プロメテウスの政治経済コラム

プロメテウスは人間存在について深く洞察し、最高神ゼウスに逆らってまで人間に生きる知恵と技能を授けました。

JALの不当解雇撤回をめざす支援共闘会議   韓国「希望バス」の熱気に思う

2012-04-01 22:17:10 | 政治経済

日航を不当解雇されたパイロットや客室乗務員が、撤回を求めてたたかった裁判での不当判決(東京地裁・29、30日)を受け31日、名古屋市の労組などが「JAL解雇撤回愛知の会」の結成総会を開いた。80人を超える支援者らが参加した(「しんぶん赤旗」http://p.tl/oX48)。JALの不当解雇を巡っては、各団体を結集した「国民支援共闘会議」が2010年12月27日に結成されている。解雇撤回闘争といえば、昨年8月10日に、「追跡60分/希望バスはなぜ韓進重工業に向かったのか」が韓国KBSテレビで放映され、日本の労働運動の低迷に悩む者に大きな感動を与えた(You Tubeで日本語字幕付きをみることができるhttp://p.tl/d028)。韓国では、権力に掌握されたといわれるKBSテレビでもこれだけの仕事をやってのける。それは、映像にあるように、韓進重工の不当な整理解雇に抗議して半年以上(最終的に300日を超える闘いで全面勝利を勝ち取った)、韓進重工造船所のクレーンで高所籠城を続けている女性労働活動家キム・ジンスク氏に連帯の意思を示そうと全国各地から一万人の市民が「希望バス」という名のバスに乗って集まる熱気が韓国国民にはあるからだ。おなじ民主主義国家を標榜する韓国と日本でありながら、日本の民衆運動は、なぜ、韓国のように盛り上がらないのか、どうすればよいのか。 

 

韓国では、現在、4月11日投開票の総選挙戦(国会議員選挙)の真っ最中である。政界関係者は、「大統領選に直接影響を与える総選挙であるため、与野党ともに必死にならざるを得ない。現在は野党側がやや優位を占めている状況だが、結果は予断を許さない」と言う(「聯合ニュース」2012/03/29)。しかし私たちには、李明博政権発足まもなくの2008年6月のBSE疑いのアメリカ産牛肉の輸入に反対する韓国市民のロウソクデモの記憶が今も生々しい。参加者が増えていくに従い、李明博政権は青瓦台の周りにバリケードを築き、水大砲と大量の警察の投入で応えた。国民との意思疎通を確約した直後の最初の行動が、そのような行為だった。人々は忘れていない。当時、学校給食への不安からデモに参加した中学生は、今年19歳で総選挙に参加する(選挙権は19歳から)。与党セヌリ党(旧ハンナラ党)の敗北は先ず間違いないのではないか。 

 

韓国には、今でも国家保安法が厳存する。日本の治安維持法をモデルにしたものだ。南北朝鮮の対立を口実に、韓国政府を批判する行為がしばしば「利敵行為」とみなされ、民主化運動弾圧に濫用されてきた。それでも、韓国国民は負けない。
2011年7月30日、韓国各地から出発した「希望バス」の乗客たちが釜山に集まった。今回の「希望バス」は、6月11日-12日、7月9日-10日に続き3回目。韓進重工の不当な整理解雇に抗議して、韓進重工造船所のクレーンで籠城を続けている女性活動家キム・ジンスク氏のたたかいは、李明博政権下で人々が置かれている絶望的な状況を突破する「希望」の象徴だ【キム・ジンスク氏が籠城していた85号クレーンは、2003年に不当な整理解雇と労組弾圧に対し、当時の韓進重工労組のキム・ジュイク委員長が籠城して抗議を続けたが、要求に応じない会社と、闘争に対する絶望感からクレーンの手すりで抗議の首吊り自殺をした現場でもある。そしてキム・ジュイク委員長の自殺の後、誠実な組合員だったクァク・ジェギュは85号クレーンが見えるドックの上から身を投げて死んだ。それ以来、造船労働者たちにとって影島造船所の85号クレーンは、労組弾圧と搾取の象徴、絶望の象徴と見なされてきた】。「希望バス」は、キム・ジンスク氏の孤独なたたかいに連帯し、労働者の希望を実現するという意味を持つ。今回も1万人以上集まった労働者、市民、学生、宗教家、学者、芸術家、音楽家など多彩なバスの「乗客」たちは、会社や警察、右翼の妨害を撥ね除け、夜を徹して集会や文化公演、宗教行事、パフォーマンスなどを繰り広げ、「希望」の週末を分かち合った(レイバーネットhttp://p.tl/dXcI)。 

 

現在、日本の民主化運動は、政治闘争でも、経済闘争でも、思想・イデオロギー闘争でも支配階級(財界とアメリカ)とその配下の連中に圧されっぱなしである。消費税増税の閣議決定、4月からの負担増と福祉給付の切り下げ、春闘の敗北、骨抜き派遣法、全国紙大手5社と系列のテレビ・ラジオ、NHKによる思想・イデオロギー操作、橋下の反動工作・・・。原発再稼働反対など反撃はあるがまだまだ小さい。 

 

「希望バス」に乗った童話作家)のキム・ハヌルさんが書いている(レイバーネットhttp://p.tl/nB_q)。
<『私一人が動いて何が変わるか』と、動こうともしなかったのは事実だ。多く の労働現場から聞こえてくる対立の知らせにも、私は知らないといっていたの も事実だ。その意志もなく、自信もなかった。苦しくても耐えることに慣れて いたのも事実だ。ある日、キム・ジンスク民主労総釜山本部指導委員が韓進重工業影島造船所85号クレーンに上がったという。人は良い経験より良くない経験のほうを長く記憶する。2003年の韓進重工業、その記憶から永遠に自由ではないのに、また上がったという。残念でくやしいが、やはり『私一人でどうなるのか』という卑怯な言い訳に寄りかかっていた。今回も酒のつまみ程度の鬱憤で終わるかと思った。だが1次希望バスの知らせが聞こえてきた。2回目も行くという。もちろん、私 一人では何も解決しないだろうが、また韓進重工業で2003年が繰り返されれば、その絶望に耐える自信がなかった。これまで竜山と双竜をはじめ、多くの場所でお馴染みの敗北がまた繰り返されれば、敗北に慣れてしまいそうだった。
私一人が行ったことで、すぐ問題が解決するはずもないという思いがしきりに私の足を引っ張ったが、後で後悔することはするまい。この程度でも最善を尽くしたという言い訳にでもしよう。色々な思いがこんがらかった。そんな時、 一番良い方法は、とにかく動くことだ。一緒にする人々もいるのだから、 恐ろしくもなかった。>

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