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納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 787 塀際の魔術師

2023年04月12日 | 1977 年 



外野守備といえばどうしても強肩・俊足が話題にされる。しかしホームラン性の当たりを好捕するフェンス際のプレーを忘れてはなるまい。今年の4月、フェンスに激突した阪神・佐野選手を見るにつけても平山の魔術とまで言われた超美技が現在にあったら…と思ってしまう。

佐野の激突事件を見やる長身の男
あの日、私はたまたま川崎球場の記者席にいた。「グシャッ」という鈍い音が100m以上離れた記者席まで聞こえた気がした。4月29日の川崎球場で行われた大洋対阪神8回戦、7対6で阪神が1点リードした9回裏。一死一塁で清水選手が代打に起用された。山本和投手が投じた4球目を捉えた打球はレフト後方へ。左翼手の佐野選手は外野フェンス2m手前で追いつき捕球した。だが勢い余ってフェンスに頭から激突してしまった。佐野選手は白目をむき痙攣をおこした。この間、一塁走者は一塁に戻りタッチアップして本塁生還し7対7の同点となった。試合中にもかかわらずグラウンド内に救急車が入り佐野選手は緊急搬送された。

大洋の得点に対して阪神は命にかかわる緊急事態であり、審判は試合を止めるべきで得点を認めるべきではないと抗議したが結局、試合は7対7のまま引き分けた。審判がタイムをかけるべきかどうかの議論は双方の意見が噴出し、阪神はセ・リーグ運営部に書面で正式提訴する事態となった。私は試合後のネット裏付近でレフトフェンス方向に視線を送る長身の男が立ちすくんでいるのを見た。その人物こそ往年の名外野手で、" ヘイ際の魔術師 " と呼ばれた平山菊二氏だった。現在の平山氏は大洋球団役員で試合がある日は川崎球場に来ている。その平山氏の目の前で佐野選手が全治1ヶ月の大怪我を負ったのである。

昭和12年2月、草薙球場でのキャンプに参加した新人の平山選手はいきなり外野を守らされた。打席には中島康治選手が入り打撃練習を始めた。「カッコいいところを見せてやろう」と野心に燃えた平山選手は中島選手が放った強烈な打球に一直線に背走した直後、そのまま外野フェンスに激突し前歯を3本折ってしまった。「気がついたら病院に運ばれていましてね。練習を終えた中島さんが見舞いに来てくれたのを憶えています。新人の私に気を遣ってくれた中島さんを何て心の優しい人だと感動したのをいまだに忘れられません」と回想する。以来、平山選手は塀際の打球を如何に処理するかを考えるようになった。


ツキ男の快打を好捕したツキ男
昭和23年11月26日の後楽園球場で現在のオールスター戦に相当する東西対抗戦第4戦が行われた。平山選手(巨人)は東軍六番左翼手として先発出場した。6対2と東軍がリードした7回表二死二・三塁の場面で打席には西軍の飯田徳治選手(南海)。一発が出ればたちまち1点差となり、勝敗の行方は分からなくなる。飯田選手は試合前のホームラン競争で優勝した。当時のホームラン競争は1人3分間の持ち時間で何発打てるかの競争だった。飯田選手は全24球中、見送った6球を除いた18球を打って5本の柵越え。他の選手を圧倒する優勝だった。それだけに観衆は飯田選手の一発を期待して大いに沸いた。

東軍の川崎徳次投手(巨人)が投じた4球目は内角へのシュート。飯田選手は体を開いてバットを一閃すると打球はレフト方向へグーンと伸びた。3ランホームランだ、と誰もが思った次の瞬間、アッと息をのむ光景が起こった。背走した平山選手がフェンスの上部を掴み跳ね上がった。当時の後楽園球場の左翼ポールの下には通用口の扉があり段差があった。その段差に右手を掛け反動を利用してジャンプしたのだ。外野フェンスを楽々と乗り越え平山選手のグローブは地上3m前後のところにあった。しかもただ跳ね上がっただけでなくグローブは観客席に50cmほど差し込まれた。飯田選手の放った打球は平山選手のグローブに吸い込まれた。

「あれこそヘイ際の魔術師だ」と当日、記者席でこのプレーを見た大和球士氏は絶賛した。平山氏はその一瞬を「夢中でしたから何を考えていたのか憶えてないです。咄嗟の判断で扉のてっぺんを右手で掴み反動で飛び跳ねたのが良かったんでしょうね。ただ半身でジャンプしてグローブを観客席に伸ばしたのは意識しました。正面を向いたままジャンプすると背中がフェンスに擦れてジャンプ力が半減しますから」と何から何まで理屈に合った説明をする。これは余談になるが現代版 " ヘイ際の魔術師 " として高田選手(巨人)は昭和45年に平山氏と対談した。その際に、平山氏からフェンス前でジャンプする時は半身でするようにとアドバイスを受けた。
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