面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「十三人の刺客」

2010年12月11日 | 映画
江戸時代末期。
残虐非道なふるまいと暴政で、悪評の高い明石藩主・松平斉韶(稲垣吾郎)。
明石藩江戸家老・間宮図書(内野聖陽)が、老中首座・土井大炊頭邸の門前で、訴状を掲げつつ切腹した。
主君である斉韶の暴君ぶりを訴えてのもので、意を汲んだ土井(平幹二朗)は将軍・家慶に言上するも、穏便に済ませよとの沙汰にとどまる。
将軍・家慶の弟である斉韶は、翌年の老中就任が決まっており、国の行く末を案じた土井は、御目付役・島田新左衛門(役所広司)に斉韶暗殺の密命を下した。

新左衛門は刺客集めに乗りだす。
参謀役の御徒目付組頭・倉永(松方弘樹)を筆頭に、剣豪の浪人・平山(伊原剛志)、自堕落な生活を送っていた新左衛門の甥・新六郎(山田孝之)ら、総勢11名の有志が、新左衛門の元に集まった。
極秘裏に進められた暗殺計画だったが、斉韶の腹心・鬼頭半兵衛(市村正親)は情報を掴む。
かつて剣の同門であった新左衛門と半兵衛。
世のために斉韶を殺す大義に命をかける新左衛門と、身命を賭して主君を守ることが武士の本分であるとする半兵衛。
道を違えて生きてきたものの、互いを熟知し、認め合うライバルが、己の名分を賭けて対峙する…


かつて映画が娯楽の中心として華やかなりし頃にヒットし、名作としても呼び声の高い作品を、三池崇史監督が21世紀に甦らせた。
自身初となる本格的時代劇だが、見事三池流に“料理”した手腕は見事!
特に殺陣のシーンでは“らしさ”を垣間見せる。
相手の肩口に入った刀をそのまま切り下ろすシーンや、燃える相手を頭から真っ二つに切り裂くシーンは、伝統的な殺陣には無い残酷描写だ。
一歩間違えばただのスプラッターになってしまうギリギリのところで踏みとどまり、存分に「三池イズム」を醸し出している。

また、極悪非道の主君・松平斉韶を演じる稲垣吾郎は正にハマリ役。
甘いマスクは育ちの良さが漂う一方、サメを思わせる冷たい眼差しで淡々と人を殺めていく姿は、ホラー映画を観るよりも恐ろしい。
更に、切り落とされた重臣の首を蹴鞠の如くに蹴り上げる場面は、見る者の怒りを呼ぶ。
こんな腹の底から憎しみがこみ上げるような悪役を見たのも久しぶりだったが、その悪役ぶりがまた、正義を貫く新左衛門との対決をより一層盛り上げる。
同時期にテレビドラマでも、優しそうな見かけのとんでもない悪人を演じている稲垣吾郎は、新境地を開いたのではないだろうか。


戦いの無い平和な江戸時代は、そもそも戦闘員である武士本来の存在意義を薄れさせる。
身分としては最高位に位置付けられるものの、その生活実体は、平和な社会がもたらした経済の発展を担う町人に及ばない。
平和な世の中が続くほどに、武士の多くは自身の存在意義に忸怩たる思いを抱えていたに違いない。
主君のために命を投げ出して戦うことを本意とする武士にとって江戸時代は、実は生き辛い時代だったのではないだろうか。
だからこそ、大義のために命を投げ出して戦う場を得られた新左衛門と仲間達は、喜々として戦いに挑むのである。

一方、刺客を迎え撃つ斉韶陣営も、主君を守るために命を投げ打つという武士本来の役目を果たせる場を得ることとなる。
悪辣な人物であっても主君は主君。
命を捨てても主君を守ることが武士の本懐であり、たとえ刺客に殺されることになっても、それは望むところ。
…のはずなのだが、官僚化した明石藩士達は、死ぬということの恐怖におののき、狼狽する。
ひとり半兵衛だけが、武士の本懐を胸に戦いに挑んでいたのである。
人数では圧倒的に優位であっても、彼我のモチベーションの差は天と地ほどの差がある。
十三人の刺客達にとって活路を開く道は、宿場町を要塞化するだけでなく、実はこのモチベーションの差にもある。

人を殺すことに何のためらいも無く、心躍らせて戦いに臨む斉韶。
次々に家臣が倒され、新左衛門がじわじわと迫ってくることを、楽しんでいたことだろう。
彼が生きた世が戦国時代ならば、稀代の英雄となっていたかもしれない。
しかし江戸時代にあっては、心のうちにメラメラと燃え立つ闘争本能を発揮する場面は無い。
それが残虐性の発露となり、暴君たらしめていたのだが、十三人の刺客と壮絶な戦いを繰り広げられることができ、血湧き肉躍らせていたのである。

三者三様の、侍としての存在意義のせめぎ合いが繰り広げられるラストの50分が圧巻!
オーソドックスな殺陣本来のキレイな太刀筋を描くのではなく、汗と血と土埃や泥にまみれながら、至近距離でのたうち回るように斬り合う戦闘シーンはリアリティに富み、手に汗握る迫真の場面となっていて、時間の長さを全く感じさせない。
ジェットコースターに乗っている感覚で時が過ぎ、気がつけば決着の場面へと運ばれている。


「七人の侍」のテイストに、「椿三十郎」の大立ち回りの要素が取り込まれた物語が、面白くないはずがない。
そしてその確実に面白い素材を期待を裏切らずに描かれた、三池監督作品中でも三本の指に入る大傑作!


十三人の刺客
2010年/日本  監督:三池崇史
出演:役所広司、山田孝之、伊勢谷友介、沢村一樹、古田新太、高岡蒼甫、六角精児、波岡一喜、近藤公園、石垣佑磨、窪田正孝、伊原剛志、松方弘樹、松本幸四郎、稲垣吾郎、市村正親、内野聖陽