徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百四話 時空を越えた魔物)

2006-12-07 17:30:00 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 背後から近付いてくる大物の気配に…西沢がほんの少しそちらに眼を向けた隙に…散らばった中のひとりが民家の方へ駆け出した…。
民家を楯にすれば西沢が攻撃できないとでも考えたのだろうか…。

 男が辿り着く前に民家の方が跡形もなく消えた。
西沢は振り返ることもなく…その男の逃げ場を破壊した…。

 「何処へ逃げようと同じことだ…。 」

肝を潰したHISTORIANたちに向かって…西沢は冷ややかに言った。
男たちは西沢の変貌振りに戸惑いを隠せないでいる…。

 エスニック料理店『時の輪』のあの男だけは…他の男たちのようにうろたえてはいなかった。
むしろ…仲間たちが戦う前から尻込みしていることに怒りを覚えた。
こちらも選りすぐりの能力者…怯む必要が何処にある…。

 彼等の現在の目的は…西沢を捕らえて洗脳し…磯見のように生物兵器として思うままに操ること…だ…。
西沢を抑えこむことができなくてはどうしようもないではないか…。

 当初は潜在記憶保持者を操ってこの国を混乱に落としいれ、この国での実権を握るつもりでいた…。
世界の大国と関係の深いこの国を手中におさめれば、更に大きなものを目指せるはずだった…。

 そのためには…この国の能力者を懐柔することが必要…少なくとも敵対されることだけは避けなければならない…。
それゆえに策を弄して能力者たちを手懐けようとしたのに…逆に…この国の能力者たちの妨害にあって失敗に終わった…。

 けれども…失敗したことで…西沢という武器を手に入れることを思いついた。
映像で目撃したエナジー相手のあの恐るべきパワーを利用すれば…他に何がなくともこの世界をHISTORIANのものにできる…。

 はるか超古代より先祖が目標に掲げ…夢見ていたHISTORIANのための帝国を築くことができる…。

 お人好しでちょい抜けの西沢を誑かすのは簡単だと思っていた…。
ところが…この男…とんでもないタヌキ…。
 不真面目でくだらないことばかりしているくせに…搦め手からじわじわと迫ってくる…。
こいつのせいで失敗を繰り返したようなものだ…。

西沢には是が非にも役に立って貰わなければならぬ…と『時の輪』は思った。

戦え…! 

『時の輪』が…何語でどう叫んだかは分からないが…男たちはその一声で気を取り直し…西沢本人ではなくノエルと金井に襲い掛かった。

 「もう…! おっちゃんたち…懲りないんだからぁ…!
喧嘩ノエルをなめんじゃねぇって…! 」

 金井とノエルが暴れ始めると…西沢は男たちにはまったく興味を失ったかのように…例の気配の方を見つめていた。

 滝川はノエルたちと西沢を交互に見ていたが…ノエルの戦いっぷりに何ら問題がないと分かると…西沢の方に集中した…。
同族以外で裁定人の翼を見ることができるのは…ほんの一握りの能力者だけだ…。
見えているからには…何としてもこの翼の暴走を防がなくてはならない…。

 丘の下の町の方で御使者やエージェントたちが動いているのが分かる…。
すでにHISTORIANと戦っている者も居れば…移動しながら警戒にあたっている者も居る…。
玲人や亮…仲根の気配もその中に感じられた。

 やがて町の方から…老人がひとり…ゆっくりとこちらへ近付いてきた…。
老人からは確かに大きな気を感じる…。

 しかし…西沢が眼を向けていたのは…その老人の後ろからついてくる中学生くらいの異国の少年だった…。
滝川はあっと声を上げた…。 その少年の気配…それはまさにあの時の…。

まさか…この子がそうなら…あの時…いったい幾つだったと言うんだ…?

 信じられん…。
HISTORIANの親玉が…年端も行かない子供…だったなんて…。

 滝川がそう思った時…西沢の翼が一際大きく羽ばたいた…。
やばっ…紫苑が敵と認識した…。
 
 「何しに来た…? 」

西沢は不機嫌そうに少年に語りかけた…。

 「時の記憶を読む者よ…おまえはここに来るべきではなかった…。 
閉ざされた扉の中で静かに時を過ごしておればよかった…。
愚かな者たちの口車に乗せられて…異国の土など踏むべきではなかったのだ…。」

その言葉に驚いたのは相手の少年ではなく…滝川だった。

 これは…紫苑じゃない…。
いったい…誰が話しているんだ…?

少年は臆すことなく…西沢を見つめた…。

 「おまえを捕まえに来たんだよ…。 おまえの力は核爆弾並みに役に立つ…。
あちらこちらの国で…我々の使者が中枢部を支配し核を動かそうと試みているが…僕はそれには反対だ…。
 核を使えば…すべてが滅びる…。 そんな世界は面白くも何ともないからね…。
その点…おまえなら…放射能も何も後には残さない…。 」

自信たっぷりの笑みを浮かべた…。

 「捕まえる…? この俺を…。 」

堪えきれぬと言わんばかりに西沢は声を上げて笑い転げた。

 「ふ~ん…それで…俺の本性引きずり出そうと嫌がらせしていたってわけか…。怒り狂った俺のレベルを確認するため…?
無駄なことだ…。 人間相手に本気など出すわけがないだろ…。 」

えっ…人間相手…?
それじゃあ…紫苑の中に居るのは…。
いや…それにしちゃいつもと話し方が違う…。
滝川は当惑した…。

 「無駄かどうか…やってみなくちゃ分からないさ…? 」

少年はそう言うと気を集中し始めた。
傍に控えている老人もいつでも動ける態勢でいる…。

 少年の周りの気が震え始めた…。
その振動は徐々に伝わって…ノエルや金井と戦っている者たちにも届いた…。
彼等は慌てて西沢の背後にならないように移動した。
ノエルも金井も…その妙な怯え方に戸惑った。

