徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

親父の背広

2006-12-11 20:55:00 | 親父
 背広…最近は随分とリーズナブルな値段で手に入るようになったね…。
物がいいかどうか…は別として財布の方は助かるな…。

 本当は良いものを長く着るにこしたことはないんだけれど…それ一着ってわけにはいかないんだから…そうも言ってられないじゃない…。

 えっ…おまえんちはそうかも知れないけど…俺んちは全部オーダーだって…?
そいつぁいいねぇ…お父さん…そりゃぁ豪儀だ…。
オーダーものをとっかえひっかえ使えりゃぁ…お父さんの男前もぐんと上がるってもんだな…あはは。


 親父は現役のまま亡くなったが…ずっとオーダーの背広で過ごした…。
別に懐に小金があったわけじゃなくて…たまたま友人が仕立て屋さんだっただけなのだが…いつも気に入った生地で仕立てて貰って満足げだった…。

 仕立て屋さんはオーダーのたびにわざわざうちまで来てくれて…サイズを測ったり…生地見本を見せてくれたりするのだが…何せお互い長年の友達同士だから…言いたい放題…。
およそ…他のお客相手なら言わないようなことを平気で口にした。

おみゃぁは足が短きゃぁで…その分…布が少なぁて済むがや…ってなことを笑いながら言っていた…。
いつも掛け合い漫才を見ているみたいで面白かった…。

 小学校…あれは5年か…6年の頃だと思うが…学芸会で創作劇をやることになり…自分は主人公のおじさん役を演じることになった。
友だちからロイドメガネを借りたのはいいが…衣装をどうしようか…と迷った。
おじさんに見えそうな服なんて一着も持っていないからだ…。

やっぱり役柄から言ったら背広だよなぁ…親父から借りてもいいけど大きくないかなぁ…。

 親父の背広を着た自分を想像すると…相当…だぶだぶに違いない…。
袖と裾を曲げたら少々大きくても大丈夫かなぁ…。

 親父という存在は子供よりはずっとに大きいもんだ…というイメージがあるので…どう考えてもそのままというわけにはいきそうもなかった。

オカンに糸が見えないように縫いとめて貰おうかな…。

 そう思ってオカンに…背広使いたいんだけど…と頼んでみた。
あんたがおじさんやるのかね…そりゃあ見ものだ…とオカンはケラケラ笑いながら親父の背広を出してくれた。

 いっぺん着てみた方がいいわ…大きいか分からんでね…。
オカンの勧めに従って試着してみた…。

途端にオカンが噴き出した…。

 何と…袖も裾もぴったりではないか…。
上着の丈は少し長め…肩幅とか胴はだぶつくが…そんなものボタンやベルトで締められる…。

まあ…お父さんの手足…こんなに短かかったんかぁ…。

 オカンは笑いが止まらない…。
ダックスフントのようだがね…。

 親父の背広は袖も裾も直すことなく…そのまま衣装になった。
面白いもん好きの親父がネクタイの締め方を教えてくれた…。

 う~ん…ばっちりと言えばばっちりなんだが…。
学芸会当日…会場のあちらこちらからクスクスと笑い声が聞こえたことは言うまでもない…。
ロイドメガネをかけて…ぴったりの背広を着た自分は…どこから見てもおじさんだった…。


お尻でかくて…足…短いね…と娘たちが言う…。

うるさい…おまえたちだって尻はでかいじゃないか…。

足…長いもん…。

口がへらねぇなぁ…おまえたちはぁ…。

あれから身長は伸びたものの肝心の足はさほど伸びなかったようだ…。
やっぱり血は争えないか…。

尻でか短足…おもしろ~…。

ほっとけ…しかたねぇんだよ…ダックスフントの子供なんだから…さ…。


心の恩師…柴犬好きの先生

2006-12-10 16:06:00 | ひとりごと
 小学校を卒業するまで身体が弱かったせいもあって…親から外で遊べ遊べと言われて育った自分は…ほとんど勉強らしい勉強をしないで過ごした。
家へ帰れば飛び出し…泥だらけになって遊んだ。

 勉強らしいことと言えば…頓珍漢な親父が与えてくれる…とても小学生対象とは思われないような本を読んだり…学校の図書館から借りた本を毎日一冊ずつ読んだり…しただけ…。

 漢字も九九も頭にはなく…教科書に何が書いてあったかも覚えていない。
頭の中にあるのは…物語と泥遊び…。
 そうでなければ…広い立ち退き現場の空き地のどこに何があるか…。
さすがに慌てた親が…漢字と九九だけは後から覚えさせたらしいが…。

 結果…学業成績はとんでもない状態で…下の下の下…。
そうなると…昔の小学校の先生から見ればほとんど眼にも入らない存在となる…。
 引っ込み思案で…悪さもしないから全然目立たず…居るのか居ないのか分からない子…。
成績が良いか…体育ができるか…何かに秀でていなければどうでもいい児童だ…。
何しろ体育もできなかったもので…。

 或る時…算数の宿題の解き方に窮して…数学の得意な親父に教えて貰ったところ…親父は相手が小学生だということも考えずに簡単な方程式の立て方を教え込んだ…。
今ならともかく…その頃の小学生はまだ方程式なんか習わない…使わない。

 親父に習った通りの解き方で…解答したところ…担任の男の先生に叱られた…。
俺はそんな解き方を教えていない…立っとれ!
その時間…教室の自分の席で立たされた…。

なんでだぁ…答え合ってるんだからいいじゃないかぁ…。

 授業中に先生の話を聞いていなかった報いではあるが…納得いかなかった。
ますます…勉強する気が失せた…。

 その先生が事情があって退職した後…代用教員として年配の先生が赴任して来た…。
すでに定年退職した男の先生で…穏やかなおじいさん先生だった。
おじいさんと言っては失礼かもしれないが…小学生の自分から見れば…確かにおじいさん先生だった…。

