プロメテウスの政治経済コラム

プロメテウスは人間存在について深く洞察し、最高神ゼウスに逆らってまで人間に生きる知恵と技能を授けました。

映画『キャピタリズムーマネーは踊るー』  アメリカ資本主義の歴史的後進性

2009-12-18 22:30:33 | 政治経済
マイケル・ムーア監督の『キャピタリズム〜マネーは踊る〜』(『Capitalism:A Love Story』)を観た。『ボウリング・フォー・コロンバイン』で銃社会を、『シッコ』では医療問題と、アメリカの抱える問題を取り上げてきたマイケル・ムーア監督。今度のテーマは「アメリカ資本主義」だ。社会主義は悪と信じ、「民主主義=資本主義」と思い込んできたアメリカ人に対し、現在の資本主義はまるで「民主」を反映していないとムーアは訴える。2008年9月、リーマン・ブラザースは破綻し、大不況がやってきた。しかし実際はそれより以前からアメリカでは住宅ローン延滞のため、自宅を差し押さえられる人が増えていたのだ。「1%の富裕層が底辺の95%より多い富を独占」しているというアメリカでは、国民の税金が金持ちを救うために投入される。政治を富裕層が支配するという建国以来の政治経済社会システムがまったく進歩していないからだ。ムーアは$マークのついた袋を持ち、「僕たちの金を返せ!」とウォール街へ突入していく。

 アメリカは、いまだ現代資本主義への進化を遂げることができない、遅れた資本主義の『帝国』」である。戦争や植民地政策以外の分野を見ても、京都議定書を拒否した地球環境問題への対応や、むきだしの資本の論理を「新自由主義」の名で世界に拡げようとし、国内の圧倒的多数の労働者階級を搾取と収奪のほしいままにしておく政治経済社会システムは、アメリカが北欧やEUの指導的諸国に対して、総体として「遅れた資本主義」になっていることを如実に示している。その遅れの主な要因は、資本を規制する「社会」の未熟にあり、それを一生懸命にまねているのが残念ながら昨今の日本の資本主義である。アメリカ資本主義は量的には世界への影響力を強くもっているが、経済の質の面では遅れた資本主義なのだ

 なぜアメリカ資本主義は遅れた資本主義になってしまったのか。マイケル・ムーア監督は、監督自身どこまで意識して描いたかはわからないが、映画の最後の方で、ニューディール政策を始めたルーズベルト大統領の最後の演説(1944年1月11日)を実写フィルムで見せる。それはアメリカ憲法で保障された「幸福の追求」をより具体的に実現するための新しい権利章典の提唱だった。ルーズベルトが掲げた権利は以下の通り。
 社会に貢献し、正当な報酬を得られる仕事を持つ権利 
 充分な食事、衣料、休暇を得る権利 
 農家が農業で適正に暮らせる権利 
 大手、中小を問わず、ビジネスにおいて不公平な競争や独占の妨害を受けない権利 
 すべての世帯が適正な家を持てる権利 
 適正な医療を受け、健康に暮らせる権利 
 老齢、病気、事故、失業による経済的な危機から守られる権利 
 良い教育を受ける権利
この演説の後すぐにルーズベルトは亡くなり、この権利章典は法制化されなかった。ムーアはこれを実現するのがアメリカの使命だと訴える

 私は、これは重要な指摘だと考える。近代資本主義は、封建的身分制度を否定して、各人に形式的な自由・平等を保障することによって、新しい時代をもたらした。しかし、それは同時に経済的には「自由放任」、軍事的には「戦争放任」の時代であった。二つの世界大戦を経てロシアにおける「社会主義」革命の影響も受けて、資本主義国は近代資本主義体制から現代資本主義体制に進化した。マルクス、エンゲルスやレーニンが多様な方法で「近代資本主義体制」の崩壊の必然性を論証したことを受けて、資本主義体制を維持しようとする立場からは、「修正の不可避性論」が提唱され、「近代資本主義体制」は「現代資本主義体制」に進化した。第二次大戦後、ドイツでも、日本でも、イタリアでも、すべての国民(当然に女性も)は、法の下に平等であり、すべての国民に「人間らしい生活」の保障を求める「社会国家」(福祉国家)を宣言した。大きな財産・経済活動と公共性の強い財産・経済活動を積極的に規制し、社会経済的弱者を社会的所得再分配によって保護する現代資本主義(修正資本主義)憲法体制が一般化したのだ。

  ところが、アメリカは第二次大戦の事実上唯一の戦勝国として繁栄を謳歌し、ルーズベルト大統領が掲げた社会的権利の法制化を忘れてしまったアメリカ合衆国憲法は、社会国家(福祉国家)の理念も、「戦争の違法化」原則も明示しないその意味でアメリカは、現在もなお、「現代資本主義憲法」を持つに至っていない。マイケル・ムーア監督が描くアメリカの異様な政治・経済のありさま=その後進性は、まさに此処にあるのだ。

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