が強く滲み出てきます。白眉はアレクサンドル・カラームの「木々のある風景」(1842年頃)ではないでしょうか。嵐の過ぎ去った荒野の上には、大風を受けて左へと傾いた木立が力強く群生しています。右から照らされた光は、左へ抜けた雲の次に控えた青空を予感させる明かりなのでしょう。地上の草地は乱れ、木も幹こそしっかりと大地を捉まえながらも、枝葉はちぎれそうなほどに振り乱されていました。思わず景色にのまれてしまいます。

これに続く特集展示、「19世紀日本の風景表現を中心に」は、同一会場で見るにはやや蛇足気味と言うのか、メインの余韻を削いでしまう嫌いもありましたが、谷文晁から広重、江漢、そして由一と、見応えのある作品はいくつも揃っていました。

前回の「悲母観音」に続く好企画です。テキストの充実した図録も良く出来ていました。

次の祝日、24日の月曜日まで開催されています。今更ながらおすすめします。
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「サガキケイタ - Birthday - 」 CASHI

CASHI - Contemporary Art Shima中央区日本橋馬喰町2-5-18
「サガキケイタ - Birthday - 」
11/7-29



CHSHIでは特に注目したいアーティストの一人です。昨年のシェル美術賞展で異彩を放っていたサガキケイタが登場します。個展「Birthday」へ行ってきました。



こういう言い方は適切ではないかもしれませんが、彼の細密でかつ奇怪なドローイングは、いわゆるアウトサイダーアートを見た時に得られるような有無を言わせない迫力が感じられます。まず目に飛び込んでくるのは、かのモナリザに主題をとった一枚の作品です。黒サインペンのみで直接、板や紙の上に描かれた摩訶不思議な生き物は、まさにひしめき合うように所狭しと詰め込まれ、それらが全体に繋がりながら、「モナリザ」という一つの名画のイメージを作り上げていました。それにしても描かれた個々の細胞のようなモチーフは一体、全部で何個存在しているのでしょうか。時にキッチュに氾濫する性の描写などが、例えば草間のドットのように無限に増殖しています。恐ろしいほどの数でした。

その他、北斎や広重の浮世絵に由来する作品も展示されていましたが、そうした既知の画題によらない、シュールで激しい動きを伴った、新しい抽象イメージを生み出してしまうのも面白いところです。圧巻なのは上記DMにも掲載された「Birthday」でしょう。ここでは時にグロテスクでさえある想像上の怪物が限りなくミクロ化して、中央にぽっかり開いたブラックホールのような空間へ吸い込まれています。僅か数ミリに過ぎない個々のポップな事物が、全部で160センチ四方の空間を作り上げています。その驚異的にまでに追求された細部からは、作家本人の執念すら漂っていました。

今月29日までの開催です。おすすめします。
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「佐藤好彦 - Trachea - 」 ラディウム

ラディウム-レントゲンヴェルケ中央区日本橋馬喰町2-5-17
「佐藤好彦 - Trachea - 」
11/7-29



事実上、一点勝負の展覧会ですが、その存在感は見事なまでに圧倒的でした。車のエンジンのパイプ部分(エキゾーストパイプ)が、魂を得たかのように踊っています。佐藤好彦の新作個展へ行ってきました。

階段をあがると見えてくる展示の風景からして度肝を抜かれるというものではないでしょうか。ホワイトキューブの中にて華々しく蛍光管に照らし出されていたのは、ちょうどステージ上で舞を披露するかのように静止する何本もの真っ白なパイプの群れでした。パイプは床面を這い、時にカーブを描いて急上昇しながら、ぽっかりとした黒い口を開けて呼吸しています。その様子はまるでメドゥーサの頭髪の毒蛇です。今にも動き出し、見る者を縛り付けるかのような迫力でした。

今回の作品は「SOICHIRO」と名付けられた、ホンダF1をモチーフとする連作プロジェクトの第一弾だそうです。(画廊HPより引用。)パイプがエンジンという機械より解放され、半ば飛び立とうとする怪鳥の如く進化しています。神々しいまでの姿でした。

今月29日までの開催です。もちろんおすすめします。
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「大琳派展」 東京国立博物館 Vol.12(鈴木其一+まとめ)

東京国立博物館台東区上野公園13-9
「大琳派展 - 継承と変奏 - 」
10/7-11/16



拙ブログで勝手推奨中だった大琳派展ですが、展覧会終了に合わせて、関連のエントリもこれにて打ち切りにしたいと思います。展示の最後を飾ったのは、江戸琳派の新鋭、鈴木其一でした。その評価や再発見という観点においては、今回の展示で彼が一番の注目株だったのかもしれません。



