monologue
夜明けに向けて
 



生涯の友大島純男氏が、フェイスブックで高校時代から洋楽ファンだった渡邉勝美氏がわたしがこの頃どうしてるか心配しているので何らかの形で近況を知らせてくださればありがたいのですがと示唆してくれたので昨日電話した。勝美氏は元気そうで現在は家庭菜園で大根や白菜などを作っているという。
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中学時代それまで洋楽を聴かなかったわたしも高校に入って夕食後家族の団欒を抜けてクラスの友達たちが聴いているというラジオのカウントダウン番組「9500万人のポピュラーリクエスト」を聴き始めた。次の日クラスメイトとその ランキングに入った曲の話で盛り上がった。その頃黒人コーラスグループ、ヴェルヴェッツの「愛しのラナ」という曲がクラスメイトの間で評判だった。クラスメイトはまだだれもレコードプレーヤーをもっていなくてレコードを買うという発想はなかった。毎週その番組を聴いて「愛しのラナ」が何位になったか、「エル・エー・エヌ・エー」といっているところがいいとか、自分はどこの部分が好きかと話すのだった。今から思えばのんびりした時代だった。わたしは父が買ってきたオープンリールテープレコーダーにその番組を録って「愛しのラナ」を覚えた。その頃は知らなかったがその「愛しのラナ」の作者がロイ・オービソンだったのである。わたしがやっと洋楽に目覚め始めた1963年に、ロイはヘレン・シャピロや新人バンド、ビートルズとのジョイント・ツアーをしていた。そのツアーバスの中で「オー・プリテイ・ウーマン」を作って隣の席のジョージ・ハリソンに曲はこうして作ると教えていたのだった。かれはその後の自作自演ブームの魁(さきがけ)だった。
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渡辺氏は以上の記事の高校のクラスメイトのひとりだったのである。
fumio


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