 或る時…純粋種の柴犬を飼育している…という話をしてくれた…。
当時…外来種の犬の人気が高く…純粋な柴犬は希少な存在になっていた。

 純粋な柴犬…と聞いてドキッとした。
それはその頃…我が家にとってちょっとした疑問の種になっていた。

 親父に買って貰った子犬が本物の柴犬なのかどうか…。
店の人は柴犬だと言ったし…犬好きのお祖父ちゃんは偽物だというし…。

 そこで…勇気を出して先生に訊いてみたのだ…。
真面目に相手にして貰えるなんて思っても見なかったけれど…。

 驚いたことに先生は…下校する時に一緒に家までついて来て子犬が本物かどうかを鑑定してくれた…。
子犬は三河柴…鼻黒の犬種で…先生の飼っているような所謂…純粋種とは異なる種ということを教えてくれた…。

 感激した…。 犬の種類なんてどうでもいいけど…先生が真剣に向き合ってくれたことが嬉しかった。
こんな先生は初めてだった…。

 その後も先生は自分のいいところをどんどん探してくれて…いろいろな分野に眼をかけてくれた。
少しずつ成績も上がった…。
だんだん積極的になり…活発になった…。

 中学・高校・大学と…その後の学生生活を明るく活発に過ごせたのは…先生のお蔭だと今でも思う…。
勉強ができないんじゃなくて…やらないだけなんだ…やってみなさい…。
言葉では言わなかったけど…そう教えられたような気がする…。

 まあ…そうは言っても…生来怠け者の自分はのらりくらり遊びながらの勉強で…何時の時代も良くもなく悪くもなく…つまり極めて普通って具合だったけど…下の下の下からは何とか脱出…。
それなりに友だちや先生たちともワイワイやって楽しめる積極性も身につけた。
体育もちょっとだけ…ね…。

えっ…せっかく先生がいい方向に導いてくれたんだから…もっと頑張ったらよかったのにって…? 

 そうなの…今になって思うよ…。
もっともっと勉強しとけば良かったって…。
そこが怠け者たる所以なんだなぁ…。 後悔先に立たずってか…。

 でもさ…中庸の徳って言うでしょ…。
何でも中道が一番なの…。

えっ…意味が違うって…うふふ…そうだね…。 
 


其の七「ゴマダラカミキリ」…(親父と歩いた日々)

2006-12-09 18:03:18 | 親父
 夏の終わりの昼下がり…庭から家へ上がろうとしてふと足元を見ると…土留めの上に触覚の細長い黒地に白斑の虫が転がっていた…。

ゴマダラカミキリだ…。 

 この虫は蜜柑などの木を食い荒らす害虫なのだが…ただの昆虫として眺めている分にはとても魅力的な虫だ…。
取り立てて珍しい虫というわけではなく…日本全国何処にでも居るらしいが…。

 特に気に入っているのは…先の方ですっと弧を描く触角…そして星空のような模様である…。 

 何処から来たんだろう…。
うちにはこいつが気に入るような果樹系の木はないんだけどなぁ…。

 捕まえても飼う気はないし…殺すのも可哀想だし…そのままにしておいた…。
子供に見せようかな…とも思ったが…この種のカミキリムシは前にも見たことがあるから…それほど喜ばないだろう…。
特に…虫嫌いの方は…。 


そう言えば…。

 記憶がかなりおぼろげだから…随分小さい頃のことだと思うのだが…道風公園…というところへ連れて行って貰ったことがある…。

 千年ほど前に…愛知県の春日井市に生誕したと言われる書道家…小野道風を記念した公園である。
藤原佐理…藤原行成…と並んで三蹟と称えられる書の神さまのような人である。
和様の書風を生み出したことでも知られている…。 

 何故…そこへ行くことになったのかはまるっきり覚えていないのだが…親父のことだから…別段これという理由はなかったのかもしれない…。

 今では随分と立派で綺麗な公園になっているが…当時は…何ということもない見落としそうなほど小さな公園だった。
 記念館が建てられたのが昭和の後期だから…公園が整備されたのもその頃か…。
ここがあの公園か…と見違えるほどだ…。

 花札の絵にもなっている蛙と柳の伝説のせいか…公園には小さな池が作ってあった…。
その池の傍で…自分は生まれて初めてゴマダラカミキリを見つけたのだ…。

 黒い身体に白い星…なんて綺麗な虫なんだろう…。
撓む釣竿のような触角…なんて素敵なんだろう…。 

 親父がそれを捕まえて…そのあたりに落ちていた木の葉を一枚手に取った。
木の葉をカミキリムシに近づけると…何とチョキチョキ切るではないか…。

まるで…オカンのチョキチョキバサミのようだ…。 

面白いだろ…と言わんばかりに親父はニカニカ笑っていた…。

カミキリムシ…カッコいい…。
けど…噛み付かれたら痛いな…きっと…。

何度もチョキチョキさせてから…逃がしてやった…。

 緑が減少し…昆虫たちが町の中から消えかかっていた頃で…自分の住んでいる町では最早…見ることのできない虫だった…。 


 あれからどれくらい時が経つのか…。
この町では時折…もう何年も前に忘れていたような虫を見かける…。
決していい環境とは言えないが…虫たちもそれなりに適応したんだろう…。

 ああ…そうか…お隣に確か…蜜柑の木があったな…。
あのカミキリはそこから来たのかも知れない…。 
町に残されたほんのちっぽけなオアシスを見つけて…ゴマダラくんも一生懸命生きているんだなぁ…。

がんばれ…昆虫たち…! 

頑張って…欲しいんだ…けど…蜜柑荒らしの害虫そのままにしちゃって…お隣さんにはちょっとばかし…悪かったか…なぁ…? 



