プロメテウスの政治経済コラム

プロメテウスは人間存在について深く洞察し、最高神ゼウスに逆らってまで人間に生きる知恵と技能を授けました。

成人の日と若者が希望を持てる社会

2006-01-09 17:55:30 | 政治経済
今日1月9日は成人の日です。戦後、埼玉県蕨市において、「成人を励ます」行事としてスタートし、その後、祝日となりました。2000年から1月第2月曜日(ハッピーマンデー制度)となっています。祝日法によれば、「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」日です。しかし、現代の日本社会に対し、将来に「生き抜く」「希望がもてない」という思いを抱いる新成人も多いのではないでしょうか。
「赤旗」潮流子が『世界60カ国価値観データブック』(電通総研・日本リサーチセンター編2004)から引用しています。「人生は自分の思い通りに動かすことができると思うか」という問いに対し、先進国とみなされる20カ国で、「自由に動かせる」と思う人の割合は、アメリカがもっとも高く81.8%、欧州諸国やカナダは70%台、アジアでは韓国が60.1%。日本は20カ国中、最低の36.8%でした。「自国で個人の人権がどの程度尊重されていると思うか」という問いについては、「尊重されている」と答えた人の割合は、フィンランドの88.3%を筆頭に欧州諸国やカナダが高く、アメリカは20カ国中の10位、日本は韓国についで低く59.0%で、19位でした。「みずから生き抜く」気概を持つには厳しい現代日本社会の状況が反映しているように思われます。
私は、現代の若者にとって最大の問題は、やはり仕事や就職をめぐる不安や悩みではないかと思います。やる気がない、積極的に能力開発の努力をしない、将来に希望が持てない、パラサイト・シングル[学校卒業後も経済的に余裕のある親と同居し、衣食住などの基礎的生活条件を親にパラサイト(寄生)しながら生活する未婚の若者のこと]を続けるのも、若者の側に責任がある失業の原因というよりも現代の若者を取り巻く雇用や仕事をめぐる実態を敏感に感じ取ったかれらなりの対応の結果でしょう。職業意識が希薄で気ままな若者の行動は失業率の原因ではなく結果です。
若年者失業という問題は、欧米諸国ではすでに1970年代頃から大きな社会問題でした。経営者側から見て、企業側の必要とする熟練・技能を身につけていない若者を、訓練費用の観点から雇用抑制したからです。80年代まで、若年者失業は日本ではほとんど問題にされませんでした。失業者は圧倒的に中高年者に集中していました。しかし、バブル崩壊後、状況は激変しました。企業は景気の後退にともなって雇用調整を中高年の解雇だけではなく、新規採用の抑制を最優先させて実施しました。「雇用の流動化」と「人件費削減」という目標のもと一定期間自社内で技能訓練を必要とする新規学卒者の替わりに出来合いのアルバイト、派遣労働者などをドンドン雇い入れました。いまや24歳以下では2人に1人が派遣やパート、契約労働などの非正規社員です。非正規社員の多くは、いつ仕事がなくなるかわからない不安とともに働きながら、その多くが月収10万円などという低賃金で働いています。「いやなら辞めろ」「文句を言ったら契約更新されない」というもとで、労働条件の改善さえ言い出せずに働き、そして、“あきらめ”や“失望”感とともに失業する、そんな若者が増え続けています。非正規と正規雇用の労働条件を同一にする法規制は必須かつ緊急の課題です。
資本主義社会では安定した雇用を保証するのは、総資本の最大の社会的責任です。人々は企業に雇われないと生きていけないからです。そして人間らしく働ける労働条件を確保するのは、政治の責任です。
若者が若者の特権である「大きな夢」を語ることをやめ、人生でやりたいことがないと平然と語る姿は、本当に寂しいし、悲しいことです。しかもそれが、かれらには責任はない社会が作りだした病理の一環だとすれば。若者が希望をもって働ける社会の実現は大人が安心して働き暮らせる社会の実現と表裏一体です。


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