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ぽかぽか春庭「ロングロングバケーション」

2018-07-14 00:00:01 | エッセイ、コラム
20180714
ぽかぽか春庭シネマパラダイス>終活映画(1)ロングロングバケーション

 まだまだ遠いと思っている「終活」。ほんとはすぐそこなのに、まだ遠いと思いたいのが人情。せめて、映画で学ぼう、明るい終活。
 自分の人生を生き切った、と感じて終わりたいなあ。

 以下、映画『ロングロングバケーション』のネタバレ紹介です。6月に飯田橋ギンレイホールで鑑賞。

 70代後半のエラ(ヘレン・ミレン)と80代のジョン(ドナルド・サザーランド)は、50年連れ添った夫婦。娘ジェーン(ジャネル・モロニー)は父と同じく大学教師として独立し、なんの心配もない。息子・ウィル(クリスチャン・マッケイ)は定職がなくて気がかりだけれど、エラは「息子の人生は息子がなんとかするだろう、自分たちの子育てはとっくに完了している」と考えています。

 エラにとって、息子より気がかりなことがあります。元文学教師のジョンはアルツハイマー進行中。現在と過去が混濁する夫は、これからますますいろいろなことができなくなっていくでしょう。エラ自身の体調「末期がんで、余命いくばくもない」ということを告げても、それを理解できるかどうか、わかりません。

 子供たちが小さいころ、「Leisure Seeker楽しみを探す」という名をつけて一家で出かけてきたキャンピングカー。もうおんぼろで、しばらく動かしていませんでしたが、エラはこのキャンピングカーで、長い休暇をすごすことを決意します。長い、ながい休暇。

キャンピングカー「LeisureSeeker」の前のエラとジョン


 ルート1号線を走り、ジョンが大好きなヘミングウェイの家を見に、フロリダを目指します。毎晩、子供たちとすごした家族思い出の8ミリ映像を木にかけたシーツに映し、ふたりで歩んできた歳月をかみしめます。キャンプ地での「人生のさまざまな道筋」映像は、周辺のキャンパーも楽しませています。
 
 ジョンの教え子に出会ったり、さまざまなアクシデントも笑いのうちに進みます。観客、みなで大笑いが続きました。
 判断力を失っているジョンですが、ときどき正気にもどります。
 ジョンの願いは、この先完全に自分の脳が完全に機能しなくなる前に、自分で自分の人生を完結したい、ということでした。ヘミングウェイが銃でそうしたように。エラは、その望みをよく理解しています。

 レジャーシーカーは、キーウェストのヘミングウェイの家も見ることができました。エラは、夫婦が歩んできた人生に満足します。

 イタリア映画の巨匠パオロ・ビルツィ監督によるイタリア制作の映画。でも、舞台はアメリカの英語映画。エラとジョンが生きてきたアメリカの社会背景の描き方も、アメリカ人とは異なる感性が感じられました。

 これは、原作にあるのかどうかわからないのですが、エラが老人ホームに初恋の人をたずねていくシーン。ずっと初恋の人を忘れずにいたエラなのに、彼はエラのことをひとつも覚えていませんでした。彼もまたジョンのように認知症なのです。
 エラが初恋をした時代。60年前1950年代のアメリカは、公民権運動が起きかけたころです。エラが恋した人は黒人でした。1950年代のエラの恋は、おそらく実らないことが最初から決まっているような恋でした。エラの中にくすぶっていた初恋の落とし前をつけて、エラの人生もすっきりしました。この初恋エピソードは、マイケル・ザドゥリアンの原作にもともとあったのか、イタリア人ビルツィ監督その他のシナリオライターが付け加えたのか。

 また、ジョンがトランプの選挙活動に巻き込まれる、というシーン。かっては民主党支持者であった、というジョンが、わけわからぬままトランプ支持者たちに巻き込まれ「USA!USA!」と叫びます。(このシーンは原作にはなく、アメリカロケ中に偶然でくわした選挙活動ということです)
 アメリカのこの熱狂は、判断力を失っているジョンが、判断できないまま巻き込まれていくようすに見えます。

 ビルツィ監督は作品のテーマを「自分の人生の自由を選ぶ映画」と述べ「エラの選択は、とても勇敢でリスペクトすべき尊厳に満ちた行為」であると描いています。
 アメリカが舞台だけれど、イタリア映画。この映画の結末について、アメリカとイタリアでの受容度を知りたいです。

 中世の僧侶が補陀落渡海することが尊い行為とみなされた仏教。一方、キリスト教社会では、現在でもバチカンは、尊厳死を認めていないと思うのです。
 9割は今も「私はキリスト教信者」と言うのがUSAで、大統領宣誓式には聖書に手を置くUSAと、さらにカトリックの教えが厳しいイタリア。

 アメリカは、州によって尊厳死・安楽死への容認度が異なります。モンタナ州、ニューメキシコ州、オレゴン州、バーモント州、ワシントン州とカリフォルニア州6州が、尊厳死を法的に認めています。尊厳死を望む人は、引っ越しをしてまで尊厳死法がある州に行くのだそうです。

 全身にがんが転移し、余命いくばくもないと診断された70代後半のエラと、回復が認められず、認知症が進行していくジョンの人生を、「自由で積極的な人生」として選択するには、「長い休暇」に入るのは必然の選択だったと、私は思います。



<つづく>
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4 コメント

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Unknown (すみとも)
2018-07-14 17:39:12
映画で学ぼう明るい終活! キャンピングカーでの終活の旅 夢ですねww
 ”喜寿迎え 終活いまだ 緒に就かず”  です。。
     
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ドナルドおじいちゃん (まっき~)
2018-07-14 17:54:56
この歳になってもフィクサーなどの裏の顔を持つ男を演じることが多いドナルドさんが、アルツハイマーを患うおじいちゃんにきっちり化けていて、あらためて俳優ってすごいなと。

個人的には最後の最後、数分間は描かずに幕を閉じてほしかったです。
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すみともさん (春庭)
2018-07-14 18:15:00
互いに尊重し合い、最後にはすべてを許し合って夫婦仲良くすごせるって、うらやましいです。

ともに長い歳月を生きてきて、わかり合ってきたようでいて、夫婦の仲にもわからないでいたこともあった、という点も映画の中にはさらけ出されていました。ましてや、私のように、もともと仲睦まじくはない夫婦の場合、永遠に分かり合えない晩年なんでしょうね。

私も来年は古希ですから、喜寿のすみともさんを追いかけて、がんばります。
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まっき~さん (春庭)
2018-07-14 18:28:09
ドナルドサザーランド、キーラ・ナイトレイが『高慢と偏見』のエリザベスを演じた時のお父さん役というのしか、役で思い出せるのはないけれど、まだらボケの役、とてもよかったです。たまに正気にもどると、生涯を文学研究にささげた謹厳な教師らしくなり、ボケると、かわいいじいちゃんでした。

最後の描写は、賛否両論でしょね。観客に結末を想像させるほうが余韻は深そうですが、監督は、きっちり「自分で自分の生涯をまっとうさせる」というところまで描きたかったのでしょうね。
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