其の六「ざざ虫」…(親父と歩いた日々)

2006-12-08 17:48:00 | 親父
 親父の釣り好きが遺伝したせいか…川を見ると何だかわくわくしてくる…。
釣り人が居たりすると…もうだめ…イメージの世界へ突入…。
 竿から手に伝わるあたりの感覚が…なぜか腹の辺りからもぞもぞと甦ってきて…思わず手に力が入る…。
何も握っていないのに…本当にそんな感じがするから不思議だ…。

 前にも書いたとおり自分は…自ら竿を買うわけでもなく…進んで何処の川へ行くわけでもなく…釣堀で満足しているような体たらくだが…それでも胸躍る思いは血の為せる業か…。

 渓流釣りの好きな親父は解禁日を越えると頻繁に川へ向かった…。
母の作った柔らかいお握りを持って…

 まだ若い頃はひとりで出かけたり…知人と連れ立って行ったりしていたが…子供が小学生くらいになるとひとりふたり…お供に連れて行くようになった…。
 自分がお供をしたのは長野県・岐阜県・愛知県の渓流で…日帰りもあれば…泊まりもあった。

 親父が前以て用意した餌は…イクラと栗虫…後は現地調達である。
川には其の川の魚が食べている虫が居るので…そんなに沢山の餌を用意する必要がないのだ。

 親父から教わった餌はカワゲラ…羽のない蜻蛉と言った形の幼虫で…川岸や川の中の石を転がして裏にへばりついているのを捕って餌にする…。
まだ…釣りを始めたばかりの頃…親父のために何匹も捕まえて餌箱に入れたのを覚えている…。

 自分はずっとカワゲラを取って餌にしていたが…或る時…全然…釣れなくて腐っていると…地元の人がトビゲラの幼虫の居るところを教えてくれた。

 川の中の石と石の間や石の裏に…砂利と自分の出した糸で作った巣の中に居る…。
カワゲラとは見た目も異なって…団子のようにぼこぼことなった細長い体ととがった頭…如何にも幼虫という感じ…。

 これがすごい!
一発であたりが来た…。 小さいけどアマゴ…。
以来…トビゲラを探すようになった。

 釣り針に付ける時にちょっとコツがあって…くるんと半円っぽくカーブを付ける。
自然界ではこういう形で居ることが多いそうで…真っ直ぐに伸ばすと釣り難いんだそうだ…。

有難う…地元のお兄さん!

 ところが…親父はこの虫があまり気に入らなかったらしく…コガネグモやオニグモを使って大物釣り…。
まずまずの釣果でご満悦だった…。

 トビゲラの幼虫は…ざざむしと呼ばれて食用にもなるのだということを最近知った…。
ざざむしの佃煮は信州…伊那地方の特産品だそうで…どうやら美味しいらしい…。
この頃…なかなか獲れないのだそうだ…。

 某ネット市場で超レアもの…というのを見かけたが…35グラム二瓶…四千なんぼで売っていた…。
う~ん…ただの味見のために買うにはちょっと勿体無いお値段だよなぁ…。
この手のものは好き嫌いがあるから…どうせひとりで食べることになるんだし…。

 親父が今も生きていたら…同じ悪食同士…試しに買ってみるんだけど…。
珍しいものが手に入ったで…なんて…話もできるんだけどな…。

そこが…少し…寂しいね…。



続・現世太極伝(第百四話 時空を越えた魔物)

2006-12-07 17:30:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 背後から近付いてくる大物の気配に…西沢がほんの少しそちらに眼を向けた隙に…散らばった中のひとりが民家の方へ駆け出した…。
民家を楯にすれば西沢が攻撃できないとでも考えたのだろうか…。

 男が辿り着く前に民家の方が跡形もなく消えた。
西沢は振り返ることもなく…その男の逃げ場を破壊した…。

 「何処へ逃げようと同じことだ…。 」

肝を潰したHISTORIANたちに向かって…西沢は冷ややかに言った。
男たちは西沢の変貌振りに戸惑いを隠せないでいる…。

 エスニック料理店『時の輪』のあの男だけは…他の男たちのようにうろたえてはいなかった。
むしろ…仲間たちが戦う前から尻込みしていることに怒りを覚えた。
こちらも選りすぐりの能力者…怯む必要が何処にある…。

 彼等の現在の目的は…西沢を捕らえて洗脳し…磯見のように生物兵器として思うままに操ること…だ…。
西沢を抑えこむことができなくてはどうしようもないではないか…。

 当初は潜在記憶保持者を操ってこの国を混乱に落としいれ、この国での実権を握るつもりでいた…。
世界の大国と関係の深いこの国を手中におさめれば、更に大きなものを目指せるはずだった…。

 そのためには…この国の能力者を懐柔することが必要…少なくとも敵対されることだけは避けなければならない…。
それゆえに策を弄して能力者たちを手懐けようとしたのに…逆に…この国の能力者たちの妨害にあって失敗に終わった…。

 けれども…失敗したことで…西沢という武器を手に入れることを思いついた。
映像で目撃したエナジー相手のあの恐るべきパワーを利用すれば…他に何がなくともこの世界をHISTORIANのものにできる…。

 はるか超古代より先祖が目標に掲げ…夢見ていたHISTORIANのための帝国を築くことができる…。

 お人好しでちょい抜けの西沢を誑かすのは簡単だと思っていた…。
ところが…この男…とんでもないタヌキ…。
 不真面目でくだらないことばかりしているくせに…搦め手からじわじわと迫ってくる…。
こいつのせいで失敗を繰り返したようなものだ…。

西沢には是が非にも役に立って貰わなければならぬ…と『時の輪』は思った。

戦え…! 

『時の輪』が…何語でどう叫んだかは分からないが…男たちはその一声で気を取り直し…西沢本人ではなくノエルと金井に襲い掛かった。

 「もう…! おっちゃんたち…懲りないんだからぁ…!
喧嘩ノエルをなめんじゃねぇって…! 」

 金井とノエルが暴れ始めると…西沢は男たちにはまったく興味を失ったかのように…例の気配の方を見つめていた。

 滝川はノエルたちと西沢を交互に見ていたが…ノエルの戦いっぷりに何ら問題がないと分かると…西沢の方に集中した…。
同族以外で裁定人の翼を見ることができるのは…ほんの一握りの能力者だけだ…。
見えているからには…何としてもこの翼の暴走を防がなくてはならない…。

 丘の下の町の方で御使者やエージェントたちが動いているのが分かる…。
すでにHISTORIANと戦っている者も居れば…移動しながら警戒にあたっている者も居る…。
玲人や亮…仲根の気配もその中に感じられた。

 やがて町の方から…老人がひとり…ゆっくりとこちらへ近付いてきた…。
老人からは確かに大きな気を感じる…。

 しかし…西沢が眼を向けていたのは…その老人の後ろからついてくる中学生くらいの異国の少年だった…。
滝川はあっと声を上げた…。 その少年の気配…それはまさにあの時の…。

まさか…この子がそうなら…あの時…いったい幾つだったと言うんだ…?

