H's monologue

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使命の道に怖れなく どれほどの闇が覆い尽くそうと
信じた道を歩こう

1月(その2) Trust no one.

2020-01-31 | 内科医のカレンダー

 

<高血圧,蛋白尿で紹介されてきた70歳男性>

近隣のクリニックから,「高血圧患者の尿蛋白精査をお願いしたい」とのことで,70歳の男性が受付終了直前の初診外来に紹介されてきた。まだ外来が立て込んでいるので,紹介状をちらりとみて,取りあえず尿検査だけ先にオーダーしてたまった新患を急ぐ。

ほぼ外来最後になりその患者の順番が来たので,紹介状をあらためて読み直すと,次のようにある。

「約半年前より高血圧にて通院中で,当初は血圧180/100前後,採血上はCr1.13と軽度の上昇を認めていました。現在は血圧は140/80前後となっていますが,今回受診したときに尿蛋白4+という結果のため,腎機能障害と血圧コントロールをお願いしたい。なお,4日前より上半身の筋肉痛が出現しているが,NSAIDs等処方は控えておりました。こちらにつきましてもご検討下さい。」

 

腎機能障害があるから,筋肉痛に対してはNSAIDは控えてあるということね。なるほど。さて患者本人を呼び入れて話を聴く。


5年前から通っているスポーツセンターで測定する血圧が,以前は130-140/70-80mmHg程度であったが,半年前からから急に180/110-120mmHg程度まで上昇した。高齢者で急に血圧が高くなったことからは,腎動脈狭窄の可能性を考える。尿検査をみると,確かに尿たんぱくは4+であるが,尿沈渣をみるとネフローゼ症候群のときに見られるような脂肪球や脂肪円柱などがまったくない。何となくネフローゼ症候群ではないような気がする。むしろ急速に上昇した血圧に関連した尿蛋白ではないかな・・と思う。

ところが,話を聞くうちに,患者にとっての問題は高血圧・蛋白尿ではなく,どうも紹介状の最後の1行にちょろっと書かれていた「上半身の筋肉痛」の方であることがわかった。今は何でもなさそうな様子だが,その時はどんな症状だったのかと聞いてみると・・・

両腕(上腕の)内側から始まる痛みであり,それが首筋から両側前胸部,背部にひろがって5分くらい続くという。実は4日前からその症状が断続的にあったが,定期受診日がもう少し先だったため,今朝まで我慢していたという。特に昨夜はその痛みが,断続的に続いてほとんど眠れなかった。一度その症状がおこると動けないほどだった。それでクリニックに行って紹介状を書いてもらって受診したとのこと。

何だろう? 褐色細胞腫??まさか?心臓?

それに(痛かったですか?)という問いには最初「痛み」という表現はしなかった。まあとにかく急性の高血圧でなので,腹部エコーで腎動脈の狭窄や腎萎縮の有無はみたい。心臓も心配なので,一応トロポニンもチェックするようにしておく。血圧は高いので,心肥大など見る必要もあるので心エコーも同時にやっておこうと考える。結果がでるのに少し時間がかかりそうなので検査の指示を出して,一旦医局にもどる。


ほどなくして検査室から緊急電話がありトロポニン陽性とのこと。その直後,心エコー検査室からコール。

「先生!心筋梗塞です!!」
「え〜っ!?local asynergyがあるぅ?」 まだ半信半疑。
「前壁中隔はほとんど動いていません。」

 

いやあ〜,急性心筋梗塞とは思わなかった。患者には生理検査室の前で待機してもらって直行。ナースに連絡して直ちに車椅子で内科処置室に移動してもらう。バイアスピリンをかみ砕いてもらって静脈ライン確保。いつもお世話になっている近隣病院の循環器内科に連絡して緊急受け入れをお願いする。搬送途中の救急車の中で患者が曰く,「そう言えば,2.3年前から電話をしていて興奮したときなどに,前胸部がぐーっと痛むことがありました」とのこと。

搬送直前に症状についてもう一度説明してもらうと・・・

「この両腕の内側あたりから両方首筋にきて,そのあとこのあたり(両前胸部)がぐ〜っときて,そのあとここ(心窩部)にぐ〜っとくるんです。5分位でおさまるけど,1−2時間するとまた来るんです。」

(冷や汗はでなかった?)

「冷や汗は出ない。でもしばらくすると,またぐ〜っとくるんです。このあたり(両胸)にきて苦しくなるともう〜ダメ。こんな痛みは初めてで,痛みが襲ってきたときには動けない」

 

いやこれ,あとから考えたら虚血性心疾患の症状だよ,どうみても。紹介状の記載に惑わされた。(惑わされてはいけないんだけれど・・)

 

後日,無事退院した患者が報告書をもって来てくれた。

搬送当日に緊急カテーテルを行い,LAD#6に75%狭窄を認め,不安定狭心症と診断。胸痛なく,パナルジンも服用していなかったため,PCIは後日して引き続き大動脈造影を施行。左腎動脈に閉塞を認めた。尿蛋白の原因としては,ネフローゼ症候群や糸球体腎炎ではなく,左腎動脈狭窄が原因と考えられた。左腎はすでに萎縮があることからカテによる拡張のメリットは少なく,逆に大動脈穿孔などのリスクが高いと判断され内服経過観察となった。後日のPCIで左冠動脈にステントを留置して狭窄は改善。今後はあちらでのfollow upとなった。

 

このとき症状をもう一度聞き直して確認したが,やはり左だけでなく「両側の」上腕の内側から首筋,そして前胸部にかけての圧迫感(不快感)であった。

診断 #1 不安定狭心症(左冠動脈病変)
   #2 左腎動脈狭窄症(閉塞)
   #3 高血圧,蛋白尿

 

<What is the key message from this patient ?>

他人からの情報を鵜呑みにしないこと。紹介状に惑わされてはいけない。紹介状に書いてあることが,患者の本当の問題ではないことがしばしばある。

 Trust no one.

患者のことばを「自分自身でどのように解釈するか」がやはり大切である。

この患者の訴えについて,最初は心筋梗塞(虚血性心疾患)の症状としては非典型的と思ったが,良く聞いてみれば,やはり虚血性心疾患の症状である。結局は,患者が「どのように表現するか」の違いであって,そのバリエーションを医師は知っていなければならないということではないか。

 よく言われることに,どのような痛みか「患者がうまく表現できない」胸部症状こそ虚血性心疾患を考えるべき,というのは重要なパールだと思う。さらに胸痛の持続時間がここでは大きな手がかりになった。5分間というのは,やはり心臓由来を考える鍵であったと思う。

 いずれにしても,混雑した初診外来の「最後の患者」というのは要注意である。

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