「転換期の作法」 東京都現代美術館 3/4

「転換期の作法~ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの現代美術」
東京都現代美術館(江東区三好4-1-1)
1/21-3/26

「MOTアニュアル2006」と同時開催の、中東欧4ヶ国の現代美術を紹介する展覧会です。「転換」と言うのは、社会主義、ないしは共産主義政権からの「民主化」を意味(現在進行形として捉えています。)しますが、この展覧会ではその過程におけるアートの状況を概観していきます。展示は映像作品がメインです。しっかり見ると3時間以上はかかります。(逆にそれらを飛ばし気味に見ていくと30分もかかりませんが…。)

好き嫌いはさて置き、会場で一番気になったのは、ポーランドの四人組ビデオ・アーティスト、アゾロの映像作品でした。彼らの作品の根底にあるのは、一貫した既成の「美術」への批判精神です。「美術とは、または芸術家とは何ぞや。」という問いは、ビデオアートという美術の枠内に則った表現に立脚しながらも、かなりラディカルに美術界の秩序へ切り込んでいきます。その最たる例はパフォーマンス的な要素を含む「ベスト・ギャラリー」(2002)でしょう。彼らはここで美術を取り巻く世界を、(美術館やギャラリー、または作品そのものから価値まで。)痛烈に皮肉りながらひも解いていきます。しかしだからと言ってその先に提示される概念はありません。当然の如く見る者に委ねられている。またアゾロの映像作品は、会場のあちこちに散らばるように展示されていますが、それがまた、美術館にて美術を見ているはずの私に、いちいち「横やり」を入れる形となって現れることになります。この展覧会の主旨を効果的に伝える優れた展示方法。それが分散したアゾロの映像作品です。つまり鑑賞者を監視するかのように、随所でおせっかいに美術の見方を「転換」してくれます。

さて、とりあえずアゾロの「横やり」を忘れれば、バウカの「1750×760×250,3×(55×15×24)」(2001)という巨大な構築物の作品が、この展覧会で一際不気味な存在感を見せていました。バウカのアトリエを原寸で再現したという建物。しかしながら、どこにも入口も窓も見当たりません。あるのはただ、灰色の無機質な壁面と、内側から静かに滴り落ちる3カ所の水の出口だけ。強制収容所の記憶と結びつくということですが、私には遠藤利克の寡黙な構築物を思い出させました。

身体的な抑圧状況を感じさせる二作家の作品、プレスロヴァーの写真作品(目や手が、奇妙なメガネや大きな手袋で覆われています。)と、アンタルの一連のインスタレーション(人工的な力の負荷によって擬似的な肉体労働を味わうことが出来る作品です。手押し作業台や塗り手の作業台は、必至になってやるとかなり疲れます。あまりご無理をなさらずに…。)も記憶に残りました。社会や美術界を覆う閉塞状況からの打破を模索しながら、やはりそれでいてまだ新たな方策を示していない、そんなもどかしさを感じさせる展覧会です。アニュアル展と同じく、今月26日までの開催です。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 1 )
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コメント
 
 
 
重力スーツ (Tak)
2006-03-12 23:05:04
こんばんは。



記事上手いことまとめましたね~

最後の部屋にあった例のスーツ着たいです。



一度目は面食らいましたが

二度三度と行くうちに面白さ

分かってきました。



 
 
 
Unknown (はろるど)
2006-03-13 00:01:37
Takさん、こちらにもありがとうございます。



スーツ気になりますよね。

ちょっと着てみたいとも思ったのですが時間切れで…。



アンタルの作品は結構ムキになって体験したので、

妙に疲れてしまいました。

あんなマウスあったらすぐに腱鞘炎になりますね。
 
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