 信じられん…。
HISTORIANの親玉が…年端も行かない子供…だったなんて…。

 滝川がそう思った時…西沢の翼が一際大きく羽ばたいた…。
やばっ…紫苑が敵と認識した…。
 
 「何しに来た…? 」

西沢は不機嫌そうに少年に語りかけた…。

 「時の記憶を読む者よ…おまえはここに来るべきではなかった…。 
閉ざされた扉の中で静かに時を過ごしておればよかった…。
愚かな者たちの口車に乗せられて…異国の土など踏むべきではなかったのだ…。」

その言葉に驚いたのは相手の少年ではなく…滝川だった。

 これは…紫苑じゃない…。
いったい…誰が話しているんだ…?

少年は臆すことなく…西沢を見つめた…。

 「おまえを捕まえに来たんだよ…。 おまえの力は核爆弾並みに役に立つ…。
あちらこちらの国で…我々の使者が中枢部を支配し核を動かそうと試みているが…僕はそれには反対だ…。
 核を使えば…すべてが滅びる…。 そんな世界は面白くも何ともないからね…。
その点…おまえなら…放射能も何も後には残さない…。 」

自信たっぷりの笑みを浮かべた…。

 「捕まえる…? この俺を…。 」

堪えきれぬと言わんばかりに西沢は声を上げて笑い転げた。

 「ふ~ん…それで…俺の本性引きずり出そうと嫌がらせしていたってわけか…。怒り狂った俺のレベルを確認するため…?
無駄なことだ…。 人間相手に本気など出すわけがないだろ…。 」

えっ…人間相手…?
それじゃあ…紫苑の中に居るのは…。
いや…それにしちゃいつもと話し方が違う…。
滝川は当惑した…。

 「無駄かどうか…やってみなくちゃ分からないさ…? 」

少年はそう言うと気を集中し始めた。
傍に控えている老人もいつでも動ける態勢でいる…。

 少年の周りの気が震え始めた…。
その振動は徐々に伝わって…ノエルや金井と戦っている者たちにも届いた…。
彼等は慌てて西沢の背後にならないように移動した。
ノエルも金井も…その妙な怯え方に戸惑った。

 「ノエル! 金井! 避けろ! 」

 滝川の叫び声とともに巨大な気のうねりが西沢を襲った。
西沢は平然と少年に顔を向けて立っていた。
うねりは西沢の眼前で真っ二つに別れ…ふたつのうねりとなって背後の雑木林に激突した…。
その勢いで林の木々が吹っ飛んだ…。

 微動だにしない西沢を見て少年は侮辱されたように感じた。
HISTORIANの最高指導者である自分を西沢は見下している…と…。
ならば…こちらも手加減するまい…。

 渦を巻く気の砲弾が立て続けに西沢を襲う…。
西沢の張った障壁に当たって砕け散ったその破片が恐るべき勢いで辺りを飛び交う…。
破片でさえ…その気の威力は触れたものを破壊せずにはおかない…。

 これには敵も味方もみんなお手上げ状態…盲滅法飛び交う破片に当たらぬよう右往左往するしかない…。
障壁を張っていても安全とは言い難いのだ…。

 破片を避けながら…滝川は頭の中を整理していた…。
紫苑の様子も妙ではあるが…少年の方も何処かおかしい…。

 気配は確かにあの時のものだが…果たして同じ人物と言えるかどうか…。
あの時の能力者の言葉はひどくたどたどしいものだったのに…少年はまあまあ流暢にこの国の言葉を話している…。
この数年で進歩した…と言えば言えなくもないが…。

 退屈してきたのかどうか…西沢は急に障壁を解き…気の砲弾を少年に向かって弾いて返した…。
反射的に少年が避けた瞬間…背後の町に吹っ飛んだそれが幾つもの家屋を貫いた。
少年の顔色が変わった…。

西沢は…民家のことなどまるっきり考慮に入れていない…。
これまでとは別人のようだ…。

 「おまえは…誰だ…? 西沢では…ないな…? 」

訝しげな顔をして少年は西沢に訊ねた。

西沢は可笑しそうに唇を歪めた…。

 「おお…やっと…気付いたか…。 俺のことは…誰よりもおまえたちがよく知っているはずだ…。
尤も…おまえたちはいつも俺と出会う前にそそくさと逃げ出して行ったが…。 」

時空を越えた…魔物…。

少年は驚きのあまり大きく眼を見開いた…。
嘘だ…。 有り得ない…。 奴が人の中に存在するなんて…。

 「僕が手に入れようとしたのは…おまえの力だというのか…? 」

背中に冷たいものが流れた…。
これは夢だ…。 この西沢の何処に奴を収めておける器があるというのだ…。

 「いいや…俺ではない…紫苑の力だ…。 俺は今のところ何もしていない…。
俺が動けば…この世が消し飛んでしまうからな…。

 あの方がそれを望まない限りは…おとなしくしているよ…。
俺はまだ…ほんの少し前に目覚めたばかり…。 
紫苑の口を借りておまえと話をしているだけさ…。 」

 あの方…と魔物が呼ぶのは…おそらくこの世のすべてを包含するエナジー…。
太極と呼ばれる宇宙創生のエナジー…すべての根源。

 おいおい…とんでもないぞ…。 滝川は…当惑した…。
紫苑の翼を抑えるだけでも手に余るってのに…今度は魔物のおまけ付きかよ…。
 添田の屋敷が火を噴くまでは紫苑は確かに紫苑自身だった。
魔物なんて…何時の間に…憑依したんだろう…?

