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平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

八重の桜 第46回「駆け落ち」~俺は取るに足らん蘆の花たい!

2013年11月18日 | 大河ドラマ・時代劇
 今回は八重(綾瀬はるか)が母親になった話でした。
 まずは襄(オダギリジョー)が言ったこと。
「私には千人を越す子供たちがいます。あなたが共に歩んでくれたから私は子沢山な父親になれました」
 襄にとっては学生たちが子供だったんですね。
 このことは八重にも言える。

 そして久栄(門脇麦)との関係。
 八重は久栄の母親になろうとするが、逆に「母親にでもなったつもりなのか?」と言われて悩む。
 さまざまな人からアドバイスを受ける。
 襄の父からは、子供は親の言うことを聞かないものであることは難しいということを。
 佐久(風吹ジュン)からは、八重もかつては久栄と同じようなものであり、「近頃の若い者は……」というのは皆が言われてきたことであることを。
 日向ユキ(剛力彩芽)からは「母親になろうとするのではなく八重らしくなれ」とアドバイスされる。
 これらのアドバイスを受けて八重が導き出した結論は
「お前が決めた道なら応援する」
 駆け落ちに関しては
「駆け落ちは駄目だ。里帰りが出来なくなる」
 だから、しっかり結婚のことを相談しろ、という結論。
 そして、徳富健次郎(太賀)が久栄を捨てて別れた時は、「自分のことより久栄のことがつらい」と八重ははじめて母親の感情を抱く。
 母親というのは自分より子供のことが何より優先するんですね。

 今回は<母親>をモチーフに八重の気持ちがていねいに綴られていました。
 脚本は吉澤智子さん。
 亡くなったみね(三根梓)が久栄に万年筆を託したのも、「お前は学問をしろ」というみねの意思表示だったのでしょうが、久栄はそれとは違って「作家の妻になる」ことを考えた様子。
 上手い小道具の使い方ですね。

 あとは常々、この作品には<ダメな人間>が出て来ないと思っていましたが、やっと登場しました!
 自称・情けない人間、徳富健次郎さん!
「兄貴に比べたら俺は取るに足らん蘆(あし)の花たい。ばってん、俺はそぎゃん花の方がよか」
「俺は情けなか人間たい。うそもつくし、兄貴に比べて勉強もできん。兄貴が憎うて、羨ましか」
 兄へのコンプレックスがいっぱいで、小説にうつつを抜かす劣等生。
 自らを「取るに足らん蘆の花」と称する自虐と屈折。
 いいですねー、人間味があって。
 しかし、弱者の立場に立った人間観と作家魂も持っている。
「ばってん、それが人間じゃなかですか? そぎゃん自分ばこらえてまっとうな人間になろうと、みんな必死にもがいとっとじゃなかですか!? 俺はそぎゃん人間の本当ば書きたか。書かんと自分じゃおられん。食べるために小説ば書いとるんじゃなか。小説ば書くために食べると!」

 ダメな人間。
 思い返せば、宣教師と生徒の間に入ってオロオロし、杖で自分の手を打ち据えた襄も、生活の空虚から若い男によろめいた時栄(谷村美月)もこの部類の人間に属しますね。
 ぼくはこういう人たちが大好きです。

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めちゃイケAKB48体育祭SP~まゆゆ、極楽まゆゆになる!

2013年11月17日 | アイドル
 昨日のめちゃイケAKB48体育祭SPで、まゆゆ(渡辺麻友)と加藤浩次が電撃和解!?
 まゆゆは<極楽まゆゆ>に!?
 というわけで、まゆゆと加藤さんがくっつきましたねーー。

 これまでも
 ぱるる(島崎遥香)とナイナイ矢部さん、りっちゃん(川栄李奈)とよゐこ濱口さんがそれぞれのメンバーの応援芸人みたいな感じでくっついていた。
 どうやら、めちゃイケはこれからAKB48メンバーとタッグを組んでやっていくのかな?

