Haa - tschi  本家 『週べ』 同様 毎週水曜日 更新

納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

# 363 本命なき去就

2015年02月25日 | 1983 年 



またぞろ長嶋氏の去就に関する見出しがスポーツ紙の一面に踊った。『ミスター遂に決断』…5月21日の後楽園球場内のサロンには長嶋派と呼ばれている面々が「今朝の見出しを見た?」「在京の大洋、ヤクルト、日ハム以外のチームは初めてだけど本当かね?」とヒソヒソ話。金田正一、張本勲、杉下茂、土井正三らは情報を持ち寄り情勢分析を頻繁に行なっている。彼らが最近しきりに口にするのが「大洋は長嶋さんに似合わない」である。開幕から巨人を走らせた最大の原因は大洋の対巨人の不甲斐ない戦いぶり。殆どが試合序盤で大量失点したり、リードしていても終盤でひっくり返されるパターンが常態化している。「二度と惨めな思いをさせたくない」と言うのが彼らの共通した思いで長嶋巨人1年目に最下位になった時の二の舞いは御免という訳。巨人と対等に戦えるチームでないとダメだとすると既出のチーム以外で監督召致に動く可能性のあるチームはあるのか?

長嶋氏周辺には解任した読売グループを未だに許していない人は多い。長嶋氏本人の本音は巨人復帰であると推察されるが周りは巨人を倒せる球団を考えている。だから大洋やヤクルトでは駄目でリーグの違う日ハムなど論外なのだ。では現実問題として希望に適した球団はどこなのか?「仮に西武がセ・リーグだったら文句なしだがそれは有り得ない。巨人のライバルと言えば阪神だがあそこが巨人出身の長嶋を受け入れるとは到底考えられない。とすると消去法で中日が残る」と言うのは某スポーツ紙記者。中日と言えば巨人とは親会社が新聞戦争を繰り広げているライバル球団だが長嶋氏本人は中日に対して悪い印象は持っていない。昨年8年ぶりに優勝した中日がまだ巨人が首位だった夏頃に早々と中日優勝を予言していたのは数ある評論家の中で長嶋氏ぐらいだった。

「宇野、田尾、中尾らビビらない肝っ玉の持ち主が揃っている。このタイプは接戦になればなるほど力を発揮する。投手陣にも疲れ知らずの若手が多く最後に抜け出すのは中日」と多くの評論家が巨人優勝を唱える中で中日の逆転優勝を宣言した。そもそも中日は長嶋好みのチームカラーで巨人の監督時代から三振が多く穴だらけで忘れた頃に一発を放つ程度の選手だった宇野を見て「いいねぇ、ああいうタイプは好きだね。打者はあれ位の思い切りが必要、2~3年後には良い打者になる」と言い切っていた。昨年終盤の直接対決でに9回裏に江川から4点を奪ってサヨナラ勝ちした時のような野武士的キャラクターが揃っている中日は実は長嶋氏好みなのだ。しかも中日球団フロントも長嶋氏に対してはライバル球団の元監督ではなく、球界の功労者という認識で長嶋氏個人には好印象を持っている。巨人出身の黒江コーチの存在が巷間言われる " 巨人アレルギー " は過去の話である事を証明している。

今季の近藤体制は盤石の筈だった。日本一は逃したが昨年8年ぶりの優勝を果たした近藤監督は投手分業制の確立や大胆な采配で評価を高めた。普通なら監督を交代させる理由はないがシーズンが始まると予想外にもたつき、様々な不協和音が漏れ伝わるようになった。しかし、何故長嶋氏なのか?そこには激化の一途を辿る中部地区での親会社同士の熾烈な新聞拡張戦争があるという。巨大全国紙に勝つ切り札こそ長嶋氏なのだ。企業戦争では相手方のエースを引き抜く事が最も手っ取り早い戦略であるのは明白。そのエースが相手企業のシンボル的存在なら効果は絶大だ。昭和44年に巨人の監督を永く務めた名将・水原茂を中日の監督として迎えた時の名古屋市民の反応は「宿敵の将をよくぞ獲ってきた」と好意的だった。長嶋氏の場合は恐らくこの時を上回る爆発的な人気が巻き起こるのは間違いない。

大洋は確かに長嶋氏が解任された翌年に中部藤次郎大洋漁業社長が正式に長嶋獲得宣言をし、昨年は大洋球団の株主であるサンケイグループと歩調を合わせて獲得を目指したのは事実。フジテレビの副社長との接触や長嶋氏が信頼するニッポン放送の深澤アナウンサーが使者となって交渉が進み監督就任は間近と言われてきた。ところがここにきて大洋漁業本社内に「監督としての能力は本当の所どうなのか」と疑問視する声が出始めるなど足並みの乱れが見えるようになり、そこに今回の中日説の出現。更に新たに中日説は巨人の陰謀だ、という声が飛び交うなどして事態は混沌としてきた。巨人の陰謀とは中日内部を混乱させてスタートダッシュに失敗した昨年の覇者の息の根を止めてしまおうとしている、という情報操作であるというもの。話がここまで飛躍すると何処までが真実なのか分からなくなる。

ところで肝心の巨人内部では現時点での長嶋氏はどういう存在なのか?日本テレビの氏家斉一郎副社長が年始の定例懇親会で「長嶋君が巨人のユニフォームを着る事はないだろう」と発言した。それに呼応するように球団内部に「そろそろ区切りをつけてあげた方が長嶋の為。淡い期待を持たせ続けるのも気の毒」との機運が漂い始めている。一方で長嶋氏が好き勝手に球団を選べるかというとそうではない。長嶋氏と個人的に親しく今でも球団の要職就任を要請し続けている正力オーナーの存在が大きい。過去2年間に複数の球団が正式要請する前の打診する段階で一つの関門となっていたのが正力オーナーで、オーナーが「ウン」と言わなければ打診すら出来ないのが実情。となると必然的にオーナー同士が懇意なあの球団が浮上してくる。ヤクルトである。松園オーナーは昨年の暮れ、セ・リーグオーナー懇談会の議長職を正力オーナーからバトンタッチした。常々、「正力オーナーの意を汲んで…」とまるで兄弟のようだ、と揶揄される程の間柄。ヤクルトも大洋同様にフジサンケイグループの一員、ここにきてヤクルト本命説が最右翼となりつつある。
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