会期前半はやや地味な印象も受けた鈴木其一ですが、後半にて「群禽図」や「蔬菜群虫図」、それに名作「夏秋渓流図屏風」が登場してからは、俄然、その存在感を発揮していたのではないでしょうか。まず、前者二点を見て思い浮かぶのは伊藤若冲、とりわけ「動植綵絵」のイメージです。もちろん「群禽図」における動物の描写は、若冲ではなく光琳の写生画巻に由来しているわけで一概には言えませんが、鳥たちが空間をやや窮屈そうに飛び回る様などは、「秋塘群雀図」や「芍薬群蝶図」を思わせるものが確かにあります。とすれば「蔬菜群虫図」は「池辺群虫図」、もしくは「向日葵雄鶏図」の向日葵に近いのではないでしょうか。蔓が不自然な曲線を描き、半ば紋様と化した茄子と瓜の描写をはじめ、そこへ群がる昆虫類や穴のあいた葉など、かつての琳派の系譜では見いだしにくい独自の要素があるのは間違いありません。其一は師、抱一の影響も受けているのはもちろんですが、それを脱してこのような新境地へと進み得た部分にこそ、彼の個性が光っていると言うものです。其一は抱一が光琳の造形的な描写を消化しきれなかったのと同じく、抱一のような刹那的な詩心を抱くことは出来ませんでした。だからこそ半ば表現主義的な絵画表現へ徹したのでしょう。その昇華した形が「夏秋渓流図屏風」だったのかもしれません。



「夏秋渓流図屏風」はかつて根津美術館で見た時よりもまた数段映えて見えました。ゴムのように粘性を帯びた水流に、自然のものと言うよりも家を支える柱のように立ち並んだ木、そして糊の貼付いたような苔に図像的な葉と、時代性を鑑みても前衛的という言葉がピッタリなほどに激しさを感じる作品です。色彩感こそ、作者の同定ではいささか問題があるものの抱一作とされる「青楓・朱楓図屏風」に似た部分がありますが、余白を埋め尽くすかのように広がる景色の濃密さは、到底抱一では望むことすら出来なかった地点へ達しています。何とか木にしがみついている一匹の蝉は、この色と形の洪水の中に完全に埋没していました。ここに自然讃歌ではなく、画中のモチーフの意味をも放棄するかのようにして形態の面白さのみの追求された、言わば光琳の「燕子花図屏風」の別の様相が登場しているわけです。そしてそれは残念ながら今回展示されなかったものの、其一の名作である「朝顔図屏風」にも言えるのではないでしょうか。其一こそ光琳の継承者です。むしろ抱一は異端だと私は思います。

大琳派展は昨日、会期の全日程を終えました。主催者の発表によると総入場者数は計30万8213人(会期36日)に達したそうです。対決展の32万人(会期37日)には及びませんでしたが、それでもとりわけ後半、風神雷神図が全て揃ってからは大変な盛り上がりを見せていたのではないでしょうか。私が琳派、特に抱一を好きになったのはつい3、4年前のことですが、これほど深い共感をもって接した展示は初めてでした。毎週、上野へ通ったことが良い思い出となりそうです。

また最後になりましたが、今回、展覧会に少し入れ込みすぎたのか、柄にも合わないオフ会を2回も開催することなりました。素人主催の会にも関わらず、多数の方がご参加下さり、本当に感謝の言葉も見つかりません。月並みで恐縮ですが、どうもありがとうございました。

昨日、閉館前の鑑賞での最後、自然と足がとまっていたのは、やはり酒井抱一の「夏秋草図屏風」の前でした。次回、このクラスの琳派展を見られるのはいつのことになるのでしょうか。何も三十数年ぶりと言わずに、また近い機会に是非こうした琳派芸術に触れる展覧会を企画していただきたいです。

*大琳派展シリーズ
Vol.11(酒井抱一)
Vol.10(光琳、乾山)
Vol.9(宗達、光悦)
Vol.8(光琳、抱一、波対決)
Vol.7(風神雷神図そろい踏み)
Vol.6(中期展示情報)
Vol.5(平常展「琳派ミニ特集」)
Vol.4(おすすめ作品など)
Vol.3(展示替え情報)
Vol.2(内覧会レクチャー)
Vol.1(速報・会場写真)

*関連エントリ
大琳派展@東博、続報その2(展示品リスト公開。)+BRUTUS最新刊「琳派って誰?」
大琳派展@東博、続報(関連講演会、書籍など。)
大琳派展(東博)、公式サイトオープン
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「大琳派展」 東京国立博物館 Vol.11(酒井抱一)

東京国立博物館台東区上野公園13-9
「大琳派展 - 継承と変奏 - 」
10/7-11/16



今回登場した琳派の絵師の中で、最も代表作が集まっていたのは、酒井抱一ではなかったでしょうか。初期の物珍しい浮世絵や仏画から「四季花鳥図巻」に「白蓮図」、そして「夏秋草図屏風」と、抱一の魅力を知るに相応しい名品ばかりがずらりと揃っていました。単独の抱一展として見ても遜色はありません。