 まゆゆ×加藤浩次コンビ
 ぱるる×矢部浩之コンビ
 りっちゃん×濱口優コンビ

 この中では、まゆゆ×加藤浩次コンビが強そうだが、りっちゃん×濱口優コンビのおバカコンビも侮れない。
 出来れば、今回クソセンターに選ばれた、れなひょん(松井玲奈)は、『エビフライデーナイト』で共演している大久保佳代子さんと組んで欲しいな。

 というわけで、めちゃイケとAKBの物語は今後も続いていきそうだ。

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リーガルハイ 第6話~いつから法廷はお見合い番組になったんです?

2013年11月14日 | 職業ドラマ
 今回は<社会制度>がテーマ。
 現在の日本では<一夫一婦制>がとられているが、それはあくまで制度であり、人の幸せには関係のないものであるということ。
 世の中には、今回の愛子(鈴木保奈美)ファミリーのように<多夫一婦制>でも幸せになるケースがあるんですね。
 ウーマンリブの人たちは<一夫多妻制>を批判するけど、世界にはそれで幸せな人たちが沢山いる。
 もちろん、一夫多妻制でつらい思いをしている女性もいるかもしれないけど、それは人それぞれ。他人が押しつけることではない。
 これは広げれば、同性婚などの関係にも言える。
 男性どうし、女性どうしの結婚でも、カップルのふたりが幸せならいいことで、他人や社会が「間違っている」と批判することではない。

 というわけで今回は羽生(岡田将生)の論拠が弱かったな~。
「1/3の愛情より、独り占めの愛情」
「不完全な者どうしが二人三脚で歩んでいくのが結婚」
 一見正しいように聞こえるが、人の心は多種多様で、羽生が主張したような言葉が必ずしも当てはまるわけではない。
 要はそれが多数派か少数派かということだけだ。
 世の中では多数派の意見が正しいように見えるだけ。

 さて今回は真知子(新垣結衣)の旅立ちがもうひとつのエピソードに。
 真知子にとって、今までは古美門(堺雅人)のそばにいることが<厳しい環境>だったが、古美門の考え方や仕事のやり方を身につけて<ぬるま湯>になってきたようだ。
 だから、より厳しい環境へ。
 それに真知子の基本的な考え方は羽生に近い。
 古美門のやり方がつらくて、涙を流しながらやるようなことなら、離れた方がいい。
 一方で、真知子が離れることは古美門にとっても意味がある。
 今までは真知子は古美門の内部の批判勢力だった。
 そばにいて批判する彼女は、古美門の暴走を抑える役割を担っていた。
 しかし真知子が古美門化してくると、内部の批判勢力ではなくなる。
 だから敢えて外に出して、敵にした。
 真知子はこれから古美門の強力な敵になっていくだろう。

 最後に冒頭の真知子の夢。
 拳銃で羽生を撃った古美門に対して
「先生は夢の中でも卑怯なんですね」(笑)
「そんな俺が好きなんだろう?」(笑)
 これが夢だって気づいている夢のことを<理性夢>(「悪夢ちゃん」)って言うんでしたっけ。
 真知子は夢の中でも古美門に振りまわされて休む暇がありませんね。


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相棒 「エントリーシート」~偽りで始まったものは偽りの人生でしかないのですから

2013年11月14日 | 推理・サスペンスドラマ
 今回のエピソードを見ると、就職って何なんだろうって考えてしまいますね。
 面接試験で自己アピールするために、ボランティアや就職に有利なサークル活動。
 ここには真のボランティア精神も楽しいサークル活動もない。
 これはいろいろなことを感じたり、考えたり出来る貴重な大学時代の浪費。
 そして面接試験では自分を偽って嘘の経歴を述べる。
 確かに就職が「良い高校」「良い大学」とがんばってきた終着点で、「良い会社」に入ることでその後の人生が違ってくることはわかるけど、やはり歪んでいる。
 その歪みは今回のエピソードでさまざまに描かれた。
 まずは犯人の動機→偽りの経歴がバレるのが怖かったから。
 殺された女子大生・北川奈月(岩田さゆり)は、入る気のない会社で面接の練習をし、仲の良かった友人とは就職のことで大ゲンカ。
 そして就活塾。「必覇!」(笑)

 日本の労働環境は歪んでいる。
 ブラック企業・非正規労働・派遣・勝ち組負け組・格差社会……。
 安倍首相は「若者が希望を持てる社会を」と言っていますが、上記のことが解消されない限り難しいでしょうね。
 整体の世界では体の歪みは長年の生活習慣の癖で起こるものらしいが、現在の社会も積もり積もった矛盾で歪み、矯正できないでいる。