 「おい…恭介…魔物…魔物って…俺は別に…化け物でも何でもないぜ…。
この世界にあるのは『生』のエナジーばかりじゃない…。
『滅』のエナジーも同時に存在するのさ…。 」

西沢の中の魔物はそう言ってカラカラと笑った。

 あ…なるほど…それは宗主方の能力の特性だ…。
そう考えると…滝川にはこの奇妙な憑依も何となく納得できるような気がした…。
 部外者だから…詳しくは知らないけれど…多分…紫苑と相性が合うんだろう…。
紫苑が切れた瞬間に呼び込んじゃったんだな…きっと…。

 「笑いごとじゃない…! 
HISTORIANはずっと昔からアカシックレコード…にアクセスを繰り返し情報を得ている…。
 おまえは我々の理想郷を何度も破壊した魔物だ…! 
そうだな…? 」

 少年が同意を求めるように老人の方を見た。
そのとおりです…と相槌を打ちながら老人は恭しくお辞儀をしてみせた。

 「アカシックレコードか…ふふん…断片的な記憶を引っ張り出して勝手に組み立てても…何も得られやしないぜ…。
ほとんどはおまえたちの膨らませた妄想に過ぎない…。 
 我々の記憶領域から…いくらたくさんの情報を得ても…それを正しく理解して利用できなければ…何の意味もないのだ…。 」

黙れ! 

叫ぶや否や…少年は怒りに任せて闇雲に攻撃を再開した…。

我々の高き理想を否定するのか…!
万の時を越えて代々受け継がれてきた帝国創成の夢を…!
我々こそが世界に安寧を齎すのだ…!

 「やれやれ…忠告はしたぞ…。 」

呆れたように一瞥をくれてから…魔物はスッと西沢の表面から消えた。

呼び込んだ…わけじゃない…のか…?

そのまま何事もなかったように相手の攻撃をかわす西沢の不機嫌そうな横顔を見つめながら滝川は背筋が寒くなるのを覚えた。

すべては人の中に潜む…。
HISTORIANの…あの言葉が…脳裏に浮かんで消えた…。






次回へ

其の五「昆虫採集」…(親父と歩いた日々)

2006-12-06 17:00:00 | 親父
 今から晩御飯という時になって…居間の天井に虫がへばりついていると子供たちが騒ぎ出した。 
虫ぐらいどうということはないだろ…と思ったが…子供のひとりは大の虫嫌い…肩を竦めてキャーキャー言いながらこちらへ逃げてくる…。
虫は天井に居るのであって…別に追っかけられているわけでもないのに…。

 仕方がないのでキッチンから出て見に行った…。
どんな大きな虫かと思いきや…小さな蜂か虻のようだ…。
形からすると…おそらく花蜂か花虻…どちらもそれほど危険な虫ではない…。

 マルハナバチ…みたいだな…。
こんなもん…放っといたって大丈夫だ…。
こんな寒い時期にぶんぶん飛び回ったりはしないよ…。
そのままにしておいて…御飯食べよう…そう言ってキッチンへ戻った。

 それにしても…こんなに寒くなってから…山茶花の蜜か何かを探して迷い込んだんだろうか…。
この部屋に居れば…凍え死ぬことはないけど…飢え死にするかもなぁ…。


 昆虫…と言えば夏休みの宿題…自分たちの頃の小学生の定番だった…。
町中で捕れる虫は限られているけれど…それでも神社や公園に行けば何種類かは手に入る…。

 トノサマバッタ…ショウリョウバッタ…オンブバッタ…エンマコウロギ…。
アブラゼミ…ツクツクホウシ…ニイニイゼミ…ミンミンゼミ…。
モンシロチョウ…モンキチョウ…キアゲハ…アオスジアゲハ…カラスアゲハ…シジミチョウ…イチモンジセセリ…。
シオカラトンボ…ギンヤンマ…オニヤンマ…イトトンボ…。

 考えてみれば…本当はこの何倍もの種類が居たのだろうけれど…自分の知っている虫の名前が少ないために…これくらいの種類しか思い浮かばなかったのだ…。

 今なら図鑑を片手に駆け回るところだが…その頃の自分は虫取りをするだけが精一杯…調べるところまで頭が回らない…。
とにかく宿題の標本さえ作ればOKだった…。

 昆虫採集と言えば…実家では遊び好きの親父の出番…長い竹ざおと鳥もち…虫取り網や虫かごを持って…麦藁帽子をかぶり…腰に手ぬぐい…当の子供より楽しげに出かけた…。

 鳥もちをご存知だろうか…。
モチノキの樹皮から取れるねばねばとしたもので…竿の先の細い部分につけて鳥や虫を捕獲する。

 昔の蝿取り紙を思い浮かべて頂ければ…あっ…蝿取り紙も今は使わないかもしれないなぁ…。
ゴキブリ○イ○イの接着剤みたいなものだと思って頂ければいいかも…。

 高い木の上の方に居る蝉を取る時などに便利だが…網のようにカバーするものがないので…素早く行動しないと逃げられる…。
親父の得意分野のひとつ…蝉を狙う親父は少年そのもの…。
その眼を見れば最高にわくわくしているのが分かる…。

 親父は何だか他にも小さな荷物を携帯していた。
中に入っているのはパラフィン紙で作った三角紙と毒薬…そして注射器…。
 後から見た時には…そこに標本用の昆虫針や三角紙を入れるケース…ピンセットなど昆虫標本用の七つ道具が入っていた。
それらはすべて親父個人の持ち物で…どうやら…若い頃に何度か標本を作ったことがあるようだった…。

 昆虫が捕れると親父はすぐに注射器で毒薬を注入し…そっと三角紙で包む…。
親父がお医者さんみたいに注射器を使うのを自分は興味津々で見つめていた。
何匹か…自分でもやったような気がするが…古い話であまり覚えていない…。

