「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

価値の崩壊

2008年12月24日 07時18分40秒 | 僕と「ジャン=クリストフ」
 
( http://blogs.yahoo.co.jp/geg07531/57111277.html からの続き)

 僕は 非常に弱くなっていて、 周囲のちょっとしたことに 大きく傷つきました。

 人間の愚かさを 無残に嘆きました。

(4/11)

「 何故 世の中には、 こうも 愚劣な人間が多いのか。

 彼らをさげすみ、 無視するか。

 怒り、 非難するか。

 悲しく沈鬱するか。

 自らも 彼らの間に伍するか。

 両者の相剋に 懊悩するか。

 見切りをつけ、 飄然と自適するか。

 清濁合わせ呑み、 全てを許容するか。

 それでもなお 自己を主張するか。

 世の愚劣な人々よ、 何故にあなたは 愚劣なのか。 」


「天才にできないことが 僕にできるはずがありません。

 その結果、 僕は深い懊悩に 悶えることになります。

 芸術家 (価値を求める人間) は

 人々に どんなに理解されなくても 耐えていけますが、

 ただ理解されたい人に 理解されない苦悶は、

 地獄の底をも はるかに越えています。

 心を寄せる人に 理解されないという

 居ても立ってもいられない 苦しみの末、

 僕は自分がそれまで 信じて生きてきたものを 根底から否定され、

 崩されていってしまいました。

 『価値』 に生きる人間が、 『価値』 そのものの意味を 失ったとき、

 これはもはや 自分を立たせる 何物をもなくしてしまいます。

 えも言われぬ焦燥、 自己に対する嫌悪、 他への嫉妬、 絶望、

 自分だけが 世界から隔絶された孤立感, 世に対する呪い……

 あらゆる負の感情に 苛まれる日々が続きました。 」

 僕は 物事の深遠さ, 崇高さ, 偉大さ, 真実, 真剣さ, 理想,

 生きる意味などを、 見失っていきました。

 何が価値あることか 分からなくなるのではなく、

 「価値そのもの」 の存在を 否定されてしまったのです。

 苦しみは 肉体的苦痛となって現れます。

「 呼吸が苦しい。 1秒でも早く ここからいなくなりたい 」

「 『居る』 のが苦しい……! 

 早く一日が 終わってほしい…… 」

(8/7)

「 何が何だか  さっぱりわからん

 世の中  さっぱりわからん

 人の心も  わからん………。

 自分のことも………。」

(次の日記に続く)