 <偽り>というのも今回のテーマで、偽りは就職活動だけでなく、最近のホテルや百貨店の食品表示偽装にも現れている。
 現在の社会は、偽りだらけの社会。
 なので右京(水谷豊)さんが犯人に語った言葉。
「嘘がバレなくてもあなたは幸せになれなかったと思いますよ。偽りで始まったものは偽りの人生でしかないのですから」

 最後にスーツのしつけ糸について。
 今回、右京さんがこだわったしつけ糸は真相の解明には直接繋がらなかった。
 真相解明に役立ったのは、奈月のアルバムのボランティア写真。
 しつけ糸は、就職活動の歪んだ実態を描くための使われた。

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福島第一原発対策~また国費(税金)投入ですか?

2013年11月12日 | 原子力発電・反対
福島第一原発対策、国が前面に 国費積極投入に転換(朝日新聞) - goo ニュース

また国費投入、つまり税金を使うってことなのか。
東京電力は今期黒字だそうですよ。
そりゃ、そうですよね、電気料金が上がっているんだから。
負担するのは国民ばかり。

要するに自民党は東電と銀行を守りたいってことでしょう?
銀行は4兆円ものお金を東電に貸していて、東電が潰れれば、4兆円が不良債権になるわけだから。

物事には順序がある。
国民に負担を強いるのなら、その前に銀行に債権放棄という負担を課すこと。
銀行優遇は不公平。

このことを見ればわかるとおり、自民党って大企業優遇の政党なんですよね。
先日、田園調布で中学生の誘拐事件があったが、犯人いはく「田園調布は金持ちの街だから」。
このまま格差が進めば、こんな事件はもっと起こる。
わずかな富める者と大多数の貧しき者の社会がやって来る。


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八重の桜 第45回「不義の噂」~山本覚馬の妻であることがうちの誇りやった

2013年11月11日 | 大河ドラマ・時代劇
「この人は母様ではねえ! 山本家とは縁を切った人だ。さあ、出て行け!」
 時栄(谷村美月)に叫ぶ八重(綾瀬はるか)。
 これを見た久栄(門脇麦)は時栄に駆け寄り「行かないで!」と言う。
 八重が母子のためにわざと<憎まれ役>を引き受けたのは、「娘が母親を憎んで別れたのでは浮かばれない」から。
 この配慮がわかり、時栄は別れ際、八重に「おおきに」と言った。

 物語の主人公らしい行動。
 実際の八重は、兄の名と家名を汚した嫁を小姑として許せなかったという感じですかね?
 何と言っても八重は進歩的だったとはいえ、家父長制という明治の価値観をもった女性だし。

 会津人、明治女性、キリスト教徒、そして大河ドラマであるがゆえの現代人の価値観。
 この4つの価値観をもっている八重を統一感を持って描くことはなかなか難しい。
 八重の言動がイマイチ響いてこないのはこのためだ。
 作家さんは最後まで<新島八重>という人間をとらえることが出来なかったのではないか、という気がする。

 時栄も「山本覚馬の妻であることがうちの誇りやった」と言い、「だんなさまの中にずっとうらさんがいる。歳をとらんできれいなままで」と言い、「うちも生身のおなご、きれいなままではいられない」と言い、よくわからない。
 娘・久栄に対する母親の顔も垣間見られないから母子の別れもどうも説得力がない。

 さて明治編は、女性の生き様の物語になって来た。
・うら(長谷川京子)
・みね(三根梓)
・捨松(水原希子)
・照姫(稲森いずみ)
・時栄
 時代に乗る者、取り残された者、愛で幸せなった者、愛に傷ついた者……、さまざまな女性の生き様。
 次回は久栄と日向ユキ(剛力彩芽)の物語かな?
 それはオープニングの最後で、女性たちが薄桃色の傘をさして、桜のように開花していく姿に似ている。
 大きく咲く花もあれば、小さく咲く花もある。

 こういう作品プランなら戊辰戦争時も女性たちにもっとスポットライトを当ててもよかった気がします。

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リーガルハイ 第5話~分かち合う社会か? 奪い合う社会か?

