Dr内野のおすすめ文献紹介

集中治療関連の文献紹介が主な趣旨のブログ。
しかし、セミリタイアした人間の文献紹介なんて価値があるのか?

「効くかもしれない治療」をしたくなる気持ちはわかりますが。

2022年09月04日 | ひとりごと
重症患者管理をする人は、「効くかもしれない治療」をするのが好きだ。それは何故か。
理由は主に2つあるんじゃないかと思う。一つは自分の気持ち、もう一つはサロゲートマーカーについての知識の欠如、もしくは認識不足。

「目の前にいる患者さんをなんとかしたいと思うのは当然だ」、「やれることをやらないと後悔する」、「見逃し三振より空振り三振の方がいい」
今も昔も、よく聞く言葉だ。
これについては、1年前に二つの記事を書いた。
こんな時だからこそ。
心の整理の仕方

なので今回はサロゲートマーカーについて少し書こうかと思う。といっても常識的な話だけど。
ここではIITを例に挙げたが、他にもいろいろある。
例えば成長ホルモン。
重症患者では異化亢進により筋肉量が減少し、そのせいで人工呼吸離脱が遅くなる(当時はICU-AWという概念はなかった)。そこで成長ホルモンを投与すれば筋肉量が維持され、患者予後が改善することが期待された。しかし多施設RCTにて死亡率が上昇することが示され、この治療法は消えた。

もう一つの例はiNOS阻害剤。
敗血症性ショックでは血管内皮にNOが産生され、血管拡張が起こる。これが低血圧の原因。なのでNOの合成酵素を阻害すれば血圧が上がり、患者予後が改善することが期待された。しかし多施設RCTにて死亡率が上昇することが示され、この治療法は消えた。

IITも成長ホルモンもiNOS阻害剤も、理論的に有効性が期待され、サロゲートマーカー(血糖値、筋肉量、血圧)は改善するけど、患者予後は逆に悪化した例。サロゲートマーカーは改善するけど患者予後は改善も悪化もしない例なんて、世の中に山ほどある。

ここ連続、この話ばかりで申し訳ないが、またピヴラッツを例として使用する。
サロゲートマーカーの改善は患者予後の改善につながらないという事実は、薬剤の効果判定は患者予後によって行われる必要があるという、当たり前のことを示している。急性脳損傷であれば、薬剤の有効性は長期の神経予後で評価される。しかしピヴラッツが保険適応となった第三層試験のprimary outcomeは" vasospasm-related new cerebral infarcts, vasospasm-related DIND, and all-cause death"であって、長期神経予後ではない。確かに長期予後(mRS ≥ 3, GOSE ≤ 4, MMSE)も評価されていて、GOSEではギリギリ有意差が出ている(p=0.048)けど、primary outcomeじゃないので偶然かもしれない。Phase 2が3に進む時に、phase 2では長期予後の改善が示唆されたのにphase 3では有意差が出ないなんて、よくあること。

1つの薬だけで年に100億円が使われようとしている。
Phase 2レベルの根拠で、これまでどれだけの医療費が使われてきたか。考えると怖くなる。
そしてそんな無駄遣いを防げるのは、薬を正しく使う判断のできる医療者だけ。

あなたのことですよ。
コメント
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