プロメテウスの政治経済コラム

プロメテウスは人間存在について深く洞察し、最高神ゼウスに逆らってまで人間に生きる知恵と技能を授けました。

小泉靖国参拝―日本国民の恥

2005-10-17 23:38:48 | 政治経済
17日、小泉首相は内外の批判を一顧だにせず、靖国参拝を繰り返した。彼なりの独特の政治感覚に基づくものであろう。中国・韓国からの反発は百も承知である。先の総選挙で見せた国民の浅薄さを十分に計算に入れて、参拝の形式を少しばかり変え、一般人と同じように本殿に上がらず拝殿前で済ませ、「二度と戦争しないことを誓ってお参りした」と子供だましのようなウソを繰り返した。靖国神社とは、どのような神社で、なぜ小泉首相は参拝にこだわり、なぜ中国や韓国が反発するのか、国民は、事実を調べたり、考えたりしないということを読みきったまことに大胆な行動である。国民は「靖国神社に参拝するか、しないかは、外国からとやかく言われる筋のものでない」と自分を支持するだろう、中国、韓国の批判はしばらく避けておればよい、自己の信念をみせるほうが、支持基盤を強固にする、小泉流計算である。
靖国神社がふつうの戦没者を「追悼」する施設でなく、国家に殉じた「英霊を顕彰」する施設であることは、明らかである。そして、現在、過去の侵略戦争を正当化する運動の拠点の役割を果たしていることも少し調べたらすぐに分かることである。小泉首相の不戦の誓いがでたらめであることも、アフガン、イラクのアメリカの戦争を率先して支援し、自民党総裁として憲法第九条の改廃の先頭に立っていることを見れば、一目瞭然である。
小泉首相にとって、靖国参拝は首相になるに当たっての支配勢力への公約である。「戦後政治の総決算」を果たせなかった中曽根以来の支配勢力の執念でもある。戦争をする国をめざす勢力にとって、「英霊を顕彰」する施設は必要不可欠であるからだ。問題はこのような首相を担ぐ日本国民の民度である。首相の恥は国民の恥である。アジアや世界の人民からバカにされる前に、日本国民自らの手で首相を取替えなければならない。


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