 最近はクマゼミが増えているが…当時は減少期で希少な蝉…逆に最近減っているシオカラトンボがいっぱい居てオニヤンマが希少だった。

 とにかく子供の宿題のことより虫取りに夢中になった親父は好きな獲物を捕りまくり…まあ…それほど多種を確保することもなく帰宅した。

 宿題は出せればいいわけで…自分としても文句はない…。
適当に見場のカッコよさげな昆虫をその中から選び出して標本にした。
 羽を広げ…ピンで留めて…箱に並べていく…。
手を出すと機嫌が悪くなるので出さない…。

 饅頭の空箱…ひと箱分が出来上がったところで透明なセロファンを上から張って宿題終わり…。
同級生の中には…まめなお父さんが学術標本かと思うくらい詳しいものを作って持たせる者もいたが…そうまめでもない親父のことだから小学生が作ったとしか思えない程度の作品を作る。

 そう…当時の夏休みの工作や標本は各家庭のお父さんの作品展みたいなものだった。
夏休みが明けるとすぐに保護者の授業参観があって…作品を鑑賞するために親が大勢やって来る…。
 子供が作ったのではないことは誰が見たって一目瞭然なのに先生も立派な作品を自慢げに並べるのだ…。
何とも滑稽ではないか…。

親父の作品はそれほど悪くもなく良くもなく…違和感なく飾られてあった。

 当時…親父が使っていた標本用の道具…これはおそらく昭和前期に出たものだと思うが…現在の見方では怪しげなものらしい…。
特にあの毒薬を注射するという方法がおかしげなことなんだそうだ…。
酢酸エチルとかの薬剤を滲み込ませた脱脂綿を入れた殺虫管とか毒壷で殺すというのが正しい方法のようである…。

 昭和も終わりになると…昆虫採集は残酷だとか希少な虫を保護するとかいうことで学校では夏休みの宿題にはしなくなった。
都会では標本にするほど虫が捕れなくなって宿題にはできなくなった…ということもあるんだろう…。

 まだ宿題だった頃に標本用の昆虫がデパートなどで売られていたり…すでに標本となって商品化されているのを見た…。
お父さんたちが作れなくなったから…代わりにということなのかもしれないが…標本作りはともかく虫ぐらいは自分で捕らなきゃ…意味ないね…。
そういう点では宿題がなくなったのをよしとしよう…。 

 標本は作らなくても…虫取りをするだけで子供には十分な勉強になると思うよ。
ただ…世の中が危険になって子供をひとりで外に出せないとか…親が忙し過ぎて看てやれないとか…昆虫と触れ合える場所がないとか…最近はなかなか虫と遊べる機会がないんだよね…。
だから…花蜂如きにキャーキャー言っちゃうんだ…。

 あの時の親父のように眼を輝かせた少年は…もうここには居ないんだろうかなぁ…。
鳥もちの竿を片手にわくわくしながら駆けて行く…昭和の夏の少年…。



婚礼の菓子撒き

2006-12-05 17:20:00 | ひとりごと
 昨日…ブログ友だちの或るお母さんのお知らせを読んだ。
近々…娘が増える…と嬉しそうな内容…娘というところがいいねぇ…。
 何人もの子宝に恵まれたお母さんちに…更に宝が舞い込むわけだ…。
善き哉…善き哉…。
心からお慶び申し上げる…。

 婚礼と言えば…今では何から何まで結婚式場で執り行われるのが一般的になってしまったが…その頃にはまだ実家で仕度をして嫁いでいく人も多かった。

 自分が育った町では婚礼の日に菓子撒きをする慣わしがあった。
花嫁の仕度が整って嫁いでいく時間になると近所の人たちが集まってくる…。
 隣近所の付き合いが今ほど希薄ではない時代だから…生まれた時から知っている花嫁さんの門出を祝うために…。

 まあ…中には菓子撒きの菓子だけが目当ての人も居るかもしれないが…慶事の時には大勢集まった方が縁起が良い…。 華やかで…賑やかな方が好まれる。
菓子目当てでも…それはそれで十分に価値があるのだ…。

 集まってくれた人々に二階から親族が菓子を撒く…。
家によって思うところは違うだろうけれど…そのお菓子には多分…お世話になりました…とか…これからも宜しく…とか…幸せのお裾分け…とかいった意味があるのだろうね。

 逆に…迎える側の花婿さんの家でも菓子が撒かれる。
こちらの方は先程の意味に加えて新しい家族を宜しくお願いします…というような思いも込められているのかもしれない…。

 祝いの時に縁起物を撒く習慣は他の土地にもあるようだ…。
自分の町では小さな袋菓子のようなものを撒いていたが…餅を撒くところもあるようだ…。
この眼で見たわけではないので…事実かどうかは定かではないが…餅に五円玉を入れるところもあると聞いた…。

 この国では五円玉を御縁とかけて…よく利用する…。
御縁がありますようにとの願いを込めて商売などにも使われる…。
婚礼などはまさに御縁だから…使われることがあるかもしれないな…。

 最近では小さな袋菓子ひとつというわけにはいかないらしく…菓子の詰め合わせ袋などを用意して撒かずに配るそうだ…。
撒くという従来の形がなくなってしまったのは何とも寂しいが…これも時代の為せる業なのだろう…。

 何はともあれ…お母さん…嬉しい話題を有難う…。
自分もお母さんちの…幸せのお裾分けに与った気持ちがするよ…。
お母さんと新しい娘さん…そして御家族の皆さん…末永くお幸せに…。


 

 

 


野犬の群れ

2006-12-04 22:16:00 | 生き物
 群れを為す野犬を見たことがあるだろうか…。
単独でウロウロしている捨て犬とは違って…人を見ても怯えもせずに集団で大道を闊歩する野犬の群れ…。 

昭和40年代の中頃までは…自分の住んでいた町の商店街などでよく見かけた…。

 当然…何事かあれば集団で襲い掛かってくるわけだから…人間の方も警戒してひとりでは手を出さない…。
 商品を盗るなどの悪さをすれば…人間も追い立てるが…ゴミを荒らされたくらいじゃ知らん顔をしている…。 

