monologue
夜明けに向けて
 

66  


一時、巨大竜巻がカリフォルニアで発生したことをよく報じていたことがある。ABCニュースではキャスター、ダイアン・ソウヤーが竜巻の被害に遭ったミズーリ州ジョプリンから中継してジョプリンの町を説明するのに「ルート66」の歌を覚えていますかと視聴者に尋ねた。
「ルート66」とはシカゴからカリフォルニアまで2000マイル以上も走って達するという歌でまずナット・キング・コールでヒットして
同名のテレビシリーズができた時、主題歌としてジョージ・マハリスがロック風に歌っていた。その歌詞は「ジョプリン・ミズーリ、オクラホマシテイ 」とジョプリンや、オクラホマシテイが途中で出てくるのである。オクラホマシテイにはライブハウスに息子が大学時代「エンプティカップ」というバンドで週末に出演していた。
わたしは息子のオクラホマの大学バンドメンバーマイケルやブランドンたちとMSNメッセンジャーで交流したとき、かれらは勝新太郎のファンで実際に会ったことがあるかとわたしに尋ねてきたりしてそれからセッションしたいというのでかれらの演奏を数曲聴かせてもらったあと、わたしにもなにか歌えという。
それで歌詞にかれらの町、オクラホマシティが出てくる「ルート66」を選んで伴奏を頼んだものだった。
まだADSLの時代でインターネットで米国で伴奏し日本で歌うのは太平洋をまたぐタイムラグがあってギターの音が微妙に遅れてリズムがとりにくかった。「ルート66」の最終地点サンタモニカの海岸からそのまま海に入り海底の太平洋プレート上を走れば日本に達するのだ。その日のわたしたちのパフォーマンスは本当の「ルート66」だったのである。
あの時のインターネットのチャットに集まりわたしと楽しい時間を共有した先進的なオクラホマの大学生たちは日本人は英語で普通に会話できてアメリカのテレビシリーズの主題歌程度なら原語で歌えるのだと思っただろうか。
fumio

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