まず嬉しかったのは、これまで図版などでしかお目にかかったことのなかった「白蓮図」と「波図屏風」、そして「十二ヶ月花鳥図」のファインバーク本を一挙に楽しめたことです。「白蓮図」は個人蔵とされていましたが、細見美術館蔵のそれと同一に捉えて良いのでしょうか。薄緑を帯びた小さな蕾を従え、光が花弁から漏れだす白さをたたえながら、今にももげ落ちようとする蓮の花は、もはや言葉に表せないほどに可憐な美しさをたたえています。また「波図屏風」は、以前のエントリでも触れたように、一般的な抱一のイメージを覆すほどに迫力のある異色作です。そして抱一ファン待望の「十二ヶ月花鳥図」ファインバーク本は、同種の十二ヶ月図には登場しない描写も散見される興味深い作品でした。ヘチマに群がって明かりを照らす蛍や、バラの花にとまる蜂などの昆虫のモチーフはおろか、小さくとも葉にちょこんと乗って存在感を示す蛙などは、花鳥を単に情緒に流して描くのではない、抱一の写実への眼差しを見て取れるのではないでしょうか。久々の全巻公開となった「四季花鳥図巻」と合わせ、中国絵画の伝統すら思わせる細密な描写も彼の得意とするところなのかもしれません。それは山種所蔵の「秋草鶉図屏風」の鶉や、「水月観音図」における衣装や波の表現を見ても同様でした。抱一画の繊細さは、他の琳派の絵師に劣ることはありません。



里帰り作の「柿図屏風」に見る寂寥感も抱一の真骨頂と言えるでしょう。余白を存分に生かし、右奥への虚空へと消えゆく柿の枯れた味わいは、「月に秋草図屏風」のような儚さすら感じられます。またその独特の遠近感は、「十二ヶ月花鳥図」(尚蔵館本)の「柿と目白」を連想させるのではないでしょうか。余白を単に無として示すのではなく、そこに風や湿り気など、空気の感触を取り入れて空間を広げていくのが抱一画の特徴です。「夏秋草図屏風」の秋草にて風が靡く様を感じられるのは言うまでもありませんが、「月に秋草図屏風」や「柿図屏風」においても、ひんやりとした大気の存在感を確かに受け止めることが出来ます。また「兔に秋草図襖」は、木目の線にて風の向きを表現するという、見立ての妙に冴えた作品です。抱一は扇子に蚊を描くほど洒落た人物でもありますが、この木目で風を表すとはまさに俳人ならではの感性によるのでしょう。抱一はその殆どの作品で、風も雨も実体のないイメージとしてだけで描いています。直接、雨などのモチーフを描き入れることは、彼にとって野暮だったのかもしれません。

集大成「光琳百図」など、先人たちの画を忠実に模して表したのも抱一の業績の一つではありますが、光琳得意の燕子花モチーフに叙情性を加えた「燕子花図屏風」は、琳派の一変奏とその個性を感じ取れる作品と言えるのではないでしょうか。「八橋図」において光琳画の世界を半ば不器用に引き寄せた抱一ですが、それ以前の「燕子花図屏風」は、草花や虫などへの敬慕の念すら感じる、彼ならではの自然讃歌に満ちあふれています。ひらりと葉先に降り立った一匹の蜻蛉に、藍色の花に隠れるようにして静かに咲く二輪の燕子花は、抽象美に迫った光琳画にはない新たな魅力が加わっています。抱一は夏秋草においても百合を葉に隠しますが、これが光琳へのオマージュへの意味を持ち得ていることを鑑みても、そのような画における『ためらい』の心にこそ、気品や優雅さを感じさせる一要因になっているのかもしれません。まさにもののあはれです。



このような大型展で望むのは無理もありそうですが、あとは静嘉堂文庫所蔵の「絵手鏡」の展示があれば、抱一の代表作のほとんどを網羅する内容となっていたのではないでしょうか。たまらない展覧会でした。(展覧会終了後になりそうですが、次回の其一の感想で、「大琳派シリーズ」を終わりにしたいと思います。)

「もっと知りたい酒井抱一/玉蟲敏子/東京美術」

*大琳派展シリーズ
Vol.12(鈴木其一+まとめ)
Vol.10(光琳、乾山)
Vol.9(宗達、光悦)
Vol.8(光琳、抱一、波対決)
Vol.7(風神雷神図そろい踏み)
Vol.6(中期展示情報)
Vol.5(平常展「琳派ミニ特集」)
Vol.4(おすすめ作品など)
Vol.3(展示替え情報)
Vol.2(内覧会レクチャー)
Vol.1(速報・会場写真)

*関連エントリ
大琳派展@東博、続報その2(展示品リスト公開。)+BRUTUS最新刊「琳派って誰?」
大琳派展@東博、続報(関連講演会、書籍など。)
大琳派展(東博)、公式サイトオープン
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