2013年11月07日 | 職業ドラマ
 リーガルハイ2は現在のさまざまな社会問題を提起してくれるが、今回は<日本型経営>と<アメリカ型経営>。
 日本型経営は、社員は家族で運命共同体。
 多少賃金は安くても終身雇用で、年功序列、出来が悪くても一生面倒をみる。
 アメリカ型経営は、会社と個人はクールな契約関係。
 個人のあげた成果には相応の地位や報酬が与えられるという実績主義で、会社が自由にクビを切れる代わりに個人は会社に権利を請求できる。
 さて、どちらが正しいんだろう?
 現在の日本はアメリカ型になりつつなるけど。
 僕なんかは<日本型経営>で生きてきた人間だから、社員は家族で運命共同体というのに惹かれるけど、真知子(新垣結衣)が最終弁論で言ったとおり、「自分の権利を主張する人も正しいと評価されるべき」というのも分かる。

 作品中でも行われていたが、この<日本型経営>と<アメリカ型経営>の問題は、社会のあり方にも言い換えられる。
 すなわち<分かち合う社会>か? <奪い合う社会>か?
 今までの日本は、100の利益があったとしたら、10人で十等分して、10ずつ分けた社会。
 ところが現在は、100の利益をひとりが90を獲り、残りの10を9人で分け合う社会。
 格差社会ですなー。
 だから分け前の少ない9人は自分の権利をもっと主張すべきなんですよね。
 そうしないと、<おやじいぬ>を考えた田向(野村将希)のように経営側に良いようにされてしまう。

 もっともこれは政治・経済・法律の問題で、個人の幸せレベルになると事情が違ってくる。
 裁判に勝って25億の金を手に入れた田向の妻と娘は、その莫大な金に狂い始める。
 田向の誕生日を祝うことも忘れている。
 この描写を見ていると、人間の幸せとは何なのかを考えてしまいますね。
 ラストに田向とアジサイカンパニーの社長の宮内(冨家規政)が純粋に良い文房具を作りたくて、新しい会社を作るエピソードが出て来ますが、人の幸せとは、仲間と力を合わせ、目標に向かってがんばっていくことなのかもしれません。
 あるいは一緒に山を登っている時が実は一番楽しくて、頂上に登り詰めてしまったらあとは空虚でおしまいなのかも。

 真知子に関しては「厳しい現実に生きてこそ大輪の花を咲かせられる」ということで、古美門(堺雅人)と働くことは必ずしもマイナスではないようです。
 ガニ股で足をふんばる真知子は、まだ<朝ドラのヒロイン>ですが、一方で古美門の影響を受けて現実主義の弁護士に。
 <朝ドラのヒロイン>+<現実主義>で真知子は良い弁護士になっていくのではないでしょうか?
 恋愛の方はまだまだですけどね~。
「酔っちゃったみたい。どこかで休みたい」と言っても、ゆとり王子の羽生(岡田将生)は「だったらタクシーで家まで送りましょう」(笑)
 でも、これは羽生クンが悪いか。
 羽生クン、鈍感で、邪心なさ過ぎですな~!


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相棒 「別れのダンス」~ときどき僕もついていけなくなることがあるんです……

2013年11月07日 | 推理・サスペンスドラマ
「起こるべきでないことが起きた時、そこには必ず理由があります」
 真相解明の鍵は、須永肇(大澄賢也)がダンスで態勢を崩して転倒するという<起こるべきでないことが起きた瞬間>にあった。
 なぜ須永は転倒したのか?

 右京(水谷豊)は自ら須永のダンスを再現して、その理由を確認する。
 カイト(成宮寛貴)は突然踊り出した右京さんを見て
「ときどき僕もついていけなくなることがあるんです……」(笑)

「起こるべきでないことが起きた時、そこには必ず理由があります」
 これが右京さんの推理方法なんですね。
 普通の人なら単なるダンスのミスと捉えてしまうことにこだわる。
 そして須永と同じ視線に立ってみる。
 すると今まで見えなかったことが見えて来る。
 今回は探偵推理もののお手本とも言うべき作品でした。

