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納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 414 復活を期す ②

2016年02月17日 | 1984 年 



小松辰雄(中日)期待され背番号も変わり子供も生まれた。何をすべきかも分かり態度も顔つきも変わった
今年の串間キャンプを訪れた人はきっと驚くだろう。他球団と比べて練習量が少なかった中日が山内新監督就任で変わった。山内イズムが早くも浸透した感じだが最も影響を受けているのが小松だ。良く言えば天衣無縫、悪く言えば気分屋でちゃらんぽらんな性格の小松がプロ7年目を迎えて文字通りチームの先頭に立っている。「小松?あぁ、奴は自主トレの時から変わったね。先ず口数が減った。以前は練習中もダラダラと喋り続けて集中していなかった。でも今年は黙々と練習していてこっちの調子がおかしくなっちゃうよ」とベテランの藤沢は話す。小松本人は「今年変わらなかったら僕は一生エースになれない感じがするんです」と真顔だ。

昭和53年にプロ入りし1年目にして時速150㌔の快速球でデビューして以来、将来のエースとの呼び声が高かった。事実、一昨年のリーグ優勝がかかった130試合目の大洋戦に登板し見事完封勝利を収めて名実ともにエースの称号を得た筈だった。しかし昨年は防御率こそ3点台前半と合格点だったが7勝14敗と大きく負け越し。本人が言う通り今年も満足な成績を残せなかったら二度とエースになれないかもしれない。小松を取り巻く環境が変わったのも転機となるだろう。近藤監督が辞め対話上手の山内監督が就任した。昨秋のキャンプ初日に山内監督は小松を呼び話し合った。「何を話したかって?要するにエースはお前だって事。先発一本で行くと話したよ(山内監督)」と意思疎通を図った。更に選手の顔とも言える背番号が変わった。中日ではエースを表す「20番」だ。古くは杉下茂氏、権藤博氏、記憶に新しい星野仙一氏など偉大な投手が付けていた番号だ。

奮起させる事が私生活でもある。長女・美月ちゃんの誕生だ。「女房と2人だけの時はそうでもなかったんですが子供が生まれれてみると改めて『しっかりしなきゃ』と強く思うようになりました」と小松の胸に嘗てない責任感が芽生えたようだ。過去6年は毎年必ず一度は故障を起こしてチームを離脱している。「先ずシーズンを通して働けるスタミナを付ける。秋季キャンプ、自主トレも全てそれの為にやってきた。このキャンプがシーズンに向けての総仕上げになる筈です。技術的には追い込んでからの制球力でしょうね。それと集中力の持続」と目標は定まっている。変身願望に燃える小松の今季の目標は200イニング、防御率2点台、そして20勝だ。「恐らく自分の野球人生で転機となる年になると思う」・・永遠のエース候補が本当に変わるかもしれない、周囲はそう思い始めている。



工藤幹夫(日ハム)慢心が焦りに変わり屈辱を味わった昨季。泥だらけのユニフォームが変貌を物語る
「去年と比べたら体がよく動きますね。オフからずっとやっていたし、今年はいけそうな気がします」 と工藤に明るい表情が戻りつつある。昭和57年に20勝をマークし一躍エースの座に就いた工藤だったが一昨年のキャンプは肩痛を発症するなど大失敗だった。「プロの世界はそんなに甘くないよ」と現監督で当時の投手コーチだった植村監督は工藤に苦言を呈したが一度緩んだタガはなかなか元に戻らなかった。練習が終わると一目散にパチンコ屋に直行。肩の調子が今一つで外人対策に落ちる球を覚えたが肝心の直球の威力が落ちたせいで効果は上がらなかった。キャンプの不出来はそのままシーズンの成績に表れて8勝8敗と沈み、シーズン途中には二軍落ちの屈辱を味わった。

「昨年の失敗で本人も分かったと思う。キャンプの過ごし方が悪いとシーズンに入ってからアレコレやっても這い上がれないってね」と話す植村監督の視線の先には昨年とは比べものにならない動きを見せる工藤がいた。キャンプ初日には早速に田中幸と共に居残り特守に挑んだ。捕手のプロテクターとレガースを着用し利き腕の右手はボクシンググローブで守り僅か10㍍の近距離からのノックを受けた。鈴木コーチに「おい若造、減らず口だけじゃボールは取れんゾ」と右へ左へと揺さぶられるが「うるせい老いぼれ、もう疲れたか?ボールの勢いが無くなったゾ」とやり返し最後までやり通した。キャンプ早々に工藤を真っ先に締め上げたのも「お前が投手陣の柱なんだ(植村監督)」という首脳陣の気持ちの現れである。

事実、投手陣を見渡してもやはり工藤がローテーションの中心にならなければ1年間を乗り切る事は難しい。登板する度に打ち込まれ勝てなかった昨季は投手陣が火の車となり宿敵・西武に大差をつけられた。「去年の事は言われなくても自分自身が一番情けなく思ってます。何をすればいいのか、置かれている立場は分かっています。ただ余り意識しないようにしてますけどね」と静かに燃えている。ただ調整のペースは早くない。今迄は1月の自主トレの頃から変化球を投げていたが今年は意識的にペースを落としている。まだ六分の力で投げていて、専ら右手の位置を高く保つ事と制球力に主眼を置いて投げている。

今年のキャンプでは大好きなお酒もやめた。「僕は飲んでいる方が本当は調子が良いんですけどね」と笑うがエース復活へのケジメだろう。今年はキャンプに美智代夫人を呼ばないつもりでいる。「女房は家を守っていれば良い」と。キャンプでは16人の投手が一軍枠10人を巡って激しい死闘を繰り広げている。男の職場、云わば戦場に来てくれるなという事だ。工藤といえども横一線で二軍落ちもあり得ると植村監督は公言している。だからこそ「今は10人に選ばれる事だけを考えている。何勝するかなんて考えるのは一軍に残ってからですよ」と強い口調で話す。一日の練習が終わるとユニフォームは泥だらけになる。「もう負けるのは嫌です。今年は皆で力を合わせて優勝したい」・・工藤の闘いは今、たけなわである。

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