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納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

#316 スプレー打法

2014年04月02日 | 1983 年 



辛口批評に定評がある野村克也氏にして「野球を知っている人間にとって篠塚ほど魅力のある選手はいない。篠塚は6個のミートポイントを持っている。苦手は外角低目と内角のベルト付近だがこれは稀代の大打者テッド・ウィリアムズ(レッドソックス)と一致する。ウィリアムズ同様に篠塚にも天才の匂いがプンプンしている」とベタ褒めなのだ。ちなみに昨年までの原のミートポイントは「真ん中の高目と低目の2個しかなく、今年になってどうにか内角低目にバットがついていくようになったレベル」と手厳しい。

「ずっと無我夢中で打席に立っていたんですが一昨年頃から球筋が見えるようになったんです。決して狙っていないのに外角に来たら手が自然と左方向へ弾き返す事が出来て『これだ ! 』と感じました」 一昨年と言えば藤田(阪神)と熾烈な首位打者争いをした年、「あの時初めてプロになって良かったと思った。今年こそ毎日充実していたあの時を再現したい」と意気込むが、一昨年にバッティングを開眼し昨年は「欲をかいたと言うか必要以上に究極を求めて空回りしてしまった(篠塚)」と反省し今年はしっかりと足元を見つめる事も忘れない。

小学校4年生の時、町の少年野球チームに参加した。最初は周りの少年たちと同じく本塁打の魅力に憑りつかれ大振りを繰り返していた。「練習では上級生に負けないくらい飛ばしていたけど試合になるとヒットすら打てなかった(篠塚)」 が 「ホームランを打つには難しい外角低目に球が来た。普段なら見送るのを何気なくバットを出したら綺麗にライナーでレフト前ヒットに。それ以来、流し打ちに魅了されて面白いようにヒットが打てるようになった(篠塚)」…現在のスプレー打法が誕生した瞬間だった。

長嶋前監督曰く「ハンドリングが天才的」と絶賛する柔らかい両手首の使い方は少年時代に培われたものだった。打撃のスタイルはプロ入り前には既に出来上がっていて、つまりプロとして成功する為の問題はタイミングの取り方だけだった。「プロの投手と対戦してみて特に驚きはしなかったですね。要はタイミングさえ掴めば対応出来ると感じました。凄い自信?いえいえ、これくらい自惚れが強くないとプロでやっていけません」「昨年の田尾(中日)さんと長崎(大洋)さん同様に首位打者の打率は.350 以上の争いになるでしょうね。でも.350 を打つには目標は.370 くらいにしないと。僕は本気で打つ気でいますよ」とスプレー打法を会得した天才はこう言って憚らない。

しかし不安材料もある。打順である。スミスやクルーズの加入で馴れ親しんだ「三番」から追いやられる可能性が出てきた。「三番は打ち易いですし好きですね。走者がいなければ自由に打てるし走者がいればより集中する事で安打の割合も増える」三番に座った一昨年と昨年の打率のトータルは.334 とセ・リーグではトップ。惜しくも首位打者のタイトルは逃したがリーグを代表する三番打者なのだ。「外人が好調なら篠塚を二番に据えるのが僕個人の理想なんだ。彼は小技も器用にこなせるからね」とは参謀・牧野ヘッドコーチ。

本人は「自由に好きな打順を選べと言われたら三番ですけどチームが必要とする場所でベストパフォーマンスをするのがプロとしての務め。二番は制約の多い打順ですけど命じられたら二番打者に徹します」と何が何でも三番に拘っている訳ではない。「ウチの最大の得点パターンは松本が塁に出て走力を活かして進塁し少ない安打で生還するというもの。要は篠塚と両外人との競争、名前ではなくオープン戦での結果が全て。篠塚の二番は決定事項ではない」と藤田監督は未だ考慮中。

天才は道具も大切にする。「グリップの感触、木目、バランス、それと一番大事にしているのがフィーリング」 920g のバットを年間に何百本と注文するが気に入るのは5~6本だと言う。一昨年は1シーズンを2本のバットで過ごした事が、いかにバットコントロールに秀でているかの証明だ。当然、長期間使っていると木目が裂けてくる。するとビール瓶でバットを擦って滑らかにして強度を増す手入れを怠らない。遠征時はバットを握りしめてベットに横たわる。「バットの感触を常に手の平にフィットさせていたいから。僕の身体の一部ですから」と道具への愛着は人一倍だ。

天才にも地道な努力は必要。今でこそビデオで自らの打席を録画して配球チェックをしているが、家庭用ビデオが普及する以前には政美夫人がテレビ中継を見ながら1球毎に球種やコースを書き留めて帰宅後に篠塚本人が確認していた。「やっぱり女房は素人ですから結構抜けてる球もあって僕が『こういう時はこう書くんだよ』と書き入れた事もあったけど、案外と役に立ちました」とまさに夫唱婦随。この夫婦が昨年の披露宴で現体制と反目する長嶋前監督に媒酌人を依頼した事は当時「常識外れ」と非難されたが篠塚本人が頑なに押し通した。

「色々と騒がれる事は覚悟していた。でも僕にとって長嶋さんはやっぱり恩人。雑音はグラウンドで活躍すればやがては消えていくと思っている。だからこそ今年はやらなければならない」 肋膜を患った身体じゃプロは無理だという周囲の声に「俺が責任を取る」と長嶋が強引にドラフト指名させた経緯もあって篠塚にとって長嶋は特別な存在なのだ。プロ入り8年目、決してパワーは無いが稀有な打者として今や巨人の中心選手。その男が悲願の首位打者のタイトルに照準を合わせている。

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