 「ノエル! 金井! 避けろ! 」

 滝川の叫び声とともに巨大な気のうねりが西沢を襲った。
西沢は平然と少年に顔を向けて立っていた。
うねりは西沢の眼前で真っ二つに別れ…ふたつのうねりとなって背後の雑木林に激突した…。
その勢いで林の木々が吹っ飛んだ…。

 微動だにしない西沢を見て少年は侮辱されたように感じた。
HISTORIANの最高指導者である自分を西沢は見下している…と…。
ならば…こちらも手加減するまい…。

 渦を巻く気の砲弾が立て続けに西沢を襲う…。
西沢の張った障壁に当たって砕け散ったその破片が恐るべき勢いで辺りを飛び交う…。
破片でさえ…その気の威力は触れたものを破壊せずにはおかない…。

 これには敵も味方もみんなお手上げ状態…盲滅法飛び交う破片に当たらぬよう右往左往するしかない…。
障壁を張っていても安全とは言い難いのだ…。

 破片を避けながら…滝川は頭の中を整理していた…。
紫苑の様子も妙ではあるが…少年の方も何処かおかしい…。

 気配は確かにあの時のものだが…果たして同じ人物と言えるかどうか…。
あの時の能力者の言葉はひどくたどたどしいものだったのに…少年はまあまあ流暢にこの国の言葉を話している…。
この数年で進歩した…と言えば言えなくもないが…。

 退屈してきたのかどうか…西沢は急に障壁を解き…気の砲弾を少年に向かって弾いて返した…。
反射的に少年が避けた瞬間…背後の町に吹っ飛んだそれが幾つもの家屋を貫いた。
少年の顔色が変わった…。

西沢は…民家のことなどまるっきり考慮に入れていない…。
これまでとは別人のようだ…。

 「おまえは…誰だ…? 西沢では…ないな…? 」

訝しげな顔をして少年は西沢に訊ねた。

西沢は可笑しそうに唇を歪めた…。

 「おお…やっと…気付いたか…。 俺のことは…誰よりもおまえたちがよく知っているはずだ…。
尤も…おまえたちはいつも俺と出会う前にそそくさと逃げ出して行ったが…。 」

時空を越えた…魔物…。

少年は驚きのあまり大きく眼を見開いた…。
嘘だ…。 有り得ない…。 奴が人の中に存在するなんて…。

 「僕が手に入れようとしたのは…おまえの力だというのか…? 」

背中に冷たいものが流れた…。
これは夢だ…。 この西沢の何処に奴を収めておける器があるというのだ…。

 「いいや…俺ではない…紫苑の力だ…。 俺は今のところ何もしていない…。
俺が動けば…この世が消し飛んでしまうからな…。

 あの方がそれを望まない限りは…おとなしくしているよ…。
俺はまだ…ほんの少し前に目覚めたばかり…。 
紫苑の口を借りておまえと話をしているだけさ…。 」

 あの方…と魔物が呼ぶのは…おそらくこの世のすべてを包含するエナジー…。
太極と呼ばれる宇宙創生のエナジー…すべての根源。

 おいおい…とんでもないぞ…。 滝川は…当惑した…。
紫苑の翼を抑えるだけでも手に余るってのに…今度は魔物のおまけ付きかよ…。
 添田の屋敷が火を噴くまでは紫苑は確かに紫苑自身だった。
魔物なんて…何時の間に…憑依したんだろう…?

 「おい…恭介…魔物…魔物って…俺は別に…化け物でも何でもないぜ…。
この世界にあるのは『生』のエナジーばかりじゃない…。
『滅』のエナジーも同時に存在するのさ…。 」

西沢の中の魔物はそう言ってカラカラと笑った。

 あ…なるほど…それは宗主方の能力の特性だ…。
そう考えると…滝川にはこの奇妙な憑依も何となく納得できるような気がした…。
 部外者だから…詳しくは知らないけれど…多分…紫苑と相性が合うんだろう…。
紫苑が切れた瞬間に呼び込んじゃったんだな…きっと…。

 「笑いごとじゃない…! 
HISTORIANはずっと昔からアカシックレコード…にアクセスを繰り返し情報を得ている…。
 おまえは我々の理想郷を何度も破壊した魔物だ…! 
そうだな…? 」

 少年が同意を求めるように老人の方を見た。
そのとおりです…と相槌を打ちながら老人は恭しくお辞儀をしてみせた。

 「アカシックレコードか…ふふん…断片的な記憶を引っ張り出して勝手に組み立てても…何も得られやしないぜ…。
ほとんどはおまえたちの膨らませた妄想に過ぎない…。 
 我々の記憶領域から…いくらたくさんの情報を得ても…それを正しく理解して利用できなければ…何の意味もないのだ…。 」

黙れ! 

叫ぶや否や…少年は怒りに任せて闇雲に攻撃を再開した…。

我々の高き理想を否定するのか…!
万の時を越えて代々受け継がれてきた帝国創成の夢を…!
我々こそが世界に安寧を齎すのだ…!

 「やれやれ…忠告はしたぞ…。 」

呆れたように一瞥をくれてから…魔物はスッと西沢の表面から消えた。

呼び込んだ…わけじゃない…のか…?

そのまま何事もなかったように相手の攻撃をかわす西沢の不機嫌そうな横顔を見つめながら滝川は背筋が寒くなるのを覚えた。

すべては人の中に潜む…。
HISTORIANの…あの言葉が…脳裏に浮かんで消えた…。






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