 彼等は非常に頭が良く…人を怖れないというよりは人に追われないように餌を得るにはどうしたらいいかをちゃんと心得ている…。
 彼等の餌場は…商店街の精肉店のゴミ置き場…。
解体した豚や牛・鶏など…栄養たっぷりの骨が山と置いてある…。

 環境美化などあまり考えられていない時代のこと…肉屋さんの廃棄物など誰も問題にしないから…処理をするまでの間…まるのまま見えるところに出してあっても文句は出ない。
犬たちにとっては恰好の餌場…。 よく骨に集っている姿を見かけた…。

 日本犬ではなさそうな大きなボスを筆頭に…同じような種類でその細君らしい雌と何匹かの仲間が居る…。
何れも身体の大きい犬ばかりだ…。


鶏の雛を飼い始めたのはそんな時代のことだった。

 自分たち兄弟はそれぞれ自分のヒヨコを持っていた。
黄色い頭にそれぞれ赤・青・緑の印を付けて…どれが自分のヒヨコか分かるようにしていた。 

 ヒヨコにも学習能力はあるらしく…可愛がってくれる人には懐くが…苛める人には近付かない…。
上の弟はヒヨコを洗濯機に浮かべて泳がせる実験をしたり…何某か悪戯をしたので3羽全部に警戒されていた。 

 相手が誰かを見分ける…或いは何らかの手段によって判別する能力もあるようだ。
部屋の中で3羽を放すと…家族の膝に乗ったり降りたりして楽しげに遊ぶのに…近付いて相手が上の弟と分かった途端…慌ててUターンするが常だった…。
何度やっても同じで…相当…嫌われていたように思われる…。

 自分はこの時期…15羽ほど鶏を育てた…が…成鳥になったのはたった4羽だった。
しかも…最後に生き残った2羽と死因の分かっている5羽を除いては…その死因は不明のままだ…。 

 最初の3羽は…自分が学校へ行っている間に遊びに来た幼い従妹が圧死させてしまった。
従妹はまだ赤ちゃんだったから…ヒヨコを可愛がっているつもりだったんだろう…。

 原因が分からないのはその後の8羽…。
毎回…ヒヨコは雛のうちには家の中で飼育し…羽毛が白くなると…親父の作ってくれた鳥小屋に移していた…。
木製の丈夫な小屋で金網を張ってあった…。

 普通に飼育を続け…前の晩までは元気なのに…或る朝…突然…死んでいる…。
自分は小学生の低学年だったから細かいところまでは覚えていないが…母親に聞いた話では…金網を何かが弄ったような後があった…ということだった。

 だいたい毎回3羽ずつくらい育てていたから…その後も2度ほど同じような死に方をしたことになる…。

 最後に飼った4羽は友だちの斡旋で貰った外国産の大きな鶏だった。
今度は…少し大きめになってから小屋に移した…。 

 この鶏は…それまでとは異なって気性が激しく…気をつけないと世話をしている飼い主が突かれるほど…。
ことに雄の鶏は大きくて獰猛だ…。

 これまでのことがあるから育つかどうか心配していたが…立派な鶏冠を誇る成鳥に育ってくれた…。
やれやれ…やっと育ったと安心していたら…この凶暴な雄との別れはすぐにやってきた…。

 夜のうちに野犬に襲われたのである…。
今度は金網を引っぺがし…雄と雌を一羽ずつさらって行った…。

 そのあたりを探してみたところ…片方の足だけが残されてあった…。
あの雄のものか…ひとまわり小さい雌のものかは分からなかったけれど…。

 不思議と…怒りも悲しみも湧いてこなかった…。
殺されて食われた鶏を思えば可哀想だとは思うが…それよりも…丈夫な金網を破り…小屋を破壊して餌を手に入れた野犬のことを考えた…。

 彼等は生きなければならなかった…。
だから…獲物を捕らえて食っただけのことだ…。

 金網を破るために…彼等も何処かしら痛い目には遭っているはずだし…民家に隣接した小屋を襲うのは彼らにとっては危険な行為でさえある…。
それでも獲物を襲い…貪欲に生き延びる…。

 おそらく彼等はこれまでにも何度か小屋を狙ったに違いない…。
しかし…丈夫な小屋は簡単には壊れず…金網を変形したに過ぎなかった。
 彼等は何度目かの挑戦でやっと目的を達成したと言うわけだ…。
ひょっとしたら死んだ鶏たちは…その時の恐怖がもとでショック死したのかもしれない…。 


 何としても生き延びる…。
まだ…小学生だった自分に彼等が伝えてくれた大事なメッセージだった…。

 生き残った2羽は…安全のために近所の鶏をたくさん飼っているおばさんに引き取って貰った…。
其処では番犬も何匹か居て野犬に襲われるようなことはない…。
後々聞いたところでは…お蔭さまで無事に卵も産むようになったということである…。



天界からの不思議な声…?

2006-12-03 17:33:00 | ひとりごと
 神社の近くに育ち…子供の頃から神棚や仏壇に囲まれて寝起きしていたこともあって…さほど信仰心が深い方じゃないにも拘らず…よく不思議な体験をすることがある。 
不思議と言っても…他の人から見れば…なんだそんなことかぁ…と笑い飛ばされそうな話なんだが…本人にとっては笑えないことばかりだ…。

 あれは…そう…父方の祖父の弔い上げが済んだ後の話だ…。
10年以上も前になるかな…。

 祖父はまだ親父が学生の時に亡くなったので…弔い上げも早かった。
同時に…祖父の母親である曾祖母の弔い上げも行った。 
親父もこの世の人ではなかったから…母親が代わってすべてを取り仕切った。

 弔い上げと言ってもいつもの法事と変わりなく…小学生の頃からそうだったように裏方で忙しく働いただけで…取り立ててその日が特別だったわけではない…。
 
 これまで何度も法事をさせて貰ってはいたけれど…会ったことのないふたりの仏さまに対しては…親父の法要の時とは異なって…近い身内というよりは子孫としての義務的な感覚の方が先に立っていた。 

