釜石:震災の痕跡-2011
釜石:震災の痕跡-2011
釜石:震災の痕跡-2011
世界中が驚いた、二年前の2011年3月11日が巡って来た。
被災した人、亡くなった人、それぞれの大変な想いがこの日にある。
平穏な生活が、一瞬にして変わってしまった。
人の身になることはむずかしいが、何かの行動や想いをつなげることは出来る。
まず、それぞれがあの日のことを思い出すことから始まる。
午後2時46分、体感こそなかったが、ラジオから地震速報が流れた。
アナウンサーのひたすら速報の繰り返しの声に、ただならぬ気配。
外は雪が舞う中、通路での仕事をしながら、ひたすらラジオに耳を傾けた。
早々に仕事を切り上げ、テレビからは津波情報が流れ、そのライブ映像が続く。
道路のトラックを追うように、海岸から船と波が押し寄せ、高台に避難した人々の悲痛の声が聞こえる。
テレビ、ラジオ、新聞、連日の報道から、今までに経験したことがない巨大な地震と津波。
その被害は、とうとう原発にまで及んでしまった。
悔やんでも、悔やんでも取り返しがつかない甚大な被害。
一昨年の秋、花巻での展覧会の折り、釜石まで足を運び被災の様子を見て来た。
テレビから見た光景は、建物が破壊されたそのまま静かに残る。
岸壁にはタンカーが乗り上げ、津波の高さを思い知らされた。
この日を忘れない。
2年経過しても尚、仮設住宅や避難した場所から家に戻ることが出来ない多くの人々。
安寧を祈り、一日も早い復興を願いながら、この日を思い出すことの大事さを改めて思う。