面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「ザ・コーヴ」

2010年08月17日 | 映画
確か小学生の頃。
日曜の朝、テレビで放映されていた「わんぱくフリッパー」を、毎週ほぼ欠かさず見ていた。
アメリカで人気を博したこのテレビシリーズに、調教師兼俳優として出演していたリック・オバリー。
そのオバリーに興味を持ったルイ・シホヨス監督が彼と接触し、和歌山の太地でイルカ漁が行われていることを知る。
そのイルカ漁が行われる入り江の残酷な情景を知ったシホヨスは、漁の様子をなんとか映像に収めようと悪戦苦闘する。
入り江の岩陰や崖に生える木々にカメラを隠すだけでなく、岩を模した隠しカメラを作るなど、あらゆる手段を講じたスタッフは、ついに漁の撮影に成功した。
そこに映し出された映像は…

「わんぱくフリッパー」は知っていたが、そこに出ている俳優の名前までは知らなかったし、またその人物がその後、イルカ解放運動の“闘士”として活動していることも、この作品を観るまで全く知らなかった。
そのオバリーは、自ら調教し、“共演”していたフリッパーことキャシーが、撮影によるストレスがもとで自ら呼吸を止め、自分の手の中で死んでしまったことに大きなショックを受けたという。
「イルカショー」のビジネス発展に大きく寄与した彼が、たった一人でイルカをショービジネスから救おうと活動する姿は、あまりにも無力なだけでなく、滑稽でさえある。
「わんぱくフリッパー」で名声を得て有頂天になった彼が、結局は共演者であるキャシーのストレスに気づくことなく殺してしまったようにしか思えない自分には、彼に対する同情の念は湧かない。

何よりも本作でのオバリーの行動を見ていると、一体どこまで本気でイルカ解放を考えているのか疑問に思う。
本当にイルカを救いたいのなら、もっと他に有効な手立てを考えるべきで、やみくもに情に訴えるだけの抗議行動では賛同を得るのは至難の業。
捕鯨反対運動のように盛り上がらせることができないのは、結局イルカ解放運動には“うま味”が無いため、有力者(という名の“我利我利亡者”の方々)が支援しないだけのことではないのか?
そこへ切り込んで、捕鯨反対は叫ばれても、なぜイルカ解放はロクに声が上がらないのか?また声が上がっていても世間一般的に盛り上がらないのはなぜか?を追求した方が、よっぽど面白いドキュメンタリーができたはず。
またオバリーも、本気でイルカを解放したいなら本作を解放機運を高めるために利用すればよいものを、ただ粛々と出演者として映像になっているだけでは何にもならない。
世界会議の席上で、首からぶら下げたディスプレイで残酷なイルカ漁の様子を映し出しながら歩くだけでは、ただのヘンなオヤジでしかない。
オバリーがただ晒されているだけにしか見えないシーンで、シホヨスは何を訴えたかったのか?

本作におけるクライマックスは、太地の入り江(コーヴ)で行われるイルカ漁の模様である。
入り江が真っ赤に染まるシーンは確かに衝撃的ではあるが、はたと気がついた。
結局本作は、「モンド映画」のテイストを踏襲した「ショック・ドキュメンタリー」(その昔「ショックメンタリー」という言葉もあったが)だったのか?
かつて公開された、残酷な“狩猟のシーン”を集め、人間の心の奥底にある残虐性に基づいた好奇心を煽った「ザ・グレートハンティング」を観ているような気分になった。

しかし、「ザ・グレートハンティング」ほどに徹底して残虐シーンを集めているわけではない。
クライマックスとなる残酷シーンを撮るための、決死の“隠し撮り大作戦”が遂行される様子を追ったドキュメンタリーであり、イルカ漁映像のメイキングビデオでしかない。
イルカ漁は太地でだけ行われているのではないのだから、日本各地のイルカ漁を撮影し、
「ほら!イルカ漁は残酷でしょう!こんな残酷なことを平気でする日本人は、やっぱり野蛮な連中だ!」
と偏りきった作品であれば、見応え十分なB級モンド映画として評価できるものを、それほどの意気込みや覚悟も感じられない。

本作では他にも、イルカ肉をくじら肉と偽る偽装販売や、イルカ肉の水銀汚染も問題として提起されている。
しかしながら、鯨肉料理を売りにしている店の90%がイルカ肉を出していたとか、全国のスーパーや魚屋で販売されている鯨肉の80%がイルカだったなどの、客観的なデータに基づいた冷静な追求であれば、観る者の心に届くはず。
水銀汚染にしても、例えばマグロの肉も水銀の含有量は高いと聞くが、海中において食物連鎖の頂点付近にいる生き物の肉に水銀の含有量が多いのはやむを得ないのは常識。
食肉に供されているイルカ肉の70%から基準値を大きく上回る水銀が検出された、あるいは、イルカ肉は他のどの魚介類よりも圧倒的に水銀含有量が高いというようなデータが示されるわけでもない。
いずれの問題提起も、科学的・学術的な調査には程遠い“お手盛り調査”にもならないような貧相な提示しかなく、観る者に訴えるものが何も無い。

本作の上映に対して、やれ「日本文化を否定するものだ!」とか「反日映画だ!」などとヒステリックな声が上がり、上映中止を訴える抗議行動がとられたりしたが、本作を観ればそんな行動を起こすまでもない作品であることが分かるはず。
大騒ぎしたことがかえって本作の話題作りになり、大きな宣伝効果を生んだことを、当事者達はどう思ったのだろう。
もしかすると、配給会社や制作会社による、巧妙な扇動式の広告だったのか!?と勘ぐりたくなる。

2010年のアカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞し話題を呼んだ本作だが、よほど他のドキュメンタリー作品が不作だったのだろうか。


ザ・コーヴ
2009年/アメリカ  監督・出演:ルイ・シホヨス
脚本:マーク・モンロー
出演:リック・オバリー、チャールズ・ハンブルトン、ジョセフ・チズルム、サイモン・ハッチンズ、マンディ=レイ・クルークシャンク