monologue
夜明けに向けて
 

  


シンガポールでの国際音楽フェステイバルに日本代表として参加して帰国後NHKのテレビ放送が火付け役になったようであちこちで引っ張り凧になって、読売新聞主催の作詞コンクールで優勝した作品に曲をつけてほしいと頼まれてギターの弾き語りで歌ったりするライヴツアーのような生活をしていて浮かれているとあまり期間をおかずに脳卒中を発症してしまったのだ。日の昇る国に修行にきたのだからしかたがないのだが、その日、わたしは自宅で自作の歌を何度も録音し直してヘトヘトになって熱い風呂に入った。長くつかり過ぎていたらしい。湯あたりでボーとしてきた。風呂からあがろうとしても立ち上がれなくなっていた。頭がのぼせて足で風呂桶をまたぐのはもう無理になっていた。そのまま洗い場に倒れ込んで脱出した。尺取虫のように壁際まで進んで湯気の中でのびていた。そのとき、息子が学校から帰ってきて風呂場に倒れているわたしを見つけソファベッドに横たえた。翌朝、妻はわたしが白眼をむいて尿失禁しているのに気づいて救急車を呼んだのだ。東川口病院で藤原脳外科医師が頭を開くと血液が脳全体にまわっていた。脳内出血だった。妻はその血の量に愕然とした。出血後、二三時間置いておいても危ないのに一晩寝ていたので広範囲に血がまわってしまっていたのだ。息子はまだ中学生なので子供には見せられないということで血だらけのわたしの脳を見せてもらえなかったからがっかりしていた。妻が手術承認のサインをすると頭蓋骨を切り取り血を抜く手術が行われたのだった。藤原医師はこれは脳卒中発症後あまりにも長い時間寝かしすぎて出血がひど過ぎるから自分ひとりではとても無理だから東京の病院から腕のいい友達を呼ぶといって電話した。それでその仲のいい二人でわたしの頭蓋骨を切り取り、血を抜き脳の中身が治癒したのちにきちんとその骨を元のその場所にうまく嵌めこめるように緊急の難手術を行ったのだ。幸い二人とも息が合ってすごく腕が良かったので成功したのである。
fumio


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