 弔い上げがあってからどのくらい経ったのかは覚えていない…。
弔い上げをした…という記憶はすでに消えていたから…きっと何ヶ月も経っていたのだろう…。

或る夜…こんな夢を見た…。 

 それが何処の家なのか分からない…。
自分は家の玄関の戸口にいて…他の若い連中と家の中を覗いている…。
どうやら…土間までは入れて貰えるようだ…。 

 上がり框から向こうは広い座敷…まるでお寺の講堂のよう…。
そこには年配の男女がたくさん居て嬉しそうに声をあげて小躍りしている…。
自分の母親や叔母などの姿も見える…。 

 その先の舞台のようなところにまるで仏像のように大きくなった曾祖母と祖父がこちらを向いて座っていた。
虹のように眩く後光がさして…静かに微笑んでいる…。
何故と訊かれても答えようがないが…自分にとってほとんど記憶にないそのふたりが…感覚的に曾祖母と祖父だと分かった。 

 突然…どこからか…厳かな声が響いてきた…。
男とも女ともつかない声…。 声は穏やかに語りかけた…。

 『壇上のふたりはこのたび…めでたく修行を終えた者たち…。
上に居るものたちは…間もなく修行を終える者たち…。
おまえたちはまだ修行の途中なので下に居なければならない…。 』 

 どうやら…修行の度合いによって置かれる位置が異なるらしく…奥へ行くほど修行の終わりに近付くようだ…。

 母親や叔母は座敷の上がって間もないようでまだ手前に居る…。
自分はまだまだ…これから先が修行のようだ…。 

 目が覚めた時…何とも不思議な感覚だった…。
いつもの夢とは違って…はっきりと覚えている…。


 つい最近…親戚の弔いの席でお坊さまの話を伺う機会に恵まれた…。
たまたま…その夢を思い出した自分は…その夢の話をお聞かせしてみた…。

お坊さまは感慨深げに頷かれた…。

 我々には日常的に…その存在を感じることはできませんが…時折…何処かの誰かに…そうやって語りかけてくださるのです…。
 それを仏というか神というかは別として…大いなる力が存在するということを知らしめてくださるのです…。
有り難いことです…。 

そのようなことを仰られた…。

 真偽のほどは分からぬものの…確かに…この世には人事の及ばぬ力が存在すると自分は思う…。
この世は修行の場…というのが自分の考え方でもあったから…そのせいでそんな夢を見たとも思えるが…それはそれでいいではないか…。

怠け者の我が身・我が心に鞭打って…少しは真面目に修行するかな…。

 人生の修行は…滝に打たれるとか…奉仕活動をするとか…写経をするなどという形あるものとは違うけれど…これからもできるだけ真っ直ぐに生きていこう…。

 あ…真っ直ぐは…ちょっと無理かなぁ…。
見たい・やりたい・聞きたい病があるからなぁ…。

あちらこちら…寄り道しながら…ゆっくりと…ね…。 



気がつけば…奴が…居る?

2006-12-02 17:05:00 | 生き物
 子供が修学旅行に出かけた夜のこと…。
そろそろ寝るか…と二階へ上がって襖を開けた途端…目の前をしゃかしゃかしゃか…っと横切っていった奴…。 

むむっ! こやつ…いつの間に侵入したか!

 急ぎキンチョールを手に追いかける…。
奴にはキンチョールなど簡単には効かない…。

方向転換して逃げ…隣の部屋のドアに駆け上った…。
不敵にこちらを見ている…。 

何しろ…向こうの方が高い位置にいるから見下ろされている。
猪口才な…貴様如きに見下ろされる覚えはないわ! 

 ええい…手元に新聞がないのが悔やまれるわ。
そう思いながら…またキンチョール…。
何度も噴射して…ようようしとめた…。 

愚か者め…だが…殺生は殺生…南無阿弥陀仏…。 

 何年か前までは…我が家にゴキが出没することはなかった…。
ムカデやネズミは始終出たが…ゴキはあまり見たことがなかった。

 周りに民家が増えるごとにゴキも増えていった。
夜になると家の向かいの歩道の上でちょろちょろしているのを見ることがある…。
ゴキが野外を徘徊しているなんて…これまで思いもしなかったが…。

 今では我がもの顔で登場する…。 尤も…数は少ない…。
ゴキブリコンバットのお蔭かな…。 


 実家にいた頃も…ゴキはめったに見かけなかった。
やはり…ムカデは頻繁に出たけれど…周りに民家が少なかったせいもあるだろう…。 

 ある日…実家で宴席を設けることになり…知り合いの仕出し屋さんに出張調理をして貰うことになった…。
板前さんは当日…器や道具…食材などを…実家に持ち込んだのだが…道具を開いた折に…オカンの目の前をゴキが走った。 

 「いかん…えらいやつを連れて来ちゃった…。 」

板前さんは申しわけなさそうに言った。
宴席が迫っているから…ゴキ退治をしている場合ではなく…取り敢えずは調理に専念してもらうことにした…。 

 宴席は滞りなく済んだ…。
出張して貰うのは初めてだが…板前さんの腕前はいつもながら確か…。
ゴキのことなど忘れられていた…。

 まったく姿を見せないゴキを退治することもないまま時間だけが過ぎていった。
放っておけば…爆発的に増えるのは間違いないが…探しようがなかった…。

  虫嫌いのオカンは洗い物には神経質なところがあって…ほうれん草でもごしごし洗ってしまう…。
食べる頃にはビタミンは完全に抜けてるな…と思われるくらいに…。
そこまでやらなくても…と思うこともある…。 

ゴキと同居なんかするのはオカンにとってはとんでもないことなのだ…。

 翌日…だったか…オカンが御飯を炊いた。
ゴキのことなどすっかり頭になかった…。

 さて…仏さんに御飯を上げよう…と炊飯器の蓋を開けると…いい具合にゴキちゃんが炊けている…。 

 米と一緒にごしごし磨がれたゴキちゃんは眼を回して逃げられず…哀れ…炊き込みご飯となったのであった…。 

 ただし…子孫はしっかり残したとみえて…以来…オカンはずっと同居を余儀無くされている…。