 真犯人を自供に追い込む時にも、この<再現>という方法を使った。
 真犯人に同じことを再現させ、そこにあってはいけない物を見せて「あっ!」と言わせる。
 推理物では探偵が犯人をいかに罪を認めさせるか、が一番難しいのですが、今回は罠を張って自供させたという感じ。

 事件を複雑にしたのは、須永と今宮礼夏(陽月華)がお互いをかばい合い、偽装工作を行ったこと。
 須永は礼夏の犯行だと思い込み、凶器に自分の指紋を付けた。
 礼夏は須永の犯行だと思い込み、遺体を別の場所に運び、強盗に襲われたように見せかけた。
 そして、真犯人も礼夏の犯行だと思わせるために、礼夏の髪飾りの破片を現場に。
 右京さんは連鎖した3つの偽装を読み解かなくてはならなかったわけですね。

 そして須永と礼夏がお互いをかばい合ったのは、ふしぎな絆で結ばれたダンスパートナーだったから。
 優れたダンスパートナーはダンスの態勢に入って体が触れあっただけで、相手の状態や気持ちがわかるものらしい。
 人間は言葉を介さなくても理解し合えるんですね。
 というより、むしろ言葉を介すから行き違いや誤解が生じ、ややこしくなる。

 言葉はウソをつくが、体は正直。
 そう言えば犯人も、あってはならない物を見たことで、真実を語ってしまいました。


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八重の桜 第44回「襄の遺言」~襄のライフは私のライフだ!

2013年11月04日 | 大河ドラマ・時代劇
 面白いシーンがあった。
 話をしている覚馬(西島秀俊)と青木栄次郎(永瀬匡)。
 そのふたりの話を縁側に座り、背を向けて聞いている時栄(谷村美月)。
 すると覚馬が咳き込む。
「水を持って来ましょう」と言って立ち上がるのは時栄ではなく、栄次郎。

 このシーンだけで、覚馬に対する時栄の気持ちが醒めているのがわかる。
 今までの時栄だったら夫が咳き込めば真っ先に立っただろうし、縁側で背中を向けて話を聞いているというのも彼女の<心の空虚>を感じさせる。
 人の気持ちというのは、せりふや顔のアップを使わなくても表現できるんですね。
 背中を向けて縁側に座っているだけで伝わってくる。

 もうひとつ面白かったのは、松平容保(綾野剛)と照姫(稲森いずみ)の別れのシーン。
 ふたりは正座して向かい合い、昔話や孝明天皇から賜った御宸翰の話などをする。
 照姫は病身にもかかわらず、床に入ることもせず、病気で苦しんでいる様子も見せない。
 この凛とした感じ。
 おそらく照姫は自分が弱っている姿を見せたくなかったのだろう。
 これが高貴な女性の矜持。
 そして容保と照姫の距離感。
 本当ならもっと距離をつめ、涙を流し感情をあらわにして別れを惜しみたかったのだろう。
 しかし、ふたりはそれを潔しとしない。
 これも高貴な人間の美学。

 上記ふたつの描写と比べて、八重の描写は工夫がないな~。
 冒頭に襄(オダギリジョー)が心臓を抑えて苦しむシーンを持って来たくらいで、あとは当たり前の描写、普通のリアクション。
 渡航する襄の体を気づかって「自分もいっしょに行く」とバッグを取り出すのはいかにも八重らしいが、ストレート過ぎて味わいに欠ける。
 女性外国人教師と対立するシーンでも自分の考えをぶつけるだけ。
 時栄の<心の空虚>や照姫の<矜持><美学>に比べると深みに欠ける。
 おそらく今回の決めぜりふは「世界中を敵にまわしても私は一緒に戦う。襄のライフは私のライフだ」なんでしょうが、これがどれだけ視聴者に響くか?

 この作品は主人公の八重よりは、脇の女性たちの方が魅力的ですね。
 前回は捨松(水原希子)。
 前々回はうら(長谷川京子)。
 その前はみね(三根梓)。
 大河ドラマの女性主人公は、得てして<目撃者>になる傾向がありますが、今作の場合も作家さんは八重という人物を上手く扱えていない感じがします。
 どうしても大河ドラマの主人公は、万人が納得する<普遍的な人物>にしなくてはならないせいなんでしょうけど。


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